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会えない、合わない、わからない

ついに新入生の名簿にシャロン・テンプテートの名前を見つけた俺は、足早に新入生がいそうな場所に向かった。


ちなみに、うちのメイドの多数決により現在、公式の場以外では一人称は”俺”を採用中である。従者は”私”押しだったが、票が割れたときに男の意見なぞきかん。


他学年のことも広く情報を収集できるように、学年代表などという面倒な役職を真面目に務めていたせいで、初動が遅れた。

俺が到着した頃には、高等部の新1年生共は、オリエンテーションが終わって、帰りつつあった。

これでは誰が新入生かわからないではないか。

廊下にあふれる1年生の中に、俺はふと、今朝見かけた顔を見つけた。

これはいい。あいつなら新入生のクラスだ。


「おい、ヒヨコ!」


声をかけると、相手はピョコンと飛び上がり、慌てふためいて周囲を見回した挙げ句、あろうことか逃亡にかかった。

いくら学院が身分を問わない建前とはいえ、この対応はない。

ものを知らん新入生だとしても、人として間違っているだろう。

俺は大股に相手を追った。

有象無象の1年生共がさっと脇に避ける。

今の俺は背が高く足も長いので、あっという間に追いつく……かと思ったら、奴め、全力で走り出しやがった。


解せん。


俺は新入生の不条理な反応に内心で首を傾げながら、ザワつく1年生共の間を、途中編入組用の教室に戻った。


「シャロン・テンプテートはいるか」

「は、ハイっ?!」

「お前がそうか」

「あっ、いいえ」


えらく派手な見目の女子学生が弾かれたように飛んできたが、違うらしい。


「お初にお目にかかります。わたくし……」

「学院でそういうのは要らない」


貴族らしい挨拶をざっくり切り捨てて、俺はぐるりと教室を見回した。

残っている女生徒は少ない。そもそも王立学院に高等部から通い出す女というのは珍しいのだ。

再度、尋ねてみたが、シャロン・テンプテートという者はこの場にはいないらしい。まだ入学初日で誰が誰かその場にいた新入生共もよくわかっていないらしく、どういう奴かもわからなかった。

先程の女が、色々話しかけてきたが、無駄足に苛ついていた俺は、ぞんざいな生返事だけして、その場を立ち去った。



§§§



「はぁあああぁ。びっくりしたよう……思わず逃げちゃった」


わけも分からずとっさに駆け込んだ中庭の奥のベンチで、お下げ髪の女生徒は頭を抱えていた。

白皙の美青年が恐ろしい勢いで自分の方へやってくるという人生に起こると思っていなかった事態を迎えて、軽いパニックを起こしてしまったのだ。


彼の名はウィリアム・ウィルフォード。

名門ウィルフォード侯爵家の子息で、魔術の天才。

魔術のみならず学問全般に通じ、噂ではすでに王立学院で学ぶ必要はないレベルで、教官より賢いらしい。

怜悧な美貌と不遜な態度で、近寄りがたい人物だが、意外にも学院での行事や奉仕活動には協力的で、中等部時代から学年代表をずっとやっているのだとか。

型破りな人らしく、今日の入学式でも在校生代表として、ちょっと唖然とするような挨拶をしていたが、新一年生の大半を占める中等部からの持ち上がりの面々は、すっかり心得ているのか熱狂的なリアクションをしていた。


「なんでそんな超有名人様が私なんかに声を?」


考えてもさっぱりわからない。

今朝、自分がした失態を思い返すと顔から火が出る思いだが、気づいていない落ち度があったのかもしれない。


「ううう。よく考えたら挨拶もせずに、顔を見て逃げ出したのってド失礼だったのでは」


基本的な事に気づいて、本格的に自分のダメさ加減に絶望していたことろで、後ろから声をかけられた。


「おい、こら。ヒヨコ」

「うひゃぅ!」


ベンチから転がり落ちそうになったところで、後ろから両肩をがっしり掴まれた。


「逃げるな」

「ひゃはいぃっ!」


両肩を掴まれたまま引き戻されて、カチコチの姿勢で背筋を伸ばして座りなおす。


「お前に聞きたいことがある」

「なんでしょうかっ」


尋問されている気分で緊張していると、ウィルフォード様はゆっくりと彼女の背後から前に回って、彼女を見下ろした。


「シャロン・テンプテートという女を知っているか」

「はい?」


私だ。


「知らんのか。まぁ、いい」


意外な質問に固まっていると、彼は”シャロン・テンプテート”という生徒が新入生クラスにいるはずだから、明日、自分のところに連れてこいと言った。


「授業が終わったら、東館……あそこに見える鐘楼のある白い校舎の3階の東南の角部屋に来い。いいな」

「は、はい……鐘楼の…白い…部屋の……えーっと?」

「東館3階の東南の角だ。貴様は重要な情報を取り落とす名人か」

「すみませんっ」


白銀の貴公子は鷹揚に「よい。メモをやる」と言って胸ポケットから白いカードを取り出した。

ペンやインクを用意するのかと思ったら、彼はそのまま空中に指を走らせた。

微かな光の軌跡が瞬いて、金色の光の粉でできた蝶になった。

蝶は白いカードの上に留まり、彼は光の蝶ごと、カードをパタンと半分に畳んでしまった。


「場所を忘れたら開けろ」

「ふぁい」


美しい所作で渡された美しい魔法付与アイテムを、素手で触るのがためらわれて、ハンカチで受け取って、そっと挟む。

家に帰ったら、このありえないほど綺麗になっているハンカチごとおしいただいて崇めねば、と思いつつ丁寧にしまっていると、彼は「必ずシャロン・テンプテートと二人で来い」と言い残して、さっさと行ってしまった。


自分自身と二人連れで出頭するには、一体何をどうしたらいいのだろうと、シャロン・テンプテートは頭を抱えた。

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