すべてはお前のために
禁呪の転生魔法によって、私は記憶を維持したまま、過去の世界に全く別の人物として生まれ変わった。
新しい自分は侯爵家の三男だった。歳の離れた長男が侯爵を継ぐことは確定しており、自分は実家が持っているその他の細かい爵位の1つとそれに付随する領地をもらっても良いし、どこかの家に婿として入っても良いという極めて自由な立場だ。
もっとも、前世からの魔法の才能と知識を持ち越しているために、私は幼少期から天才としてもてはやされ、王城の魔術師の塔に入って王家直属の魔術師になることを、周囲からは期待されていた。
ただし、私自身は前世でのように人生のすべてを魔法の研究に捧げるつもりは微塵もなかった。
私は前世でのささやかなプライドや自分のスタイルへのこだわりをかなぐり捨てて、新しい自分を作り上げた。
コンセプトは”女を落とせる男”だ!
シャロン・テンプテートがどんな女かは知らないが、とにかく女だ。
前世の自分のような男では、ろくに話しもできないではないか。それでは困る。
シャロン・テンプテートがどれほど妖艶な美女だろうが、男を手玉にとる悪女だろうが、ビビることも騙されることもなく、逆に惚れさせて言うことをきかせてやるような男にならねば、世界は救えないのだ。
女が顔のいい男に弱く、顔の悪い男に厳しいのは、前世で散々事例を見てきたのでよく知っている。
幸いにも今回は侯爵家の息子に生まれることができた。高位貴族などというものは顔のいい嫁をもらい続けた血統の末だ。基本的に顔はいい。
あとは不摂生をせず、健康な生活習慣とバランスの良い食生活を心がけ、使用人が薦める美容関連のあれやこれやを面倒がらずにいれば、そこそこいい線にはいける。
さらにキチンと流行を把握し、女受けの良い服装や髪型で整えるように、使用人に命じておけば、自分にセンスはなくても、プロがなんとかしてくれる。大切なのは、アドバイスを素直に受け入れることと、女にモテるために努力を厭わない自分を許容することだ。
「自分でセンスも身に着けましょうよ。学院の宿泊行事で、独りで支度ができないとカッコ悪いでしょう」
「現状の再現ならできるから大丈夫」
軽く払うだけで、服も髪型もしゃっきり元通り。汚れも皺も汗染みもない。
掃除や洗濯が嫌いだった分、前世から形状回帰と浄化は得意である。
「無駄に高度な魔法を些細すぎる事に使わないでください」
「成果の重要度と技の難易度は、自分の基準で釣り合いを判断するからいいんだ」
「まーた、屁理屈を」
従者が口うるさいのも我慢だ。乳兄弟というのがどの程度の馴れ馴れしさまで許容されるのか、貴族の標準がさっぱりわからないが、いつも私を常識がないと言って叱るこいつのほうがそういうラインは詳しいのだろうから、黙って言うことを聞くようにしている。
「だいたいそこまでモテたがっている割には一向に具体的なお相手がいないのはなんなんですか」
「メイド達に聞いたら浮気男はダメらしい。だから本命以外の雑魚に餌はやらん」
「本命……ってどこの誰なんですか?差し支えなければ教えてください」
「知らん。まだ会ったことがない」
「はぁ?」
「だが、出会った時には絶対に相手に惚れさせて言うことをきかせなければならんから、努力しているんだ。つべこべ言わずに協力しろ」
「頭がいい人は何を考えているか凡人ではわからないと言いますが、坊っちゃんは真の天才ですね」
「当てこするな。天才であることは否定しないが、何を考えているのかわからないのと知性は比例しないぞ。メイド達の要求するいい男像なんて支離滅裂だ」
一途で初恋を貫く初心な男が、女をスマートにリードして、強引に虜にするって何だそれは。前世ジゴロか?!
ろくな知識も経験もなしで、どうせいっちゅうんだ。
「とりあえず、一人称が”俺”の男に偉そうにされたい派と、冷酷な”私”に冷たい目で見下されたい派が2大派閥だった時点で、うちのメイドの男の趣味は終わっていると思う」
「んー、まぁ、お小さい頃からクソ生意気で無神経な坊っちゃんに仕えていますからねぇ。多少偏るのは仕方ないかもしれないですね」
「そのくせ口を揃えて、彼氏には優しくして欲しいとぬかすんだぞ。両立するわけないだろうが。分裂症か?!」
「まぁまぁ。恋愛は一種の精神病ですから混乱があるのは当たり前です」
「御免被りたい話だな」
「本当に、なんでそうも恋愛に向いてない思考なのに、モテ男になりたいなんて発想が出てくるんでしょうねぇ……」
口は悪いが有能な従者は、それでも意外に熱心に協力してくれた。
彼の勧めにより、全然興味はなかったが身体も鍛えた。
「魔術の天才のモヤシ、文武両道の好青年、脳筋のガチムチ、モテるのはどれでしょう」
「用語の選択基準にものすごく作為を感じるが、2番目だ」
「ハイ。では、毎朝の鍛錬は魔法でサボらず、先生の指示に従うこと。いいですね」
「ううむ……しかし、効率がだな」
「魔法で促成や、負荷のかけ過ぎはダメです。普通に着実に身に着けないと、アンバランスな筋肉ダルマになりますよ。目指すコンセプトを間違えるとニッチな層にしか受けなくなりますからね」
「わかった」
「大丈夫。必ず坊っちゃんを、王立学院で女子学生にキャーキャー言われる貴公子に仕立て上げてみせます」
「うむ。よろしく頼むぞ」
従者のサポートのお陰なのか、単に血筋が良かったのかどうかはわからないが、私はモテる美少年からモテ過ぎる美青年へと順調に成長し、高等部の上級生となる頃には、女子学生の熱い視線を鬱陶しい程に浴びまくるようになっていた。
だが肝心のシャロン・テンプテートらしき女は、未だに学院に現れていなかった。
努力の方向性が間違っている