エピローグ
塔屋敷に子供の歓声が響く。
小さな塔がある郊外の一軒家の庭は、侯爵家の庭園程広くもないし、手入れもそれほど行き届いているわけでは無いが、子供達が遊ぶにはちょうどいいこじんまりした庭だ。
この屋敷は、俺のために用意されたものだ。学院の卒業前に俺が腑抜けて引きこもっていた頃、うちの使用人が俺の独り言を聞いて、俺が結婚したら住みたい家だと、誤解したらしい。
財力と権力と優秀な使用人がいると、一言呟くと屋敷までなんとかなるらしい。
前世で住んだ古い屋敷が、誰のために建てられたものか気にしたこともなかったが、自分のための家だといって真新しい塔屋敷に案内されたときは感慨深いものがあった。
俺と婚約したシャルは、その後、身分差云々の問題を解消するために、名目上、クリスの家に養女に入って、シャロン・ラングレンになった。
ラングレン家は、爵位は低いがクリスの父が公爵家の次男で、2親等上がると王族という家系だ。天才魔術師を国内に繋ぎ止めたい王家が、俺を取り込むために用意した話のようだが、シャルに不都合がなければ、俺はそのあたりどうでもいいので、大人しく従った。
シャルがクリスの妹になったせいで、彼女と結婚した俺は、クリスのことを公式の場では"クリスティーン義姉さん"と呼ぶ羽目になったのは参ったが、呼ばれる側も俺と同じぐらい嫌そうにしていたので、痛み分けだと思う。職場の同僚としてだけではなく、我が親愛なる悪友殿と家族として生涯の縁を持てたのは、俺にとっては僥倖だった。
シャルは学院を卒業後、すぐに俺と結婚したが、貴族夫人として家庭に収まることはせずに、俺の助手として王城の魔術師の塔に入って存分にその才能を発揮した。
マダム・シャリーといえば、魔法を民生品に広く普及させた偉人として、すでに学校で教える魔法史の教科書に名が載っているぐらいである。
俺はひたすら彼女が作るトンデモ魔術式を安全に作動させるための術式の開発に専念したため、固有の功績はそれほど残っていない。おそらく後世ではマダム・シャリーの夫として、彼女の仕事を支えたという程度に言及されるだけだろう。
まぁ、俺の知識は禁呪のインチキでこの時代に持ち込まれたものなので、それぐらいでちょうどいいと思う。
魔術師としての名声や、学術的な功績などどうでもいいぐらい、シャルと歩んだ人生は楽しかった。子供にも恵まれ、可愛い孫達も慕ってくれる。
「ウィル。仕度はできた?」
「今、行く」
息子や娘夫婦が、それぞれの子供達と一緒に、庭に用意したテーブルの周りに集まっている。
テーブルの上には大きなケーキ。
四男のところの下の娘はケーキが気になって仕方がないようだ。
俺はさっと手を振って、風で乱れた髪を整えた。うむ。完璧。
俺はうやうやしくシャルの手を取ってエスコートした。
長男のところの息子がげんなりした顔をしているが、知ったことか。若い孫娘達が目をキラキラさせているから問題ない。
女心などという摩訶不思議なものを対象にする場合、効果の判定に男の意見など不要だ。
俺はどんなに老いぼれたクソジジイになっても、シャルのために盛大に格好をつけて、毎年この日を祝ってやる。
「結婚記念日おめでとう〜!」
子供や孫達が拍手してくれる中、自前調達の魔法の花びらのシャワーが降り注ぐプロムナードを皆のところまで夫婦二人でゆっくりと歩く。
ふふふ。ここまでは恒例だが、今年は去年とはまた一味違うぞ。
パチンと指を鳴らすと、背後の塔屋敷全体が華やかな花飾りに包まれる。装飾のトータルデザインはプロに相談したからセンスに間違いはない。
親族一同のびっくりした顔が、俺の可愛いヒヨコのびっくり顔とそっくりで面白い。
ああ、シャル。もちろん君が一番可愛いとも。我が最愛の妻よ。
「それぞれ忙しい中、今年も集まってくれてありがとう。素晴らしい家族が持てて私は幸せだ。この幸せすべてを私にもたらしてくれた我が妻に今年も感謝を捧げる。さぁ、みんな。パーティを楽しんでくれ」
もうケーキを食べてもいいんだよ、と四男のところの小さなレディにウィンクをしたら、赤くなってモジモジしてしまった。しまった。君が食い意地がはっていると思ったわけではないから気にしないでくれよ。
困ってシャルに目線で助けを求めたら、隣のクリスに呆れた顔をされた。
いやいや、誤解だ。何をどう誤解されたかはわからないが、多分誤解だ。そして俺が悪かった。
あたふたしたらシャルに笑われた。
ああ、なんて可愛いんだろう。君が隣で笑ってくれるなら、俺はそれだけで幸せだ。
君と同じ時を生きられたことを世界に感謝しよう。この素晴らしい世界が末永く平和に続きますように。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本編はこれにて完結です。
(このあとちょっとだけオマケがあります)
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