プロローグ
「なんだ貴様、新入生か」
「は、はいぃっ!」
上級生らしき男子生徒に急に後ろから呼び止められて、お下げ髪の女生徒はびっくりして飛び上がった。
「新入生がこんなところで何をしている」
「あ、あの……道に迷っちゃって」
「迷うって、講堂内でか?」
「すみません」
お手洗いに行ったら、元の廊下ではないところに出て、うろうろしているうちにますます変なところに出て、集合場所が全くわからなくなったのだ。
「新入生と言っても高等部に上がるだけで、中等部時代から講堂は使っていただろう」
「あの……私、ここに来たのは今日が初めてなんです」
「高等部からの入学組か。仕方ないな」
上級生は彼女に、新入生の受付への行き方を教えてくれた。
「ありがとうございます」
「ところで、なぜお前はずっとハンカチを握りしめているんだ?」
「え?ああっ!これは、その……お…お手洗いに行って手を拭いて、その後、道に迷っちゃって……」
新入生の女生徒は大慌てで、無意識で握ったままだったハンカチのシワを伸ばして、たたみ直そうとして、焦りすぎて失敗した。
「使い終わったハンカチはすぐにしまえ」
「はいっ!」
「2つのことを同時にやろうとするな。そしてそこに机はない。手を離したらハンカチが落ちるに決まっているだろう」
「はいぃっ!」
慌てふためいたせいで、ハンカチを2回落とした彼女の目の前で、上級生がさっと手を払った。
「わ!」
くしゃくしゃになって床に落ちていたハンカチがフワリと浮き上がり、見る間に皺も汚れも消えて、ひとりでに綺麗に畳まれた。
手の中に落ちてきたハンカチをなんとか受け止めた女生徒に、上級生は尋ねた。
「それはヒヨコか?」
「えっ?」
彼はハンカチの隅に刺繍された黄色い鳥を指していた。
「珍しいモチーフだな」
「い、いいえ。これは金糸雀で……」
金糸雀は、富裕層で飼うのが流行り始めた愛玩用の小鳥で、若い女の子向けの小物のモチーフとしては普通のものだった。
「金糸雀?ヒヨコに見えるな」
「ヒヨコです」
自分の刺繍の下手さに自覚のある女生徒はあっさり折れた。
上級生がフッと笑った気配がして、それまでずっとうつむいていた女生徒はつい顔を上げた。
深い紫色の目を面白そうにやや細めて、笑みを浮かべてこちらを見下ろしている顔は、とんでもない美形だった。ほぼ真っ白に近い白銀の髪がサラリと額にかかっているのがキザだが似合いすぎている。
言葉を失った彼女に、白銀の貴公子は「もうすぐ新入生の集合時間だから急ぎたまえよ。ヒヨコくん」と言った。
王立学院の新入生シャロン・テンプテートは、集合時間に遅刻した。
魔法学園ラブコメです。(全15話)
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