夏の星座と君と僕 ~天の川を君に~
*【閲覧注意】読後感良くないです。
「第4回下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞」参加作品です
「ぼく、あまのがわがみたいの」
誕生日に欲しいものを尋ねたら、答えはこれだった。胸がズンと重くなる。
3か月前、妻は連れ子のこの子を残し病死した。以来俺たちは、ぎくしゃくと二人暮らしをしている。
彼はそれなりに手がかかる。よく風邪をひいて熱を出すし、あちこちが痛いと言っては学校をさぼろうとしたりと、小賢しいところもある。それでも、その言葉には、幼いながらの遠慮が滲んでいた。
何でもしてやるよ、できることなら。俺は、次の日の仕事を早退した。
亡き妻と共に天の川を見た思い出の場所は、都心から車で数時間の山中にあった。
「……怖くないか」
「うん」
「きれいだな」
「うん!!」
遊歩道の途中に、誂えたかのように、人ひとりが立てる岩がある。見上げれば視界には夜空以外に何もなくなり、星空に投げ出されるような不思議な感覚に包まれる、他にはない特別な場所だった。
俺につかまったまま、彼は、はあ、と、満足げに息を吐いた。
「ねえ、次は、お父さん」
さりげなく口にされたその単語に、かあっと胸が熱くなる。
そっと岩から彼を抱え降ろすと、代わって岩の上に立ち夜空を見上げる。
「お母さんがね、『あまのがわが見えるばしょは、くらくてしずかだから。つらい時には、お父さんといっしょに行きなさい。そこなら、お父さんも、きっとつらいって、いえるから』って、いってたの」
背後から、舌足らずな声が聞こえる。
ふいに視界が歪み、俺は戸惑った。
にじむ夜空を見上げ続けながら、湧き上がる嗚咽を必死にこらえる。
瞬間。
背後から腰のあたりに、ドンという衝撃が走った。
目の前の星座が流線を描く。
何が起こったか分からないまま、俺の手はただ虚しく空を掻いた。
*
おじさんは声もなくおちていった。
そうっと岩に手をつくと、がけをのぞきこむ。
まっくらで、なにもみえなかった。
どうしてもつらかったら、あまのがわを見に行きなさい。
お母さんは、いなくなるまえにぼくに、そう言った。
あの人が、おまえにとってずっといい人かはわからない。いやなことをされるようなら、あまのがわを見にいって、せなかをおすんだよ。
ぼくはうそつきじゃない。
がっこうをさぼるために、おなかがいたいふりをしているわけじゃない。ほんとうに、いたいのに。おじさんは、いちどもしんじてくれなかった。
きのうぼくは、はじめて、おじさんにぶたれた。
そのときぼくはきめたんだ。
あした、あまのがわを見につれていってもらおうって。