チルドレン
なーロッパではなく、自分独自の世界観を買いたハイファンタジーです。
注意 なろう系のお約束路線を完全無視して、自分の路線に突っ切っております。なーロッパ路線が好きな方は、次の駅でお降りください(笑)
チルドレン
サマエル
どんなことも7代先までのことを考えて決めなさい インディアンの言葉
序章
「それはそれは私たちの出会いは運命的なものだったんだから」
そう言ってお母さんは笑った。笑いシワが深くなった。
「それはお父さんと?」
「そうよ」
それは既にわかっていた。でも、私が聞いたのはそういうお母さんの表情があまりに生き生きとしていて、その喜びを感じたくて、いつも知っていることなのに聞いてしまったのだ。
「お父さんかっこよかった?」
笑いのシワが深くなる。
「それはもうすごく」
「お母さん!」
私はお母さんを抱きしめる。
「おやおやまあ」
そう言いつつ、お母さんは私を優しく抱きしめてくれる。
私は好きだった。お母さんがお父さんのことで生き生きとした感情を表すのが、私はその幸福にいつもつかりたかった。
そんな幸福の浴槽に身を委ねて(ゆだねて)いて、不意に意識が遠くなる。
「おやすみ、アイリス」
それは、そう、私の大好きなお母さんとお父様の記憶。
1章旅立ちの日
ゴホッ!ゴホッ!
その咳で私は目を覚ました。視界に見えるのは闇。それはそうだ。ここは石で作られた窓ひとつしかない集合住宅なのだから。
ゴホッ!ゴホッ!
「ライト」
私は明かりの魔法を使う。
すると一点がたいまつのような明かりの光球が浮かんだ。そして、すぐに隣のベッドのお母さんのもとに向かう。
「大丈夫?お母さん?」
私は咳き込んでいるお母さんの背中をさすった。
お母さんが顔を上げる。ハリがなく、シワが何条にものぼる普通のおばちゃんの顔だ。しかし、普通のおばちゃんよりはかなり顔色が悪い。
「どうも、ありがとうアイリス」
「病院に行く?」
「ああ、いきたいねぇ。でも………」
「お金のことは気にしないで、お父さんからもらっているから」
それにお母さんが私の手を包む。
「ありがとう。あの人に機会があればお礼でも言っておいてくれ。そして、あんたにも運命の殿方が現れるだろう。その方とあんたたちの子供のために働いてくれた方が私はそれが一番の満足さ」
「お母さん」
お母さんは知っている。自分が長くはないということは。それはもう医者から聞かされたことだ。なんでも、肺炎という病気らしく。現在の医術ではどうにもならないものらしい。
「ちょいと、疲れたよ。横にさせおくれ」
「ゆっくりしてね」
そう言って、お母さんはベッドに横になって目を閉じた。
私はパジャマから、ローブに着替えて(きがえて)、鏡の前に向かう。
私は自分の顔をそんなに好きではない。プラチナブロンドのロングヘア、大きな目と小さな鼻梁、スッとした唇。
みんな私のことを美少女だ、美少女だ、と言うけれど、私自身こう言うアクの強い顔は嫌だった。
本当に女優みたいな顔でみんなからもてはやされるのがなんとなくしっくりこなかったのだ。
そういえば、ジム言ってたけな。隣の柴生は青いって、まあ、ブスよりかはいいけれどさ、もうちょっと地味めな顔つきの方が良かったな。
綺麗な女子が怖いと言うのではなく、なんか自分の顔が自分ではないようなそんな違和感がある。私は平凡の女の一生に憧れて(あこがれて)いるんだ。まあ、確かに今は騎士団の試験を受けたが、やっぱり優しい(やさしい)旦那さんと元気な子供たちのいる普通の家庭に憧れる(あこがれる)。だから、女の子っぽさを出したくて髪を伸ばしているのだ。手入れ(ていれ)は大変だけど。
こう言ういかにも波乱万丈な出来事が起きそうな顔は、正直言ってノーサンキューだ。
そして、最低限の化粧をしたあと私はローブを羽織って出かけた。
私たちがいるところはフェドラ町の集合住宅に住んでいる。窓ひとつない、お世辞にもいいとは言えないところだが、私たちには魔法がある。だから、明かりで困ることはない。
集合住宅は4階まで建てられていて、石造りのアパートだ。その2階にわたしたちは住んでいる、
フェドラ朝は商業が盛んな(さかんな)街で比較的この世界では栄えている町だ。そう学校からは聞いたものの他の街がどんなものかはそこまで知っているわけではない。
ただ、ここら辺はスラム街で治安が多少悪いが、しかし、おおむねこの町は治安も良く。私はこの街に住んでよかったと思っている。
しかし、今はお母さんの病気もあるし、何より、あの試験に受かっているかどうか。
私は一階に降りてきて集合住宅のポストを調べた。すると、それがあった。
「あ」
最初は感動よりも実感のなさだった。しかし、書面を何度も読んでいるうちに徐々(じょじょ)に現実味が起きて(おきて)きた。
「お母さん!」
お母さんのもとに行こうとして、しかしすぐに歩みを止めた。
寝ているよね。起こしちゃ悪いか。
それで、私は恩師とも言える人のもとへ歩き出した。
アパートを抜けて、塗装がされていない道、走れば砂埃が舞い上がるスラムの道。そして、至る所に立ち並んでいる集合住宅。しかし、元気に子供たちが遊んでいた。それに私は目を細める。
可愛い(かわいい)なぁ。
そう思ってニコニコとしている、突然馬蹄の音が鳴り響いた(なりひびいた)。
「え?」
馬に乗っている一人の人間が集合住宅街を走り抜けた。
「ちょっと!そこのあなた!」
しかし、その人はまるで私の声が聞こえないようにすぐに視界から消えた。
それに私は地団駄を踏む(ふむ)。
「予定変更だ」
そして、私はその場所へ足を進めた。
「それで君がいうにはスラム街に騎乗した人が駆け抜けて(かけぬけて)いったというんだな?」
「そうです!あそこは乗馬は禁止なはずです!」
軽装鎧を着ている、疲れ気味そうな中年男性、マルコに私は身を乗り出して話しかけた。
「彼の話は知っている」
身を乗り出す(のりだす)私を押しとどめるように、マルコは手で私を遠ざけた。
「!知っているならなぜ!」
「一昨日の夜中その男性の奥さんが産気づいてをして、その夜のうち無事赤ちゃんが生まれた。だから、旦那さんが飛んで行ったわけだ」
「なら、なんでずっと奥さんの方についていってあげなかったんですか!」
マルコは呆れ気味に呟いた(つぶやいた)。
「無茶言うな。一昨日、旦那さんにとって重大な取引があって、隣の街のアンクールまでいっていたんだぞ?それから産気づいて、という話を聞いて、飛んで病院に行ったわけだ」
「しかし!」
そのマルコの言葉に私は詰め寄ろう(つめよろう)と思ったが、マルコはポーションの蓋を開けて、快楽用の魔力を嗅いだ。
このポーションは飲み物や酒と同じように少しいい気分になる物質だが、酒のようにかなり変性意識までに持っていかれることはない。そして、これには栄養がないため腹が膨れる(ふくれる)と言うものではないが、少しいい気分になれるもので、飲み物を飲むと用を足さないといけないが、これにはただ単に快楽を供給するためのものであって、ちょっとした気分転換に使われる。常に(つねに)緊急事態が起こるかもしれない、特に衛兵にとっては必須のアイテムだ。
ちなみに衛兵というのは民間人を守護する兵士のことだ。ただ、そんなに装備はしっかりとしたものが供給されているわけではない。あくまで街中で現れる犯罪者を取り押さえる(とりおさえる)というのが主な任務だ。
ただ、このフェドラ町は比較的治安は良好だ。強盗犯などの凶悪犯罪者も出ることは出るが頻度はそんなに高くはない。主に青少年の補導やコソ泥を捕まえたり(つかまえたり)とか、法に違反するものを捕まえるのが主な任務だ。
そして、だから、私がここにきたのだが、マルコは少し疲れたような表情をしている。
「アイリス」
「はい」
「お前さんはいい子だね」
「…………」
幼い頃からよくお守り(おもり)されてきたし、一緒に遊んでもらったこともある、マルコにそう言われると返す言葉もない。
マルコは立ち上がって、私に背を向けた。
「なあ、俺がお前ら、子供たちと遊んでいたことを覚えているか?」
「もちろん」
「でも、本来ならあれはやってはいけないことだ。衛兵は犯罪者を取り締まる(とりしまる)のが勤め(つとめ)だからな。本来は子供たちと遊んではいけない」
マルコの言わんとしたことはわかった。
「でも、子供と遊ぶぐらいどうということはないですか!?今回は子供たちが遊んでいるスラム街で馬を走らせることが!」
「しかし、君らと遊んでいる最中に凶悪犯罪者が現れるとも限らなかった」
私は言葉が詰まる(つまる)。
「そ、それは」
マルコはこちらに振り返り(ふりかえり)、若かりし頃とは違うが、マルコらしい柔和の笑みを見せる。
「今回のことは俺の顔に免じて(めんじて)許してやってくれないか?彼もあそこで馬を走らせたくて走らせたわけではない。すべては奥さんのためを思っての行動だ。そして、俺が君らと遊んだことも、遊んでいることも君らが俺の仲間だと思っているから職務を一部逸脱したんだよ。だから俺を許すと思って許してやってくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうかな?」
あくまで下手に(したで)出るマルコ兄さん。それに私は。
「マルコ兄さんは」
「うん」
「ずるいですね」
それにマルコは破顔した。
「そして、お前は真面目だなアイリス。今も昔も。いい子だよ」
私は肩を落とす。
「いいですよ。今回のことはもう構いません」
「助かる」
年長者なのにマルコは頭を下げた。
「マルコ兄さん」
「うん?」
「私、試験に合格しました」
「おお!」
マルコの顔に喜びが満ちる。
「今晩、酒場でみんなを呼んでくれませんか?仲間たちに報告したいんです」
マルコは笑顔でウィンクした。
「任せとけ。俺はいけないから、みんなの分の祝福を受けてくれ」
私は反転し、顔だけマルコを見た。
「マルコ兄さんもお体気をつけて。私はこれからサラさんのところに行きます」
「おお」
そして、私は衛兵所から出て、天使サラの元へ向かった。
町から少し外れた林道を抜ける(ぬける)とサラ達、天使の住んでいる一画に出会す(でくわす)。
出会す、と言っても。テレポテーション機器を使って瞬間移動をしたのだが、だからこそ、すぐ、そこにたどり着けた。
目を開けるとまず目につくのは林。テレポテーション機器から見て北の方に遠くに見える豪邸と石畳とその両側に林があった。そして、私はテレポテーションの機器から降りて入り口に歩く、そして、到着すると空中に手を差し出す。本来肉眼では見えないが、ここには魔力の結界がある。
結界と言っても、何かを防ぐ(ふせぐ)、という機能もあるが、通信の役割もあり、ある一種の魔術を送ると内側の天使に通信ができるのだ。
私は自分の名を名乗り、サラに会いたいという旨を伝えた。
そして、ほんの4、5分でサラが文字通り空から飛んできた。
「ごめんなさい。待たせたかしら?」
サラは天使で、おっとりとした口調とは裏腹に私のようにキリッとした容姿を持っているクールビューティーのブロンドのショートヘアの天使だ。
私は天使、天使と言っているが、実のところ天使の正体についてはわからない部分が多い。
天使は主にモンスターから人間を守護するための存在だ。
そう聞くと聞こえはいいが、逆に言えば、人間たちには不干渉の姿勢を貫いている(つらぬいている)。ということは極論、人間たち同士で紛争や戦争が起きた場合、天使たちは干渉しない、という立場をとるのだ。
ただ、現在では主にモンスターの脅威が依然として大きく、ワールドファリア条約で諸国の王が人間同士では戦争はしないという、世界規模の同盟が結ばれ、一応表面上では世界では大規模な戦争は起きて(おきて)いない。
ただ、小規模の小競り合い(こせりあい)や内乱とかはちょっとはあるようだが。このバイエルン神聖帝国内ではそんなには戦争の脅威が差し迫っている(さしせまっている)というわけではない。というのも、この帝国の周りの国もモンスターには殆手を焼かされていて、正直言って戦争どころではないのだ。
なので、外交は平和外交を基本方針としてとり、諸国間の愛では軍縮を進めているため、そこまで紛争は起きていないのだ。
天使に話を戻すが、彼らはどこからきたのか?彼らの正体はなんなのか?彼らの目的とは何か?というのは全くわからない。
少なくとも表面上ではモンスターから人間を守護する存在。それが天使であり、私たちはそれを見てきた。
他に天使たちは、人間にモンスターに対する知識を教えたり、その中で地理とか、モンスター討伐隊に将来選ばれる人を見定める(みさだめる)ために、剣術と魔術の実技、またそれに関する知識も教えたりする。
しかし、皮肉なことに、それがこの世界をある意味混乱に陥り(おちいり)させている犯罪の温床になっているが、それはまた別の機会に述べることにしよう。
サラはこのフェドラ町の守護天使で、主にここら一帯の天使たちの指揮に当たっている。
ただ、この場所は、そこまでモンスターの脅威は少なく。彼女の主な任務は先生。将来モンスター討伐隊に選ばれる素質のあるものを育成する学校の校長を務めている。
私も、彼女にはかなり世話になった。実技は学ばなかったけど、モンスターの知識についてざっくばらんに学んだし、休み時間は彼女と遊んだりもした。それによく、恋の相談に乗って(のって)くれたし。
つまり、私にとって、心の恩師ともいえる存在が彼女なのだ。
「サラ、お久しぶり」
「久しぶりね。元気だったかしら?」
「ええ、とっても」
そう笑顔で言った後、私の顔は曇った(くもった)。
「どうしたのかしら?」
サラが心配そうに私の顔を覗き(のぞき)込んで(こんで)くる。
「ううん。私は元気なんだけどね。母が………」
「そうね。仕方ないわね。人は死ぬ宿命にあるのだから」
その回答は本当に天使らしい。人がモンスターについて困ったことがあれば手を差し伸べるけど、しかし、人のことには基本的に関与しないのが天使なのだ。
「そうね。ごめんなさい。あなたたちに答えづらいことを言って。これはどうしようもないことよね」
「いえいえ、こちらこそごめんなさい。助けたい気持ちもあるけど、ルールだからね。私たちはそれを遵守しなければならないの。手助けできなくてごめんなさい」
「うん。わかってる」
それから、私は吹っ切って(ふっきって)言った。
「実は、報告したいことがあるの」
「何かしら?」
「私、来月から正式にモンスター討伐隊に入ります」
おお、とサラは言って。
「おめでとう」
彼女は拍手をした。
「いえいえ」
「ま、立ち話もなんだから中庭のベンチにでも座りましょう。移動手段は歩きでいいかしら?」
「ええ」
それから、私たちは歩いて中庭に移動した。両隣に見える林は、もはや癒し(いやし)というよりは圧巻で、柱の群れが自分を押しつぶしされるような気がしたが、しかし、それは木。どこか大自然の宇宙を感じる心強い(こころづよい)息吹も感じた。
それが整然と立ち並んでいるものだから、人工と自然のハーモニーであり何も手が加えられていない自然ではないし、街中の人混みのカオスでもないし、カオスと秩序が混在している非常に(つねに)独特な感じをここで歩いているときいつもしている。
そして、私はそれを堪能していた。
「アイリス、あなたはここがいつも好きね」
「ええ」
その時、2、3人の子供達が天使と一緒にここを駆けて行った。
「不思議ですね」
「ん?」
サラは不思議そうな顔をした。
「ここは天使たちの領域なのに、人間が普通にいるということが不思議です」
それにサラは笑う。
「おかしい?」
「まあ、おかしいというより、不思議ですね。悪いとかそういう意味ではなく」
「まあ、ここは誰でも歓迎ですから。ホームレスだって自由に止まっていますね」
そうなのだ。ここは天使たちの領域で、この空間に入るには天使たちの許可が必要だけど、その当人の天使たちが誰でもOKという立場を崩して(くずして)いないのだ。だから、無許可ではいる人も結構いたりする。
「しかし、大丈夫ですか?」
「何が?」
サラが怪訝な顔をして聞いてくる。
「誰でも入れて。中には天使たちに変なことをすることを目的で入ってくる人もいるんじゃあ?」
それにサラは、ふふっ、と笑った。
「大丈夫です」
「そうなんですか?」
「ここらへんは一種の結界になっていて、誰が何をしているのか丸わかりになっていますから」
「なるほど」
「だから、そんないかがわしいことをしようとする輩がいても、結果内ですから、すぐにその輩に攻撃魔術が繰り出されるでしょう」
「なるほどね」
そうこう話しているうちに中庭についた。中庭には噴水とベンチ、サフランの香り、そして天使を統べる(すべる)女神イシスの像が立っていた。
サラはベンチに座って、隣を指す。私も座った。
「それでモンスター討伐隊はやっていけれそう?」
「それはわかりません。というより、その情報が欲しくてサラさんのところに来たんです。具体的にモンスター討伐隊って、何をするんですか?」
サラは手が顎に触る。
「うーん。基本的にモンスターは天使が戦います」
「はい」
「討伐隊は、主にあまりモンスターが襲ってこない地域で戦います。いうほど危険度はありません」
「そうなんですか?」
「はい。周りには戦闘に特化した守護天使たちが何人もいるし。主に討伐隊のメンバーは住人の避難誘導をしてもらうことになります。アイリスあなたはお母様が元奴隷だったから、モンスターのそばにいる奴隷区の人たちを助けたくて、討伐隊に志願したのよね?」
私は拳を堅く握った。
「はい。私は奴隷たちを助けたくて志願したのに、なんか想像と違い(ちがい)ましたね」
そうなのだ。モンスターたちの根城はこのバイエルン神聖帝国の南西側に存在する。
いくつかの王国を跨ぐ(またぐ)かのように生まれた巨大な森。それがモンスターたちの住処だ。
彼らは人の若き女性を襲う(おそう)。なんでもオスしかいない彼らはつがいとなるメスがいないために人間の女性に種を生むために行動する卑劣な奴ら(やつら)だ。
学校では彼らの寿命は普通の動物並みとなることだから、彼らのリビドーは凄まじく。だからこそ人間の女子を狙って襲う(おそう)らしいのだが、そんな理由があってもレイプするなんて間違っている、絶対に!
そして、奴隷区というのは普通の社会ならモンスターの森、ここでは深き森、と呼ぶのだが、深き森の近くに住んでいる奴隷たちの集落だ。
彼らは自由を求めて人間たちがおよそ近づかないような深き森のそばで暮らしている。しかし、その分、モンスターに襲われるリスクも高い。
私はそんな彼らは守りたくて志願したのだ。
まあ、奴隷側からしたら、この社会から逃れたくてそこに集落を作ったのに、わざわざ帝国側の干渉を望んでいるかと言ったら微妙なところだけど。
「はぁ。なんかイメージと違う。てっきりモンスターとどんぱち、やるものだと思っていたのに」
それにサラは快活な表情で笑った。
「アイリスは戦い好きねぇ」
「というより、モンスターの存在が許せないんです」
サラは細い目をして膝に拳を添える(そえる)。
「あいつら、人の女の子を狙うじゃないですか。本当、最低のゲスな奴ら(やつら)ですよ」
「そう、ね」
サラは遠い目をした。
「サラさん?」
サラさんはアクアブルーの膜を全身に張り巡らし(はりめぐらし)、それを私の肩にそっと触るように言った。
「アイリス。確かに彼らのやることは許せないわ」
「…………」
サラさんは静かな様子で話していたが、私は何も言えなかった。はっきり言って、静けさの中に有無を言わせない凛々しさ(りりしさ)があったからだ。
「でもね、これだけは覚えて欲しい。彼らだってやりたくてやっているわけじゃないの。モンスターのことは聞いたでしょ?」
「はい。彼らは寿命が極度に短いから、性欲はかなり高いと聞いていますが?」
「人間だって、思春期の男子はそりゃあすごいリビドーを持っている。でも彼らは寿命がない。その上で子孫を残さなければならない、動物のサガを持っているの」
「でも!」
私は立ち上がってさらにいった。
「でも、あんまりですよ。そういう理由があればレイプしていいという口実にはならないでしょう!?」
それにアイリスは手を上下させる。
「アイリス、抑えて(おさえて)抑えて(おさえて)」
「確かに、その話は聞きました。だけど!そんなものでレイプされる許可が下りるわけがない!モンスターだって知性があるわけだから、何が悪いことかぐらいわかるはずですよ!それなのに厚顔無恥に女性をさらおうとするあいつらは私は大っ嫌い!なんです!」
「アイリス」
「はい」
あまりの激情に自分にも興奮冷めやらずに(さめやらずに)立ち尽くして(たちつくして)いた。ただただ、私の中には興奮とモンスターの憎しみがマグマのように猛っていた。
しかし、サラさんはゆっくりと私を落ち着かされように話しかけてくる。
「アイリス。私はだからと言って、モンスターにレイプしていい権利があるとは言ってないわ」
「………」
「ただ、彼らはあまりに持て余している性欲があるからそれをわかって欲しい、と言いたかったの」
「意味がわかりません」
「え?」
ボソリと言った私の言葉にサラが怪訝な表情をする。
「そんな自分でも制御できない性欲を持っていて、なおかつ女性を襲う(おそう)なんて滅すべき(めっすべき)対象じゃないですか?」
「アイリス」
それにサラさんは何かを諦めた(あきらめた)表情をした。
「まあ、いいわ。この話はやめましょう」
「はい」
「それで部隊に所属したら上官の命令を絶対に遵守して、そして無茶はしないで」
「わかりました」
それから取り止めもない話をして、私は街の方に帰って行った。そんな中で一つの疑問が頭を掠める(かすめる)。
サラ、どうしてモンスターを擁護するようなことを言ったんだろう?
サラと話して、街に帰るともう空は闇色に落ちていた。
しかし、このフェドラ町はかなり賑わい(にぎわい)があるところで、夜の帳が(とばりが)落ちていても煌々(こうこう)と商店の明かりが辺りを明るくしていた。
そして、私はその中でも特に賑わい(にぎわい)が多い酒場に来ていた。
私が入ると、みんなが挨拶をしてくる。
「おめでとう。アイリス。マルコから聞いたよ。念願のモンスター討伐隊に入ったって?」
「ええ、ありがとう、ガーランド」
「こりゃあ、祝酒だな。一杯どうだいアイリス?」
「ごめんなさい。私まだ飲める年齢じゃないの」
それにがははは!と街の男たちは笑う。
「まあ、細かいこと言いなさんな。いいじゃないか?少しぐらいならよ」
「そうだぜ?飲もうやアイリス」
がごん!がごん!
「いたっ!」
その時だった、電光石火の速さで男たちの頭にフライパンが強襲した。
「やめな!あんたら。アイリスが困っているじゃないか?」
「おかみさん。私どもは単に・・・・・・」
がごん!
「いたっ!」
恰幅の良いおかみさんがこちらに振り返る。
「ごめんなさいねぇ。うちのばかどもがえらい迷惑かけてしまって。何か食べる?」
「うーん。パスタと何かスープを」
それにおかみさんが顔を輝かす(かがやかす)。
「よしよし、すぐに用意するからね」
それから、おかみさんはいそいそと用意をして、私はお手洗いに行きたくなったので、トイレに行った。トイレは酒場の入り口の方にあるが、そこから出た後ばったりジムに出会した(でくわした)。
「あ」
両方同時に間抜けた(まぬけた)声を出す。
「やあ」
ジムは柔和な微笑み(ほほえみ)をして私に話しかけた。
「こんばんは。元気だった?」
ジムの目が柔らかくなる(やわらかくなる)。
「ええ」
ジムは幼馴染というやつで、私一番の親友と言ってもいい。ジムは剣術はそんなにすごくはないが魔術の腕前はピカイチだ。なんでも、その腕を買われて王宮魔術師に誘われた(さそわれた)こともあるが、本人はこの町で働きたい、と言って断り、今は自警団に入っている。
「これから一緒に食事どう?」
「いいよ」
そう言って、私たちは同じ席に着いた。ジムはサンドイッチとクラッカーを注文した。やはり街の自警団ではそんなにはうまく稼げていないらしい。
「おめでとう」
「え?」
だしぬけにジムが言った。
「いや、モンスター討伐隊員になれておめでとう」
「あ、ありがとう」
考えてみれば間抜け(まぬけ)な話だった。みんなそれでお祝いに来たというのに、ジムの言葉に反応できない自分は間抜け(まぬけ)だった。
そして、ちょうどおかみさんが来る。
「はい。カルボナーラとスープ、こっちはサンドイッチにクラッカーね」
「ありがとうございます」
そして、私は見た。カルボナーラに黒胡椒がふられているのを。
「おかみさん、これ」
「何、お祝いさ。さ、冷めないうちに食べれるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
胡椒はこの世界。というよりバイエルン帝国の中でも貴重な調味料の一つだ。ものすごく手に入れづらいというわけではないが、安くはない。私は女将さんに感謝しながら、そのまま、私はよく味わってとカルボナーラを食べ、トマトのスープを飲んでいった。
ジムもジムで食事に夢中で。二人の間に沈黙が漂う(ただよう)。
ふー、パスタ食べたけで、まだもうちょっと欲しいな。
「おかみさん、バケットのサンドイッチ、一つお願い」
「はいよ」
ちょっと先ほどまでは空腹だったから、食べるのに夢中だったから、喋れなかった(しゃべれなかった)けど、今度こそは、と思ったら食事を終えたジムが立ち上がった。
「ジム?ちょっとおしゃべりしようよ」
「悪い、明日早くに仕事があるんだ。君とのお喋り(おしゃべり)には付き合うことはできない」
「そっかぁ」
それにしょんぼりする、私。
それにジムはいつもの柔和な笑みでいった。
「明日の午後にシオン婆ちゃんのところでリンゴ採集を手伝うけど、それが終われば、話はできると思う」
「本当?」
その言葉に私は嬉しくなった。好きな人との会話はいつも楽しいものだ。
「じゃあまたね。おばちゃんによろしくいっておいて」
「ああ」
それでジムはでて行った。私は追加注文したサンドイッチを食べて、カウンターにやってきた。
「すみません、マスター、追加注文で………」
「はいよ」
私がいうより早くにマスターは紙袋を渡した。
「?これは?」
「あんたの袋さんのものだ」
マスターはガッチリとしたマッチョで白い髭を生やしているが、その体格通り寡黙な人だった。
「じゃあ、その分のものもお勘定を」
「いいさ」
横からやってきたおかみが言う。
「おかみさん」
「あんたのお祝いなんだから、お金なんて水臭い(みずくさい)こと言いっこなしだよ」
「おかみさん」
今度は涙ぐんだ声でいった。それに女将はバンバンと私の背中を叩いた。
「ありがとうございました」
深々(ふかぶか)と頭を下げてその場を後にした。そして、私は母のいる集合住宅に帰ってきた。そのドアの前に来る。そうするとそれを遮る(さえぎる)ように激しい咳き込む声が聞こえた。
「お母さん!」
私は鍵をさして、開けてすぐに母のところに駆け寄る(かけよる)。お母さんは頭をあげた。
「アイリス………」
「大丈夫!?」
私は母の背中をさする。それに母は、ふふと笑う。
「大丈夫さ」
咳は一旦は止まったようだ。
「これ」
私は紙袋を渡す。
「おかみさんから」
「おやおや、まあ。中身はなんだろうかね」
そう言って、お母さんは紙袋の中身を確かめる。
「なんだった?」
「これは………」
「うん」
「肉と焼き魚の切り身だね」
「さ、食べて」
母の背中が縮こまる。
「ありがたいねえ。いただくよ」
そのまま、母が夕食を食べていると、私はお茶の用意をする。炎の魔法でやかんに水を温めヤールティーを入れる、yRTはここら辺でよく飲まれるお茶で香ばしいというわけではないが、まったりとした香りのするお茶だ。それから待つことしばし、沸騰したら魔法を止めて、コップに注ぐ。そして、それをお母さんに持っていた。
「お母さん、お茶ができたから飲んで………」
お母さんは西側の方角をじっと見つめていた。身動ぎ(みじろぎ)もせずに。
……………………………
「お母さん」
私の呼ぶ声にお母さんは、ハッとした。
「なんだい?」
「お茶の用意ができたわよ」
私はトレイの載せた(のせた)コップを母の寝台の棚の上に置く。
「おや、すまないねえ」
「いえいえ」
そのままトレイを片付いて(かたづいて)思う。あの西の方角は領主のいる居城だ。
そして、お母さんは夕食を食べ終え、ぐっすり眠った。私は夕食の片付けをしながらふと思う。
やっぱりお母さんはお父様のことを。
ブンブンと首を横に振って、私も就寝した。
ゴホッ!ゴホゴホッ!
あまりに激しい咳で私は目を覚ました。
「お母さん!」
母が体をくの字にして激しく咳き込んでいる。
「ちょっと待ってて!ミラー先生呼んでくるから!」
ゴホッ!ゴホゴホッ!
ミラー先生がやってきて、私は部屋の前で待たされた。しばらくしてミラー先生が私たちの部屋から出てきた。
「どうですか!ミラー先生!」
ミラー先生は痩せ(やせ)すぎな男性で、頬もごっそりと痩せ(やせ)ていて一見すると冷たい印象を与えるおじさんだが、しかし、そのモノクルの眼鏡がかけられた瞳には確かな知性と聡明さを兼ね備えているのはわかった。被り(かぶり)を振るう。
「すぐ死ぬと言うことではないと思う」
ホッ、良かった。
しかし、次のミラー先生の言葉は衝撃的だった。
「だが、もう一年ももたないだろう」
「え?」
「今は強い咳止めの薬と痛み止めを処方した。だが、それらの薬は普通一般の患者に使うものではない」
「と、言うことは?」
「もう、回復はできない。だから、後はできるだけ苦しみをなくす方向の治療になっている」
………………………………
「どうにかならないんですか?」
私がしぼり切っていた言った言葉はそれだった。しかし、ミラー先生は被り(かぶり)をふった。
「もし、君が伝説の薬草を探してくれるのであれば、そしてその薬草が万病に効く薬であれば助かるかもしれないが、個人的にそれはリスキーな選択肢だ。そう言う話は噂ぐらいなものでしかないし、君はモンスター討伐隊に選ばれたのだろう?普通に考えてお勧め(おすすめ)はできないな」
「そう、ですか。確かにそんな薬草がもし実存していても職を投げ打って(なげうって)私が取りに行っても母は喜ばないでしょう」
それにミラー先生はコクリと頷いた(うなずいた)。
「まあ、お母さんをお大事にな」
「はい」
私は深々とミラー先生に頭を下げた。
そして、私は部屋に入る。左手のキッチンと右手のトイレを抜けて私たちの寝台に入って行った。
そこには母がすやすや寝ていた。
「お母さん」
私はお母さんお頬を触る。母の顔はかなり痩せ(やせ)こげていた。50代とは思えないくらい、70代の老婆と言っても誰も驚かないくらいに病が体を蝕んで(むしばんで)いた。
「お母さん」
私は母の苦しみはなんとなくわかった。どれだけ近しい人が人がいても死ぬときは一人っきり、病気と戦うのは自分だけ。自分だけがその地獄の苦しみを味うことになる。
しかも、私はモンスター討伐隊で街を離れ(はなれ)なければならないのだ。お母さんのそばはいられない。
そのときだった。お母さんが目を覚ましたのは。
「お母さん」
私はお母さんの手を握る。
「アイリス」
お母さんは力なく言った。
「うん、ここだよ。私、アイリスだよ。何?お母さん?」
「私、私は…………」
お母さんはスッと西の方角を見つめ、すぐに咳き込んだ。
「お母さん!」
「すまないねぇ。こんな母でお前に迷惑かけっぱなしだね」
「ううん、そんなことない。お母さん、私にたくさんのものをくれたよ。お母さんの優しさ、人としてどう生きるべきか。お父様のこと。私にはそれら全部宝物だよ」
「そうなんだね。お前は、私が母でよかった?」
それに私は満面の笑みで答える。
「うん!」
母は小さく微笑んだ。
「ミラー先生は何て?」
私は両手で母の右手を掴み(つかみ)力を入れた。
「もう、長くないって。後、一年は持たないだろうって」
「そうかい」
また、母は西の方角に目をやった。
「お父様のこと?」
それに母は嬉しそうに頷いた(うなずいた)。
「本当に私の人生は領主様に出会ってから好転し始めたんだよ。あの人に出会って、いろんな人生の喜びを教えてもらったし、あんたにも出会えたしね」
「そう………」
やっぱり、お母さんはお父様のことを………
でも、お父様は来られない。お母さんに会えない。色々と手紙を届けてみたが、来るとも来ないとも返事自体が返ってこない。
と言うことは………
やっぱりお父様はお母さんに会う気がないんだ。こんなにお母さんはお父様のことを愛しているのに………やっぱり、それは………
ゴホッ!ゴホゴホッ!
「お母さん!」
お母さんは手で制した。
「いいんだよ。お前は、お前のやりたいとを進めばいい。エリーナから聞いたよ。モンスター討伐隊員になったんだって?お前は私に構わず、自分の道を進みな」
「でも」
胃の中に鉛が押し込められたようななんとも言えない不快さを感じつつも、私はあることを決意した。
「お母さん」
「なんだい?」
「お母さんは私を産んでよかった?」
それは言えなくても言えなかった言葉だ。私はお母さんの一挙一動をじっくりみながら話した。
「お母さん、私を産まなければ、お父様一緒にいられたんじゃあ………?」
しかし、お母さんの腕が持ち上がったと思うとその手は私の頭を撫でた(なでた)。
「いい子だね、アイリスは」
「…………………………」
「でも、そんなこと気にしなくていいんだよ。私はお前に出会えて幸せだったんだから」
「…………………………」
「確かに最後の時にあの人に出会えないと言うのも心苦しいけれどね。でも、仕方ないんだよ。人生というのはね、なんでも望み通りのものを全部手にいれられるわけじゃないの」
「………………………………………………………」
「私はあんたに出会えて最高に幸せだったんだから」
「お母さん」
それに私は項垂れる(うなだれる)しかなかった。
やがて顔を上げる。
「私もお母さんが私のお母さんで本当に良かったと思っている」
お母さんの笑いシワが深くなる。
「そうかい」
「ジムのところに行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
それから、隣人に母がかなり咳き込んできたら面倒を見てくれるようにお願いして、その場から去った。
「ふー、満腹」
酒場でステーキとライスを注文して、それを平らげて私はそこから出て行った。
現金なものだな。
ふと、そう思う。母が今大変な目をしているというのに、こっちは討伐隊に入ったことから収入面で期待ができ、ちょっと豪華なものを注文してしまった。
まあ、食べでもしないとやってやれないちゅうの。
早くジムのところに行こう。そして話して、母の面倒を私が出た後に見てもらえるように話してみよう。まあ、ジムも仕事があるから、主に見てくれるのはエリーナさんだけど。
しかし、実のところジムもあの集合住宅に住んでいる。今朝はバタバタして会えなかったが、真面目なジムのことだ。仕事を優先させたのだろう。
だから、ジムがどれだけあてにできるかと言えば微妙なところだけど………
しかし、私は嘆息した。わかっている、本当に間違っているのは私なんだと。老い先短い母を残して、他の地で仕事をしている私が本当に悪い存在だということだと。
「ちょっと、そこの彼女」
私は声をかけられたことに気付いて振り向いた。
そこにはローブをネックレスで装った、キザな男がいた。領主専属の魔術師の印である黒と黄色の専用のローブを羽織っている。
「俺、レバント様のお抱えの魔術師なんだけどさ」
男が私の目を見て話す。その瞬間。
幻術か。
男は私にある魔術をかけた。それは幻術。相手をマインドコントロールする魔術だ。本来なら、力は強いが知能が小学生並みの魔物に対して使われるものであって、人に使ってはいけない。
男はじっとこちらの目を見るとゆっくりと顔を近づけてきた。
「ねえ、どう」
私の心は相手の魔術の刺激を受けて、相手が魅力的に写り、私の心が彼に欲情するように感覚を刺激されている。だが。
「あち!」
幻術は相手に知らせずに自然にかけるのが一流の幻術使い。私は幻術返しをし、彼の意識が体がひどく熱くなるようにした。
「暑い!暑い暑い、暑い!」
すぐさま、彼はスッポンポンになる。すぐさま街中で若き乙女に悲鳴が響き渡る。
「てめ!よくも!お前も魔術師だったのか!?所詮女のくせに!」
「そういうあなたはその、『所詮の女』にやられて、どの程度小さな存在なんですか?」
それに彼はワナワナと体を震わす(ふるわす)。
「てめえ!うご!」
臨戦態勢も取るも、彼の体は横からの拳に吹き飛ばされる。見ると全身甲冑に覆われた(おおわれた)大男が立っていた。こちらの甲冑も領主お抱えの専属の甲冑だ。しかもこのデザインは隊長クラス。
その私を幻術にかけた男がすぐさま立ち上がってその男に懇願する。
「隊長!聞いてくださいよ!この女がですがね!ゴホッ!」
今度は鳩尾にモロボディブローが決まり本当に動かなくなった。
その魔術師は倒れたまま叫ぶ。
「な、なにをするんですか!?隊長!?」
あ、案外根性あるな、こいつ。
隊長と呼ばれた男は肩で大きく息をした。
「お前はなんということをしてくれたのだ?ザイル?」
「い、いや、先に手を出したのはこいつで、私は………」
「弁明は警察署で聞こう。だが、お前が関わったこの女性はレバント様のご息女だぞ?」
明らかにザイルの顔色が青ざめる(あおざめる)。すぐに起き上がる、ザイル。
あ、回復力がすごい。
「そんな!そんなことは聞いていませんよ!レバント様のご息女は彼女ではないはずです!」
「正式なご息女ではないが、彼女はレバント様が奴隷に作らせた子供だ。もう十何年前の話だが、ついこないだまで、レバント様はアイリス様の母上、セン様に養育費を支払っていたし、いまセン様の治療費だってレバント様が払っているのだぞ?ザイル、お前何年も王領魔術師をやっているのに知らなかったのか?」
ザイルはだらだらと汗を滝のように流した。
実はこの人、天然?
隊長はザイルの方をガッチリ掴む(つかむ)。
「さ、行こうか。ザイル。何レバント様は公正な方だ。自身の娘が性犯罪被害者になりかけても公平に裁いてくれるはずだ」
「ヒィィィィ」
隊長のカブトはこちらを振り向いた。
「すまなかったな。アイリス殿。この度の非礼は近いうちに詫び(わび)おう」
「いえ、それはいいですから、それよりも!」
隊長がこちらを振り向く。
「あの、私のことはいいですから、領主様に伝えてくれませんか?私の母が危篤で、医者の話だと後1年も持たないらしいんです。だから!一眼でもいいからあってくれませんか!?」
隊長は私に背を向けた。
「いいだろう、伝えておこう」
「本当ですか!?」
いい隊長さんでよかった。
だが、すぐにその隊長の言葉に私は現実に引き戻さられた。
「だが、レバント様が実際に行くかどうかはわからない」
「あ」
そして、隊長とザイルは去って行った。
私はしばらく立ち尽くし(たちつくし)たが、やがてシオン婆のところに向かって歩き出した。
実際に合うかどうかはわからない、か。
それはそうだ。実際に会ってくれるかわかるはずはない。というよりも、会ってくれない可能性が高いだろう。
でも………
キュッと唇を結ぶ(むすぶ)。
会ってくれるかもしれないじゃない。
そういうのは一縷の望みだと知っていても、それに私は縋り(すがり)付きたかった。
「やあ、こんにちは、アイリス。意外と遅かったな。そんなにおばちゃんの容態が悪化したのか?」
シオン婆のところに行く早々、ジムは私を見つけると心配げに話しかけてきた。
「いや、大丈夫。確かに悪いけど、今日明日でどうにかなる程悪くはないよ」
それにジムも頷いた(うなずいた)。
「そうか、それはよかった」
そして、にっこり笑う。
「あの、よかったら、私も手伝おうか?」
「ああ、助かる。まだ残っていて、実のなるリンゴを取ってくれ。僕は左手側からやるから、アイリスは右手側からな」
「了解」
シオン婆の農場は大きな庭のような小規模の農場だった。大体植えられているのは10株ほどだろうか?
そんな決して大きくない農場に、しかしちゃんと柵もあって、農場らしいといえばらしいが、よくここでジムや子供達と一緒にやんちゃばかりしたっけな?
勝手に木の下にタイムカプセル埋めたり、柵の下を掘ってトンネルにしたり、本当に迷惑ばかりかけていたな。
あ、思い出すと恥ずかしい。さっさと終わらせよう。
私は一株のリンゴの木に立って、サイコキネシスで木からからりんごの小枝からりんごの実を取るのだが、これがかなり難しい。
この世界のすべての動植物には魔力を持っており、他のものが魔術をかけると、大体それを相対化するようなプロテクトをするのだ。これをレジスト運動という。
もちろん、リンゴの木にも魔力はある。だが厄介なことに幹や枝、小枝、リンゴの実にはそれぞれ数値の違う魔力を持っており、枝を壊さずに、小枝からリンゴを切り分けるのは相当神経にいる………………………。
パシ。
その時、左手側で取っていたジムが一つのリンゴを自分の手元に持っていた。
コホン。作業なのだ。だから、これは高い能力が持つ魔術師でも骨が折れ…………………
パシ。
また、ジムがリンゴを手元に持っていく。ジムはそれをカートに入れて他のリンゴに魔力を巡らす(めぐらす)。
これは説明をしていたんだから、取れてないだけで、決して私の腕が低いとかそんなんじゃないんだからね!?
結局。私が一株取ったのに、ジムは6株実を取って終わらせた。それだけジムがどれ程魔術の才能が天才的であるか読者諸君にお分かりいただけたであろう。
ハァ〜。地味に傷つくな〜。
で、シオンばあちゃんが私たちの礼にとアップルパイとフィーティーを用意してくれた。フィーティーはこのフェドラ町でよく使われるお茶だ。
そして、リビングでお茶ということになったのだが……………………。
「すごーい!ジム、見てみて!サッシだよ!あのサッシ、ガラスサッシだ!」
「ああ、すごいな」
私が窓ガラスを指さして興奮気味に行ったが、しかし、ジムはあっさりとした口調でティフィーティーを飲む。それに私は不満げに唇を突き出す。ティフィーティーはヤールティーと違って香ばしい香りのするお茶だ。こういう完食時によく出されるお茶だ。
「サッシと言ったら一級品の家具よ!それを個人の住宅で持てるなんてすごい!これをみて何も思わないの!?」
「まあ教会にもあるし」
それに私は膨れる(ふくれる)。
「ムー、夢がない言い方だなぁ」
「まあ、いいじゃないか。座ろう。話があるんだろう?」
「そうでした」
私は萎縮して席に座った。そして、言った。
「実はさ」
「うん」
「私、モンスター討伐隊員になったのは知ってるよね?」
「ああ」
「なんだけどさ、実は私の母の病状があんまり思わしくないの」
ジムの眉が動いた。
「悪いのか?」
「ええ、後1年は持たないだろうって、ミラー先生が言ってた」
「そうか」
ジムは視線を落とす。
「それでさ」
「うん」
「私近日中に僻地に飛ばされる可能性があるの。まだ、採用された、だけで具体的な任務はまだ決まっていない」
「わかった」
「え?」
肝心なところ話していないんだけど?
「いわゆるおばちゃんの面倒を僕がみてくれないか?というものなんだろう」
私は口をパクパクさせた。何も話していないのに見透かされる(みすかされる)なんて!
「まあ、長い付き合いさ、言わんとしていることはなんとなくわかるさ」
そう言ってウィンクするジム。
ううう、間違ってないけど〜。なんか悔しい〜!
そう、一人で悶々(もんもん)していると出し抜けにジムが言った。
「なあ、おばちゃんのことなんだけど………」
「うん」
私は頷いた(うなずいた)。
「領主様はお見舞い(おみまい)に来ていたか?」
「ううん」
「そうか」
そして、またジムが遠い目をする。それに私は何かあるな、と思った。
「何?ジム。何かあるなら話してよ!水臭い(みずくさい)じゃない!」
「いや、気にしすぎかもしれない」
そう言ってジムは口をつぐんだ。
「何?」
ジムの様子に私は不安になる。
「いや」
ジムは手のひらで口を覆って、横を向いた。そして、そのまま言う。
「これは噂なんだが、聞くか?」
「う、うん」
普段は誠実なジム、だからこそ、そのシリアスな様子にどこか不安になる。ジムはまっすぐにこっちに振り向いて言った。
「僕の仕事知っているな?」
「うん。主に幻術破りでしょう?」
さっき、昼の時のような女の子に幻術をかけてレイプする男性は後を絶たない(たたない)。一応帝国も対応はしているが、しかし、それでも、なかなか減る見込みはない。
そして、ジムの仕事はそんな女の子のレイプされた、と言う直感を聞きつけ、幻術にかけられていないか、見るのが仕事だ。幻術と言っても、大体1日で効果が切れるものが多いから、女の子側から何か違和感を感じたら、普通自警団に行くのが普通だ。
「それが何?」
「いや、幻術も日々進歩しているんだ」
「うん」
「1日ではなく、1ヶ月間効果が持続する幻術もある」
「うん」
「それで強制発情させてレイプしたら、今度はそのレイプした人を好きになるような幻術も編み出せるようになっているんだ」
「え?」
ぞっと背筋が凍る思いだった。レイプしたのに、当人を好きになる幻術?信じられない。もし、それを悪用すれば、レイプしたのにその翌日にはレイプした人に好意を抱き、恋人同士になれるかもしれない。もし、そんなことを考えて行動を起こしている人がいたらそいつは人間じゃない。悪魔だ。いや、待て。と言うことは………
「もしかして、お母さんが!」
「ああ、その可能性もなくはない」
「いやいや、ないでしょう!だってお母さんがお父さんと知り合ったのは20年以上も前のことだし!」
「それがな、よくわからないんだ」
「え?」
どう言うこと?
「新しい幻術が発明された瞬間に、その新技術が広く知られ渡ることはない。主に使われてばれてから存在が知られるってだけで、僕が言った幻術はもっと前から発明された可能性が高い」
「いやいやいや!」
私は思いっきりジムの話を遮った(さえぎった)。それにジムも黙った。
「どうぞ」
「うん。言わせてもらうけどね。たとえ、そうだとしても、その技術は1ヶ月間だけでしょう?それを過ぎれば効果は切れるはずだよ!そうだったらお母さんはそんな!」
そんな私の激情を、しかしジムは水のような滑らかさ(なめらかさ)で割って入った。
「これは少し前から知られられている技術だけどね、幻術持続、と言う魔術があるのはわかってきたんだ」
「それは?」
何か名前からして嫌そうな感じしかしない。
「これは名前通り幻術を持続させる魔法だ。モンスター戦ではほとんど効果がない」
「と言うことはレイプ用の?」
それにジムはうなずいた。
「もしくは破局になりそうなカップルに幻術を使って持続させて結婚まで持ち込める魔術だ。結婚をすれば一生離婚はできないからな」
「ひどい」
「アイリス?」
頬に熱いものを感じるままに私の心も熱いものを感じた。
「ひどいよ!そんな、そんなことをするなんて男の人って本当に最低!そこまでエッチしたいの!?レイプしたいの!?私、男の人もう信じられない!」
「アイリス!」
ジムは私の前にかがんで私の手を握った。
「ごめん」
「…………………………」
「ごめん」
「…………………………………………………………………」
「ただ、僕は君のことも案じていたんだよ。ほら、君は討伐隊のメンバーに加わるだろ?そして、君は美しい。プロポーションも抜群だ。だから、僕自身、君に暗に注意をしたくて行ったわけなんだ」
グスッ。頬に熱いものが流れる。顔がくしゃくしゃになった。
「アイリス、ごめん」
ジムの両手に力が籠る(こもる)。私もその手を私の頬に持ってくる。
「ありがとう。ジム。あなたの心遣い(こころづかい)本当に嬉しいわ。でも、これから、私何を信じていけば…………とにかく新しく知り合う男性は本当に信用できない」
「アイリス」
ジムは穏やか(おだやか)に言う。
「よく聞いて。今では帝国は本気でこの問題に対応している。少なくとも、モンスター討伐隊を含む、全帝国男魔術師に、どこでいつ幻術を使ったのか、と言う記憶装置を体に埋め込んでいる。女性にもそれを埋め込むつもりらしい。僕は自警団員だけど、もう、それは埋め込んでいる。だから、元気出して。少なくとも帝国は本気でこの問題を対応しようとしているし天使たちもこの問題に関与するつもりらしいから、何があったら、近くの天使に相談して、幻術レイプ被害届の職務放棄は帝国軍規規定第85章の第15項によって、職務放棄とみなされないから、自分のことを考えてアイリス」
そのジムの言葉に、私はただ項垂れる(うなだれる)しかなかった。
「ごめん。でも、君にどうしても注意をしたくて行ってしまった。それが君を守ることになるかもしれないけど、傷つけてしまって本当にごめん」
そういって、ジムは堪堪と頭を項垂れた(うなだれた)。
「ジム」
またしても、私の目に涙が溢れた(あふれた)。
ジムが悪いわけじゃない。と言うよりも、その心積もり(こころづもり)がとても嬉しい。でも、そうじゃない。そうじゃないの。男の人はスケベだと思っていた。それはもう10年前ごろからわかっていた。でも、ここまで卑怯なことを考えているなんて想像だにしなかった。
本当に男の人たちがこんなことを考えているなんて………。
でも、しかし、ジムの心遣いには本当に私は感動していた。だから悪い意味でも良い意味でもショックで、だから私の目から涙が止まることをしなかった。
どうでしょうか?面白かったですか?無料サンプル版のもやっと感は最後の最後まで続きます。むしろ、このもやっと感がこの小説のキモとなっております。
ちょっとネタバレをすると、最後にアイリスはこの答えの出ない状態から、答えの出る状態になっています。