罰ゲームで嘘告をしたのだが、相手は同棲中の俺の許嫁でした
俺の名前は空原鈴也。
友達がほとんどおらず、クラスで陰キャ認定されている残念な男子高校生だ。
突然だが、俺の学校には学校一の美少女という存在がいる。
名前は柊凪咲。
長い金色の髪と、サファイアブルーの澄んだ瞳が特徴的な女の子で、文武両道、才色兼備、オマケに誰に対しても優しいという、まさに非の打ち所のない雲の上の存在だ。
実際に、浮いた話を聞かず、今までに告白された数はざっと3桁に到達するが、未だに成功した試しがないという。
そんな相手に今、俺は告白をしようとしていた。
放課後、誰もいない校舎裏で、陽キャどもに見守られながら。
そう、即ち俺は今から嘘告という物をするのだ。
突然混ぜられた陽キャたちのゲームで負けた俺は、罰ゲームとしてこの高嶺の花に告白をしなければならないのだ。
きっと、娯楽に飢えた陽キャたちが、陰キャの俺がフラれるのを見て楽しみたいのだろう。
本当に、趣味の悪い奴らだ。
だから俺は、サッサとこの茶番を終わらせることにした。
「ずっと前から好きでした、俺と付き合ってください」
「はい、喜んで」
「……は?」
やる気もなく、気持ちも込めず、適当に放ったその言葉に返されたのは、イエスだった。
俺も驚いたのだが、それ以上に後ろで見ていた陽キャどもが、声を上げて驚いていた。
そんな彼らに気づいているのかいないのか、彼女はいきなり俺の腕に体を寄せて、少し大きめの声で言い放った。
「今日は鈴也くんの家に行きたいな~」
「え、えっと……」
「いいよね?」
「は、はい……」
あまりの迫力に折れてしまった俺は、こうして彼女を家に向かえることになった。
校門に向かう際、わざわざ陽キャたちのいる方を通ったのは、きっと意図してのことなのだろう。
家に着いた俺たちは、早速俺の部屋へと上がり、俺は床に正座し、凪咲はベッドに足を組んで座って対面した。
足を組んでいるのと、俺が床に座っているせいで、短いスカートから白い太もものその先が見えそうになっている。
いや、違うそうじゃない。
そもそもどうしてこんなことになっているのかだろう。
「で、言い訳はあるの?」
「……」
俺を見つめる視線が冷たく、学校で見せる優しい彼女はどこにもいなかった。
この態度の変わりようからお気づきかもしれないが、俺たちは昔からの付き合い、詰まるところ幼馴染みという奴なのだ。
しかも、親同士の仲が良く、許嫁という関係にランクアップされている幼馴染みだ。
オプションに一ヶ月前から同棲中ときた。
だからまぁ、俺は許嫁に改めて告白をしたという訳なのだ。
「あのさあ、あなたも男なんだから、嫌なことは嫌ってはっきりと言わないと」
「おっしゃる通りです」
「ほんと、私が相手だから良かったけどさ、それが他の女子だったらどうするつもりだったの?」
俺の情けなさを見かねて、凪咲は頭を抱えながらそう問いかけてくる。
俺と凪咲は、昔はかなり仲が良かった。
しかし、今は精々食事中に顔を合わせる程度となっていた。
つまり、完全に冷めきってしまっているのだ。
でも、それはあくまでも彼女の気持ちで、俺の彼女への気持ちは冷めるどころか増すばかりだった。
だからこそ、俺はしっかりと目を見て答える。
「相手が凪咲だから受けた」
「なッ……!」
俺がそうきっぱり言い切ると、凪咲が顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。
「ほんと、そう言う所が鈴也の悪いところなのよ……」
彼女は何かぼそぼそと呟くが、俺にはさっぱり内容が聞こえない。
でも、長年の付き合いだからこそ分かる。
彼女は今、照れているのだ。
凪咲は、自分は冷めた態度を取っているが、攻められると弱いのだ。
ほんと、そう言う所が可愛いんだけど。
そんな風に俺が勝手に惚気ていると、赤みがまだ残っている顔をこちらに向けて、恥ずかしさを取り繕って彼女が話す。
「それで、これからどうするの?」
「え、これから?」
「そう、これから」
「と、言いますと?」
本当に意味が分からず俺がそう問うと、凪咲はため息をついた。
「私とあなた、付き合ったことになってるでしょ」
「・・・あぁ、そう言えばそうか」
「はぁ……自分から告白してきたくせに」
これはだめだと言わんばかりの呆れた口調でそう言った彼女は、頭を抱えながら問いかけてくる。
「それで、どうするの?」
「そうだな……いっそ学校でもいちゃつくか?」
「却下よ。私、そんなキャラじゃないから。ていうか、「も」って何よ。私達家でもいちゃついてなんてないでしょ」
「なに言ってるんだよ!毎日俺に弁当作ってくれて、毎週末家で一緒にゲームして、毎晩同じ部屋で寝てるじゃないか」
「同棲してるんだからお弁当は私の作る役割だし、ゲームしかお互い娯楽がないだけじゃない。後、一度もあなたとは一緒に寝たことなんてないから」
「それなら、今晩どうですか?」
「却下」
「はぁ、つれないな」
いつも通りの彼女の冷たい態度に、ちょっとだけ唇をとからせながらそう返した俺は、今度は真剣に打開策を考えることにした。
「まぁ、妥当なとこだと、普通に付き合っとけばいいんじゃないか?」
「そうよね。だって私、告白受けちゃったものね」
「そうそう、そもそも告白を受けちゃったからこんなことになってるんだもんね」
「あなたが告白しなければそもそもこんな話すら生まれてないのだけどね」
「しかたないじゃないか、凪咲にも学校でのキャラがあるように、俺だって俺の立ち位置があるんだから」
そう、俺は他人と無意味に関わるのが面倒くさい。
だから、最小限の人と関わるため、陰キャ認定されてしまうのだ。
対して凪咲は清楚系美少女だ。
基本的に相見えることのない対極の存在。
だからこそ、俺たちの関係は学校でバレることは無かったのだ。
まぁ、彼女は元からこんな感じではなかったのだ。
昔、というか高校入学までは、勉強しかしてこなかった真面目な優等生キャラだったのだが、色々と努力して今の姿になっていた。
俗に言う高校デビューだな。
「で、わざわざマドンナになった凪咲さんが、どうして俺の告白なんかオッケーしちゃったんだよ」
「えっと……」
「別に、あそこでフラれたって、俺の凪咲に対する気持ちなんてほんのわずかしか揺らがないよ」
「それは………ちょっと待って、ほんのわずかは揺らぐの?」
俺の言葉に鋭く反応した凪咲は、訝しげに俺の顔を見た。
「冗談だよ、冗談」
俺が笑いながらそう言うと、彼女はプイッと顔を背けて拗ねてしまった。
そんな彼女が可愛いなと思いつつも、俺は機嫌を取る意味でも話を進めることにした。
「まぁそうだな、やっぱり普通に付き合うしかなくないか」
「いや、もう別れたことにして」
「むちゃ言うなよ」
「あなたが罰ゲームで告白してくるのを知って、可愛そうだからその場は了承してあげるっていう契約をしていたことにして」
「なるほど……確かに、それなら陰キャにも優しい柊凪咲ってイメージも付くしな」
「そう、だからそれでいきましょう」
これ以上いい案も出なくなり、何より凪咲が機嫌を直してくれないので、俺は最後の質問をした。
「それで、結局どうして告白受けちゃったんだよ」
俺がそう聞くと、ベッドから立ち上がり、ドアノブに手を掛けた凪咲が、一瞬振り返って俺に聞こえない声で呟いた。
「だって、あなたがバカにされるのなんて見たくなかったんだもの……」
何も聞き取れなかった俺は、姿が見えなくなった扉を見つめながら、少し苦笑いをした。
「ほんと、何を考えてるのやら」
少しは機嫌を直してくれた凪咲が作ってくれた晩御飯を一緒に食べた俺たちは、各々の部屋で自分の時間を過ごしていた。
かなり雨脚が強くなった外とは全く異なる快適な部屋で、ベッドに横になりながらスマホゲームをしていた俺の元に一人の来客が現れた。
コンコンという扉をたたく音が聞こえて、少ししてから声が聞こえてきた。
「鈴也、は、入ってもいい?」
「ん?いいぞ」
いつになくか細い声でそう言ってきた彼女は、俺の了解を得ると、ゆっくりと扉を開けた。
扉の向こうに立っていた凪咲の姿は、同棲しだして数回程度しか見かけたことのないパジャマ姿で、おまけに枕を胸に抱いていた。
「あの、さ」
「はい」
「今日、一緒に寝てもいいわよ?」
「はい?」
あまりの衝撃的な発言に、俺は一瞬彼女の言っている言葉の意味が理解できなかった。
「だ、だって今日一緒に寝たいって言ってたから……」
「どういう風の吹き回しだよ……」
正直突然こんなことを言われても、普段と違い過ぎて戸惑いを隠しきれない。
俺がどう返事をするか決めかねていると、凪咲は迫るようにぐっと俺に顔を寄せてくる。
「で、いいの?」
「え、うーん……」
よく分からんが高校に入って初めて甘えてくれたし、特に断る理由もないので、そう返事をしようとしたとき、外から大きな雷の音が聞こえてきた。
「キャ――!」
そう言って、雷鳴と共に俺の胸元に飛び込んできて、枕で耳を覆ったのは紛れもなく凪咲だった。
それと同時に、俺は今までの話が一気に結びついた。
「そう言えば、雷、昔から苦手だったな」
「うん……」
涙目になりながら、今にも消えてしまいそうな声でそう返事をした彼女は、昔互いの家を行き来していた頃の彼女のままだった。
そんな凪咲の姿が普段とあまりに違い過ぎて、ギャップで思わずニヤケそうになる口元を必死に抑えて、そっと彼女を抱きしめる。
「ま、今日はありがたく一緒に寝させてもらうよ」
「ありがとう……」
そう返事をした彼女は、急に力が抜けて、俺に全体重を預けてきた。
俺はそれを支え切れずに、一緒にベッドに倒れ込んだ。
「ったく、俺といるだけでそんなに安心するもんなのかね」
俺の呟きは、恐らく凪咲には聞こえていないだろう。
何故なら彼女は、安心しきったような穏やかな表情で、規則的な寝息を立てていたからだ。
俺は彼女をベッドに寝かせると、膝立ちで彼女の顔を覗き込みながら、優しく頭をなでた。
同棲し始めて、初めて間近で見るその顔は、確かに学校で一番と言われる程の、誰もが目を奪われる美少女であった。
しかし、それと同時に、こうも無防備な表情は少し子どもっぽくて、それでもやっぱり可愛くて、でもやっぱり可愛らしく思える。
しかし、こんな表情は、きっと学校の連中は誰一人として知らない。
そう思うと、少しだけ優越感に浸ってしまう。
「ほんと、俺のどこがいいんだか」
学力は平凡、運動もそこそこ、友達は両手があれば数えきれる。
それに比べて凪咲は、文武両道で人付き合いが上手く、可愛くてクラスの人気者。
俺と彼女に接点があるとすれば、幼馴染みでゲームが好きなだけ。
まぁ、だから俺は、そんな彼女を手放したくなくて、冷たくされてもそれを許容してしまう。
「やっぱり、俺は凪咲に心底惚れちゃってるんだな」
俺はそう呟きながら、苦笑いをした。
ま、尻に敷かれてるけど、それでいい。
俺たちには、俺たちに合った付き合い方があるのだから。
「おやすみ、凪咲」
聞こえるはずもない声を彼女に掛けると、俺は布団を敷いて眠りについた。
翌朝、目が覚めるとそこにはもう凪咲の姿はなかった。
重い瞼を擦りながらリビングへと向かうと、既にそこには朝食が用意されていた。
「あら、おはよう鈴也」
「おう、おはよう凪咲」
「朝ご飯、ちょうど出来たところだから、一緒に食べましょう」
「ありがとう」
そう言って、俺と凪咲は椅子に座り、一緒に朝食を済ませた。
「ほら、学校行くわよ」
「あぁ、いってらっしゃい」
俺はそう言うと、もう一度ニュース番組の方に意識を戻す。
いつも一緒に登校したくないと言われているので、俺は少し遅れて家を出るようにしていたからだ。
「私の話聞いてた?一緒に行くわよ」
「へ?」
「ほら、準備して」
「お、おい!どうしたんだよ急に」
いつもはついて行こうとしても断るのに、今日は向こうから強引に誘ってくる。
俺は訳が分からなくてとりあえず鞄を手に取り、彼女に理由を尋ねる。
「だって、私達付き合ってることになってるし」
「でも、別れたことにするんじゃ……」
「いいの!」
俺が昨日の話を思い返しながらそう言うと、凪咲は「気が変わったの」とだけ言って、理由を言ってくれない。
俺はとりあえず、彼女の言う通りにしようと思い、テレビを消して家を出る。
学校に着き、教室に入ると、クラスに衝撃が走った。
俺と凪咲が一緒に登校しているからというのもあるだろうが、一番は家を出た時からずっと彼女が俺の腕に抱き着いていることが一番の要因だろう。
そんな俺たちを見たクラスの奴らは、ただただ驚き固まる事しかできていなかった。
そんな中、一人の男が凪咲に問いかけた。
「柊さんは、そ、空原とその、付き合ってるのか?」
「はい。私達、ずっと前から付き合っていますので」
そうきっぱりと言い切った凪咲の姿は、他人に有無を言わせない圧倒的な迫力があった。
しかし、その気迫に負けずに、その男子生徒は食い下がる。
「で、でも、そいつなんかのどこがいいんだよ!」
「少なくとも、あなたのように他人を悪く言うような方よりは、魅力的な男性ですよ」
「な……」
凪咲の間髪入れずにそう言うと、男子生徒はぐうの音も出ないと言ったように唸った。
そんな様子を見て、彼女は少し満足したのか、クラスの全員に聞こえるような声で、さらなる追い打ちをかけた。
「でも、強いて言うならですね……」
そう言って、スッと俺の方に視線をやったかと思うと、次の瞬間、俺の頬に柔らかい感触が突き抜けた。
そう、凪咲は、俺にキスをしたのだ。
その光景を見て、クラスや、この騒動を聞きつけて廊下で見ていた生徒たちが、驚きの声を上げた。
しかし、一番驚いたのは俺だろう。
だって、これは凪咲にしてもらった初めてのキスなのだから。
そして、彼女はそんな俺の表情をちらりと横目で確認すると、満足そうな笑みを浮かべて、周りの奴らに言い放った。
「全部、ですね」
俺もちらりと凪咲の方を見ると、彼女の頬もほんのりと赤みがかっていて、恥ずかしかったことが見て取れた。
俺は周りに聞こえないように小さな声で、理由を尋ねると、彼女もまた誰にも聞こえないような声で、少し視線を逸らしながらボソッと呟いた。
「別になんでもないわよ。ただ、私もちょっとだけ素直になってみただけよ」
彼女の言葉にあっけに取られていると、凪咲はさらに言葉を続けた。
「私、あなたが思っているより、あなたのこと、好きよ」
そう言って、さらに頬を赤くする彼女を見て、あぁ、俺の許嫁は世界で一番可愛いなと、改めて思うのだった。
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