家は末代、人は一代(前編)
わたしは、歌舞伎の名門、堅上屋の末娘として生まれた。
姉は3人、上に年子の兄がいて、兄は次代の堅上屋を担う身として幼い頃から歌舞伎の稽古に明け暮れてきた。
朝早くから夜も更けるまで、毎日、自宅の稽古場に籠って父とふたり、稽古をする。おかげで、父はいつも兄と一緒だった。わたしの幼稚園の発表会があったときも、父は兄の稽古を優先した。
兄は7歳で、その年、初舞台を済ませたばかりだった。
本名の自分を捨て、父が幼い時に名乗っていた『揚本芋太郎』の当代を名乗り、連日、各種業界から持て囃されていた。分かりやすく言えば、期待されていた。それはそうだ。間違いなく、兄は未来の歌舞伎界を背負って立つ人材なのだから。
そんなにやりたいのならおまえもやってみるか、と言われたのは、6歳のときだ。父のひとことで、その日から、父と兄だけの稽古に、わたしも交ぜてもらえることになった。
歌舞伎の発声。所作。芝居や決まり事。
初めは、習い事のような感覚だった。
ただ、父や兄と一緒にいられることが嬉しくて、夢中になって遊んでいた。
けれど、ひとりの歌舞伎役者として真剣に取り組む兄を見るうちに、これではいけない、兄が真剣なのだからわたしも真剣にやらなくては失礼だ、という思いが芽生えてきた。そうしていると、初めはヘタクソだったわたしも、少しずつ、うまくなってきているのが分かった。
そのうち、稽古を見ていた父から「そろそろ曳子を歌舞伎の舞台に上げてみようか」とまで言われ、わたしは、女の子ながら、6歳にして歌舞伎の舞台に上がることになった。
歌舞伎は、男しか役者になれない世界ではあるが、子役ならば、女の子も舞台に上がることができる。そう、男の子がまだ成長して『大人の男』になるまえの、子役の時代なら。男の子が子役を卒業すれば、大人の歌舞伎役者になる。そして、女の子なら――。
だけど、わたしは、まだ知らなかった。
なにも知らずに、いつかはわたしも『歌舞伎役者』というものになれると信じて疑わなかった。
わたしも、大きくなったら、兄と同じように、歌舞伎役者になるのだと。愚かにもそんな夢を抱いていた。
姉たちから、えいちゃんは歌舞伎役者にはなれないよ、と言われても、絶対になると言って聞かなかった。
諦めなければ夢は必ず叶う――そうでしょう?
そんなある日のことだ。
『伽羅先代萩』の乳人政岡を父が、実の子、千松を兄が演じるという大役が回ってきた。
父は立役だけれど、こうして、たまに女形をするときがある。
立役というのは男の人の役で、女形は、女の人の恰好をしてやる役だ。
わたしは、この、たまにやる父の女形が好きだった。
普段はかっこいい立役なのに、女形のときは、たちまち、美しくて少し色気のあるかわいい女の人に様変わりしてしまう。それが不思議で、素敵で、大好きだった。
公演の稽古が始まると、父と兄は、いままで以上に、毎晩、自宅の稽古場に籠るようになった。わたしは、もっとふたりのそばにいたかったけれど、母がそれを許さなかった。
今度の舞台は大事な舞台なのだ、遊びとは違う、だから邪魔してはいけないよ、と。無論、邪魔なんてするつもりはないけれど、わたしは従うしかなかった。
――うちでは、母の言葉は『絶対』だったから。
歌舞伎の名家を支える梨園の妻で、歌舞伎界の将来を担う御曹司の母親で、それらすべてを完璧にこなしてきた人で。逆らえるわけなかった。
悲しいけれど、大好きな、とととにいにのためだから――。
わたしは、何度も何度も、自分に向かってそう言い聞かせた。
ととは、にいにのもので、わたしのものではないんだ、と。
にいには、堅上屋の、たったひとりの男の子で、我が家の、そして歌舞伎界の将来を担う『宝』でもあるから。だから邪魔してはいけない。二人のそばにいてはいけない。
ととは、にいにが好きだ。かかも、にいにが好きだ。
だけど、わたしは、たぶん、どちらにとっても必要じゃない。にいにの、オマケみたいな存在なんだと……。
*
ととにも、にいににも会いたくない。いや、絶対に会うもんか。
そう覚悟を決めたわたしは、稽古場に出入りするのをやめた。学校から帰ったあとは自分の部屋にこもり、食事もお風呂も別にした。
そろそろ、友達からは「父親や兄とお風呂に入るなんておかしい」と言われ始めていた頃だったので、ちょうどよかったのかもしれない。パパっ子でお兄ちゃんっ子だったわたしには、ちょっとつらくもあったけれど。
父と兄は、来たる本番に向けて、毎日稽古をしているようだった。
寝る間も惜しんで。朝と夕の食事もそこそこに済ませて。『伽羅先代萩』は伝統的な古典作品で、名作中の名作だから、父も兄も、相当に気合が入っていたのだろう、と思う。
特に兄は、名子役とも呼ばれる千松を演じることに、ただならぬ緊張を感じているようだった。これを演じきったら、きっと、将来的にも有望な役者になれる。絶対に失敗するわけにはいかないと。
なのに……それなのに、兄は、本番を1週間後に控えて、突如、インフルエンザに罹ってしまったのだ。
軽い風邪症状ならともかく、インフルエンザとなれば、学校も舞台も休むしかない。快復すれば復帰できるが、公演の初日には間に合わない。
となると問題は、兄が復帰するまでの数日間、千松役を演じる子役がいない、ということである。1週間前だから、ほかに稽古をつけている子役もいない。いるとすれば普段から古典歌舞伎の稽古をしている名家の御曹司くらいだが、それも厳しいだろうと言われた。
我が家にとっては死活問題だった。せっかくいままで築き上げてきたものが、すべて、無駄になってしまう。ほかの子役に頼むわけにはいかない。中止にするわけにもいかない。だとしたら、どうするか。
「曳子、やってみるか」
父が白羽の矢を立てたのは、妹のわたしだった。
幼い頃に稽古をつけたことのあるわたしなら、きっと、いまからでも覚えられる。兄が復帰するまでの数日間、立派に代役をこなしてくれる。数日で代役を降ろしたとしても、本当の役者ではない妹ならば、役者としてのダメージもない。まさしく適任だった。
「でも、あなた、本当に曳子にやらせるんですか。あの子は、まだ本当の舞台というのがなんなのか分かっていませんよ。いまだって、きっと、遊びの感覚でいるんです。大好きなお兄ちゃんと一緒にいたいから、稽古場に入り浸っているだけにすぎないんですよ」
母は手厳しかった。あの子は何もわかってないの一点張りで、父の主張を頑なに受け入れようとしなかった。
だけど、わたしだって、舞台がどういうものかくらい、もうとっくに分かっている。いまは稽古場に入り浸ることだってしていない。そもそも、遊びのつもりで稽古をしたことなんて一度もない……あ、一度も、というのは少し言い過ぎだけれど。
「だったら、尚更、『本当の舞台』というのを経験させてやるべきだろう。代役の経験は、きっと曳子にもいい刺激になる。それにな、おまえ、あの子は遊びで稽古を受けたことは一度もないよ。稽古をつけた私が言うのだから確かだ。あの子は筋がいい。あの子が男であれば、今頃……」
「やめてくださいな、あなた。あの子は女の子ですよ。いつかはお嫁に行く身、役者にはなれないんです」
――役者にはなれない?
このときのわたしは、まだ、子役を卒業した少女は歌舞伎役者にはなれないということを知らなかった。
いつかはわたしも、なれると信じていた。
兄のように一生懸命お稽古をして、努力を続けていれば。
「役者にはなれない」と、母は言った。あの子は女の子だから、と。わたしが女の子だから? 女の子だから、いけないの?
「……私が決めたことだ。今度の舞台には、曳子を出させる。異論は認めない」
父のひとことで、代役には、わたしが選ばれることになった。
だけど、あのとき、ほんの一瞬感じたモヤモヤは、いつまで経っても晴れないままだった。
*
それからは、父と、地獄のような稽古の日々が始まった。
ととを独り占めできるのは嬉しいけれど、厳しい稽古には時に涙することもあった。兄はこれをひとりで背負っていたのかと思うと、改めて、兄はすごい人なのだ、と思う。
『伽羅先代萩』(通称、先代萩)は、そもそも、江戸時代前期に起こった仙台伊達家のお家騒動をもとにした物語である。
といっても、タイムリーな事件をそのままそっくり上演してしまうと問題があるので、当時の役者たちは、時代区分を鎌倉から室町の辺りに移して、登場人物の名前も変えて、架空の物語として上演したと言われている。それでも、わかる人にはわかってしまう。どうも、歌舞伎というものは当時のワイドショー的な側面も持ち合わせていたらしい。タイトルだって、『先代』(仙台)に『萩』と、いかにも伊達家を彷彿とさせる。
簡単に言えば、命を狙われた当主の足利頼兼と、その息子の鶴千代を巡り、忠臣派の乳母政岡や渡辺外記左衛門たちが、お家乗っ取りを企む逆臣派の仁木弾正や頼兼の叔父、大兄鬼貫と対決する物語だ。
中でも有名なのは、やはり、『御殿の場』だろう。
逆臣たちに騙されて隠居の身となった頼兼。
幼くして当主となった嫡子の鶴千代を守るため、乳母政岡は「若君は男を嫌う病気になった」として男を近づけさせず、実の子の千松とともに、女性ばかりの御殿で育てはじめる。毒の混入を警戒し、食事も自ら用意して、若君たちには、他の者が用意したものには手を付けないよう言い含めておく徹底ぶりである。
ところが、ある日、敵の一味、幕府の高官「管領」(今でいう、裁判官のようなもの)の妻である栄御前が、鶴千代のもとへ、見舞いのお菓子を持ってやってくる。
得体の知れないものを鶴千代に食べさせるわけにもいかず、かといって偉い方からの贈り物を断るわけにもいかない。政岡が困り果てていたそのとき、無邪気にも駆け寄ってきた千松が菓子を奪ってしまう。
菓子をほおばった千松は、直後、にわかに苦しみだす。
やはり、菓子には毒が入っていたのだ……。
そうだ、いつだったか、政岡は千松にこう言ったことがあった。
「主人(鶴千代)に何かあったら、身代わりになりなさい」と――。
千松は、母の教えを忠実に守ったというわけである。
そんな千松を、仁木弾正の妹・八汐は、証拠隠滅のため、刺し殺してしまう。
だが政岡は動揺の色を見せなかった。動揺すればこちらの心境が勘付かれてしまう。鶴千代や、頼兼にも迷惑がかかってしまうかもしれない。だから怪しまれないように、あくまでも死んだ子どもは自分の子ではないというふりをして、親子の情を隠し通した。
結果として、彼女の作戦は成功した。
栄御前はまんまと勘違いし、彼女を逆臣の一味なのだと信じ込んで仁木の巻物を預けて帰っていった。
ひとり残された政岡は、そこでようやく、身代わりになった我が子を思い、嘆き悲しむのだった。
大人たちの勝手な都合で幼い命が犠牲になるなんて可哀想な気もするが、歌舞伎には、こういった “可哀想な子役” の話が多い。
『先代萩』もそうだし、代表的なところでは、『菅原伝授手習鑑』の四段目・切「寺子屋」なんかもある。主人公の実の子どもが、偉い人の子どもの身代わりにされ、主人への忠義と我が子への愛情の両方で涙するのだ。
身代わり。
子どもの、身代わり。
なんか、それって、今のわたしの状況と似ていないか?
歌舞伎の御曹司として、大事に、大事に育てられてきた兄。
その代役として舞台に立たされたわたし。
乳母政岡に大事に守られている幼い当主の鶴千代と、「何かあったら鶴千代を守るのだ」という母の教えのもとに毒入りのお菓子を食べて苦しんだ末に殺されてしまう千松。
似ている。
父と、兄と、わたし。
乳母政岡を演じる父が、ふと、当主を守れと言い聞かせる厳格な母のように見えた。
わたしは身代わり。
鶴千代を守るための、駒にしかすぎない可哀想な子ども。
駒にさえならなければ、わたしは『いらない子』だから……。
ふと、脳裏に、母の言葉が蘇る。
「あの子は女の子ですよ。役者にはなれないんです」
ずっと憧れていた歌舞伎役者。いつかは、兄と同じように、舞台に立てると思っていた。だけど、それがすべて幻想だったとしたら?
いつか、姉たちが言っていたこと。えいちゃんは歌舞伎役者にはなれないと。
わたしは歌舞伎役者にはなれない。
そう。歌舞伎役者にはならない。
これが、最初で最後の舞台。
だから……最期に、少しでもお母さんの役に立てたら。
そしたら、わたしのこと、褒めてくれる?
『いらない子』じゃないって、ねえ、そう思ってくれる?




