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魔法学園の短期休暇 その17 ~アンドリィの野望~

 これだけ離れていても空気を伝わって肌が震える。腹の底に響く重低音の咆哮。


「ブラッドベアー……! アンドリィ、急いで!」


「ま、マジ!?」


 街道に出たブラッドベアーはまっすぐ私達を追いかけてくる。私達を狙っている!?


 馬車が玩具にみえるほどの巨体で地響きを立てながら走ってくる。


 ナブライが馬でも逃げるのは難しいと言っていた意味を実体験する。大きいくせに速い!


 どんどん距離が詰まっている。このままじゃすぐに追いつかれちゃう!


「2人乗りじゃ逃げ切れない。アンドリィはこのまま逃げて!」


「ちょ、ティアはどうするし!?」


「なんとか足止めしてみる」


「だ、大丈夫だよネ? ティアはAランク並みに強いし?」


「あはは。気休め言っても仕方ないから言うけど、ブラッドベアーはBランクでさえ最低でも5人以上のパーティが推奨される魔物だからね。どこまで出来るかやってみないとわからないよ」


 少なくとも、以前みたときは勝てるイメージが全く沸かなかったけれど……。


「そんな……だ、ダメだし! このまま一緒に逃げよーよ! そうだ、ティアのすべる魔法なら追いつかれても引き離せるっショ?」


「うん。でもそれだとその場しのぎは出来ても、ずるずるとナブライや動けないナタリィのところまで誘導する結果になっちゃうよ。そうなったら何人死ぬかわからない。まして王都まで引き連れていくわけにもいかないでしょう? いい? アンドリィはこのまま逃げてね!」


 少し後ろにズレてから杖を咥えて両手で馬の背中を押し込む。


 開脚してお尻を浮かせるとそのまま後ろへ飛び降りた。


「ティ、ティアァーー!」


「止まらないで! そのまま行って!!」


 踵を返すと、もうすぐ目の前までブラッドベアーが迫っていた。速い!


「グワアアアアアァァァ!!」


「くっ、大きい!」


 眼前の、四つんばいのブラッドベアーはまるで1階建ての家のようだ。


 2本の前足を浮かせたブラッドベアーは瞬く間に2階建ての大きさになった。


 馬の胴体の倍以上ある太いブラッドベアーの左手が、猫が鼠をいたぶる様に横なぎに飛んでくる。


 跳躍して避けると、私がいた地面が太い爪痕を4本残しながら、抵抗を見せずに大きく抉り取られた。


「なんて力!」


 受けたら駄目だ。吹き飛ばされるか、爪で引き裂かれる!


「油断するな! 来るぞ!!」


 振り上げられたブラッドベアーの右手が落下しはじめた私に向けて、上から叩きつけるように斜めに振り下ろされた。


「ぐうっ!!」


 鳴り響く金属音と衝撃のあと、すぐに背中からも強烈な衝撃が走る!


「ちっ、起きろ! 追撃されるぞ!!」


「う、うん……っ!」


 私が叩き付けられた地面が衝撃で凹んでいる。けど体はそれほどダメージを受けていない?


 タイガの爪のせいか、フードが切り裂かれて消し飛んでいた。


 視界の端に魔力図の影が見える。ひょっとしてタイガが物理防御の魔法を?


「グワアアアアアアアァァァ!!」


 咆哮をあげながらブラッドベアーが2本足で立ち上がる。


 大きすぎる! まるで3階建ての家のようだ!


 動きを止めたブラッドベアーは、胸元に大きな魔力図を構築していく。


「バーサククロー!? あれをやられたら避けられない!」


 足に『すべらない魔法』をかけてブラッドベアーの足元へ一足飛びに駆け寄る。


 踝の前に立った私は『超つるつるの魔法』をかけて壁のように太いブラッドベアーの足の踵を力いっぱい杖で殴りつけた。


「グワッ!?」


 重量を無視した動きで中空で高速に数回転したブラッドベアーが後頭部を地面に打ち付けた。


 轟音と共に水しぶきが大きく弾けあがる。


 地響きが、辺りに散らばる大きな水溜りに波紋となって広がった。


 困惑しているブラッドベアーの隙をついて、急いで胸に飛び乗ると構築中の魔力図を右手で掴んで引きちぎった。


 木が裂けたような音の後、魔力図が消失する。


「グワアァッ!!」


「くっ!」


 頭上から迫り来る2つの爪をなんとか避けて、私が地面へ転がり落ちると体を捻ってブラッドベアーが一瞬で四足で立ち直る。


 大量の水しぶきが飛び散ると、あたり一面に豪雨のように降り注いだ。


「デケェくせに機敏なやつだぜ」


「だね。ゴーレムみたいにのろまだったら楽できたのに! タイガの爪も致命傷に届いてないみたいね」


 私が魔力図を破壊した後、青い光が私の周りを何度も走っていたけれど、ブラッドベアーの皮膚の表面を傷つけただけのようだ。


「ちっ、全盛期の力が出せればこんな熊ひと撫でだっつーのによ。不愉快だぜ!」


 ブラッドベアーの左手が横なぎに飛んでくる。


 今度はそれをバックステップで避ける。すぐに右手が横なぎに飛んできた。


「わっ!」


 あわててもう一度バックステップで逃げる私を、ブラッドベアーは赤い目を光らせて交互にラッシュをかけながら迫ってくる。


「くっ、避けられない速さじゃっ、ないけどッ、腕が大きすぎる、よ!」


 大きすぎて体捌きで避けられる次元じゃない。大きめのステップでないと避けきれないから直線的な動きに縛られる。


 そのせいで反撃の手が出しづらい。巨体ってそれだけで厄介だよ!


「逃げてばっかじゃ埒が明かねぇ」


 私が避けたブラッドベアーの手に、隙あらばとちょくちょくタイガが爪で反撃しているが致命傷には至らない。


「わかってるっ、けどッ、こんなのどッ、したら勝てるのっ!?」


「作戦Cでいくぞ」


 作戦Cは私とタイガで各個撃破する戦闘スタイルだ。


 いつもなら手数を求める複数の格下の魔物を相手にする場合に取る作戦だけど、この場合は2人がかりで自由に動いて倒すということかな?


「なんか策が、うわ! あるのっ?」


「んなもんねぇ。だが決め手がねえなら手数で削るしかねぇだろ!」


 確かにそうだ。このままじゃタイガは魔法を十全に使えないし、相手が大きすぎてタイガの爪でも致命傷にならない。


 タイガが私から離れてしまえば魔力供給が途絶えて物理防御の魔法は維持できなくなるけれど……ブラッドベアーの狙いがどちらかに向いていた方が攻めやすくなるよね。


 リスクはあるけれど、それしかない、か。


「わかった!」


 ブラッドベアーの右フックを大きくバックステップで避けると、黒虎の姿で現れたタイガが私の横に飛び出した。


 そのままタイガは魔力図を構築しながら大きく迂回してブラッドベアーの背後を目指して駆けていく。


「よし、こちらを向いてるときは逃げに徹しよう」


 いつまでも止まらないブラッドベアーのラッシュを避け続ける。


 大きいのは身体だけでなく、スタミナの量もらしい。


 たぶんだけど、バーサククローの反動に負けないために両肩は特に強靭なのかもしれない。


 だけど少しずつブラッドベアーの攻撃の間合いがわかってきた。避け方に余裕が生まれ始める。


「グワアアアァァァッ!!」


 咆哮をあげて立ち上がったブラッドベアーが背後を覗き込んでいる。


 タイガが後ろから攻撃をはじめたらしい。


 他所見しているブラッドベアーの足元に駆け寄って『超つるつるの魔法』をかけて殴りつける。


「グワッ!?」


 中空で高速回転したあとブラッドベアーが後頭部を地面に打ちつける。


 そこに合わせるようにタイガが上空から魔法を放った。


 高速射出された大きな尖った岩がブラッドベアーの顔面へ直撃する。


「やった!?」


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