魔法学園の短期休暇 その15 ~アンドリィの野望~
「ねぇアンドリィ。これはアンドリィの責任じゃないでしょう? 今回は諦めたらどうかな」
「……ないし。そんなの関係ないし! 魔物に襲われたから預かりものの大事な荷物を失くしましたなんて依頼者には言い訳にもならないし! アタシたちはそれコミで輸送料を提示してるんだから、失敗は全部、アタシたちのやり方か、考えの甘さが原因なワケ! 輸送の過程で起こった事とか依頼者には一切カンケーないし、結果を残せなければ商会の信用も失うし、補償で大損害なワケ!!」
私達に、というよりは、自分に言い聞かせるようにアンドリィは足元を睨みながら声を荒げた。
――過程は依頼者に関係がないというのは、ギルドの仕事も同じだからよくわかる。
信用についても同じだ。護衛依頼で失敗を続けていれば依頼者の方から断られるようになるだろう。
だからそこまではわかる。でも損害についてはそこまで必死になる必要があるのかな?
商取引については私もあまり詳しくないけれど、輸送の場合は確か輸送地点の間の実際的な危険度や経験的な成功率なんかを鑑みて商会毎にその輸送費を設定しているって事だったはず?
ブリトールの冒険者ギルドにあった図書コーナーの本にそう書いてあった気が……。
そう、思い出した。1回の輸送費に全額補償分を含めればリスクはなくなるけれど、輸送費が品物の価値と同額以上になってしまって今度は高すぎて顧客がつかないから、例えば100回に1回魔物に襲われて全損失すると仮定したなら、品物の価値の100分の1の金額を上乗せして輸送費を算出するんだ。
つまり損失率の低い商会ほど輸送料を安く見積もれるから、競合する商会に対して優位に立てる。
実際には補償の割合を依頼主と取り決めたり、輸送する品物の総額に応じて損失率を調整したり、いろいろと細かい取り決めや調整が行われるらしいんだけど、そこまではよくわからない。
少なくとも1つ言えるのは、正常な取引ならどちらか一方が全てのリスクを負うような契約にはならないという事だ。
アンドリィが今回の荷物を全損失してしまえば、確かにそれは大損害だろうけれど、商会はそれを想定しているはずだから、このせいでアンドリィが所属する商会が潰れる様なことにはならないはず。
彼女が命をかけなければならない程の事には、とても思えなかった。
「……やっぱりそれでもいくし! てゆーか、この仕事は絶対に失敗できないし!!」
「あんたがこの仕事に真剣なことは、短い付き合いでもわかっているつもりだが、死んでしまったら終わりだぞ?」
ナブライがアンドリィの説得に回る。
「私もそう思う。いくらなんでも、命をかける程のことじゃないでしょう?」
「アタシにとってはソレ程の事だし! この仕事は絶対に失敗できない理由があるワケ! 関係ないアンタたちにはわかんないし!! もーいい! アタシはひとりでも行くから!」
そう言ってアンドリィは壊れた馬車の方へ向かって歩き出してしまった。
仕方がない……私は小さくため息をついた。
「私が行くよ」
「いいや俺が行く。あんたがついて来るのは勝手だが、これは俺達の仕事だ。放り出すことは俺のプライドが許さない」
ナブライが威圧する目で言った。
あぁ……この人は一見、責任を果たすべく自身の傷の痛みにすら耐えて奮闘する格好を見せているけれど、単に自分に酔っているか、それとも責任の意味を履き違えているんだ。
まともに戦えないこの人について来られても、こう言っては何だけど足手まといでしかない。
彼は自己陶酔のために、私に2人を護らせる負担を強いようとしている。
いや、本人にその自覚はないのかもしれないけれど。
でもそれ自体が現状を把握し、正しく判断できていないということなんだ。
今ここで彼が果たすべき責任とは、何があってもアンドリィを行かせてはいけないという事だったんだから。
それに……。
「ナブライ、あんたまでここを離れたら怪我で動けない残されたナタリィは誰が護るの?」
「それは……っ、だから俺が行くからあんたがナタリィを護ってくれ」
「はぁ~~……。あんたねぇ、さっき自分で言った事覚えてる? ”他の冒険者がでしゃばるところじゃない”んでしょう? 言ってる事が滅茶苦茶だよ。それにアンドリィは私にとって学園の友達なんだよ? あんたがパーティを組んでいるナタリィを見捨てるのは勝手だけど、両方を護れないなら私はアンドリィを護るよ」
怪我で戦えないナブライにアンドリィは任せられない。
ナタリィには悪いけれど、考えるまでもないことだ。
それに彼女は私と同じ冒険者なんだ。私達は自己責任の世界で生きてる。
厳しいようだけど、いざという時の覚悟はできているはずだ。
返事を待たずに背を向けて歩き出した私に、ナブライはついて来ることはしなかった。
雨が降りしきる草原に出たところで、とぼとぼと歩くアンドリィに追いついた。
「ティア、来てくれたんだ……?」
「当たり前でしょう。危険なのをわかってて放っておけないよ」
私の言葉にアンドリィが力なく微笑んだ。
「……さっきはゴメン。言い過ぎたし」
「いいよ。アンドリィなりにいろいろあるんでしょ?」
ローブのフードをしっかりとかぶり直すと、2人で強襲を受けたという森の前を目指して街道を歩き出す。
「……アタシん家ってさ、他国との流通も手掛けるそれなりに名の通った大きな商会でさー。自慢じゃないケド、この業界じゃ王都でトップスリーに入る売り上げを誇ってるワケ!」
「へぇ、すごいね。アンドリィって実はお嬢様だったんだ?」
気さくだし、全然そうは見えなかったよ。
「アハハ。まーね! ケド、商会長のアタシの父さんは全然欲がなくってさー。売り上げは高いケド、困ってる人がいると利益にならない仕事まで引き受けちゃうし、従業員は商会の宝だからっていって手厚い保障制度まで設けているもんだから純益はそれほどでもないんだよネ」
いいながら、アンドリィはうれしそうに笑っている。
「たまに大きな純益がでてもさー、取引のある街の孤児院に寄付しちゃったりするもんだから、アタシら家族は贅沢なんて滅多にできないし、ちょーっとだけ苦労してるワケ! でもさー、ちょーハズイこと言っちゃうとアタシさ、父さんのそういうところ嫌いじゃないんだよネ! アハハ」
アンドリィが顔を真っ赤にして照れている。
孤児院はその土地の領主が管理する公的な施設だ。その運営資金は基本的に領主から出ている。つまり街から徴収された税金の一部だ。
ちなみに私もちゃんと納税している。
私達冒険者は冒険者ギルドから税金を天引きされた金額をいつも受け取っているんだ。
領主への納税はギルドがまとめて行ってくれているので、私達は細かいことは気にしないで済んでいる。
話を戻すと、つまり徴収された税金の配分は領主の権限であり、孤児院にあてられる資金も領主の裁量にかかっているということなんだ。
ブリトールの孤児院は贅沢は出来なかったし必要最低限の生活だったけれど、私達が怪我をしたり病気になったりしても医者に診せてもらえたし、孤児が増えても食事を減らされることがなかったことを思うと、ホーケンはしっかりとした基準を持って孤児院への出資を管理していたんだと思う。
でも噂によるとそういう領主ばかりじゃないらしいんだ。
ギルドの依頼で訪れた街々で聞いたことだけど、領主の人柄によっては孤児院はなんら生産に寄与しない無駄な施設だと出資を絞る人や、税政が上手くいっていない街では一番立場が弱い孤児院にそのしわ寄せが及んでいるケースもあるらしい。
そういった状況に苦しむ孤児院に手を差し伸べてくれる人がいることも聞いていたけれど、アンドリィの父親のような人たちだったんだね。
「――ありがとう、アンドリィ」
「へ? なんでティアがお礼をいうし?」
「私、実は孤児院の出なんだ。だから、ありがとう」
「ア、アハハ! やってるのは父さんだし! アタシじゃないし! ケド、家に帰ったら父さんにティアが感謝してたって伝えるネ! きっと父さんよろこぶし!」
アンドリィは照れくさそうに、頬をちょっと染めて笑いながら言った。