魔法学園の短期休暇 その11 ~呪われた町~
翌朝、にこにこ顔の執事のお爺ちゃんに呼ばれて、朝食をいただきに入ったトイボナス家の食堂は賑わっていた。
「おはよう」
「おはよう、ティアズ氏」
「おはうー!」
「おはよう、ティアズさん」
「おはよう。ティアズ嬢、君にはなんてお礼を言ったらいいかわからない。こうして家族揃って朝食が取れるのも君のおかげだ。本当にありがとう!」
「感謝だお!」「ありがとうございました」「あいがと!」
4人揃って頭を下げられた。
「えへへ。よかったね!」
私は昨日と同じ、ボンダールの斜め前の席に腰掛けた。
正面にはボブスン。その隣にエリスさん、ポエムちゃんが座っている。
2人と改めて自己紹介を済ませた頃、朝食が運ばれてきた。
食事をしながら話をする。
「ティアズ嬢。私は君への恩義に、どうしたら応えられるだろうか?」
「気にしなくてもいいよ」
「そういう訳にはいかない。君はそれだけのことをしたんだよ?」
またルイズの言葉が頭を過ぎる。むぅ……。
「う~ん、じゃあギルドの依頼にしてくれないかな? 事後になっちゃうけど」
「ふむ。それが君の望みなら。報酬はどれくらいをお望みかな?」
いくらだったっけ……忘れちゃったや。依頼書を見ないと思い出せない。
「ブルダスに聞いてもらえるかな?」
「ブルダスに? ふむ……逆に聞くが、君は町の人の呪いもギルドの依頼なら受けてくれるということなのかい?」
「うん。こっちにくるのはまとまった休みがないから無理だけど、王都に来てくれるなら学園の授業が終わったあとの、時間があるときなら受けてもいいよ?」
もう全員終わったと思うけど、噂を知らなくてボンダールみたいに昨日ギルドにこられなかった人がいるかもしれないもんね。
「そうか! それはありがたい! なら是非頼めないだろうか? この町には私達のように呪いに苦しむ沢山の人がいるんだ!」
「沢山はいないと思うよ?」
「……それはどういう意味だい?」
「え? だって昨日、ほとんどの人の呪いはギルドで解呪したから。噂を知らなかった人がどれくらいいるかわからないけれど、ブルダスの話だとほぼ全員って言ってたよ。100人以上はいたんじゃないかなぁ?」
「なんだってっ!!」
叫びながら勢い良く立ち上がったボンダールが、すぐに放心したように椅子に崩れ落ちた。
「ははっ、うわっはっはっは! それじゃ君は、それだけの事をした後に、夜中までリトルホーンの石化の解除をしてくれていたのかい?」
「うん。町の人の方を優先したかったから、そっちから先にやったんだけど、みんなの協力のおかげで思ったより早く終われたから家畜の方にも手を出す余裕が出来たんだ。でもさすがに全部は無理だから、どれがいいのか聞きに来たんだけどね!」
「ははは……。これは、君はもう、この町の恩人だな。ティアズ嬢、もし困ったことがあった時は私に相談して欲しい。私に出来る全力で君の力となるだろう」
「あはは。うん、そのときは相談するね」
差し出されたボンダールの右手を私も右手で握り返す。
強すぎない程度に硬く握られた右手から、ボンダールの熱い気持ちが伝わってくるようだった。
「お仕事のお話はもう終わったの?」
「あ、あぁ。なんだいエリス?」
「あなた? せっかく学園のお休みにトルティヤに来てくれたんですもの。ティアズさんに町のおいしいものでもごちそうしましょうよ。いまのお話では昨日は1日中どころか夜中まで町のために働いてくれたのでしょう?」
「そうなんだが……」
ボンダールが困り顔で言葉を詰まらせた。
「私、今日王都に帰らないとならないんだ。絶対に破れない約束があって」
「まぁ、そうですの……残念ね。せめてものお礼がしたかったのに」
「ティアズ氏、すぐに帰っちゃうのかい?」
「そうだね。朝食が終わったらギルドによってその足で王都へ帰ろうと思う」
「おねーたん、かえっちゃうの?」
「うん。ごめんね」
「……ティアズ氏! それに父上も聞いて欲しいお!」
「突然どうしたの?」
「ボクはこのまま魔法学園を退学するお」
「ふむ。いいのか? 後半年で卒業だろう。せっかくここまで頑張ったんだ、最後までやり通したらどうだい?」
「いいんだお。ボクは母上とぽむたんの呪いを解くための魔法を学びたくて入学したんだお。それはもう必要なくなったし、通う理由はもうないんだお」
ボブスンはそう言って明るく笑っている。
けど、やっぱり内心では落胆しているんだろうか……?
でもそれは最初から予想していたことだ。いまさら私が彼に言えることなんか、ない。
「だからティアズ氏、今日でお別れだお。3班のみんなにもよろしく伝えてもらえると助かるお」
「……うん」
朝食を終えた私を、トイボナス一家が玄関まで見送ってくれた。
「この町に来る事があったらいつでも家を訪ねてくれ。ティアズ嬢なら大歓迎だよ」
「ふふ、そうね。貴女は私達家族の恩人ですもの。いつでも遊びにいらっしゃい。そのときは今度こそ町のおいしいものを食べさせてあげるわ」
「えへへ、うん!」
「おねーたん、またね」
「うん、またね。ポエムちゃん」
「ティアズ氏なら心配いらないだろうけど、気をつけて帰るお」
「うん……。じゃあ、2日間お世話になりました!」
トイボナス一家に手を振って冒険者ギルドへ向かって歩き出す。
これで、いいんだよね?
ボブスンとはもう会うことはないのかもしれない。
でも、なんだかすごくもやもやする……。
本当にこれでよかったのかな……。
「…………やっぱり、このままじゃ嫌だ!」
踵を返してトイボナス家へ急いで戻る。
まだみんな玄関前で私を見送ってくれているみたいだ。
「ボブスン!!」
「な、なんだお。忘れ物かい?」
「うん、大事な忘れ物があった。正直に答えて! ボブスンは私に感謝してる?」
「してるお。当たり前だろ?」
「じゃあ、私の言うこと1つ聞いて頂戴!」
「な、なにをだお?」
「聞いてくれるの? くれないの?」
「……聞くお。何をすればいいんだお?」
「ボンダール、ちょっとボブスン借りてくね!」
「あ、あぁ」
ボブスンに『つるつるの魔法』をかけると、後ろから聞こえてくるボブスンの悲鳴を無視してそのまま引きずって全速力で冒険者ギルドへ向かう。
中に入ると今日は受付にララが座っていた。
「ララ、ブルダスはいる?」
「あぁティアズさん! マスターなら部屋にいますよ。呼んできましょうか?」
「うん、お願い」
すぐにララがブルダスを連れてきてくれた。
「おお、お前か。昨日はご苦労さんだったな。それにボブスン坊ちゃんまで。一体どうしたのだ?」
「そのことなんだけど、家畜の方の依頼書ってまだ半分近く残ってたよね? それを貸して欲しいんだけど」
「ん? まさかこれからやるつもりなのか?」
「うん。といっても完全に解除する時間はないから半分だけ解除してこようと思うんだ」
「半分だけとはどういうことなのだ?」
「石化を維持する強力な魔法だけ解除して、ただの石化状態にまで弱めておこうかなって。そうすれば中級魔法が使える魔術師か石化を解く道具で解けるようになるはずだから」
「あぁ、あのうるさいやつか?」
「あはは、うん、そう。それだけならすぐできるから」
「なるほどな、そいつは助かる。よし、わかった! 運がいいな。昨夜遅かったから実はまだ昨日の馬車を返してないんだ。今日も俺が走らせてやろう。地図を持ってくるから待ってろ」
言いながらブルダスが駆け足で、おそらくギルマスの部屋へ向かって行った。
「ティアズ氏はボクにリトルホーンの石化を解く手伝いをさせたいのかお?」
「うん。最初にこの依頼が殺到したときにね。私が一番最初にブルダスに聞いたのが、この町で中級魔法を使える人はいるかってことだったの。でもね、ブルダスは知る限りひとりもいないって答えたんだ。だから私は呪いの解除については誰にも手伝ってもらう事が出来なくて、ひとりでやるしかなかったんだよ」
「……」
すぐにブルダスが手に紙束を持って駆け足で戻ってきた。
「待たせたな。行くぞ!」
「うん。ボブスン、行くよ!」
「う、うむん」