魔法学園の短期休暇 その9 ~呪われた町~
「なに!? ではもう呪いは解けたのか?」
「うん。あとは普通に石化を解除するだけだよ」
タイガに多めに魔力を分けてもらうと石化を解除する中級の魔力図を大きく描く。
次になるべく沢山のリトルホーンが入るように魔力図を大きく展開させていく。
「むむむ、重い~……」
魔力図は杖でも手でやるように描けるようになっていたけれど、大きく展開させるのは杖や手ではできない。
直接魔力を動かす必要があるんだけど、タイガの魔力はエンリのように軽くないんだよね。
「タイガ、なるべく沢山入るように大きく展開したいの。手伝って」
小声でお願いすると、一瞬で魔力図が大きく展開した。
杖で増幅されていたとはいえ、さすがタイガだ。この場に散らばる半分以上のリトルホーンが範囲内に納まっている。
魔法の発動と同時に、範囲内にいた数匹のリトルホーンが輝きだす。
「こんな広範囲で……! ティアズ嬢、君は一体……!」
「すげぇな、こりゃ……」
この調子なら全部いけそうだ。続けてタイガに魔力を分けてもらい、展開を手伝ってもらって残りのリトルホーンの石化も解除する。
「終わったよ」
「あ、ああ」
ボンダールはなんだかぼーっとしている。どうかしたのかな?
「お嬢さん、ありがとう! ありがとう! これでこの牧場は安泰だ!」
「依頼書に解除した頭数と依頼達成のサインをしてくれ」
ブルダスが牧場主に羽ペンと依頼書を渡して言った。
さすがギルマス、用意がいい。
考えてみれば今日これだけ効率良く動けているのも、ブルダスや受付嬢達、依頼者の協力や、ボンダールが急場にも関わらず迅速に立ててくれた計画に支えられたものなんだよね。
「ティアズ嬢、1つ聞いてもいいかい?」
「うん、なあに?」
「君の見識で構わないんだが、宮廷魔術師に解けないこの呪いを君に解けた理由はなんだい?」
「う~ん。わからないけど、ただかなりの魔力が込められた魔法がかけられているみたいだよ」
「魔法? つまり魔術師達の魔力を上回る強い呪いということか?」
「魔術師のことはわからないけど、そういうことになるのかな? 単に石化なら状態変化の魔法でも出来るけど、状態維持の魔法でかけた場合、魔力図のレベルや込められた魔力の分だけ解除が難しくなるんだけど、逆に言えばそれさえなんとか止めることができれば、あとはただの石化だから誰でも解けると思うよ」
「あのうるさい音は石化状態を維持させている魔法を止めた音というわけかい?」
「うん、そうだよ」
「宮廷魔術師すら手がでないような、そんな強力な魔法をあの一瞬でか……」
何かぶつぶつ言っていたかと思うと、ボンダールがまたぼーっとしはじめた。ひょっとして考え事するときのクセ?
それから私達はボンダールが立てた順路を辿っていくつもの牧場を回り、予定以上のリトルホーンの石化の解除を行った。
予定していた全ての牧場を回り終わりトイボナス家に帰り着いたのは、深夜に近い時間になってからだった。
ブルダスの馬車を見送った後、ボンダールと一緒に屋敷の玄関へ歩いていく。
「群れで石化しているのが殆どだったから、思ったよりも沢山解呪できたかも」
「この短時間で依頼書の半分以上もこなしたな。大したものだよ。大分疲れているんじゃないかい?」
「えへへ、大丈夫。ダンジョンに潜るよりは全然疲れてないよ」
「そうか。その小さな体にどれほどの力が秘められているんだろうな、君は。改めて御礼を言わせてくれ。君のおかげで町の復興は10年は早まったよ。この町の領主として感謝する。ありがとう!」
「私はひとりの冒険者としてギルドの依頼をこなしただけだよ。えへへ、でも力になれたのならよかったよ」
中へ入ると執事のお爺ちゃんがすぐに現れた。毎回どうしてわかるんだろう?
「おかえりなさいませ、旦那様。それにティアズ様も」
「うむ」「ただいま」
「お2人ともお夜食はどうなさいますか?」
「そうだな。時間も遅い。私は部屋でとることにするよ。運んでくれるかい」
そう言ってボンダールは部屋へ向かって歩き出した。
「かしこまりました。ティアズ様はどうなさいますか?」
「ボブスンは?」
「坊ちゃんはもう済ませて部屋に戻っていると思います」
じゃあどのみちひとりかぁ。
「それなら私も部屋で食べてもいい?」
「かしこまりました。ではお持ちしますのでお部屋でお待ちください」
「あ、あの……ちょっとお願いが……」
「なんでございましょう?」
言いにくそうに小声で言った私に、察してくれたお爺ちゃんが屈んで耳を寄せてくれた。
「あの、大盛りにしてもらってもいいかな? お腹空いちゃって。あはは……」
我ながら良く言えたなぁと思いつつ、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「ほっほっほ。今日は一日お忙しかったのでしょう。わかりました。お任せください」
やさしく微笑む執事のお爺ちゃんの包容力を前に、私の羞恥心が少しだけ和らげた。
部屋に入ってしばらくすると、お爺ちゃんがワゴンに載せて夜食を届けてくれた。
2食分は軽くある量の食事を取り分ける。
「はい。こっちがタイガの分ね。よく味わって食べてよね? すっごい恥ずかしかったんだから!」
そう。お腹が空いていたのは本当だけど、大盛りを食べたかった訳じゃない。タイガの分を確保するためだ。
今日はタイガも頑張ったし、おいしい夜食を食べさせてあげたかったんだよね。
それにしても昨夜も食べたけれどボブスンもおすすめの、このリトルホーンのステーキおいしいなぁ。
少し獣感がするものの、お肉のコクが強くてマッドタイガーや飛竜のお肉とはまた違った味わいだ。
レアな焼き加減も相まってすごくやわらかい。
ワサビっていう鼻がつーんとする緑色の不思議な薬味もあわせると獣感が薄れてさらに旨味が際立つ。
みるとタイガも夢中になってお肉にかじりついている。
「タイガ、おいしい?」
「悪くねぇ」
本当に素直じゃないんだから。うれしいくせに。
執事のお爺ちゃんは食べきれない分は残すようにと言っていたけれど、2人で綺麗に平らげてしまった。
言われたとおり、ワゴンを廊下に出しておくと私はお風呂へ向かった――。
お風呂から戻ってくると、部屋の前にボンダールが立ち尽くしていた。どうしたんだろう?
「何か私に用事?」
「ああ、湯浴みに行っていたのか。実は相談したいことがあるんだが、今いいかい?」
なんだかすごく思いつめた表情をしている。大事な話なのかもしれない。
「うん。廊下じゃなんだし、中で聞くよ」
部屋に入ると小さな丸テーブルの椅子に向かい合って腰掛ける。
ボンダールが話しだすまで黙って待っていると、ようやく重い口を開いた。
「……実は私には息子の他に妻と小さな娘がひとりいるんだ」
疲れたようなボンダールの目を見て、今日ギルドの医務室でみてきた沢山の人たちの悲しみを湛えた瞳が頭を過ぎる。
予感を押し殺して、私は黙ってボンダールの話に耳を傾けた。
「だが、1年前、この町に呪いが降りかかったとき、庭で娘と遊んでいた妻は……っ。私の大切な妻と娘はっ、ぐっ……突然呪いを受けてしまったのだっ!」
ボンダールも術者を見ていないのかな?
呪いを受けた町の人たちからも、ひとりもそういう話を聞けなかったから、それで呪いだと思っているのかもしれない。
本当の所はラウゼルのように、術者は幻影魔法で姿を眩ませていただけじゃないのかな。
手が白くなるくらい拳を握り締めて何かに堪えていたボンダールは落ち着きを取り戻すと続けた。
「初めはどんな呪いなのかわからなかった……。2人ともまるで人形のように目を開いたまま動かなくなってしまったんだよ。心臓の音もしない、呼吸もしていなかった。医師に診せたが医学的には死亡と診断されると言われたよ。だが瞳も肌も髪も、いつもの美しく温かみのある色艶のままなんだ。とても死んでいるなどとは信じられなかった」
そんな魔法、聞いた事がないけど……上級魔法や特級魔法にならあるのかな?