ティアの近況報告 後編
「でもねぇ、それでもしもあなたが怪我でもしたら……」
「大丈夫、まかせてよ。これでもEランク冒険者なんだからね! それにこのままじゃ子供達も先生も危険だもん。その方が心配だよ」
先生も弟妹達も、ビッグラットが魔物にしては弱い部類だとはいっても十分命に関わる危険があるんだ。
それに私の事を心配してくれるのはうれしいけれど、私だって沢山の恩がある先生とこの孤児院のために、私が出来る事があるのならなんとしても力になりたいよ。
「……わかったわ。でも決して無理はしないでね」
「うん!」
先生の許可がもらえたので、ビッグラットがいつもどっちからやって来るのか子供達から話を聞いた私はサダの葉を手に入れるために冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの受付でサダの葉を購入した私は再び孤児院まで戻ってくる。
子供達の情報を元にビッグラットの巣を探す。
辺りをしばらく探していると、それらしい大きさの横穴を見つけた。
穴の周りを調べてみるとビッグラットの毛が落ちているのを見つけた。
ここで間違いなさそうだ。
私はその辺に落ちている枯葉や、小さな枯れた木片を横穴の中に集めて火を起こすと、その上にサダの葉を山盛りに置いて燻した。
煙が出始めた所で横穴を埋めて塞ぐと、杖を構えて備える。
サダの葉はビッグラットが嫌う臭いがする葉だ。
これを燻して臭いを巣に充満させればどうなるか。
しばらくすると、塞いだところが崩れて中からビッグラットが走り出てきた。
「来た!」
私は『つるつるの魔法』で次々と出てくるビッグラットを足止めしつつ、杖で殴って仕留めていく。
10匹程仕留めただろうか。しばらく待っても、もう出て来なくなる。
ビッグラットは10匹から20匹くらいで群れると言われているので、孤児院で仕留めた分を合わせて13匹だから、ひとまず駆除出来たと思っていいかもしれない。
火事になるといけないので沢山砂をかけておく。一応横穴もしっかりと塞いでおこう。
孤児院に戻ってくると、先生が外で待ってくれていた。
「ティア、怪我は……?」
「大丈夫、どこも怪我してないよ。先生、巣の駆除は出来たと思うからしばらく様子を見てみてね。また出るようだったら私がなんとかするから!」
心配そうな先生を少しでも安心させたいと思って、腕まくりのポーズでチカラコブを作って見せたけど、残念なことにコブは生まれなかった。
「ふふ。本当に、立派にやってるんだねぇ。ありがとうね。ティア」
先生のやさしい微笑みが私を幸せな気持ちにさせてくれる。
「えへへ」
私が立派だとしたら、それは全部先生のおかげだよ。
仕留めた13匹のビッグラットは私が解体して、全部孤児院に置いていくことにした。
ちょうどお昼時だったので、先生がビッグラットのお肉を使って作ってくれた料理を子供達と一緒に食べる。
先生の手料理なんてひさしぶりだ。
そういえば子供達がいるからか、手伝わなかった後ろめたさかはわからないけれど、珍しくタイガが食事時に出てこなかった。
宿への帰りがけに冒険者ギルドに寄って依頼書が貼られたボードを見ていると、面白そうな依頼を見つけた。
『黄昏の花』の納品依頼。
夕暮れ時に花を咲かせ、朝にはまた蕾に戻ってしまうという不思議な植物だ。
蕾の状態だと見付け辛いけれど、開花する夜間は星明りにぼんやりと白く光るので見つけ易くなると言われている。
その強い香りはすばらしく、貴族が使う香水の材料として使われるらしい。
収集依頼だけど夜間の採取になるためEランクの依頼になっている。
いずれ旅立つときのためにも夜間の移動を経験しておきたかったし、今からなら丁度夕暮れ時に群生地に着けそうだったから、私はこの依頼を受ける事にした。
受付で受諾手続きと、忘れずに松明を1本購入して早速街の外へと向かう。
街の外へ出てからしばらく街道を歩いていく。
頭の中の地図と照らし合わせながらそろそろかなと、街道を外れて森へ入るとタイガが姿を現した。
私が無言で見つめていると。
「仕事だろ」
押しかけ屁理屈猫は言った事は守ってくれるらしい。
2人で森の中を進んでいく。
「そういえば力は戻って来てるの?」
タイガが力を回復させるために休むといってからもう半年が経っている。
「回復する兆しが全くねぇ。まだなんらかの封印が残っているのか……」
「そうなの?」
改めてタイガの全身を観察する。
「でもキラキラする複雑な模様の図形はみえないけれど」
「魔力図のことか? なら俺様の本当の体の方に何か細工されてるのかもしれねぇ」
「本当の体?」
「今の俺様は魂だけだ。だから本当の体が何処かにあるはずだ」
「ふーん」
体が何処かにあったとして、もう腐っちゃってるんじゃないの?
ノーラウルフのお肉だって、ほっといたら数日でもう食べられなくなっちゃうんだし。
それとも大魔王のお肉だと日持ちが良いのかな? よくわからない。
そうこうしている内に、森を抜けて目的の丘に辿り着く。
思ったよりも早く着いてしまった。
見上げると日は傾き始めているものの空はまだ青い。
「夕暮れまで少しあるから、ここでおやつにしようかな」
おやつという単語にタイガの片耳が反応した。
良さそうな倒木を見つけて腰掛けると、鞄から小さな紙包みを取り出す。
今朝作った、卵もミルクも使っていない甘さ控えめのシンプルなビスケット。
1つ取り出して口に放り込む。
もぐもぐ。うん、少しだけ甘くておいしい。
隣からタイガの視線を感じる。
そういえばお昼食べてないもんね。お腹空いてるのかも?
2つ目を取り出して口に放り込む。もぐもぐ。
さっきからじーっと見つめ続けてくるタイガの視線が熱い。
「タイガも食べたい?」
「食べてやってもいいけど」
舌をペロリとする。
素直じゃないんだから。
紙包みから何個か取り出してあげるとおいしそうに食べるタイガ。
(かわいい……)
鞄から皮製の水袋を取り出して喉を潤す。
「卵とミルクがあれば、もっとおいしく出来るんだけどねぇ」
「手に入らないものなのか?」
「街で売ってるけどお金貯めないとだからね。贅沢は我慢だよ」
「俺様が取って来てやろうか?」
「取ってくる?」
「ああ、街にあるんだろ? 奪ってくればいい」
「盗むってこと? 駄目だよそんなことしちゃ!」
「あ? 欲しい物は奪えばいいだろ」
真顔のタイガはどうやら本気で言っているらしい。
「人の物を盗んだりしたら、警備兵に捕まって罰を受けるよ」
「警備兵か……だったら力を取り戻した時にするか」
なんだかすごく嫌な予感がする。
「力があったらどう違うっていうの?」
「力があれば警備兵なぞ返り討ちにしてやれるだろう?」
「そんな事をしたら、騎士達が黙ってないよ」
「なら騎士も全員殺せばいいだけだろ」
「殺すって……この街で暮らせなくなっちゃうよ!」
「逆らうものは全部殺せばいい。世界の頂点に立てば何でも手に入るぞ」
卵とミルクのために世界征服? あまりにも馬鹿馬鹿しいけれど、タイガは本気で言っている気がする。
このままにしてはいけない。
押しかけ猫とはいえ、一応私がエサをあげているからちょっとだけ責任がある気がするし。




