魔法学園の短期休暇 その6 ~呪われた町~
「通常はそうだが、この町の呪いは十分に大事なのだ。そういう場合はギルドの依頼でも特別な条件が付加されるものだぞ? そうだな今回に例えれば高価な消耗品を使っても必ず呪いが解けるとは限らないが、それで失敗したからといって大量の消耗品が自己負担になってしまうと依頼を受けてくれる者がいなくなるだろう?」
それは確かにそうかも。
「でも今回依頼を出す人達って去年に3割払ってる訳でしょう? 私が失敗したら今度もまた負担だけすることになるのも気の毒だよ」
絶対に成功するだなんて言い切れるものじゃないし。
「それはまぁそうなのだがなぁ。ふぅ、まったくお人好しな奴だな。言い換えればお前はそれ以上の要求ができるほどの能力を持っているってことなのだぞ?」
ふと、ルイズの言葉が脳裏を過ぎった。
これは私の自己評価の低さからくるものなんだろうか?
でも公平性を考えれば成果を残せないで報酬を受け取るのはやっぱり違うと思うし……。
いや、元々そういう条件で貼り出されている依頼だったとしたら、私はこうして疑問に思っただろうか?
思わない気がする……むぅ~!
「ふむ、ならこういうのはどうだ? 成功時全額、失敗時3割は動かさない。経費を含め他の条件についても魔術師達と同じだ。が! 但し書きで”現状に対して一切の好転が見られない場合は失敗ではなく依頼のキャンセルと同等の扱いとする。また、一切のペナルティは発生しない”という一文を付け加えるのだ。勿論、キャンセルになってもかかった経費は認めるぞ」
表向きは魔術師達と同じ内容だけど、よく読んでみると意味合いが違っているってことにするんだね。
ちょっとペテンっぽいけど、気づかれても冒険者のペナルティと相殺しているようにも見える。
それに”好転”っていうのは案外曖昧な言い回しだ。何を以ってしてそう判断するのかは人それぞれだからね。なにより私の希望にも沿っている。折衷案として悪くない。
「うん、それならいいかも!」
「よし、決まりだな!」
ブルダスが羽ペンを走らせると、いま話し合った条件を箇条書きにした。
それを持ったブルダスと一緒に待合所へ戻ると、受付窓口にはさっきよりも長い列が外まで続いていた。
待合所のスペースは受付を終えた人でごった返している。
「え、まさか……これ全部ってことはないよね!?」
「全部じゃないな。半分ってところだろう。まだまだ来ると思うぞ」
「ええ!?」
想像していたよりも全然多いよ!!
「ねぇ、この町に中級以上の魔法が使える人はいる?」
「初級ならいるが中級となると……うーむ、心当たりがないな」
「じゃあ石化解除のポーションや魔道具の在庫はある?」
「ギルドには在庫はないな。町の店にも期待はできないだろう。駄目元でみんな使っていたからな。もしかしてそれがないと解呪できないのか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
「ああ、魔力量の問題か? 確かに魔術師でさえ無理だった呪いだものな。1つ1つの解呪に相当量の魔力が必要になるのも道理か」
「それもなくはないけど、私、明日にはこの町を出て王都へ帰らないといけないんだ」
「明日!? もう1日だけ伸ばすことはできないのか?」
今回のボブスンの護衛依頼については予備の1日を含め、3日間とみていた。
だから4日目にエンリ達と王都見物へ行く約束を交わしている。つまり明後日だ。
エンリがすごくたのしみにしていたし、この約束は絶対に破りたくない。
「約束があるんだ。だから伸ばすのはできないよ」
「そうか。なら日を改めてまたこの町に来てもらうのは可能か?」
「う~ん、難しいかな。今回は魔法学園の短期休暇を利用して来てるけど、3日以上のまとまった休みとなると卒業後じゃないともうないよ」
「お前は魔法学園の生徒なのか。つまり日を改めるなら次は早くても半年後か……」
ブルダスがなにやら考え込んでいる。
こうして話していても埒が明かないかな。いまは時間が惜しい。
「とりあえずいま来ている依頼を見せてもらってもいい? それで少し考えたいかも」
「あ、ああ」
ブルダスと一緒にカウンターの内側にいる受付嬢の所へ移動する。
受付嬢から依頼書の束を受け取った私はその場でざっと目を通した。
「解呪対象で数えると家畜関係が8割、町人関係が2割ってところかな……」
数の上で多い家畜の方は全部石化の解除のようだ。想像だけど他の呪いにあって生きていたものは屠殺されたのかもしれない。
町人の方は様々だった。失明、脱力、睡眠、考える力を奪われた者や髪の毛が生えてこなくなった者、腕が上がらなくなった者や体臭がキツくなった者などなど、生活に支障のある重度のものから軽度のものまでいろいろだ。
家畜に関しては領主のボンダールが対策しているし、優先度は低いよね。
余裕があれば魔力図だけ壊してあげれば、ただの石化の解除なら私でなくてもいいし。
「相談なんだけど」
「なんだ? ギルドで出来ることならなんでも協力するぞ」
隣で黙って待っていたブルダスが答えた。
「これが半分にも満たないとしたら、多すぎて私ひとりじゃ全部受けるのは無理だと思う。だから今回は町の人の方を優先にしたいんだ」
「うむ」
「あと移動時間が惜しいから、動ける人や動かせる人は何処か1箇所に集まってもらいたいの」
「それならギルドの医務室を使うといいだろう。そう呼びかけよう」
「ありがとう。あとは私が呪いの解除だけに専念できるように助手をひとりつけて欲しいんだけど」
「既に休みの受付嬢数名に声をかけさせている。おそらくひとりくらいなら融通できるだろう」
おお、いつの間に! でも確かにいま受付窓口がすごいことになってるもんね。
「ちなみに助手ひとり分の費用はいくら払えばいい?」
「それは依頼料で賄うから気にするな」
「わかった。まずはそんなところかな。あとはやってみてから考えるよ」
頷いたブルダスが受付嬢に指示を出すと、カウンターを出て待合所にいる受付済みの人達を連れて外へ出て行った。
外から大声で説明するブルダスの声が聞こえてくる。
ギルドの医務室に人が集まるまで少し時間があるよね。
私はその時間を利用して一旦、トイボナス家に帰ることにした。
「おかえりなさいませ、ティアズ様」
トイボナス家の正面玄関から中へ入ると、すぐに執事のお爺ちゃんに声をかけられた。
「ただいま。どうやら今夜もお世話になることになりそうだよ」
「そうですか。それはそれはよろしかったです」
にこにこしている執事のお爺ちゃんによると、ボブスンは朝食の後すぐにベッドに潜り込んだらしく、いまも寝ているらしい。ボンダールは自室で日々の執務に追われているようだ。
2人に今夜もお世話になるって直接話したかったけれど、邪魔をするのも気が引けた。
悩んだけど、執事のお爺ちゃんに伝言を頼む事にした。
「ティアズ様、よろしければお茶などいかがですか?」
「お呼ばれしたいところなんだけど、すぐに行かなきゃ。急に仕事が入っちゃったんだ」
「左様でございますか。ではお昼は戻られますか?」
「たぶん戻れないと思う。食事の支度のことだよね? お昼も夜も外で食べることになると思うから私の分は大丈夫だよ。あと帰りは遅くなるかもしれないんだけど……もし迷惑だったら町の宿屋に泊まるから」
「ほっほっほ。心配はいりません。呼び鈴を鳴らしていただければ私共の方にだけ聞こえますから、遠慮せずに鳴らしてくださいませ」
「ごめんね、ありがとう」
冒険者ギルドへ戻りながら、途中お店で昼食用にサンドイッチを2人分購入する。
ギルドの前には人だかりが出来ていた。
あわてて中へ入るとカウンターの奥から待合所まで続く長蛇の列が新たに生まれていた。
私を見つけたブルダスが受付嬢をひとり連れて来る。
「戻ってきたか。紹介する。お前の助手を務める受付嬢だ」
「ララと申します。宜しくお願いします」
ララと名乗るまんまるな顎のタラコ唇の恰幅の良い女性は、私よりも少し年上といった見た目で桃色のもこもこした髪型をしていた。
王都で見たパーマっていうやつかな?
「ティアズです。今日はよろしくね」