魔法学園の短期休暇 その1 ~呪われた町~
朝食を済ませた私とエンリは、空になった食器を食堂に返却すると、そのまま本棟へ向かって歩いていく。
生徒がまばらな講堂へ入ると、他のクラスメートと同様、いまや定位置となっているいつもの席に座った。
「魔法学園の授業も今日でもう半分終わりかぁ」
「ですね。ティアは明日からの短期休暇はどうします?」
「う~ん。仕事かなぁ?」
魔法学園の授業は前期と後期に分かれている。
入学してから半年が経つ今日が前期最後の授業なんだけど、次の後期の授業が始まるまでの1週間は休校になるんだ。
理由は教師達が後期の授業の準備をするためらしいんだけど、私達学生にとってはひさしぶりの纏まった休みになるんだよね。
「また仕事ですか?」
「少しでも貯金を増やしておきたいからね」
王都での生活も残すところあと半年だ。
いまだに両親への手がかりは掴めていないままだけれど、ルイズが言っていた話が本当で、私のことだとしたら旅の資金はいくらあっても足らないということはない。
「エンリはどうするの?」
「私は……王都見物に行きたいです。それとお買い物もしたいです! ティアも一緒にどうですか?」
「買い物かぁ」
必要な物は既に揃っているし、余計な物は買っても荷物になって返って勿体無いことになる。
それよりはやっぱり仕事をして稼ぎたいかな。
旅に限らず、怪我したり病気になったりすることもあるかもしれないし、何にしてもお金は必要だ。
「うーん。仕事次第かなぁ」
ふと見ると、エンリがほっぺをぷっくりさせて私を見ている。
「どうしたの?」
「ティアは私と仕事、どっちが大事なんですか!」
「ええ!?」
エンリは大事だけど、仕事をして稼がないと生活が出来ない。比べられるものじゃないよね!?
私があたふたと言い訳をしているとエンリが笑い出した。
「ふふふ。ごめんなさい。ちょっと言ってみたかったんです。ふふふ」
「む~! 酷いよエンリ~」
「ふふ、ごめんなさい」
「おはよう。2人とも何かたのしそう?」
「おはよう、メディ」
「おはようございます」
メディが私の隣の席に座る。そこは彼女の定位置だ。
「明日から休みになるでしょ? その話をしてたんだよ」
「メディはどう過ごす予定ですか?」
「学園の図書館で勉強」
「休みなのに学園に来て勉強するの?」
「うん。後期になったらすぐに特別授業が始まる」
特別授業は魔力図の最適化に関する高難度の内容になる。
授業は週に2回だけで午後の演習の時間に講堂で行われるらしい。
事前の予習が必須という、主に学者志望の人が受ける自由選択の授業なんだ。
卒業試験とは無関係な事もあって私とエンリは受講しない。
欲を言えば最適化された魔力図を読み解けるようになりたい気持ちはあるけれど、内容が難しすぎるしね。
主席卒業を公言していたアルでさえ受けないみたいだから、たぶんだけど3班から受講するのはメディだけじゃないかな?
「メディも忙しくなるね」
「2人は?」
「私は仕事」
「私は……うー」
エンリが途中で口を噤んだ。ほっぺが赤い。
「私も魔法の勉強しましょうか……」
うつむいて小さく呟いた。
「王都見物と買い物はいいの?」
「だって2人とも仕事や勉強で忙しいのに、遊びに行きたいの私だけみたいです……」
「そんなことないよ」
「同意。この期間に王都見物や帰省する者も少なくない」
「帰省かぁ。1週間じゃブリトールだとギリギリだね」
「そうですね。帰っても全然ゆっくりできなそうです」
エンリは家の事を思い出したのか、少し寂しそうな顔をしている。
「ねぇエンリ。さっきはあぁ言ったけれど、1週間ずっと仕事ってことはないと思うんだ。1日か2日くらいは一緒に遊びにいけると思うよ?」
「ふふふ。じゃあ約束です」
「うん!」
「ほむ。私も息抜き!」
「ふふ、では3人で行きましょう!」
地元のメディにおすすめの場所を聞いて盛り上がる。
王都見物のプランもほどほどの所で女教師が入ってきた。
「それでは、前期最後の授業を始めます。みなさん教科書を開いてください」
――数刻後。
午前の授業を終えた私達は食堂で昼食を購入すると、いつものように寮の部屋で4人で食事をとる。
「今日は午後の演習がないんですね」
「帰省者の準備のため、かも?」
「そっか。今日準備すれば明日朝いちで王都を出られるもんね」
そういう人のために学園側が配慮したのかな? もしかすると普段より護衛依頼が増えているかもしれない。
「昼食の後はどうします? 早めに『星屑の涙の光明』の活動を始めます?」
「学園が休みに入るならサークル活動も今日からお休みでいいんじゃないかな?」
「ですが、全然進展がないままです……」
エンリが目を伏せる。
「そうだね。でも頑張りすぎると続かないよ。それにあの頃と比べればわかった事もあるんだし」
「ふふ、そうですね」
「少しずつだけど私達は前に進んでる。あと半年だけど、まだ半年もあるんだから」
「同意。魔力図の解析も少しずつ進んでる」
「うん!」「はい!」
「休むときは休んで、これからも無理はしないで行こうよ。それに思ったんだけど、この機会に一旦離れてみるのもアリかもしれないよ?」
「ほむ。沢山考えてもわからない時、一度離れると良いアイデアが浮かぶ事がある」
「そう、それ! あるよね?」
「確かにそうですね……。わかりました。では王都見物の計画を立てませんか?」
「そのことなんだけど、私はこれから冒険者ギルドに行って依頼を見てこようと思うんだ。それでサラとダンジョンへ行く週末以外の日程がある程度見えると思うから、そしたら王都見物の予定も立てやすくなるかなって。だから計画は先に2人で決めちゃってもいいよ」
「わかりました。ではメディ、一緒に考えましょう」
「了解」
私は空になった2人分の食器を手に取って立ち上がる。
「タイガ行くよ」
窓際の机の上でごろんとしていたタイガが起き上がる。
タイガが私の背中に飛びつくと長い髪が返ってきた。
着替えるのも面倒だったので、制服姿のまま食堂に寄ってから冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに入ると思ったとおり閑散としている。
「サラは……やっぱりこの時間じゃいないよね」
もしサラに会えたらダンジョンへ行く日を相談すればそれで予定は決まったんだけどな。
夜にまた来てもいいけど……サラが今夜ギルドに来るとは限らないもんね。
仕方ない、予定通り依頼書が貼られたボードを見に行こう。
「ティアズさん! よかった!」
みるとエミールさんが手招きしている。
「なあに? もしかしてまた暇だから雑談したいの?」
「暇だけど違います! でも来てくれてよかったです」
「よかった? ってどうして」
「ティアズさんに指名依頼が入っているんです」
「え、私を指名?」
「はい。もう少しでお知らせに伺うところでした」
エミールさんが依頼書を出してくれる。
「トルティヤまでの護衛依頼? 依頼主は……トイボナス? 誰だろう。あれ? でも場所が魔法学園ってなってる」
「そうです。おそらくですが、学園の生徒が帰省するためではないでしょうか? そういう時期ですから」
「うん。でもどうして私なんだろう?」
魔法学園で私が冒険者だって知っている人といえば、3班のみんなくらいなものだ。あ、あとルイエさんもか。
でもルイエさんは後期の授業の準備があるはず……あるよね?
とすれば、ひょっとしてエクールとか?
私は彼女のファミリーネームを知らない。いや、ハーミスさんのような身の回りのお世話をする執事の名かもしれない。それに彼女は私が最近Cランクになったことを知っている。
でもそれなら昨日でも今日でも声をかけてくれたらいいのに。
「どうされますか? ご存知かと思いますが、指名依頼は実績も報酬も通常より高めですよ」
「実績かぁ」
先週昇級したから、Cランクとしての実績をまた1から積まなければならないんだよね。
だから多めに実績が付く依頼は魅力的だ。
「ねぇ、トルティヤってどこにある街なの?」
「王都の東。馬車で丸1日のところにある小さな町ですよ」
丸1日か。あっちで王都へ向かう護衛依頼を見つける時間を1日だけみたとして往復で3日ってところかな。悪くないかも。
それにエクールだとしたら、その故郷は私が気になっている所でもある。
「わかった。それ受けるよ」
「かしこまりました。では依頼主にその旨伝えておきますね。出発は明日の朝です。目印は赤い布だそうです」
目印? なんでそんなものが?
そう思っていた私は翌朝、学園の敷地内に溢れる馬車を見て納得した。