昇級祝い その5
「数百メートルから数千メートルはあると言われる大亀裂を、荷物や馬を連れて渡れるだけの魔力があれば可能だろうね」
ルイズやルーンゲルドなら出来そうだけど、相当な魔力量が必要じゃないかな。
「そんなに大きな亀裂ですの!?」
「てゆーか、それ無理らしーよ。昔そうやって渡ろうとした魔術師で構成された兵団は大亀裂の上空を飛んでる飛竜の群れの襲撃を受けて全滅したらしーし」
それはきびしい……飛行する魔物と空中戦闘、しかも飛竜が相手だなんて勝てる気がしないというものだ。
「では逆に一度下へ降りてから渡ったらいいのではなくて?」
「大きいだけでなく深いんです。その深さは地の底まで続くとさえ言われています。仮に降りられたとしても底の状況がわからないことと、今度はどうやって昇るのかという課題があるために実行に至っていないようです」
もしも『死の森』から毒ガスが流れ込んでいたら致命的だよね。もしくは強力な魔物が潜んでいる可能性もある。さすがに底がない、とは思わないけれど……誰も確かめた者がいないらしい。
そんな大亀裂の発生原因については私もよく知らない。
ただ元々あったものではなく、遥か太古の昔に生まれたものとされている。
なんとなくだけど、魔界の門が関係してるんじゃないかな。
魔界の魔素の影響を受けているんだろうけど、あの周辺だけ明らかに異常なんだもん。
「ほむ。じゃあ大亀裂の上を飛んでる飛竜を誘き寄せるしかない?」
「そうだね。山脈を目指すよりもその方が現実的かも。尤もどうやって誘き寄せたらいいのかわからないけど」
「砦の兵士なら知ってるかもネー」
メディがなにやら考え込んでいる。
「どうしたのメディ。ひょっとして飛竜でひと儲けしたいの?」
「違う。新鮮な竜の心臓が欲しいだけ」
「「「えぇ!?」」」
「アンタ、そんなキモイもの手に入れてどーすんのよ?」
「新鮮なうちに滴る血ごと食べると魔力が高まるらしい。狂人ミューゼの話に出てきた」
「えぇ……。でもそれって都市伝説っていうか、作り話でしょ?」
「うん。だから手に入るなら確かめてみたかった」
本当に魔力が増えるなら、私も食べてみたい、かも。でも……。
「それってやっぱり生じゃないと駄目?」
「駄目」
う~ん。別な意味でもハードルが高い……。
「メディスールには悪いケド。アタシは迷信だと思うなー。そんなすごいものだったら、絶対流通するはずだし。砦の兵士たちはすごい魔力を持てることになるし?」
「私の故郷でもそのような話は聞いたことがないですわ。本当だとすれば霊薬と呼ばれるほどの高い価値になりますわね。ただその手の迷信は枚挙にいとまがないですわ。竜の角の粉が万病に効くというのがその代表例ですの。似たようなもので竜の心臓の生き血を浴びると不死になれるというものもありますわ。ただこれに関しては試した者が亡くなっていて作り話だと証明されていますわ」
「然り。ゆえに信憑性は低い。けどゼロじゃない」
メディはただ単に可能性があるなら試してみたいんだね。
魔法にしても、本で得た知識をメディは実際に実験して試すことが多いから、彼女らしいといえば彼女らしいかも。
「いつか討伐したらって思ったけど、新鮮ってところがネックだね」
どこかで討伐できたとしても、鮮度のあるうちにメディの元へ届けるのは難しそうだ。
自分で試すのは……う~ん。魔力は欲しいけど抵抗がありすぎる。
おいしい料理に舌鼓を打ちながらの、たのしい時間は過ぎていく。
大いに堪能した私達がお店を出る頃には、辺りは暗くなり始めていた。
お店の前で解散する。
アンドリィとサラは同じ方向のようだ。
寮住まいの私とエンリ、エクールと、途中まで方向が同じメディとで歩き出す。
「デザートおいしかったです」
「ぷりんだっけ? あのぷるぷるで甘いのおいしかったね」
「クリームも旨し!」
「まだ口の中が甘いですわ」
エクールも幸せそうな顔をしている。
デザートの余韻に浸りながら魔法の街灯に照らされた夜の王都の街中を歩いていく。
「あ、そうだ!」
大事な事を思い出した!
「どうしました?」
丁度話したいと思っていた3人が揃っている。
人も行きかう街中の通りなので辺りに気を配りつつ、小声で話す。
「金色の魔法の事なんだけど……」
ルイズから聞かされた警告を3人にも伝えた。
「それは本当ですの!?」
「えっ! エクールも知らなかったの?」
彼女は知っているものと思っていたのに。
「実は恥ずかしい話で躊躇われるのだけど……。告白するとあの蔵書は幼少の頃にお父様の目を盗んでこっそりと閲覧したことがあるだけですの。……大事な書物だと言う事は理解していたつもりですわ。けれどまさかそんな誓約があっただなんて思いも寄らなかったですわ!」
エクールはよっぽどショックだったのか、顔面蒼白になっている。
「ティア、それでは『星屑の涙の光明』の活動は……?」
「それは続けても大丈夫みたい。人に話して広めるのは禁止だけど、調べるのは良いんだって」
「調べられても見つけられないという自信でしょうか……?」
「たぶんね。でも諦めないって決めたから!」
そんな私の目を見つめて、エンリが微笑む。
「ふふふ。そうですね」
「ほむ……。広められると困る人がいる?」
黙って考え込んでいたメディが呟いた。
「そういうことですよね? 確かにあれは特別な魔法なのでしょうけれど。知られて困る理由はなんでしょうか」
「わかんない。それを推測するには、あの魔法についてもっと知る必要があるのかも」
「同意。私達はあの魔法について殆ど知らない」
「はい。逆に言えばその程度のことですから、誓約に違反した可能性も低いのかもしれませんよ?」
「楽観はできないけど、私もそう思う。ルイズも似たようなことを言ってた。だからエクールもそんなに心配しなくても大丈夫じゃないかな。私達以外に話したことはある?」
「……ないですわ」
「だったら私達はこれ以上、広めないように気をつけよう。誰だか知らないけど、誓約を結ばせた人の耳に伝わらなければ大丈夫じゃないかな」
「そうですわね……。選ばれた者にだけ伝えるということは、その者を監視者として使い、秘密を守らせるためかもしれないですわ」
「はい。それと誓約自体が人々から失われないようにするためかもしれません」
「ほむ。つまり、人界を滅ぼせる程の力を持っていても全能ではない?」
「全能だったら誓約なんて破られる可能性のある手段じゃなくて、他の方法で強制させられそうだもんね」
そもそも口に出来なくするとか、資格のない者が聞いてもすぐに忘れてしまうとか。
「ですね」「うん」「ですわね……」
エクール元気ないな。まだ気にしてるのかな?
「それにね、仮に私達が誓約違反を犯していたとして、もう何ヶ月も経ってるけど何の警告もないし罰も受けてない。それってそこまで目が行き届かないか、そもそも違反を犯していないかのどちらかじゃないかな?」
「そうですね。これは個人が交わした誓約ではないのですから、破った側の代表に立つ者がその事実関係を確認できないうちに報復が許されてしまったら、誓約が一方的なものになってしまいます」
「言われて見ればそうですわね……。誓約の詳しい内容は不明ですが、国家間のものでさえ報復をする場合は相手国にその旨を宣言もしくは警告ののちに行われますわ。まして、事は人界滅亡などというこれ以上ない程の大きな問題ですもの」
「そうだよ。だから私達がこれ以上広めなければきっと大丈夫だよ」
「フフ、そうですわね!」
少し安心したのか、エクールの顔に笑顔が戻ってきた。
それでも私達は胸の底に漠然と残されている小さな不安から逃れたくて、少し前までのたのしかった気分を思い出すように雑談に花を咲かせた。
魔法の街灯が灯る夜の王都の街中を、いつもよりゆっくりとした足取りで私達は帰路に就いた。




