ティアの近況報告 中編
早速、お肉の下ごしらえを始める。
ソテー用に少し厚めに切って、軽く叩く。塩と香草をふり、軽く揉んで馴染ませている間に火を準備する。
『つるつるの魔法』以外使えない私は火打ち石でつけてもいいんだけど、ここはあえてタイガに頼むとしよう。
「タイガ、火をお願い」
しかし、返事もしないタイガ。
「火が着かないとご飯なしだね~」
と呟くと、舌打ちのあと目の前に黒くて青く光る魔力図が構築され、展開する。
魔力図が発動されると釜戸に火が点いた。
まったく、現金な押しかけ猫だよ。
そもそも私がこうして自炊しているのは、食堂で食べると2人分の食費がかかるからなんだ。
最初は生肉を食べていたタイガが、私が食べているものをひと口食べてからは、生肉を出すと私の料理を奪って食べるようになった。
仕方がないので、節約のため自炊で食事を2人分用意するようになったんだよね。
フライパンにお肉から切り取った脂肪を入れて炒め、油を伸ばす。
油を出してこげて縮んだ脂肪を取り除いて、下ごしらえしたお肉を入れてソテーする。
さっき解体したばかりの新鮮なお肉だし、焼き加減はレアにしよう。
だけどしっかりと焦げ目をつけるよ。
香ばしく焼けたらお皿に盛り付けて完成~。
簡単だけど、これがおいしいんだ。
使った道具を綺麗にしてから片付け、お肉の乗ったお皿を2つ持って部屋へ移動する。
昨日の残りのパンが置いてあるテーブルにお皿を並べると、タイガが出てきてテーブルの上に小さく音を立てて降りる。と同時に、私の髪型はミニボブになる。
早速お肉に食らい付こうとするタイガを、私は手で制止した。
「待って。タイガ、明日からはあなたも私の仕事をちゃんと手伝うように!」
「はん? やだね」
速攻の拒否。でもそんな事は想定内。
この半年、伊達に一緒に過ごしてきた訳ではない。
タイガのお肉をさっと取り上げる。
「じゃあご飯抜きです。働かざる者食うべからず!」
「なっ!」
飛びついてこようとするタイガに『つるつるの魔法』をかけて動きを封じる。
「く……くそ!」
「手伝いますね?」
「…………」
「…………」
見つめ合う2人。しかしそこにロマンスなど欠片もない。どちらかというと火花。
しかし、その間に漂うのは、香ばしく焼けたお肉のいい匂い。
香草の香りも相まって、より食欲を掻き立てる仕上がりだ。
どうだ! 抗えるものならば抗ってみよ、自称大魔王!
「……ちっ、わかった」
「大魔王の名に懸けて?」
「ぐ……くそ! 卑怯だぞ!」
「嘘つきの方が卑怯です」
「ぐぬ……わかった、名に懸ければいいんだろ」
「よろしくね」
笑顔でお肉を返してあげると、おいしそうにお肉にかじり付くタイガ。
(かわいい……)
「タイガ、おいしい?」
「……」
無視されてしまったけど、ふてくされているような姿が逆にかわいい。
翌日、私は宿の厨房を借りて昨日買った小麦粉でビスケットを作っていた。
質素なビスケットだけど砂糖が少し入っているので、きっと喜んでくれるだろう。
出来立てでまた温かい、袋いっぱいのビスケットを鞄に仕舞った。
からっと晴れた青空の下、風で揺れる麦畑に挟まれた道を心地よい気分で歩いていく。
孤児院のドアをノックすると笑顔の先生が出迎えてくれた。
中へ入ってテーブルに着くと、先生がお茶を出してくれる。
私はビスケットの入った袋を鞄から出して先生に渡すと、先生はテーブルの上のお皿に少し取り分けて残りは戸棚に仕舞った。
あのビスケットはおやつの時間になった時、子供達に振舞われるのだと私は知っている。
お茶とビスケットをつまみながら、私は先生に近況を報告する。
冒険者になったこと、昇級試験に受かって今Eランクな事。読み書きが役立った事。安定した生活が送れている事。大家の奥さんの事などなど。
先生は微笑みながら私の話を聞いてくれた。
「そういえばカブトにいちゃんに会ったよ、Cランクの冒険者になってたよ」
「カブト? なつかしいわねぇ、あのやんちゃ坊主が……そう」
「生活が安定するまで、カブトにいちゃんに助けてもらったんだ」
「そう、ふふ。あの子、昔からあなたの事可愛がっていたからねぇ。あなたが赤ん坊の頃、夜泣きするとね、カブトがすぐに起きて来てあやすの。そうするとあなたもすぐに泣き止んでねぇ。ふふふ」
「そんな事もあったんだ?」
「2人ともすごく仲良かったわよねぇ」
「そ、そうだっけ?」
「そうよう、カブトが15歳になってここを出るとき、あなたったら……」
「わー! わー! 言わないで!」
思い出した、めちゃくちゃ泣いたんだ。くは、恥ずかしい。
なつかしい話に花を咲かせていると、なんだか外が騒がしい。
耳を澄ますと、子供達の叫ぶ声が聞こえてきた。
遊んでいる楽しそうな声とは違う、何か焦っているような怖がっているような声だ。
先生と目を合わせると、私達は急いで外へ向かった。
「「「先生ー!」」」
「子供達! 早く家にお入り!」
見ると、家に向かって走ってくる4人の子供達を3匹のビッグラットが追いかけていた。
ビッグラットは家鼠に似た魔物だけど小さな家鼠のようにささやかなイタズラをするような可愛いものではない。
その大きさは大人のすねくらいあって上顎から伸びる鋭い前歯で足を噛まれたりすれば、大人でも歩けなくなる程の大怪我を負わされる危険な魔物だ。
小さい子供にとっては命にも関わる。
「「「ティアおねえちゃん!」」」
「まかせて。早く家の中へ!」
弟妹達とすれ違い、ビッグラットへ向かって駆け寄る。
先頭を走っている1匹に『つるつるの魔法』をかける。
足を滑らせた丸いビッグラットの体がボールのようにコロコロと回転しながら滑ってくる。
「あっちに、いけぇ!」
後続のビッグラット目掛けて、思い切り力を込めて蹴り飛ばしてやる。
ビッグラットボールがうまく当って3匹は団子になった。
駆け寄って3匹を魔法の範囲内に捉えてから、初めて手のひらの寂しさに気づいた。
「あっ、杖!」
杖はテーブルの横に鞄と一緒に置いたままだった!
ひとまず『つるつるの魔法』で3匹のビッグラットを足止めしたものの、さて困った。
蹴り飛ばすのとは違って、踏み潰すのは反撃で足をかじられるのが怖い。
「タイガ、このラット仕留めて!」
しかし返事が無い。
「タイガ?」
「知らん」
「手伝うって誓ったよね?」
「これは仕事じゃねーだろ」
この押しかけ屁理屈猫ぉぉぉぉ!!
「先生っ、私の杖を!」
「「「ティアおねえちゃんこれ!」」」
先生の指示で先回りして子供達が持ってきてくれた杖を受け取ってなんとか討伐できた。
幸い子供達に怪我はなかったようで、一安心しつつテーブルに戻ってきた私は先生に詳しい話を聞く。
どうやら最近、孤児院の近くにビッグラットの巣が出来たんだそうだ。
ビッグラットは魔物だけど、街の中を流れる川を泳いで来たり、地面に穴を掘って街の防壁を潜り抜けてきたりと、どこからともなく中へ入ってきてしまうらしいんだ。
それでときどきこうした被害が出ると、ギルドの討伐依頼にあがるのだけど。
先生が言うにはギルドに依頼を出すためのお金が捻出できないので、ビッグラットが出てきたら家に逃げ隠れていたんだって。
孤児院は街の外れにあるから、近所に住むお金に余裕のある人が依頼を出してくれるなんて期待もできない。
このままじゃジリ貧だ。
そんな話を聞いて、私が黙っていられる訳もない。
「先生。だったら私がその巣を駆除するよ!」