昇級祝い その2
「お前が聞きたいことはそれで全部かい?」
全部聞いた、と思う。
――いや、そうだ! せっかくだからあれも聞いてみようか?
魔法にこれだけ精通しているルイズだ。何か知っているかもしれない。
「ルイズは普通じゃない魔法を知ってる?」
「普通じゃない? ボヤっとしてるねえ。具体的にいいな」
「例えば金色の魔法、とか」
ルイズの表情が一瞬、強張った気がした。
「ふぅ……。約束だからねえ。知っているかと聞かれたら、知っていると答えなければならないんだろうねえ」
「本当!? 教えて!」
「悪いがそれは教えられないよ」
「どうして!」
「ティア、お前がそれをどこで知ったのかはわからないがねえ。それはこの世界では禁忌に触れる行為なんだよ」
どういう事!? 1500年経ったいまでも、隠蔽させたい何者かの力が残っているとでもいうの?
「どうして禁忌なの! 誰がそうさせているの?」
私の質問にルイズは黙って首を横に振った。
「関わる全てが話せないんだよ。それを知るべき資格を持つ者以外にはね。これはそういうものなんだ」
「何よそれぇ……」
「だがそうだねえ。このまま事の重要性も知らないままにしておくのも危険かねえ……。いいかいティア。人界を滅ぼしたくなかったら、その事は誰にも言ってはいけないよ。これはそれほどに重い事なんだ」
「人界が……滅ぶ……?」
どうして私のワンピースについている魔力図がそんな物騒なことになるの? って、違うそうじゃない。金色の魔法が、だよ。それにしたって人界が滅ぶって……ああもう、頭がこんがらがってきた!
「そうだよ。知ろうとすることは、まぁいいだろう。だが知った事を話して広めてはいけないよ」
「待って……どうしよう。私、2人に話しちゃったよ……! ねぇ、大丈夫かな? 人界滅びない!?」
「さぁてねえ。それがわかるのは何年後か、何百年後か。まぁお前のその様子から察するに、結局のところその魔法について殆ど知らないんだろう?」
「うん」
「ならそれほど深刻になることもないだろうよ。だが、その2人にもよく言い聞かせておきな。これ以上、他の誰かにその話をしないように、しっかりとねえ」
「……わかった。でも調べるのはいいんでしょう?」
「ああ。だが調べたところで何も見つからないだろうよ」
それは既に経験済みだ。だけど諦めないと決めたんだ。
「ちなみに知る資格って何? 私も持てるものなのかな。それも言えない?」
「言えないというより、知らないんだよ」
「へ? だってルイズは資格を持っているんでしょう?」
「そうらしいねえ。だがどうして選ばれたのかは聞かされていないんだよ」
「それは誰から聞かされたの?」
「エルガンからだよ」
またエルガン?
「お前、あいつに同じことを聞こうと考えているなら無駄だと思うぞ?」
「どうして?」
「何人か知らないが有資格者を通じて知らされるらしいんだよ。おそらく辿ってもたらいまわしになるだけだろうよ。そういう目的のためなんだろうからねえ」
「何よそれぇ。どんだけ徹底してるの!」
「言ったろう? それだけ重要な事なんだよ。逆説的に考えて、そういったことを守れることが資格者の最低条件なんだろうよ」
最低条件がわかっても、必須条件がわからないとなぁ。
「う~ん……」
「もういいかい?」
「あ、うん。聞きたいことは全部聞いたよ」
沢山の情報が得られたけれど、多すぎて少し混乱している。あとでじっくり整理しよう。
「なら模擬戦闘の感想を始めようか」
「うん」
「さて、始めに言ったようにお前の実力はAランクでも遜色はないだろう。当然Cランクの実力を満たしている訳だが、まぁそれについては最初からわかっていたことだねえ。お前は与えられたランクに対して実力の方が高すぎるし、さらに私に勝利したのだから、試験官の職務としてここで私が指摘することはもうないと言うことになる。だがそれではいささか心寂しいだろうから、あえてランクは考慮せずに指摘させてもらうがどうだい?」
客観的な指摘は私も欲するところだ。
「うん。お願い」
「うむ。確認するが、お前は遠距離攻撃を持っていないねえ?」
「うん。普通の魔法が使えないからね。弓も考えた事があったけれど矢が必要だし、荷物が増えるから……」
「ダンジョンで経験しただろうが、Bランク以上の魔物はとかくデカブツが多い。その上さらに飛行するものまでいる。そういった魔物に対して、お前は実力を発揮しきれず、不利な状況で戦わなければならないだろう」
「そう、かもしれないね」
前は確かにそうだった。でもいまは大きい魔物には『超つるつるの魔法』があるし、飛行する魔物には別の方法で対処が出来る。
「おや? 余裕が見えるねえ……なにかまだ手の内を隠しているのかい?」
「えへへ。秘密」
「やれやれ。あれはまだ本気じゃなかったっていうのかい?」
「本気だったよ?」
私だけの力の範囲では。
「ふむ。まぁあれはあくまでも模擬戦闘だからねえ。殺し合いの場でしか出せない切り札もあるだろうよ」
「そうだね。特にルイズはそうだったんじゃない?」
「くっくっく。なるほど。最後に言おうと思っていたことなんだが、私の心配は杞憂だったようで安心したぞ」
「なによ?」
「慢心だよ。それはすばらしくよく斬れる名刀すらなまくらにさせる錆のようなものだ。お前が私に勝ったことでそうなってしまわないように釘を刺さなければと思っていたんだがねえ。しかし素直に喜んでいいものか……お前のそれが客観的なものであるならば良い。だが、自己評価の低さからくるものだとすれば意味は違ってくる。どうなんだい?」
客観的なつもりだけど……。けど自己評価を客観的にできているかどうかなんて、どうしたらわかるの?
「そんなのわかんないよ」
「前にも言ったが、お前はまだ若い。そして人としても未熟だ。人が成長するためには、知識と経験という栄養が沢山必要だし、それを摂取し血肉とするにはさらなる時間を要するのだから、それはお前が悪いというわけではない。だが力のある者には本人の意思とは関係なく相応の責任が架せられるものだ。それはその者が未熟だろうとお構いなしだし、成熟を待ってもくれないんだよ」
なんだかちっともうれしくないね。それ。
「くっくっく。その顔にでるところも未熟の一端だねえ」
「む、もう! 私をからかってるの?」
「そんなことはないさ。だが足元の覚束ない者が、その手に世界を破壊する魔法を持っていたとして、周りから軽くつつかれたり、風が吹いただけで簡単に傾いて手にした魔法を放ってしまうとしたら、お前はその足元で平穏に暮らせる自信があるかい?」
まただ。ルイズの瞳から伝わってくる迫力に、背筋が寒くなったような気がした。
彼女は本当はいろいろと知っているのに、私ははぐらかされているだけなんじゃないだろうか?
「力を持つということは、そういうことさ。周りの人たちを不幸にしたくないのなら、お前もしっかりと自分で地に足をついて立てるように己を磨くことだよ」
私に何をどうしろっていうの? ルイズが言うことは具体的なことがなくてわかりづらいよ。
「さて、今度は私の質問に答えてもらおうかねえ。ああ、でもこれは私の好奇心だから、答えたくないことは答えなくても構わないよ」
「あ、うん。なあに?」
「そうだねえ、まずは。お前は私の魔力図をどの程度見えていたんだい?」
「くっきりはっきりしっかりだけど?」
「……冗談だろう?」
「じゃあ冗談で」
無理に信じてもらう必要もないよね。
「……」
「……?」
あ、ふざけてると思われちゃったかな!?
「お前は私の筋力強化の魔法も、物理防御の魔法も、人造ゴーレムすら一瞬で魔法を無力化したが、魔法が使えないお前がどうやって解除してみせたんだい?」
「う~ん。それは説明できないかも。できるからできる、としか」
みんなにはできないのに、どうして私だけ他人の魔力に干渉できるのか。自分でもさっぱりだよ。
「なるほどねえ……納得はしかねるが言葉を尽くされるよりも、ある意味正しく伝わってきたような気がするよ。幻影魔法を見破ったのも同じかい? わからないが、お前にはなんらかの特別な力があるということだろう。私はあまりエルガンの戯言を信じてはいないんだが、そうだとすればあいつが疑っているように、本当にお前がそうなのかもしれないねえ」
――ペンダントと名に導かれる者、か。