昇級祝い その1
大歓声の中、エミールさんが救護班らしき男性2人を連れて演習場に駆け込んできた。
ルイズは担架に乗せられて医務室へと運ばれていく。私もそれについていくことにした。
観戦席にいるサラにその旨を手で合図する。
みんなとは医務室で合流できることだろう。
「ティアズさんがお強いことは頭ではわかっていたつもりでしたが、この目で実際に観て震えました! こんなに強かったんですねっ!!」
エミールさんが興奮してぐいぐいくる。
「あ、あははは……」
「知ってますか? マスターって実はSランク冒険者なんですよ?」
小声で教えてくれる。やっぱりそうだったんだ。
「ルイズが本気でやったらどうだったかわからないよ」
戦闘内容を振り返ってみれば、彼女が私を殺すつもりなら仕留められるタイミングは何度かあった。
「謙遜ですよ。模擬戦闘だからといってもマスターに勝っただなんて、大声で自慢してもいいくらい本当に本当にすごい事なんですよ?」
謙遜なんてしてないんだけどな。
それにもう一度やったとしたら、絶対に対策されるはずだ。
勝つのはさらに難しくなるだろうことが容易に想像できる。
だから実力というより、不意打ちで勝ったような気分なんだよね。とても自慢する気にはなれない。
模擬戦闘という形式がすでにルイズの手を狭めていたし、逆に私は切り札を使い易かった。
極端なことを言えば、もし実戦だったなら浮遊魔法を使って私の手が届かない上空から一方的に大魔法を打ちまくるということも、彼女にはできるんだ。
でも、だとしても、今回勝つことができたことは素直にうれしい。
早くペンダントのことについてルイズから話を聞きたい。気が焦る。
医務室の前までくると、エミールさんは受付の方へ帰っていった。
指示はないけれど、勝ったんだから昇級は間違いないだろうと、先に手続きをしてくれるみたいだ。
いいんだろうか?
まあ、一応ルイズはギブアップしても合格だっていっていたし、大丈夫なのかな。
廊下の椅子に腰掛けてルイズの目覚めを待っていると、サラがみんなを引き連れてやってきた。
「ティア、怪我は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。この通り元気! 荷物ありがとうね」
「本当にティアはもうっ!」
エンリから預かってもらっていた肩掛け鞄を受け取る。
「ティア! アンタ、とんでもなく強すぎるっショ! あんなデカイのに普通勝てる!?」
「うんうん。驚愕!!」
「えへへ」
「それよりティアズ! 最後のあのとんでもない動きはなんですの!」
「あ~、それはなんというか、あはは……秘密ということでひとつ」
「なんですって!? 白状なさい~!!」
「ゆらさないでエクール~、あともう少し静かにしたほうが~」
「こほん。医務室前でしたわね。失礼しましたわ」
「ふふふ。さすがティアね! まさかあのギルマスに勝ってしまうとは想像もしなかったよぉ」
「えへへ、私もぱわーあっぷしてるでしょう?」
「そうねぇ。でもここまでにもなるとCランクでもランク詐欺っぽいよぉ」
「あ、サラさん! アタシもそれ思ってました! 絶対ランク詐欺だし!」
「ギルドマスターに勝利。なら一気にAランク?」
「それは規則で出来ないみたい。だから何度も言うけど詐欺じゃないよ?」
「ティアズさんはいますか?」
医務室から救護班の男性が出てきた。
「あ、はい」
「マスターが話しがあるそうです。中へどうぞ」
「それじゃあ私達は待合所に移動するよぉ」
「はい。移動しましょう。あまりここで騒いでいても迷惑になります」
「そうですわね」
「同意」
「ティア、あとでネ~」
みんなと別れて医務室へ入る。
ベッドの側にある椅子に腰掛けると、救護班の男性2人も部屋を出て行った。
ひょっとしてルイズが人払いをしたのかな?
「気絶させられたのなんて、何年ぶりかねえ。エルガンの剣撃を受けたとき以来か? くっくっく」
ルイズはそう言って満足そうに笑った。
「なんだか妙にうれしそうだね?」
「それはそうだろう。こんな世界なんだ。強者の誕生は喜ぶべきことだよ」
ギルドマスターとしてって意味だろうか?
「ねぇ、それよりも聞きたい事があるんだけど」
「ああ、わかってるさ。そう急くんじゃないよ。まずは言った通り、お前のCランク昇級試験は合格だよ。実力でいえばAランクにしてやりたいところだが、流石にそれは無茶だからねえ。だが実力のある者を見合わないランクに留める事はギルドマスターとしても私の望むところではないよ。だからこれまで通り、実績に対しては優遇しようじゃないか」
「それはありがたいけれど……」
「気が引けるかい?」
「まぁ、ちょっと」
「くっくっく。お前は自己評価が少し低いんだろうねえ。私はね、決してお前を甘やかしてるわけじゃないぞ? むしろ実力に見合う仕事をさせるために押し上げているんだ。いつまでも温いランクの仕事で遊ばせておかないと言ってるんだよ。いいかい? 並み程度の力量の者では敵わないような強力な魔物とこそ、お前が戦うべきだと言ってるんだ」
「むー」
そう言われると優遇感が薄くなったような気がした。
って、そんなことで簡単に気持ちが逆に傾くなんて、なんとも芯のない浮ついた考えだったんだね。
自分の浅はかさに気づいて心の中で自嘲する。
「さて。本来なら次は模擬戦闘の感想といきたいところだが、そこは私もお前に聞きたいことがあるからねえ。先にお前の質問とやらを聞こうじゃないか」
来た! 何から聞こうか。そう、まずは……。
「ルイズはどうして私が持っているペンダントの事を知っていたの?」
「エルガンの手紙に書いてあったからさ」
「え!? 私、エルガンにも見せたことないんだけど?」
「お前、あいつとの模擬戦闘で気絶した事があるんだろう? 運ばれたときにでも胸元から零れ落ちたんじゃないかい。私の想像だがねえ」
なるほど。あのときはどうやって医務室まで運ばれたのか記憶にない。
首にかかった紐を掴んでネックレスを外す。
「この涙の形の石について知っていることを教えて」
「ほう……これがそうなのかい。ふむ。なるほど、石から不思議な力を感じるねえ」
手渡した石をルイズが興味深そうに眺めたり、覗き込んだりしている。
「何か見える?」
「お前の名前が見えるねえ」
「他には?」
「他になにかあるのかい?」
ルイズにも銀色の魔力図は見えないようだ。
ペンダントを返してもらった私はそれを首にかけなおした。
「残念だが、それ以上のことはわからないねえ」
「約束が違うよ。ルイズは言ったでしょう? 私の名前とこのペンダントに導かれるって」
「ああ、そのことかい。それはエルガンの受け売りだよ」
エルガン?
「どういうこと?」
「あいつは若い頃、世界中の国々を渡り歩いていた事は知ってるかい?」
なんかそんなような事を言っていた気はする。
私は黙って頷いた。
「その旅の中で立ち寄ったとある国で聞いたらしいんだよ。そういう古い伝承をねえ」
「どんな伝承なの?」
「さぁてねえ。なんだったか……。そもそもあいつの手紙を読むまで思い出すことすらなかったことだからねえ。う~む……たしか特別なペンダントとその中に浮かぶ文字には重要な意味があるとか、使命を帯びた者はその者を導かなければならないとか、そんな話だったはずだよ」
「誤魔化してないよね? ルイズったら予言めいたことも言ってたじゃない。私がいずれ大きな決断を迫られるって」
「それは単純な憶測だよ。尤も、全部エルガンの話が真実だったと仮定した場合のだけどねえ。伝承に残されるような重要な事態なら、なんらかの使命を帯びた当事者に並々ならぬ決断が迫られると考えるのが道理だろう? そしてあいつはお前がそうじゃないかと疑っているんだよ」
浮いていた腰が座席に落ちた。
なんだか肩透かしをくらったような気分だ。
「詳しく知りたいなら、エルガンに直接問いただすんだねえ。さっきも言った通り、私のはあいつの受け売りなんだよ」
そうか。エルガンなら伝承の詳細を知っているかもしれないんだ。
ううん。そんなことはあまり重要じゃない。それをどこで知ったかだ。