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Cランク昇級試験 その2

「なら私とやってもいいだろう?」


「ん~、それはどうだろう。私は普通の試験でいいよ?」


「いいや駄目だねえ。結果が見えていてはおもしろくないだろう? お前が私とやらないと言うなら昇級試験は不合格だよ」


「何よそれぇ。職権乱用じゃないの~! 私はおもしろくなくてもいいんだけど?」


「前にお前に言ったはずだねえ、人がやることは不完全だと。それゆえに世の中から不条理は消えないんだが、それは犯罪者の事だけとは限らんのだぞ? 法の網の目をすり抜ける者もいれば、権力を使って法を取り込み合法的に我を通す者だっているんだ。こんなものはまだかわいいものだぞ」


「ちょっとルイズ。悪い人の顔になってるよ?」


「ふん。お前は純真がすぎる。この先の高みを目指すなら、その力に見合う責任を背負えるだけの器量が問われるというものだぞ。大方お前は常に正しくあろうなどと考えているんだろう?」


「む、それじゃいけないわけ?」


「悪くはないよ。だが浅いねえ。そもそもお前は”正しさ”をどうやって判断するんだい? 利己的にしろ利他的にしろ、結局のところお前の中だけの正しさじゃないのかい?」


「それは……でも善い事と悪い事の区別くらいはつけられるよ」


「くっくっく。じゃあ聞くが、善い事をしているもの同士が対立した場合、お前はどちらに付くんだい? 例えば魔界の魔物が自分達の命を守るために人界に進軍していたとしたらお前は人間の敵に回るのかい?」


 魔物が人界に攻めてくる理由? 疑問には思っても、よくよく考えたことはなかったかもしれない。


 だって魔物は”悪”だから。


 ……ずっとそう思っていたけれど、本当にそうなんだろうか?


 話が出来ない魔物は獣と同じだ。獣が人を襲うことに善も悪もないのかもしれない。


 だけどタイガの事はどうだろう?


 考えてみれば封印される前はタイガも他の大魔王と同様、戦争で数え切れないほどの人間を殺しているかもしれない。


 でも私はタイガを暴虐の大魔王とは思っていない。


 だって彼は傷つく心を持っているし、寂しさも感じるんだ。



 この世界には私達が触れることすら出来ない隠蔽された真実がある。


 もしも人間が悪で魔物達が正義だとしたら、私はどうする?


「……そんなのわかんないよ」


「物事が常に1つだけの正しさを持っているとすれば、なんとも単純で生き易い世の中だろうよ。善だの悪だのとわかり易い言葉でしか物事を量れないなら、お前はやっぱり未熟なのさ」


 さっきからルイズは何が言いたいのだろう……。


「なんか難しい話をしてはぐらかそうとしてない? ようするにルイズが私と模擬戦闘をやりたいだけでしょう?」


「くっくっく、そうともいう」


 悪びれもせずに即答した。


「だがティアよ。いまのままだといずれ大きな決断を迫られたとき、お前は後悔する選択しかできないだろうよ。そうなりたくなければ広い視野を持てるように己を磨き続けることだねえ」


「何よそれぇ……」


 予言めいたルイズの言葉に、その瞳から伝わってくる迫力に、背筋が寒くなったような気がした。


 まるで彼女は私の未来が見えているみたいだ。そんなことあるはずがないのに。


「いずれわかるだろうよ。お前の名とその胸のペンダントに導かれていけば、いずれ、な」


「えっ!! ちょっと、それどういうこと!? ルイズはこれについて何か知っているの?」


 だけどおかしい。涙の形のペンダントについては、人に見せたことは殆どない。


 エンリには寮で初めて一緒にお風呂に入ったときに見せているけれど、少なくともサラを含めてギルド関係の人には見せていないはずだった。


 これはルイズが知っていていいことじゃない。


 ひょっとして――彼女は私が知らない何かを知っている?


「私は知らないよ。いま言った以上のことは何もね」


 彼女の表情からは何も読み取れない。


 だけどそんなはずがない。絶対何かを知っているんだ。


「……ねぇルイズ。もし私が勝ったら、私の質問に正直に答えてくれるなら模擬戦闘をやってもいいよ」


「受験者が条件をつけるのかい? くっくっく、まぁいいだろう。万が一にも私に勝てたなら、私が答えられるものは隠さず答えると約束しようじゃないか。だが、知らないものは答えようがないぞ?」


「それで構わないよ」


 正直、王都の雑貨屋をまわっていたときに似た様なアクセサリーが見当たらなかった時点で、ペンダントについては殆ど諦めていたんだ。少なくとも王都で作られたものではないと思うから。


 銀色の魔力図についてもそうだ。金色の魔力図よりも複雑なくせに、ものすごく小さいせいで模写すら不可能だった。


 だけど思わぬところで手がかりが掴めたかもしれない。


 この機会は逃せない。絶対に勝ってルイズから話を聞きだすんだ!



 突如、鼓膜が軽く圧迫されたような感じを受けた。


「なに? 急に耳が変に……」


「ああ、エミールが魔導具を発動させたようだねえ。耳の違和感は魔法の防御壁に包まれたことによる気圧の変化のせいさ。流れ弾で観戦席に被害が及ばないための措置だよ。魔法と物理衝撃の両方を弾く、弾力のある半球状の透明な壁が演習場を覆ったんだ。これなら安心して戦闘に集中できるだろう?」


 エミールさんが言っていた驚くことってこれのことかな。でも、確かにすごい!


「もしかしてルイズがこの魔導具を作ったの?」


「よくわかったねえ。だが正しくは過去の賢人が作った設計図に従って私が魔力図の構築を行ったというだけのことだよ」


 やっぱりルイズはただの魔法使いじゃない。距離を開けたら危険だ。接近戦に持ち込むんだ。そして魔法をなるべく使わせないように攻めたてるしかない。


「ところで、いつもの装備で来るようにエミールさんから言われたから杖を持ってきたんだけど、これを使ってもいいの?」


「使い慣れた獲物の方が力を発揮できるだろう? 私は全力のお前と戦いたいんだよ。エルガンのときは模擬戦闘用の木の武器が双方折れてしまったそうじゃないか……だがそれも木の杖だねえ」


 簡単に折れるとでも言いたげな目で見ている。


「言っとくけど、この杖を折るなんて不可能だよ? 呪いの剣よりも硬いからね!」


「ふむ……まぁよかろう。早速はじめようじゃないか」


「待って。その前に聞きたいんだけど」


「なんだい?」


「ルイズって魔法使いでしょう?」


「いまさらだねえ。それがどうかしたのかい?」


「だったらさ、戦闘前から魔法を発動しているのってずるくない?」


 彼女は最初に見たときから筋力強化と物理防御の魔法を発動していた。


 魔法防御の魔法を発動していない辺りが、どうみても私への対策としか考えられない。


「別にずるくはないだろう。人が魔物と戦うために武器を手にするように、魔法使いとは魔法で弱点を補って戦うものだぞ?」


「エルガンはそんなことしなかったけど?」


「くっくっく、確かに私はあいつに魔法を教えたが本職は戦士だぞ。得意の獲物は剣であって魔法じゃないんだよ。それにだ。私はお前をそれだけ高く評価しているということなんだぞ? できれば本気を出してやり合いたいくらいだよ」


 口角を上げて笑うルイズの目が爛々と輝きだす。


「ちょ、Dランク相手に本気とかやめてよ。エルガンだってちゃんと手を抜いてくれたんだからね!」


 最後の攻撃だけはあやしげだったけど……。


「Dランクの皮をかぶった何かだろう、お前は。だが安心しな。本気は出さないというより、ここでは出せないんだよ。魔法が防御壁を貫いてしまうからねえ。とはいえ、私をたのしませることが出来れば勝敗に関わらず昇級試験は合格としようじゃないか」


 むー。これ以上の譲歩は望めそうにないかな……。


「まったく、勝手なんだから」


 愛用の杖を握り締めて演習場の中央寄りに描かれた、2つの小さな丸の1つへ向かって歩いていく。


 背後では手ぶらのルイズがもう一方の丸へ向かって歩き始めた。


「くっくっく。サラやお前のような逸材はそうそう現れないんだよ。退屈なギルドマスターの仕事の中で、私にもたのしみが少しくらいあってもいいだろう?」


「目をつけられた私やサラはいい迷惑だよ」


 足元に描かれた丸の中で立ち止まると、振り返ってルイズと向かい合う。


「サラはお前とは違った意味でおもしろい奴だよ」


「ちなみにサラはルイズに勝ったの?」


「さて、どうだろうねえ。それがお前が私に勝ったあとに聞きたいことかい?」


「違うよ。ぶー、ルイズが教えてくれないなら後でサラに聞くからいいもん」


 ルイズが本気じゃないにしても、サラが勝ったなら少しは気持ちに余裕が持てるかもと思ったのに。


「まぁ話の続きは模擬戦闘の後にしようか。エミール、開始の合図を!」


「はい、マスター」


 ルイズが片手をかざすと、キーンと耳鳴りのような音が響いたあと、エミールさんの声が大音量で演習場内に響いた。


 拡声の魔法だろうか? 観戦席がざわつきはじめる。


「双方準備はよろしいですね? それでは……模擬戦闘、はじめっ!」


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