ティアの近況報告 前編
魔界最強とか、大魔王とか言っているけれど私はスルーする。
だってただの黒猫がそんな事を言っても、恐怖を感じるよりもかわいいだけだ。
「そう、タイガね。私はティアズ。ティアズ・S・オピカトーラ。もう会う事もないだろうけれど、私に対して恩とか悪いとかの気持ちが少しでもあるのなら、今後は封印されるような悪いことはしないで生きていってね」
それじゃあね。と、立ち上がって街へ向かって歩き出す。
それにしても、封印を壊してしまったときは大事を起こしてしまったかもって焦ったけど、あれならノーラウルフ1匹の方が脅威だよね。
「ふふっ」
しばらく歩いていると……なんだかつけられているような気がする。
ふと後ろを振り返ると誰もいない。いや、目線を下へ落とすと黒猫がいた。
「タイガ……なんで付いて来るの?」
「俺様はお前に恩義も感じねぇし、悪いとも思ってねぇ」
「なっ!」
「だが、お前は面白れぇ。だからついて行く事にした」
「あのねぇ、私、昨日ひとり立ちしたばっかりで猫を飼う余裕なんてないの」
「お前がなんと言おうとついて行くぞ。俺様がそう決めたからな」
なんという我侭な猫!
「力を取り戻すためにも少し眠るぜ」
そう言ってタイガが私の背中に飛び付いたと思ったら、私の長い髪が返ってきていた。
手で梳いてみると、数年共にしてきた私の髪そのものの感触だった。
「なにこれ。一体どうなってるの?」
わからないけれど、まさか髪を切って捨てていくなんて出来ないし……。
こうなったら連れて行くしかないか。
私は諦めて帰路に就く事にした。
冒険者ギルドに着くころには、空は夕日で赤く染まっていた。
受付で依頼書と共に薬草を渡すと、受付嬢が薬草を1本1本確認していく。
「問題ありませんね。こちらが報酬になります」
「ありがとう」
私はカウンターに置かれた報酬の2000イルドを受け取ると鞄へ仕舞った。
やはりFランクの依頼では報酬額が少ない。
これでは日々の生活はおろか、旅の資金を貯めることなど夢のまた夢だ。
明日は報酬のいいEランクの依頼を受けてみよう。そのためにも……。
「あの、討伐依頼になりがちな動物や魔物の資料とかってある?」
「ありますよ。当ギルドの2階が図書のコーナーになっています。貸し出しは出来ませんが、閲覧に関してはギルドメンバーなら自由に出来ますよ」
私は対応してくれた受付嬢にお礼を言って2階へ向かう。
そんなに広くはない部屋に、本棚がいくつか並んでいた。
ざっと見てみたところ、魔物や動物以外にも歴史や魔法、農業、畜産、商取引、流通、料理などなど、広く様々な本があるようだ。
私は魔物の本を手に取ると側にあった椅子に腰掛けて本を開いた。
Eランクだとゴブリン、吸血蝙蝠、ビッグラット、ノーラウルフ、スティング・ビー辺りかなぁ。
1つ1つ調べていく。
挿絵があるので見た目がすごく解り易い。
大きさや嫌いなもの、弱点や習性。毒の有無や、獰猛さ、群れの数などなど。
この本はかなり有用な情報に溢れていた。
そういえば、と。タイガ・ガルドノスという名前の魔物も調べてみたが、載ってなかった。
――それから半年が経った。
「はい。こちらがノーラウルフ10匹分の毛皮と9匹分のお肉の買取金額から、解体場利用料を差し引いた代金になります」
今回私が受けたのは、ノーラウルフの毛皮を納品する依頼だった。
納品は毛皮だけど、お肉も売れるので捨てるのは勿体無い。
そういう場合、普通はその場で解体してそれ以外の部分はきちんと埋めるなり燃やすなりの処置をして、荷物を出来るだけ減らして持ち帰るんだけど、何故か『つるつるの魔法』以外の魔法が使えない私にとって、その処置が大問題だった。
そこで思いついたのが、死体に『つるつるの魔法』を掛けて滑らせて持ち帰る方法だ。
一度ノーラウルフ5匹をロープで繋いで魔法で滑らせて帰ったら、ものすごい目立ってしまったので、今では大きな袋に入れて運ぶようにしている。
それでも自分より大きな袋を涼しい顔で引きずる私を見て、力持ちだと勘違いされたりするけれど。
そうして冒険者ギルドに持ち帰ってから、地下にある解体場を借りて自分で解体して納品しているんだ。
手数料を払えば解体専門の人に頼む事も出来るけれど、旅の資金を少しでも貯める為にも私は自分でやる事にしたんだ。
最初の頃は解体に失敗して素材を駄目にしてしまっていたけれど、数をこなすほどに失敗は減っていって、いまでは失敗する方が稀なくらいになっている。
「ティアズさんもすっかり冒険者が板に付いて来ましたね」
「えへへ~」
「もうそろそろ半年経つのではないですか?」
そういえば私が冒険者になってから、もうそれくらい経つのかな?
「ティアズさんは実績も十分ですし、ノーラウルフ10匹を無傷で倒せる実力もありますから、Dランクへの昇級試験を受けては如何ですか?」
ノーラウルフは近接攻撃しかしてこない動物だ。
そういう手合いは私にとってものすごく相性がいい。
『つるつるの魔法』で完全に封じられるからね。
対人だと対策されるけれど、知能の低い動物や魔物なら圧倒的優位に立てる。
とは言っても、私もこの半年それなりに経験を積んできたつもりだ。
ランクが上がれば報酬の良い仕事が受けられるし、試験受けようかな。
「受けるとしたらすぐに受けられるの?」
「そうですね、1週間後ならば出来ると思います」
「1週間もかかるんだ?」
「今回の場合はEランク冒険者3人同時、またはDランク冒険者ひとりとの模擬戦闘になりますが、ギルドの方で実力が適正である冒険者をピックアップして、その冒険者に依頼を出すんですよ。もちろん強制ではないので、断られたりすると時間がかかるんです」
なるほど、それは確かに時間がいるね。
「わかった。受けたいんだけど、お願い出来る?」
「かしこまりました。では、1週間後に予約しておきますね」
受付嬢と別れた私は夕日で赤く染まる、人の行きかうブリトールの街を買い物をしながら歩いて帰る。
宿に着いた私は、借りている部屋ではなく食堂の厨房へ向かった。
厨房には大家の奥さんの姿があった。
「ただいま~」
「おかえり、ティアちゃん。お料理?」
「うん、お肉焼きたいんだけど、今いいかな?」
「夜食の仕込みは終わってるから大丈夫よ。温め用に釜戸1個は開けておいて頂戴ね」
「うん、わかった。あ、あとこれ」
ノーラウルフのお肉をおすそ分けする。
「あら、ありがとうね」
「ううん、いつも厨房借りてるし」
「ティアちゃんはきちんと片付けもしてくれるし、道具も大事に使ってくれるからね。そうでなかったら使わせないよ」
「えへへ、ありがと」
有料とはいえ宿で食事を出しているのに、大家の奥さんは私に快く厨房を使わせてくれる。
もっとも、使い方を見て駄目そうなら使わせなかったそうだが、どうやら私は合格出来たらしい。
『使わせてもらった時は、使う前よりも綺麗にして返す』先生の教えのおかげかもしれない。
もちろん、使わせてもらう上でルールはある。
食堂が開いている時間と仕込みの時間は使えないし、お店の消耗品は使えない。調味料とかね。
食器類はきちんと洗って返せば使ってもいい事になっている。
ちなみに、いつの間にか『ティアの調味料コーナー』が隅っこに出来上がっており、私の調味料が置いてある。