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禁断魔法 その3

「ティア……、その、すまないが。勝手に試されて不愉快だと思うが、頼む! この中にあのローブの老人がいたら教えてくれないか!」


 申し訳なさそうにグレッグが頭を下げてきた。


 そこまでされてしまうと返って恐縮してしまう。


「頭をあげて。この人が黙ってやったことだってわかってるから」


 それにもともと試験自体は受けてもよかったんだ。


 私が失敗してグレッグの立場が悪くなることだけが心配だっただけだ。


 合格したのなら問題ない。結果的にはよかったともいえる。


「すまないな。一応補足させてもらうが、肖像画は数年ばかり若い姿と思ってくれ」


「うん」


「余計な印象操作はやめてもらおうか」


「事実でしょう。ラウゼル団長以外の肖像画は数年から数十年以上も前に描かれたものです」


「ふん。で、どうなのだ。この中にいるのか!」


「うん。この人だと思う」


 ラウゼルの隣に飾られている肖像画を指し示す。


「馬鹿なッ! 顔の傷がないだろう! どうしてそれだとわかるのだッ!!」


「そうだけど、顔に傷跡をつけて髪を白髪にしてから、少し痩せさせるとあの老人そのものだよ。口元や鼻の形もそうだけど、なによりもこの右目は間違いないと思う。あの時、鉄格子越しに睨まれたとき、まるで見透かされるような怖さがあったもん」


 深い経験と知性を帯びた、底冷えのする瞳だった。


 私と同じことを感じていたのかはわからないけれど、彼なりに思い当たったのか、ラウゼルはそのひと言で押し黙った。


「やはりか。ティア、俺は確信を得たぞ! あのローブの老人は前宮廷魔術師団団長、ルーンゲルドで間違いない!」


「待て! 断定するにはまだ早い!! 似たような老人の顔など、探せば他にも見つかるであろう!!」


「ラウゼル団長……。心中はお察しします。ですがその上で、空間転移魔法を単独で扱える老人となると、果たして見つかるでしょうか。それに顔の傷も5年前のあの時、エルガン・エスカフォードの剣によって負った傷と考えれば疑いようもないはずです!」


 エルガン? 5年前に王都にいたのかな。


「ぐっ……。確かに……だが! だとすれば……!」


「そうです。ルーンゲルドは国王陛下に恨みを持っているはず。5年という年月を経て、隠れるように王都へ返って来た。そして裏で何かを行っているという事実も発覚している。その目的がこの国にとって碌でもないことであることは明白でしょう!」


「……なんということだ」


 ラウゼルは崩れるように椅子に座り込んだ。


「奴はかつての地位から、王城のすべてを知るものです。俺の立場で口を挟むのは憚れますが、王宮の警備体制も見直しが必要かもしれません」


「空間転移魔法への対策が必要であろうな」


「はい。そして守るだけでなく、攻めるべきです。事を起こされて被害が出る前に捕らえなければ! そのためには我々が手を取り合って協力し合うことが必要なんです!」


「わかった。皆まで言うな。いずれにせよ、騎士団のいち部隊長風情がこの私に意見具申するなど許されぬ事だ。騎士団内でまずは団長まで意見をあげるがよい」


 力なくそう言うと、あげた左手で払う仕草をした。


「心得ています。出過ぎたことを言いました。非礼をお詫びします」


 グレッグはうやうやしく頭を下げた。


 顔をあげると私達に向き直って静かに言った。


「行こう」


 肩を落としたままのラウゼルを残して、私達は部屋を出る。


「ティア、ありがとう。お前さんのおかげで事態を大きく好転できるだろう」


「えへへ。どうしたしまして!」


 話しながら来た廊下を逆に歩いていく。


「それにしても隊長、格好良かったですよ。宮廷魔術師団の団長相手に一歩も引かないだなんて」


「あぁ、ティアに悪くてな。少し頭に血が昇ってしまった。あれは褒められた行動じゃない。絶対に真似するなよ?」


「ふふふ。私がやったら即首が飛びますからね」


「俺だって飛んでたさ。ラウゼル団長にその元気が残っていたならな」


 そういえば、私ったら普通に話してしまったけど、考えてみたら団長って団で一番偉い人だった。


 だけど、なんだかすごく寂しそうな背中だったな。


「あの人、大分落ち込んでる感じだったね」


「ラウゼル団長はルーンゲルドの事を師のように慕っていたらしいからな。いまは立場上、表向きはそれを否定しなければならないが、敬慕の情が残っているんだろう」


「ルーンゲルドって人は、何か罪を犯したの?」


「ああ。5年前、奴は禁断魔法を使用したんだ」


 禁断魔法? 使ったら罪になる魔法なんてあるの!?


 ……まさか『つるつるの魔法』はそれにあたらないよね?


「ん? どうしてお前さんが顔を青くするんだ?」


「だってそんな魔法があるだなんて学園でも習ってないし、知らないうちに使ってたら捕まっちゃう?」


「うわっはっはっは! その心配は無用だと思うぞ?」


「む……どうしてよ?」


「そういった魔法は既に失われているからだ。それに偶然では決して描けないくらい複雑で巨大な魔力図らしいぞ? 構築にも発動にも一流の魔法使いが数人がかりになるという、特級の大魔法って話なんだ」


「でも隊長、ルーンゲルドはそれを使ったんでしょう?」


「ああ、そうだ。失われた禁断魔法を復元して、どうやったのかひとりで発動させてしまった。宮廷魔術師団の団長にもなれば、その実力を以って大魔導士の称号が与えられるが、奴はその中でも突出した力を持っていたと言えるだろうな」


 特級魔法? 上級魔法より1段上の魔法だろうか。


 しかも使うと罪になるだなんて、一体どんな魔法だったんだろう。


 人を殺める魔法なら中級魔法で十分な威力が出せるしね。そういう直接的な攻撃魔法とは違うのかもしれない。


 なら人を操る魔法とか? それとも乗っ取る? う~ん。なんとも想像がつかないや。


「う~ん……」


「なにをそんなに悩んでいるんだ?」


「どんな魔法だったのかなって」


「そうだな……。城内では古参は知る人ぞ知る話ではあるが、口外無用を守れるか?」


「うん」


「アリサも守れるか?」


「はい」


「うむ、奴が復元して使ったのは、『勇者召喚』の魔法だ」


「勇者召喚? 何それ」


「2人共、勇者ダスティンの物語は知ってるか?」


「うん」「はい」


「1500年以上前に彼をこの世界に召喚した際に使われた魔法だから、後に『勇者召喚』の魔法と呼ばれるようになったらしいんだが、その実態は我々の住むこの世界とは別の世界に住む者を強制的にこちらへ空間転移させる魔法だそうだ」


「それって、誘拐!?」


「そういうことだな。運が良いのか悪いのか、この魔法で一番最初に召喚されたダスティンはこの世界で勇者と呼ばれるほどの力を持っていたんだ。それからというもの、天魔戦争に備えて沢山の”勇者”が召喚されることになった。だが、ほとんどの”勇者”は戦うどころかゴブリンにすら殺されてしまうような戦闘経験もない普通の弱い人間だったんだ。そうして沢山の犠牲を生んでから気づくんだ。この魔法は必ずしも”勇者”を召喚するものではないのだとな」


「それで禁断魔法に?」


「ああ。別世界の、幸せに暮らしている人間を悪戯に無理やり呼び出し、元の世界へ返すこともできないという、一方的で非人道的な魔法と知れ渡った。およそ1000年前に禁断魔法とされ、現代に至るまでに失われた魔法という話だ」


 確かに許されない行為だ。強制転移させられた方も、元の世界に残された親兄弟や友人達も、みんなが悲しくなる魔法だ。


「待ってください。隊長、それってルーンゲルドは5年前に誰かを実際に召喚したってことですか?」


「その通りだ。俺はルーンゲルドと共に王城から逃げるひとりの青年の姿を見た。遠目だったが星明かりに照らされた彼は明らかに戦える体つきじゃなかったな。色白で細い腕をしていた。右も左もわからないこの世界で、もし何処かで生き延びているのなら、今頃は20代前半といったところだろうな」


「酷いですね……」


「全くだ。人ひとりの人生を丸ごと奪ってしまう。それゆえに禁断魔法の使用は重い罪になるんだ」


 どうやら『つるつるの魔法』は大丈夫そうだ。


 だってこの魔法で誰かが理不尽に悲しむようなことにはならないからね。悪人を除いてだけど。


 え? アルフレイド? あれは悲しみじゃなくて喜びだと思うよ。グリースもそう言ってたもん。


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