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禁断魔法 その1

 あれから数日が経った。


 日に日に調子を取り戻した私はすっかり元気になっている。


 たぶんだけど、エンリの言葉で気持ちが上向きになれたからじゃないかなって思ってる。


 いまでもときどきタイガの感情が流れてくることがあるので、あの風刺画にはなるべく近づかないようにしているんだけど、タイガの心の変化か、私の変化か、理由はわからないけれど、あの絵を思い出しても最初ほど悲しくならなくなっている気がする。


「ティア、そろそろ時間じゃないですか?」


 梯子の下からエンリの声がした。


 手元の本から目をあげて入り口の受付の方をみやる。壁に掛けられた魔法の時計をみると夕刻間近の時間を指していた。


「あ、もうこんな時間だったんだ」


 パタン、と手に持った本を閉じて本棚へ戻すと、するすると梯子を滑り降りる。


「ありがとう。夢中になってて気づかなかったよ。じゃあちょっと行ってくるね」

「はい。いってらっしゃい。あとは任せてください」


 あの夜の翌朝、目が覚めると私はエンリの胸に抱かれていた。


 あわてて離れたから気づかれていないと思うけれど、しばらく気恥ずかしさでぎこちなくなってしまったものだ。


「うん、お願い。あ、上の方は私が見るから、エンリは危ないから下の方だけにしてね!」


 そびえ立つ本棚の壁で作られた狭い通路を小走りで走り抜ける。


 受付の近くにある、テーブルが並ぶコーナーには積み上げられた本に囲まれてメディが座っている。


 私は彼女の側までいくと、椅子に置いておいた肩掛け鞄を手に取った。


「ほむ、時間?」


 描き写した金色の魔力図にかじりついていたメディが顔をあげる。


「うん。ちょっと行ってくるね」

「了解。いってら~」


 鞄を肩から下げると図書館を出た。


 本棟の正面玄関近くに小さな馬車が1台停まっているのが見える。


「あ、もう来てる!?」


 馬車へ向けて足を速める。距離が縮まると外に立っていた騎士がひとり、私に気づいた。


「ティアちゃん!」

「ごめんアリサ。待った?」

「少し早めに着いただけよ。時間通りだから気にしないで」

「うん。でもそれなら声をかけてくれたらよかったのに」


 アリサについて馬車に乗り込むと、御者が馬に鞭を入れた。ゆっくりと動き出す。


「早めに行動するのは私の習慣みたいなものよ。それでまたティアちゃんの時間を中断させるのもね。協力をお願いする立場で心苦しいわよ」


 いまはサークル活動の時間だから、そこまで気にしてくれなくてもよかったんだけど。いまさら言っても仕方がないね。


「ところでどこへ向かっているの?」

「ラザーニ城よ」

「えっ!?」


 あの大きなお城へ? この国の王様とかがいる!?


「ふふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。城内といっても広いわ。私達が向かっているのは城の兵士が詰めている所よ」


「なんだあ。王族と鉢合わせたらどうしようかと思っちゃった」


「王宮に踏み入らない限り、城内でも王族と出会うことはまずないわ。王宮を守護する目的からも内部では区画がはっきりと分断されているのよ。詳しくは機密だから言えないんだけどね」


 イタズラっぽく笑うアリサに親近感が沸く。


 そういえば今日はずっと砕けた口調だ。もう仕事モードの敬語を使うのをやめたのかな。


「その様子なら大丈夫だと思うけど、王宮には絶対に足を踏み入れては駄目よ? 入城の許可は得ているけど、いま言ったように王宮は別なのよ。もし入ったりしたら厳罰が待っているわ」


「入らないよ。むしろ入りたくないよ」


 ブリトールの領主の屋敷でさえ、あんなに緊張したというのに。王宮だの王族だのだなんて、冗談じゃない!


 王族のひとりと向き合うくらいなら、100匹の魔物に囲まれる方がよっぽど気が楽というものだ。


「人によっては滅多に観られない場所だからって興味を持たれたりするのよ? ティアちゃんはそんな感じじゃないのね」


「興味がないわけじゃないけどね。でもそれ以上に気が進まないだけだよ。王族や貴族の礼節なんてわからないもん」


 知らずに粗相をしてしまいそうで、気が休まらないに決まっている。とてもじゃないけど、王宮の景観を楽しむ余裕なんて持てないだろう。


「そうね、わかるわ。私もそこの所は苦労しているのよ。貴族以上の地位の人たちからすれば、生まれたときから教育されてきた当たり前の作法でしょうけど、私達には縁がなかったものね」


 アリサの言う通りだ。それに付け加えるなら必要もなかった。


 私にしても、ブリトールの領主と会ったことも、これから王城に入ることも、想像だにしなかった事態だ。


 街中を走り続けた馬車は、しばらくしてラザーニ城の巨大な正門の前に停まった。


 後から降りたアリサは代金を払いながら、二言三言、御者と言葉を交わしている。


 それにしても大きな城壁だ。ブリトールの外壁にも劣らない堅牢さを感じる。流石は王城というべきだね。


「待たせたわね。さぁ、行きましょう」


 巨大な正門の横にある、外壁にくっつくように建てられた小さな建物の中に入る。


 中には数人の騎士の姿が見える。どうやら門兵の詰め所のようだ。


「第8部隊所属のアリサです。客人1名を同行しての入城許可を願います」


「確認する」


 鉄格子の扉の前に立つ騎士が手に持った紙の束を1枚1枚確認していく。


「……ふむ。申請書は受理されているな。通ってよし!」


 腰に下げた鍵を使って鉄格子の扉を開けてくれた。


 アリサについて扉をくぐると、迷路のような狭い通路を進んでいく。


「まっすぐ壁を越えられる訳じゃないんだね」


「ええ。万が一、賊に強行突入された場合に時間稼ぎするためよ。この狭さも隊列を1列に強制させるためと、武器を自由に振るえなくする目的があるのよ」


 言われてみればここはお城だもんね。相手が人にしろ魔物にしろ、攻められた場合を想定して作られているのは考えてみれば当然のことだった。


 ようやく外へ出ると、そこは壁に囲まれた小さな空き地だった。直感で背筋に悪寒が走る。


 これってやっぱり、1列で入ってきた賊をここで迎え撃つためだよね?


 見上げると四方の壁には人が身を乗り出せるくらいの大きさの開口がいくつか目に入る。あそこから遠距離攻撃で狙い撃ちにするんだろう。


 正面の鉄格子の向こうにいる騎士と、アリサが先ほどと同じやり取りを交わす。


「通ってよし!」


 開けられた鉄格子をくぐって中へ入ると、そこからは普通の廊下が続いていた。


「すごい厳重だね」


「そうね。でもここまでは厚い防衛の表層、薄皮1枚といったところよ。賊が王宮まで辿り着くには、この先で私達騎士団と宮廷魔術師団の両方を相手にしなければならないわ。はっきりいって、突破するのはまず不可能でしょうね」


 自信満々にアリサが言った。


 でも、わかる気がする。こうして廊下を歩いていても、ちらほらと騎士の姿を見かける。この様子だと要所には沢山の騎士が詰めているのかもしれない。


 内部構造も不確かなまま、これを突破するのは容易じゃないだろう。


 実際ここまで来る間にもいくつもの分岐を曲がっていて、私はすでに帰り道がわからなくなっている。いまアリサとはぐれたら大変だ。


 アリサに付いて、私は『第8部隊隊長室』のプレートがかかった部屋へ案内された。


「グレッグ隊長、ティアちゃんを連れてきました!」


 簡素で小さい部屋だった。その部屋の窓際に置かれた机には甲冑に身を包んだグレッグが座っていた。


「おう、待ってたぞ。ティア、わざわざ悪いな」


 いいながら立ち上がったグレッグが近づいてくる。


「ううん。私の方こそ、お礼に気を使わせちゃったね」

「ははっ、気に入ってもらえたんならいいんだが」

「うん。学園のみんなと行く事にしたよ。ありがとう。すごくいい席だって聞いたよ」

「そうか。ならよかった。席に関しては本当に運がよかったんだ」


 グレッグに手振りで促されながら部屋を出る。


 目的の肖像画はこの部屋にはないのかな?


「ん? ああ、飾られているものだからな。外してもってくるわけにはいかなかったんだ」


 流れるように自然と心を、いや、顔を読まれた。会うのたったの2回目なのに!


「どうした?」

「べっつにぃ~……」


「まあ、そんなわけでお前さんの方から来てもらう他なかったって訳だ」


 しばらく廊下を歩いていると甲冑を着た騎士の姿が減っていく。


 代わりにローブやケープを身に纏った人をちらほらと見かけるようになった。


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