ティアの光 その4
3班の元に戻るとみんなが声をかけてくる。
「おい、抜け出してサボってんじゃねぇよ、足手まぶッ!」
「随分遅かったですわね」
「うん、ちょっと話し込んじゃって」
「アハハ、容疑は晴れたぁ?」
「何の容疑よ」
「王都の牢獄飯はマズイ」
「メディまでアンドリィの悪乗りに乗っちゃだめだよ。そもそもなんでそんなこと知ってるの?」
「知らない。噂で聞いた」
「ふふふ」
「……おい! さらっと無視してんじゃねえ!」
なにやら下の方から声がする。みるとアルがカエルのように地面に転がり伏せっている。
「あ~ら、アルったら母なる大地を抱っこして何してるの? そういう方へ目覚めちゃったの?」
「お、お前のせいだろうが!」
「知らないよ。アルの呪いはアルの問題だよ」
まったく、学習しない男だね。
「もしかして先日の件ですか?」
「うん。そのお礼とお詫びにってこれもらっちゃった」
スカートのポケットから封筒を取り出すと、中からチケットを1枚取り出してエンリに手渡す。
「これは……闘技場、のチケットですか?」
「アタシにも見せて!」
アンドリィに1枚渡すついでに、メディとエクールにも渡す。
「ちょっ! これエリアAの指定席ジャン! しかも最前列の一番いいところだし!!」
「一般で買えるチケットの最高峰、かも?」
アンドリィとメディが興奮気味に感想を漏らした。
「え、そんなにいい席だったの?」
「他の席よりチケット代が高いケド、人気がすごくて手に入れるのが難しい席なワケ! 一体なにをしたし!」
「行きがかりで騎士団と警備団の人達の捜査協力をしただけだよ」
それにしてもグレッグったら大分無理をしたんじゃ……?
そうと知っていれば宮廷魔術師からの試験を受けてあげればよかっただろうか。とはいえ、私が失敗すれば逆に彼の立場が悪くなるし、それが良い事とは一概には言えないか。
「それは貴重なチケットですわね」
「う~! ティア、うらやましいし!」
「あはは。それで、よかったらみんなを誘いたいんだけど、どうかな? 日にちが指定されているみたいだから、都合がよければなんだけど」
開催日は、いまからおよそ3ヵ月後の学園が休みの日だ。随分先だなと思っていたけれど、席を取る難しさを知ってみれば納得だった。
「えっ! マジ!? もちろん行くし!」
「フフフ。貴女からのお誘いですもの。お受けしますわ」
「よかった。エンリとメディも行けそう?」
「はい。楽しみです!」
「大興奮!」
みんな喜んでくれているようでよかった。残りはあと5枚だけど、あと誘いたいのはサラだけなんだよね。4枚は余る。
「男子達も行きたい?」
少し離れたところでこちらを伺っている男子達に声をかけた。
「ふ、ふん。誰が足で……、お前なん」
「いいのかい!?」
「おい、グリース!」
「ボ、ボクにももらえるのかい?」
「これをくれた人が気を使ってくれてね。いっぱいくれたから、いいよ」
余らせても勿体無い。せっかくのグレッグの好意なのだし、ちゃんと使い切りたいからね。
ボブスンに1枚渡したあと、グリースに2枚渡した。
すぐにそれに気づいたグリースが、はっとして私を見つめた後、微笑む。
「気を使わせてしまったね」
「アルはいらないらしいからね。1枚はグリースが誘いたい人に使ってよ」
小声で会話を続ける。
「すまない。これでも彼は、生まれにしては公平に尽くしているつもりなんだ。詳しくは学園の規則だから言えないのだけどね。だから気を悪くしないで欲しい。それに君に対するような態度は彼にしてはめずらしいんだ。普段の彼は良くも悪くも他人に対してこうまで興味を持つことはないからね。僕自身、ちょっと驚いているくらいさ」
おどけるように肩を竦める。
アルフレイドもエクールのようにどこかの貴族か、それなりの地位にある者なのかな。
「ここだけの話、彼は決して君を嫌ってはいないんだ。どちらかというと好意を抱いているんじゃないかな。もっとも素直じゃない彼のあの態度は、君にとっては迷惑なだけだろうけれどね」
グリースはそう言って苦笑いした。
正直言うと、私は最初からさして気にしていない。だって、私には血の繋がらない兄弟が沢山いるからね。それも多かれ少なかれ、例外なく心に傷を負った兄弟達だ。だから荒んだり、八つ当たりしたりして、他人に自分の不幸をぶつけることで傷ついた心を癒すような行為をする者には馴れていたし、その気持ちも理解していた。
それと比べたらアルの態度や暴言なんてかわいいものだ。
「アルの事は面倒くさいだけで気にしてないよ。えへへ、グリースはやさしいね」
「君ほどじゃないさ」
照れたように頬を染めて微笑むグリースをアルが横からその首に腕を掛けて絡みだす。
「お前ら2人でコソコソなに話してんだよ」
「秘密。ね、グリース」
「あはは、そうだね」
「あぁ? なんだよグリース! ずるいぞ!!」
アルがかけた腕でグリースの首を締め上げていると、教師が午後の演習の終わりを告げた。
別れの言葉を交わして、みんなそれぞれの帰途に就く。
そんな中、私とエンリとメディは一旦荷物を取りに行った後、学園の図書館へ向かう。私達のサークル、星屑の涙の光明の活動のためだ。
図書館に入ると数名の学生の姿があった。見たことがない人もいる。きっと私達とは別の講堂で学んでいる学生だろう。
館内の一角にあるテーブルの1つに荷物を置いて場所を確保する。
「それじゃ、私とエンリは1500年前の天魔大戦について調べるから、メディはこの魔力図の解析をお願いね!」
「はい!」
「了解!」
金色の魔力図の写しがやっと終わったんだけど、最適化については私もエンリも理解するには難しすぎた。そこでメディが手をあげてくれたのだ。彼女曰く、後期に講義で習うといってもこの技術に関しては教科書の予習が前提なんだって。
基本的に講義では生徒の疑問に対する講師への質疑応答がメインになるらしく、そのため事前にわからない部分を自分なりにまとめておかないといけないらしい。
つまり、普通の講義のように知識の全く無いものにもわかるように手取り足取り教えてくれる訳ではなくて、上級魔法まで習得するだけの魔法の知識を有する者が、最適化について自発的に学んでいることを前提に、その疑問を解消する場としての時間なんだそうだ。
逆に言えば、そういう事が出来ない人にはそもそも付いていけない難度だということみたい。
そういったわけで、この役割はメディにとっても有意義な事だったから、3人で話し合った結果、彼女に一任することになった。
メディと分かれて、私とエンリは歴史のコーナーへ足を運ぶ。
「いっぱいありますね」
「だねぇ……。これは骨が折れそうだよ」
見上げると、建物で言えば3階に相当する高さまで伸びる高い本棚に、歴史関連の本が敷き詰められている。隣の本棚にはさらに古い歴史の本が敷き詰められているけれど、まずはここから始めよう。
「私が上から見ていくから、エンリは下からお願いできる?」
「はい、任せてください!」
梯子を登って一番上の列から調べていく。目的は1500年前の天魔大戦というよりは、金色の魔法についてだ。だから、単純に年鑑だけでは判断できないため、根気良く1冊1冊手にとって調べていくしかない。
とはいっても、近代から過去へ向かって全部調べるのは膨大すぎる。それで1500年前後のものがまとめられているらしい、この本棚から始めることにしたんだ。
最上段の手の届く範囲の書物をひと通り調べ終わる。歴史の知識は深まったものの、目的の情報は得られていない。
小休憩とばかりに、ふと下の方を見ると、例の封印された本棚の前でいつの間にかルイエさん座り込んでいて、手にした石版を何やら操作していた。
ギルドでエミールさんが魔核を調べていた姿とダブる。きっと封印の魔法について解析しているのかもしれない。
気を取り直して次の段の本を手に取る。タイトルはずばり、『天魔大戦の真実』。これは期待が高まる。
しかし、ページを進める毎にその期待は萎んで行った。決定的だったのは勇者ダスティンが大魔王を討伐したという記述だ。エクールから聞いた真実と異なる。
「この本には私が求めることは記されていないだろうね」
途中だったけど、そっと本を閉じて元の場所へ戻すと、隣の本を手に取る。背表紙のタイトルは擦れていて読めない。開いて中を見てみると、どうやら画集のようだった。