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ティアの光 その3

「本来なら返り討ちにされても仕方がないところを、親身になって叱ってくれたと聞きました。ここに来る前に孤児院へ寄って様子を見てきたのですが、あの子達ったら『ブリトールのティア姉ちゃんとの約束だから』って、何だかわからないけれどやる事があるから”遊び”はもうやらないですって」


 レグもニキも、ちゃんと約束を守ってくれているらしい。


「何度叱っても言う事聞かなくて、あのままだったらあの子達はいずれ大きなトラブルを起こして取り返しがつかない事になっていたはずです」


 私は黙って頷いた。


 私もそう思う。あのままだったら遠くない未来に碌でもない目に遭っていたはずだ。だからこそ放っておけなかった。


「それにしても一体どんな約束をしたのですか? 本当に何度言っても聞かなかったのに、嫌嫌どころかうれしそうにもうやらない、ですよ」


「特別な事は何も。ただ私達はひとりじゃないって話しをしただけだよ」


 肩をすくめる私に、アリサさんが目を伏せて『そう』と小さく呟く。


 そして顔を上げると感謝の言葉を口にしてにこりと笑った。


「ティアズさん、弟達を諭してくれてありがとう」


 私は彼女に微笑み返す。


「えへへ、ティアでいいよ。それに場所は違っても同じ孤児院育ちなんだし、あの子達も私の弟みたいなものだよ。だからそんなに畏まらないでよ」


「あら、じゃあ私はティアのお姉さんになるわけね!」


 手を合わせてアリサさんが目を輝かせる。言われてみればそういうことになる。気づいてちょっと気恥ずかしさが沸いてきた。


「そ、そうだね」

「じゃあ、”アリサさん”は変よねぇ。そうだ、ティアちゃんも私をアリサお姉ちゃんと呼びなさい!」


 そう言って彼女はにこにこしている。


 いやちょっと待って。今日会ったばかりの人をお姉ちゃんと呼ぶとか、ハードルが高すぎる!

 レグやニキ達ほど私はもう無邪気ではないのだ。


「アリサで」

「アリサお姉ちゃん」


「……アリサで!」

「……もう、しょうがないわねぇ」


 そんなふくれても駄目だよ。このハードルはそれほど低くない!


「それよりも本題を忘れてない?」

「あ、そうだわ! じゃない、そうです!」


 緩んだ口調を仕事モードに戻すように言い直すと続けた。


「おほん。私は先日の捜査協力の件について、グレッグ隊長の代理で来たんです。まずマッドタイガー10匹分の素材ですが、要望の通りティアズさんの名前で冒険者ギルドの方へ売却済みです。こちらがその代金になります」


 彼女は鞄から大きな皮袋を1つ取り出すと机の上に置いた。どちゃっ、と、複数の硬貨がかち合う音が重量感を伴って響く。


 かなりの金額になったようだ。さすがCランク級の魔物10匹分! ほくほくでそれを受け取る。


「隊長からお話を聞いても信じられない思いだったけれど、実際にこうしてティアちゃんを前にしてみても、こんな言い方失礼かもだけど、あなたのような普通の女の子がひとりで倒しただなんてやっぱり信じられないわね」


「えへへ。こう見えて案外弱くないからね、私」


「弱くないだなんて謙遜よ。私の主観はどうあれ、事実は事実なのだから。あなたがいなかったらきっと隊長も警備兵の方達もいまごろ生きてはいなかったでしょう。隊長達を救ってくれた事、私からもお礼を言わせてね」


 アリサはにっこりと微笑むと、鞄から1つの封筒を取り出して机の上に差し出した。


「これはグレッグ隊長と警備兵の方達からです。捜査協力のお礼とお詫びだそうですよ」


 封筒を受け取る。中に紙が数枚入っていそうな厚みを感じる。


「開けてみても?」

「はい。どうぞ」


 封筒をあけると、中から闘技場の観戦チケットが10枚出てきた。


「チケットだ。それもこんなに?」

「ふふふっ、そう。隊長、最初は特別な席で1枚だけ用意しようとしていたから、私が言ったのよ。ひとり分じゃ友達を誘えないでしょうって。そうしたらね、じゃあ何枚いるって話になってね。近くで話しを聞いていた騎士のひとりが言ったの。10人分もあれば足らないってことはないでしょうと。さすがに多すぎと思ったんだけど、ふふふっ。隊長、本当に10枚にしたのね!」


 期待しておく、なんて言ってしまったから、無理させてしまったのだろうか。ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「そんな顔をしなくても大丈夫よ。命に比べたら安すぎるくらいだって言っていたし、あなたが提供してくれた情報はとても重要なものだったそうよ。ふふふ、何より隊長はティアちゃんを随分気に入っているみたい」


「あ、あはは。グレッグ、さんには私がお礼を言っていたって伝えてもらえるかな」

「ふふ、わかったわ」


 チケットを封筒に戻すと制服のスカートのポケットへ仕舞う。


 10枚か。エンリとメディは誘うとして、まだ7枚も余る。そうだ、サラも都合が合えば誘いたいな。

 エクールやアンドリィも誘ったら来るだろうか。


「それでね、ティアちゃんにちょっとお願いがあるんです」

「なんだろう、私に出来ることなら?」


 まさか魔物討伐の手伝いとか? いや、それなら冒険者ギルドを通すはずだよね。


「あなたにしかできないことよ。それというのもね、あなたが見たというローブの老人の顔についてもっと詳しくどんな顔の男だったのかを教えて欲しいのよ。具体的に言うと見てもらいたい肖像画があるそうよ」


 グレッグが心当たりがあると言っていた人物のものかもしれない。


「わかった。そのくらいなら構わないよ」


 私の快諾にアリサの表情が曇る。意味がわからず黙っていると、言いにくそうにアリサが口を開いた。


「それと、無理なら断ってもらっても構わないのだけど、もう1つお願いがあってね。あなたに宮廷魔術師が出す試験を受けてもらいたいのよ」


「試験? なんで私がそんな」

「詳しい事情は私も聞かされていないんだけど、どうも宮廷魔術師団が納得していないそうなのよ」


 彼女が言葉を選んでいるのは伝わってくる。その真意は明らかだ。


「つまり、私が疑われているんだね」

「誤解しないでね!? グレッグ隊長はあなたを少しも疑っていないのよ。けれど宮廷魔術師達からすると幻影魔法のような高度な魔法を、魔法学園で学んでいる最中の学生が見破れるものではないと、あなたの証言そのものを否定しているらしいのよ。彼等がこんなにも否定的になることはめずらしい事らしいのだけど……」


 だから試験でそれを試そうと言うんだね。


 でも困ったな。特別何かをしたわけじゃなくて、ただ単に私には壁じゃなくて扉が見えていただけだし、影ではなく顔が見えていただけなんだよね。


「私がその試験に失敗したら問題にならないかな」

「その場合、宮廷魔術師達からの反発が強まるでしょうね。もっとも、隊長はあなたが失敗するとは思っていないようだけど。それにね、隊長はもう自分の心当たりにほとんど確信があるみたいなのよ。だからそんなこととは無関係に事を進めるつもりだと思うわ。あなたに肖像画を確認してもらうのも、最後の駄目押しのようなものだと笑っていたからね」


 逆に、私が試験をパスすればグレッグは宮廷魔術師団に対して優位に立てるという事なのだろう。でも彼の腹はもう決まっているというのなら、受けても受けなくてもどちらでもいいのではないか。


 私は自分が見たものを正直に話しただけだし、見も知らぬ人にそれを信じてもらえなくても別に構わない。


 自分から騒ぎの渦中の真ん中に飛び込む必要もないよね。そもそも私にとってメリットが1つもないどころか、デメリットの可能性すらある。


「それなら試験はお断りするよ」

「わかったわ。隊長はがっかりするかもしれないけど、私もそれがいいと思う。私達の揉め事にティアちゃんが巻き込まれることはないのよ」


 アリサがやさしく微笑んだ。


 それから双方の都合が良い日時を申し合わせると、後日詰め所を訪れる約束を交わした。


 もう午後の演習も終わりが近い時間だったし、私はこのまま同行してもよかったんだけど、どうやら肖像画がある場所は事前に連絡を入れておかないと入れない場所にあるらしく、今日すぐは無理とのことだった。


 机を元の位置に戻してから教室を出る。

 学園の正門までアリサを見送った。


「それじゃあまたね、ティアちゃん!」

「うん、またね」


 彼女と別れると、私は寮の部屋へ寄ってお金の入った皮袋を仕舞ってから演習場へ戻った。


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