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ティアの光 その1

「それではみなさん、午前の講義内容を応用して各自で魔力図を構築して試してください」


 野外演習場に女教師のよく通る声が響く。


 今回の実習ではこれまでに習った様々な軌道制御式を使って、射出魔法をコントロールする魔法を実戦するのだ。そのため各班毎に、松明や木のポールなどのギミックがいくつか貸し出されている。


 アルフレイドがいくつものギミックを手に、複雑なコースを組み立てている横で、エンリが1つの木のポールと、松明のついたポールをシンプルに一直線に並べている。


「最初は簡単なところから始めようと思いまして」


 目が合ったらエンリがにこやかにそう言った。


「それがいいかもね。アルなんてあれ、絶対失敗するよ」

「ふん。俺はお前らとは出来が違うんだ。これくらいでないと張り合いがねえんだよ」


 聞こえていたのか、アルが反論してきた。


「はいはい」


 そういっても、私自身は失敗以前に普通の魔法が使えないんだけどね。



 私はいつものようにみんながやっている事を観ながら、イメージで補って午前の講義で知り得た知識を反復する。


 隣に立つエンリを観ると、水球の射出魔法をベースに軌道制御を組み込んでいるところのようだ。


 観たところ、一定以上に温かいものを対象とする簡易的な追尾行動を組み込みたいらしい。単純に射線の軌道を湾曲させるのではなく、自動追尾で松明に当てるつもりのようだ。


 障害物を避けて対象を狙う方法は様々あるけれど、私ならどんな魔力図を構築するかな。


 いくつかの方法を思いついても、試す手段がない。


「はぁ、私にも魔力図の構築が出来たらなぁ」


 授業外でもメディから魔法を綴るコツを教わっていることもあって、この頃は観るばかりではなく、自分で試してみたいと強く思うようになっていた。


 とはいうものの、魔力のない私にはどんな小さな魔力図も構築できない。そう思って諦めていたんだけど、先週公園でタイガと話してからある可能性について考えていた。少しの期待を込めて聞いてみる。


「ねぇ、タイガの魔力をちょっと貸してくれることは出来ない?」


 後ろに向かって小声で呟くと、返事の代わりに髪から何かが流れ込んでくる。この感じは!


「うぅッ、ストップ! ストップ!!」

「何がです?」


 エンリが魔法の構築を中断して、こちらを見てきょとんとしている。誤解させてしまったようだ。


「あ、違うの。タイガに言ったの」


 塗れた額を腕で拭う。


 これはまるでタイガの身体の封印を解いたときみたいだ。ひょっとしたら波長の合わない魔力を取り込むと出るっていう拒絶反応? でもまだ諦めるのは早い。


「タイガ、今度はすこ~しずつやってみてくれない?」


 少しずつ魔力が流れ込んでくる。うぅ、すごく気分が悪い。


 身体中の拒絶反応に耐えながら、異物感としてはっきりと認識できるタイガの魔力を胸元のリボンへ集めるように意識する。


 ほどなくしてリボンがぼんやりと黒く青い光に包まれた。期待した結果に鼓動が速まる。


 次は魔力図の構築だ。これまでイメージトレーニングだけは十分にやってきたそれを実戦してみるときがきた。最初だし釜戸に火をつける一番簡単な魔法をやってみよう。


 火の魔力図を構築していく。その速度は学生を含めていままで観てきた誰よりも遅い。だけど初めての魔力図の構築に興奮する。身体中の不快感も忘れて魔力のコントロールに集中していく。


「できた! あとは……」


 完成した魔力図に動力源となる魔力を注ぐイメージをする。


「お願い、発動して……!」


 私の呟きに呼応するように魔力図が青く光ると魔力図上に小さな火を出現させた。


「やっ……あっ!」

「あ!」


 生まれたばかりの小さな火は次の瞬間、どこからか飛んできた小さな水球にかき消された。すぐにその原因を理解する。


「だ、大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。私には当たってないよ」


「ほっ、よかったです。でもどうしてティアの方へ……。どこか制御式に誤りがあったのでしょうか」


 どうやら隣で発動したエンリの水球の追尾魔法が離れた松明の炎より、近くで作られた私の小さな火の方に反応したようだ。


「それはたぶん、うぅッ」

「ティア!? やっぱりどこかに当たったんじゃ……」

「本当に当たってないよ。どこも濡れてないでしょう?」

「ですが、すごく顔色が悪いです」


 エンリが心配そうな顔をしている。傍から観てそんなに具合が悪そうなんだろうか。


 そう思ったのも束の間。さっきまで魔力図に集中していたから気づかなかった、身体が訴えている不調の声がいま、はっきりと私の耳に届く。


「うぅ、ちょっと気分が悪いだけ。すぐ治まるはずだから大丈夫だよ」

「そうは見えないです。無理しないであちらの木陰で休みましょう」


 エンリに手を引かれて歩き出す。


 うわぁ、視界がぐらぐらする。平衡感覚もおかしくなっているみたいだ。私が思っているよりも悪い状態らしい。


 野外演習場の端、学園本棟の側の木陰に横たわると、涼しい風が頬を撫でた。気持ちいい。


 視界に広がる木の葉の天井は、風に揺れると隙間から僅かに日の光が差し込んでくる。隣に腰掛けたエンリが長い髪を垂らして私の顔を覗き込んできた。


「どうですか?」

「うん、こうしていると大分楽かも」


「先週も珍しく寝坊していましたし、疲れているのではないですか」

「あはは……違うの、タイガから魔力を借りたら私にも魔力図の構築が出来るかと思って試したら、えへへ、想像以上に拒絶反応が強かったみたい」


「はぁ~……。他の人の魔力を取り込むだなんて具合が悪くなるに決まってます。まったく何をしているのですか」


 エンリに呆れられてしまった。


 私の思惑は成功したけれど、この身体の不調は想定外だった。他の誰かならともかく、タイガの魔力なら拒絶反応がでないんじゃないかって期待していたんだけど、そうはうまくいかなかったね。


 確信があったわけじゃないから、普通に拒絶反応が出ることも考えてはいたんだけど、それはやらない理由にはならない。だって何事もやってみないとわからないのだから。そして僅かばかりとは言え成果を得ることもできたのだ。


 それにわかったこともある。拒絶反応がどんなものか、魔力を動かす感覚がどういうものか。特に後者は大きい。いままでは想像で試していたけれど、魔力がないからそれが正しいかどうか判断ができなかった。その漠然とした魔力操作の感覚を掴む事ができたのだ。この挑戦は大いに意味があったと言える。


「でも上手くいったよ。生活魔法だけど初めて火を点せたし。点いてすぐエンリの水球に消されちゃったけどね」

「あ、もしかして?」


 返事の代わりに笑顔で答える。


「けど駄目だねぇ。小さな火を点けるだけでこうだもん」

「魔法を使えただけでもすごい事です。聞いた話ですが、人によっては気絶する場合もあるらしいですよ」


 幸い気絶はしなかったけれど確かにこれは辛い。だっていまだに少し頭がくらくらするもの。


「いい考えだと思ったんだけどなぁ」

「もうこんな無茶はしたら駄目です」


 困り顔のエンリに苦笑いを返す。


 実戦で使おうなどとは考えてもいなかったけれど、これでは当初の目的も覚束ないね。


 演習場のみんなの方をみやると、メディがとてとてとこちらに走ってくる姿が目に入った。


「ティア、どうかした?」

「タイガちゃんの魔力を取り込んで具合が悪くなってるんです」

「ほむ。無茶をする」


 心配してきてくれたようだ。メディが隣に腰掛ける。寝そべる私は膝を抱えて座るエンリとメディに挟まれた。


「だって私もみんなみたいに魔力図を構築してみたかったんだもん」


 言ってから愚痴っぽかったと反省する。2人を見ると微笑んでいた。気にしてはいないようで安心する。


「ティアは頑張ってる!」

「そうです! 私達は知ってます!」

「えへへ、ありがと」


「タイガちゃんの魔力で魔法が使えたということは魔力だけが問題なのではないですか?」


 エンリの言う通りかもしれない。尤も、それが一番の問題でもあるんだけど。入学以来、魔力量を増やす訓練を授業外でも続けているけれど、相変わらず私の魔力は増えず、表にでてこないままなのだから。


「ほむ。ティアは不思議だから、他人の魔力に干渉出来る、かも?」

「ん~、観たり触ったりはできるけど……」


 メディには私が他人の魔力を観たり、触れたり出来ることを明かしている。『星屑の涙(ティアズ・アステイル)の光明』の活動上も本当の事を伝える必要性を感じていたし、彼女はちゃんと秘密を守ってくれるしね。


 それとメディの『ティアの不思議な魔法を研究する』への協力の意味もあったからだ。もちろん、もしも論文にして発表する際には私の存在は匿名にしてもらう約束をしている。だってはずかしいから。


「ティアなら取り込まなくても他の人の魔力を操れるかもしれないということですか?」

「可能性はある、かも?」


 小首を傾げながら2人してとんでもないことを言い出す。


 メディなんて最初に打ち明けたとき、全然信じてくれなかったんだよ?

 実際に彼女が構築した魔力図に干渉してみせたら、呆然として固まってしまって大変だった。


 だけどちょっと興味を惹かれる。取り込まずに魔力を操作できるなら、拒絶反応というデメリットを排除してメリットだけを得ることが可能になるかもしれない。


 上半身だけ起き上がると頭を軽く振ってみる。

 よし、もうぐるぐるしていない。


「出来るかどうか、ちょっとやってみよう。タイガ、魔力を少し出せる?」


 私の前に黒い青く光る魔力の塊が浮かぶ。


 先刻やった感覚を思い出しながらタイガの魔力をリボンへ通してみる。


 つながりが無いからなのか酷く重たい。でも少しずつだけど魔力がリボンへ注がれていく。

 さっきよりずっと遅いけど、集中し、時間をかけながらもリボンに通す。


 そうだ。手で少し補助したらどうだろう?


 リボンを通して増幅された魔力に人差し指を突き刺す。指に纏わせるようにイメージしてそのまま魔力図を手で描いていく。


 期待通り、指先がなぞった後に魔力の線が引かれていく。簡単な火の魔力図を一気に描いた。そして残った魔力を魔力図へ注ぐ。よし……発動して!


 私の願いを聞き入れた魔力図が青く光ると、ポッと小さく発火音が鳴りその場に小さな火が点った。


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