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ティアのままならない一日 その7

「お、お嬢ちゃん、助かったっ」

「ひぃ、こんなのくらってたら……ありがとう嬢ちゃん!」


 尻餅をついただけで2人とも無事のようだ。


「この一瞬でなんて威力の魔法だ。確かにこいつはやばいな」


「ほほお。そこのお嬢ちゃんはなかなかに鋭い魔力感知能力をお持ちのようじゃのう。なるほど幻影魔法を見破るだけのことはあるようじゃな。学園でその才能を伸ばせば、あるいは一廉の魔法使いに成れたじゃろうが、残念じゃったのう。おぬし等の命はここで仕舞いじゃ」


 老人から10粒ほどの小さい魔力図が射出される。それは人為的な軌道を描きながら、私達の頭上を越えて背後へと消えていった。


 魔力図そのものを魔法で軌道制御して射出した? どうしてそんな回りくどいことを……。


 後ろから複数の獣が唸る声が聞こえてくる。


「まさか……マッドタイガーを目覚めさせたのか!?」


 あ、そうか! 魔法の有効射程を越えるためだ。そんな魔法の使い方もあるなんて学園でも習ってないよ。やっぱりこの人、只者じゃない!


「ほっほっほ。然り。平原で捕えてから3日、ずっと寝たままじゃったからのう。随分と腹を空かせていることじゃろうて」


 ローブの老人が構築を終えた大きな魔力図を側面に展開して発動させた。空間が裂けたように大きく広がる。


 その中に全く別の景色が写りこんで見えた。いや、実際にそこにある? 違和感に目が変になった感じがする。


「無駄な抵抗はせずにひと口で殺されるがよい。その方が痛みが少なくて済むからのう。ほっほっほ」


 静かに笑いながらローブの男が別の景色の中へ姿を消すと、間もなく亀裂が消失した。


「空間転移ゲートの魔法、だと……。まさかっ!?」


「グ、グレッグさん! 虎が!」


 魔物の唸り声が近づいてくる。


「く、くそう! やるしかないのかっ!」

「お、お嬢ちゃんは俺達の後ろにいなさい!」


 引きつった顔で叫びながら警備兵の2人が私の前に駆け出すと、槍を構えた。


 よく見ると手と膝が小刻みに震えている。無理しているのがわかる。さっきは勇ましさがなくなったなんて思ったけれど、彼らは十分に勇敢だった。


「悪い、今はそれどころじゃなかったな」


 グレッグは落ち着いた様子で、鞘から長剣を抜きながら最前列へ向かって歩いていく。


「正直、生きて出られる自信はない。だが、せめてティアだけでもこの命に代えても逃がしてみせる。俺達が切り込んで抑えている間に全力で梯子へ走れ! いいな? 何があっても振り返らず、全力でだッ!!」


 グレッグが長剣を両手で構えて鼓舞するように叫んだ。警備兵の2人が先程とは違い、引き締まった表情に変わると決心のこもった声で叫ぶ。


「そうだ、せめてこの娘だけでもッ!」

「ああ、俺達に構わず行けッ!」


「え、ちょっと!? まさか死ぬつもりじゃないよね?」

「お前さんは気にする必要はない。これは俺達の役目だからな。躊躇わずに行ってくれ!」

「へへっ。そうだぞ、お嬢ちゃん」

「巻き込んで悪かったな。嬢ちゃん」


 まったく、この男達は。




 ――ふぅ、仕方がない。


 『つるつるの魔法』を3人の手と地面へかける。


「「「へぶッ!」」」


 ゆっくりと歩いて転倒する3人の前へ出る。


「ごめんね。たまには護られるのもいいかと思ってたんだけど、どうやら私の性分じゃないみたい」


「な、何を言ってる? くっ、どうなってる! 地面が滑って起き上がれないッ、これはティアの魔法なのか!?」

「ちょっとその剣と槍借りるね。ちゃちゃっと討伐してくるから、3人ともそこで寝ながら待ってて」


 地面に散らばっている武器を拾い上げる。


「「「ま、待て!!」」」


「大丈夫、任せて。魔物討伐は私の本業だよ」


 私を引き止める3人に振り返って笑顔で応える。


 さて、魔物狩りといこうか。


 マッドタイガーの群れへ向かって歩く。


「無茶だ戻れっ、あっ……危ない!!」

「「お嬢ちゃんっ!」」


「「ガゥゥッ!!」」


 先頭を走ってきた2匹が2本足で立ち上がると、釣りあがった目を見開き、威嚇するように牙を剥きながら研ぎ澄まされた鋭い爪をむき出しにした両手を掲げ挙げる。


 見慣れたマッドタイガーの攻撃姿勢だ。落ち着いて攻撃のタイミングを見極める。


 2匹が爪を振り下ろし前傾になった瞬間、右手を大きく時計回りに円を描くようにひと振りすると、短い風切音と共に、一瞬の煌きがその軌道を走った。


「「ガァ!?」」


 眼前の2匹のマッドタイガーは掲げた爪を振り下ろす事なく、その首と両腕を地面に落とす。


「「「なっ!?」」」


「へぇ、長剣って初めて使ったけど、いいね! 飛び上がらなくても立ち上がったマッドタイガーの首まで簡単に刃が届くよ」


 頭と前足を失った巨大なマッドタイガーの身体が音を立てて地面へ倒れる。


「まず2匹っと」


 先を見ると遠くから2匹がこちらに駆けてくる。


 長剣を上へ放り投げると片手ずつ槍を持つ。


 助走をつけて虎の頭へ目掛けて左手の槍を投げた。


 勢いをそのままに、踏み込んだ右足で地面を蹴ると一回転しながら飛び上がる。伸ばした左手でもう1匹のターゲットへ狙いを定めると、中空で右手の槍を投げ放つ。


 2本の槍が風切音を鳴らしながら一直線に飛んでいく。


 十数メートル先にいた虎の眼球に直撃するとそのまま頭部を貫いた。


 中にある魔核にも当たったのか、駆け寄る足をもつらせて転がった2匹はそのまま動かなくなる。


 この2つの毛皮は傷が少ないから高く売れそうだ。


「4匹。あと6匹かな?」


 ゆっくりと回転しながら落ちてくる長剣の柄を、残りの虎を見定めながら右手で掴むと広間の中央へ向かって歩いていく。


「「「ガルルルゥゥ……」」」


 広間に散り散りにいた6匹が私に気づくとウルフ種のように取り囲んできた。


「マッドタイガーにもこういう習性があったんだ。知らなかった」


 本に書いてあることが全てではないのは経験していたけれど、これは新しい発見かもしれない。


「ガウゥッ!」


 背後から飛び掛ってくる1匹を避けながら長剣を振り下ろして首を刎ねる。と、すぐに別の1匹が背後から飛び掛ってくる。


 真横に避けながら体を捻って半円を描くように斬り上げて首を刎ね飛ばす。


「背後狙いもウルフ種とソックリだけど、体が大きいだけで二番煎じ感が否めないね。なにより動きが遅い」


 うろたえた様子の4匹に今度はこちらから斬りかかる。


 正面の1匹が目の前に迫る私に、慌てたように頭を傾げながら大きく口を開く。その噛みつき攻撃をステップで斜め前方へ避けると伸びた首目掛けて長剣を振り下ろした。


「ギャッ!」


 すぐに脇にいるもう1匹へ迫る。恐怖からか、私の目を見つめて硬直しているその額を剣先で貫くとすぐに脱力して崩れ落ちた。


 そこで驚くべき事が起きる。なんと最後の2匹が私に背を向けて逃げ出した!


「ええっ! 空腹の、しかもマッドタイガーが人間から逃げ出すの!? これも新しい発見かも」


 ブラッドベアーから逃げるゴブリンは見たことがあるけれど、魔物が人間から逃げ出すなんて聞いたこともない。まして空腹時ならほぼ例外なく、狂ったように見境なく襲ってくるのが獰猛な魔物というものなのだ。


 すぐに追いかけて1匹に『つるつるの魔法』をかけつつ、すれ違い様に後ろ足の踵を思い切り蹴り上げる。


「ガウゥッ!?」


 背中を丸めたまま、くるくる回りながら飛び上がると、そのまま放物線を描きながら落ちてくる。その首を落下を待たずに横なぎに刎ねると最後の1匹を追う。


 もう1匹はグレッグ達がいる方へ向かっているようだ。足に『すべらない魔法』をかけて全力で地面を蹴って加速していく。


「ま、魔物がこっちに!」

「まさか、ティアは殺られたのか!?」

「う、うわああああ!」


「なぁ~に逃げてるのよぉ」


 真横に並ぶ私を見たマッドタイガーが怯えたような鼻声を上げる。


「ギャウッ!」


 追い抜き様に首を刎ね飛ばす。その首はグレッグの前まで転がっていくと止まった。


「えへへ、ごめんね! まさか私を置いて逃げ出すだなんて思わなくて」


「逃げ、出した……? いやっ、それよりも無事だったのか! 魔物はどうなった!?」

「全部討伐したよ。それと魔法は解除したからもう立てるよ。あと剣ありがとうね。槍はあっちの2匹に刺さってるから。あ、そうだ! 素材って私が貰ってもいいのかな? 特に毛皮が……ん? どうしたの?」


 3人とも呆然として固まっている。


「わ、悪い。少し頭の中を整理する時間をくれ……」


 のそのそと起き上がった3人がそれぞれ死体となったマッドタイガーを確認していく。


「マジかよ、本当に10匹全部倒されている。信じられないが、これをティアがひとりでやったんだよな」

「どれも傷口が1つしかない……。この巨大な虎が全て一撃で仕留められるだなんてっ、とんでもない剣の技量ですよ!」

「俺はこの目で見たんだ。2匹があっという間に仕留められるところを。まるで剣先が見えなかった。それでもこれは信じがたい光景です。魔法だけでなくこれほどの武力も持ち合わせているだなんて……」


「あはは、みんな大袈裟だよ。それに言ったでしょ? マッドタイガーくらいなら倒せるって」


「確かに言ってたが……なぁ?」

「「えぇ……」」


 3人共呆れたような顔をする。どうしてだろう。


「くっくっく、うわっはっはっは」

「「わっはっはっは」」


 突然腹を抱えて笑い出す3人。


「な、何よぉ……」


「くっくっく、だって、なぁ?」

「ですねぇ、ははっ」

「ああ、本当に。くはっははっ」


 むー、何なのよぉ~。


「まったく、お前さんはとんでもないヤツだな。俺達男3人、本気で死を覚悟していたというのに。ティアにとってはまるで何て事のない相手だったとはな」


「本当ですよね。俺、今日絶対人生終わったって思いましたもん」

「俺も。こんなことなら振られるの覚悟で彼女にプロポーズしておけばよかったって後悔したよ」

「お前、さっきそれ言ってたら死んでたよ。言わなくてよかったな」

「はぁ? どういう意味だよそれ」

「そういう伝説があるんだよ」


 なにその伝説。聞いたことないけど、王都限定?


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