ティアのままならない一日 その3
道幅が2mもない狭い通りを歩いていると、壁際に積み上げられた木箱の上にたむろする薄汚れた服を着た年齢も身長もバラバラの5人の少年がこちらに気づいて立ち上がる。中には10歳にも満たなそうな小さい子もひとりいるけれど、漂う雰囲気に覚えがある。
「よぉよぉ、ねーちゃん。こんな所に入ってくるなんて危ないぜ?」
リーダーらしき一番年配そうな男の子が、よれよれのズボンの右ポケットから折りたたみナイフを取り出しながら、仲間の4人を引き連れてこちらに歩いてくる。私よりちょっと年下くらいかな? 仲間の2人が走って私の後ろに回りこむ。こういう事に馴れているのか、役割が決まっているみたいだ。
「ち、なにニヤニヤ笑ってやがる! 状況がわからねぇとんまか?」
「えへへ、だってそれ、懐かしいなと思ってね」
あの折りたたみナイフ、カブトにいちゃんも昔、お気に入りだったっけ。王都でも流行は同じらしい。
「はぁ? チョーシくれてっと刺すぞ!」
右手に握ったナイフを突き出し、斜に構えながら睨んでくる。
ポーズだけは堂に入っているけど、はっきりいって隙だらけだから脅しにもならない。
「はいはい。それより私になんか用? そこ通りたいんだけど」
「けっ、学園の坊ちゃん嬢ちゃんのくせして、妙に落ち着きやがって。わからねぇなら教えてやる。怪我したくなかったら有り金全部ここへ置いて黙って来た道引き返しな!」
なんだ、何かと思ったらお金目当てだったのか。この道が最短距離だったのかもしれないけれど、エミールさんももう少し道を選んで教えてくれてもいいのにな。
「お金は置いていかないし、他の道を知らないからここを通るよ」
「てめぇ、俺の言った事聞いてねぇのかよ!」
「おいレグ、こいつ俺らのこと舐めてんだろ。少し痛い目見せてやろうぜ。そうすりゃすぐに素直になるって」
横に立つもうひとりの男の子もポケットからナイフを取り出すと構える。
「黙ってろよニキ、いまは俺が仕切ってんだ」
「ふうん、あんたレグっていうんだ。あんたたちってもしかしてこの街の孤児院の子?」
「だったら何だよ。いいとこが見下してんじゃねえぞ!」
「ば、馬鹿! 何正直に教えてんだよレグ! あとで先生にチクられるぞ!」
思ったとおりこの街の孤児院の子供達だったようだ。
「う、うるせぇ! ここでしっかりこいつに言い含めておけばいいんだよ。心配すんな」
レグはナイフをこちらに突き出したまま、ニキの方を向いている。無用心すぎだ。
その手に『つるつるの魔法』をかけてナイフの刃を指でつまむと、そっとひっこ抜いて奪った。
「あっ、レグ、ナイフ!」
「あっ!? 俺のナイフ!!」
「えへへ。隙ありぃ~」
見せ付けるように右手で折りたたみナイフをくるくる回す。チャキチャキと音を鳴らして刃を畳んだり出したりを繰り返す。カブトにいちゃんがよくやってたんだよねこれ。
私の手馴れたナイフ使いにレグの顔から余裕が消えていく。まぁ無理もない、これだけはカブトにいちゃんよりも私の方が上手だったからね。
「く、くそう。か、返せよ!」
「いいよ。はいっ」
出した刃を見せてから、トン、とナイフをレグの胸に突き立てた。5人が一瞬で静かになる。もちろん直前に刃は畳んだから怪我なんてしていない。だけど彼の顔は真っ青だ。ちょっと脅しが過ぎたかな? 固まっているので、手を取ってナイフを渡してあげる。
一番小さい男の子の目をみる。
「先生のことは好き?」
「……うん。こわいけどすきっ!」
「そう。私も私の先生が怖かったし、好きだよ。それにすごく尊敬してる。一緒だね!」
頭をなでなですると男の子の顔が笑顔になる。
あぁ、ブリトールの弟達は元気にしてるかなぁ。
「い、一緒ってどこがだよ。俺たちを馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」
「そうだぜ。お前らはいつだって俺らを哀れんで下に見ていやがるんだ!」
この2人が言うことはよくわかる。私も同じように考えていた時期があったしね。それにそういう人がいるのも事実だから、彼等が言っていることはあながち間違ってもいない。だけどこの少年達は1つ決定的に間違えている。
「どうして孤児院育ちの私が同じ境遇のあんたたちを馬鹿にしたり、哀れんだりするのよ」
そんなの自分で自分がかわいそうって言ってるみたいで滑稽だよ。あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて呆れてしまう。
「嘘つけ! 俺はこの孤児院に7年いるんだ。お前みたいなやつはいなかったぞ!」
「そうだぜ。すぐバレる嘘ついてんじゃねぇよ!」
「何言ってるの、当たり前でしょ。私はブリトールの孤児院に15年いたんだから。王都に来たのはつい数ヶ月前だよ」
「じゅう……ご年……? ってお前、生まれてすぐ捨てられたのかよ」
だったらなんだと言うのだ。自分よりも可哀想とでも言いたいのだろうか。ニキの言葉に少し苛立つ。
「そうだけど? だから何」
「い、いや。何でもねぇ……」
「騙されねぇぞ、その服は魔法学園のやつだろ。孤児院出のやつが入れるわけがねぇ!」
「レグのルールでは孤児院で育ったら学園に入ったらいけないわけ? そんな決め付け、それこそ私達を下に見て馬鹿にしてるって事じゃないの?」
孤児院育ちの選択肢が狭いのは事実だけど、だからって自分達がそれを言って可能性を否定するのは違うんじゃない?
私を含めて5人の視線がレグに集まる。
「そ、そんなこと、言ってねぇし……。ち、なんかシラけちまったぜ。みんないくぞ!」
少年達がぞろぞろと引き上げようとする。
む、この子達はしでかした事をほったらかして逃げようというのか。そうはさせない。
「ちょ~っと待ちなさい。な~にしれっと帰ろうとしてるのかな?」
レグの襟足を掴んで捕まえる。
「な、なんだよ! 放せよ!」
「私はブリトールだけど、同じ孤児院育ちのいち姉として出来の悪いあんたたち弟をこのまま見過ごすことは出来ません。未遂とはいえ強盗まがいの悪事を働いた反省をしてもらいます。全員そこに正座!」
「な、何で正座なんかっ……うッ!」
「せ・い・ざ」
有無を言わさぬ圧力をかけると、顔を引きつらせたレグがしぶしぶ正座する。それをみてニキが、そして他の3人が道の壁沿いに正座していく。
「さて、まずはどうしてこんなことをしたのか理由を聞かせて頂戴」
「へっ、理由なんかねぇよ。俺らを見下してチョーシくれてるヤツをちょっとわからせてやって授業料にお小遣いを貰う。これはそういう遊びなんだからな」
「ふうん。レグは遊びに命賭けてるんだ?」
「はあ!? 命なんか賭けて……うッ」
黙ってレグの目を見つめながら、人差し指で彼の胸をトンと突く。少しだけこめた私の殺気に中てられたのか、それともさっきナイフを突きたてられたことを思い出したのか、その両方か。レグの顔が引きつって言葉に詰まる。
「死んでたよ、相手次第ではね。みんなもこの遊びに命賭けてるの?」
ニキも他の3人も私の視線を受けると俯いてしまう。
「こ、こんなただのガキのいたずらに本気になるやつなんかいねぇよ!」
「……本当にそう思う?」
「ああ! いままでだって問題なかったんだ」
気を取り直したのかな、レグがまた不遜な態度に戻ってしまった。
この子をこのまま放っておいたら間違いなく碌でもない結末が待っている。やっぱり放っておけないよ。
「ふぅ……。あなたにはさっき聞いたね。他の4人はどう? 孤児院の先生のことは好き?」
「「「……」」」
「……だ、誰があんなうるせぇババアなんか」
あぁしまった。この年頃の男子に対する聞き方じゃなかった。
「わかった。じゃあ先生の事は嫌い?」
「別に……」
「嫌い……じゃあ、ねぇけど」
「「……うん」」
ブリトールの兄弟達でもよく見た反応だ。タイガもだけど本当に男って素直じゃないんだから。
「ひょっとしてすごく怖い?」
「こえーよ! なぁ?」
「怒ったときなんか鬼だよな。ゲンコツも痛ぇし!」
「「「うんうん」」」
レグとニキに他の3人も力強く頷いて肯定する。
「でも嫌いじゃないんだ?」
「それは……」
「「「……」」」
「たぶん、すごくやさしいところもあるんだね」
「「「……」」」
それぞれに思い当たるところでもあるのか、私のその言葉を否定せず、下を向きながらも隣に正座する仲間の様子を覗うようなそぶりを見せ合っている。
全員、照れて口には出せないけどきっと思い当たる事があるんだろうね。つられて私も先生にやさしくしてもらった時の事を思い出してしまう。
「えへへ。私の先生もそうだったよ。だからあんたたちの先生も、きっと良い先生なんだと思う」
「……お前のとこのババアもこえーの?」
「私はティアズ。ティアって呼んでね! 私の先生はすっごく怖いよぉ? カブトにいちゃんでさえ何度も泣かされてたからね~」
主に、にいちゃんがやんちゃしたのがバレた時だけど。
「カブト兄ちゃん? 孤児院の兄弟か」
「そう。6つ上のね。いまはCランクの冒険者になってブリトールで仕事してるんだ」
Cランク冒険者というワードにレグとニキを筆頭に少年達が盛り上がる。
ブリトールの兄弟達と同じで、男の子はみんな冒険者に憧れるようだ。
「そのにいちゃんがさ、あんたたちくらいのときに血だらけで帰ってきたことがあるんだ」
「「「え……」」」