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天魔戦争 その9

 非戦闘員が兵士としてここへ来ている?


 私はずらりと並ぶ魔族軍の兵士達の顔を改めて見た。


 蛇頭の魔族達の表情からは、心情は全然読み取れない。


 ただやっぱり、瞳の色はタイガがいつも見せるような闘争の赤い輝きを放っていない。


 怒れる魔物のそれとも違う。


「ド底辺とは言え、武装した2000匹の魔族が相手だ。テメェの体力がどこまで持つかなァ? ケッヘヘへ。全隊一斉攻撃――やれェ!」


「「「う……うおおおおおおおおお!!!!」」」


 大将の号令で静観していた魔族の兵士達が、雄叫びと共に一斉に動き出す。


 大人の男性よりもふた回り以上体格の大きな魔族軍2000匹の行進は大地を揺らした。


 相手の事情がなんであれ、ぼーっと突っ立っていたら数に押し流されてやられる……!


 気を取り直して私は杖を構えた。


 最前列を走ってきた魔族兵と1合交わした次の瞬間、私は2000匹の魔族兵士の波にあっという間に飲み込まれた。


 前後左右、足元に頭上。あらゆる方向から矛先が伸びてくる。


 練度の低い槍の攻撃は、見える範囲は兎も角、視覚外からの攻撃がやけに避けづらく感じる。


 攻撃の気配が読みにくい。


 これまでに感じたことのない闘争の空気に困惑する中、目の前で突き出される何本もの槍をひたすらに受け流し、避ける。


 頬にチクりと痛みが走った。


 横から突き出された槍をギリギリ避けそこなった。


 練度は兎も角、数が多すぎて重心を維持できない。


 このままじゃジリ貧だ。


 反撃しないと勢いに押し潰される――!


 ふいに後ろから抱き付かれた。


 持ち上げられて両足が地から離れる。


 抱きかかえられて身動きの取れない私へ目掛けて5本の槍が伸びてきた。


「いい加減にしなさい!!」


 周囲にいた50匹前後の魔族兵が、一斉に真っ逆さまにひっくり返る。


 私は自分の体にも『つるつるの魔法』をかけると、私を押さえつけていた魔物の太い腕の中から滑り降りた。


 背後の魔族兵に振り返って、その脇腹に杖の反撃を放つ。


「うごッ!!」


 魔族兵は脇腹を両手で押さえたまま崩れる様に塞ぎ込んだ。


 そこまで強く叩いたつもりはない。


 だけど小刻みに震える顔を上げた魔族兵の目には、涙が溢れていた。


 魔物がちょっと小突いただけで膝を折って、しかも戦いの最中に涙……?


「あなた達……本当に非戦闘員なの?」


 私はうずくまる魔族兵に話しかけた。


「俺はただの農夫だ。くっ……武器なんか持つのも初めてだよ!」


 魔族兵が答える。


「なによそれぇ……なんで農夫が戦場に来てるのよ!」


「俺だけじゃない。ここにいる他の奴らも全員そうだ。戦いなんか好んでやる奴らじゃない!」


 魔族兵が落とした槍を拾って立ち上がる。


 逆さまになっていた他の兵士達も、立ち上がって槍を構え始めた。


「もうやめて。あなた達が魔界へ帰ってくれさえすれば、私は争うつもりはないんだよ!」


「俺達弱者は強者の命令には逆らえない。それが魔界の絶対ルールなんだ!」


 魔族兵が突進しながら槍を突き出す。


 私はそれを杖で軽く受け流すと、魔族兵に足をかけて転げ飛ばした。


「だったら! 私の方が強いんだから私の言う事を聞きなさい!」


「確かにお前は人族にしては大した実力の持ち主だ。だがお前は魔族じゃない! 命令に逆らえば、仮にここで生き延びたとしても俺達は魔界で殺される!」


 別の魔族兵達も声を上げていく。


「そうだ。こいつをやる以外に俺達が生き延びる術はない」


「生き延びるためには……やるしか、ないんだ!」


「「「うおおおおおお!」」」


 魔族兵達が一斉に襲い掛かってくる。


 この気持ち悪い戦闘の空気の原因がわかった。


 彼等から発せられているのが、私へ向けられた純粋な殺気じゃないからだ。


 彼等は闘争がしたいんでも、私を殺したいんでもない。


 ただ自分の命を守りたいだけなんだ。


 なんて戦いづらいんだ。


 気配の読みづらさだけじゃない。


 こんなにも反撃に躊躇う戦いは初めてだ……っ!


 私は『つるつるの魔法』で周囲の魔族兵達を逆さまにひっくり返した。


 範囲外にいた魔族兵が、今度は転倒した仲間の兵士を踏み越えて襲ってくる。


 弱いといっても相手は2000匹。


 数の優位を全面に出して、こうも立て続けに襲い掛かられてはたまらない。


 有効な反撃もせず、いつまでも『つるつるの魔法』で遠ざけてばかりいては、体力も神力も消耗するばかりだ。


 この終わりの見えない不毛な戦いを終わらせる手段は1つ。


 私は辺りを見回して魔族軍の大将を探した。


 いた――!


 魔族兵の壁のずっと後ろで、にやにやと笑いながら観戦に興じている。


 私は再び『つるつるの魔法』で周囲の魔族兵達を逆さまにひっくり返すと、大将のいる方へ向かって駆け出した。


 魔族兵達が遮る様に行く手を阻んでくる。


「邪魔だよ。どきなさい!」


 『つるつるの魔法』でひっくり返し、指向性を制御して脇へどかす。


 一瞬開けた大将までの道は、すぐに別の魔族兵によって塞がれた。


「くっ!」


 大型の魔物ならすり抜ける隙間がいくらでもあったのに、魔族兵がなまじ人と同じくらいの大きさのせいで潜り込める隙がない。


 前方から3匹の魔族兵が、槍を上段から振り下ろしてきた。


 杖を真横にして同時に受け止める。


 どかしても別の魔族兵が隙間を埋めてくるのなら、このまま押し進んでやる!


 私は前方へ向けて範囲で『つるつるの魔法』を放った。


 自分の両足には『すべらない魔法』をかけて踏ん張り力を高める。


「はああああああッ!!!!」


 3匹の魔族兵の足に『指向性のあるつるつるの魔法』をかけて転倒させないように補助しつつ、盾代わりにして後ろに控えている魔族兵達を押しのけて行く。


 しかし魔族軍の大将は、私が近づく前に兵士達を壁にして遠くへ回り込んでいた。


 とことん手下にやらせて、自分は逃げに徹するつもりか。


「あんたも群れのリーダーなら、正々堂々、私と戦いなさいよ!」


「ケッハハハハ! その顔、最高だぜェ!」


「くっ!」


 私はずっと、魔族は闘争に対しては純粋な種族なんだと思ってた。


 それは善も悪もない、穢れの無い無垢な本能なんだって。


 けど間違いだった。


 こういう魔族もいるんだね……!


 なんだかとても腹が立って仕方がない。


 こいつは、タイガとは全然違う!


「ホォラ。俺様はこっちだぜェ?」


「あんたは絶対に逃がさない!」


 『つるつるの魔法』を駆使して魔族兵を押しのけ、掻き分け、大将へ迫る。


 だけど能動的に動く2000匹の魔族兵の壁は厚い。


 あと少しのところで一歩届かない。


 それにネズミに似ているだけあってか、大将の逃げ足が早すぎる。


 私の魔法の範囲内に決して入らないのも狡猾だ。


 もしかしたらわざと引き付けて遊んでるのかもしれない。


「はぁッ、はぁッ、こんなことなら、はぁッ、腕じゃなくて足を折るんだったよ」


「ケッハハ。雑魚とは言え、殺せない相手と2000対1だ。そろそろバテてきたかァ?」


「あんたっ! タイガの代わりに大魔王になるなんて言っておいて、こんな姑息なやり方をして恥ずかしくないの!?」


「ケッハハハハ! 姑息? 恥ずかしい? 愚か者めッ! 戦いってのはなァ、最後に生きて立ってた奴が勝者よ! 俺様に言わせりゃ1500年前に滅ぼされた大魔王タイガ・ガルドノスも、所詮はただの負け犬だぜェ!」


「タイガが負け犬!?」


「どんな手を使おうが、生き延びた者こそが正義よ。死んだモンは言い訳もできねェんだよ!」


「この……っ! 巨獣化もできないくせに。心まで小さいあんたなんか、誰も大魔王だなんて認めやしないんだからね!」


 大将の顔色が一変する。


「テメェ……いまなんつった。あァ?」


「あんたにはタイガのような大魔王の風格がない。ルーヴァから大魔王の立て看板だけ与えられたからって、中身の伴わないあんたなんか誰も大魔王と認めないって言ったんだ!」

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