天魔戦争 その6
アースストンプが来る!
「やべぇ!」
カブトにいちゃんが慌てて走り出す。
「前方へ防御魔法を展開しろ、急げ!!」
グレッグが叫ぶ中、クレイジーエレファントの前足が地面を叩いた。
地響きと共に雷撃の波が広がる。
カブトにいちゃんが地揺れに足を取られて転びながら戻ってくるのに合わせて、宮廷魔術師達が魔法の防御壁を張った。
「ぐあッ!」
間一髪、雷撃を防げたと思ったその時、苦悶の表情を浮かべてカブトにいちゃんが握っていた剣を落として膝から崩れた。
「にいちゃん!!」
「ちっ、問題ねえ! 剣を伝ってほんの少し腕に余波をくらっただけだ。少し休めばまた剣を握れる!」
私はほっと胸を撫でおろした。
「大型魔導兵器用意!」
防御魔法を使っていない手の空いている宮廷魔術師が、急いで大型魔導兵器へ取り付く。
「撃て!」
大型魔導兵器の先端から、収束された光線が伸びる。
しかし放たれた光線はクレイジーエレファントではなく、クレイジーエレファントがその長い鼻で掴んで放り投げたブラッドベアーの首無し死体を貫いた。
「ヴォオォォォォッ!!」
クレイジーエレファントが咆哮を上げる。
「突進してくるぞ! 撃て! 撃て! 射撃と魔法で足止めして時間を稼ぐんだ。その隙に大型魔導兵器の次弾を急げ!」
「グレッグ隊長! 側面から……ヴァ、ヴァリアントブラッドベアーです!!」
右側面を守る兵士のひとりが叫んだ。
「Aランク級の魔物だと!? 空いてる大型魔導兵器は!」
「どれもさっきつかったばかりで、冷却がまだ不十分です!」
「く……っ! ここで終わる訳にはいかない。大型魔導兵器が壊れてもいい、撃て!!」
「待って」
私は荷馬車の屋根に上がって叫んだ。
「あれは私がなんとかするよ」
腰のホルダーから愛用の杖を引き抜く。
「だが……!」
「目的は敵の大将を倒す事で、私の体力温存はただの手段のはずだよ。いま優先すべきは、この危機を乗り越えること。でしょ?」
グレッグは一瞬面食らったような表情を見せた後、後頭部を右手で掻きながら小さく苦笑いした。
「そうだったな。すまんティア、頼めるか?」
「うん、任せて!」
私は自分に『超つるつるの魔法』をかけると、荷馬車の屋根を蹴った。
大型魔導兵器と歩兵達の頭上を飛び越えて、遠く陣形の外へ降り立つ。
「ヴァリアントブラッドベアーと戦うのはこれで2度目だね。以前はタイガと2人で逃げるだけで精一杯だったけれど。えへへ。私の成長を見せてあげるよ!」
私は両足に『すべらない魔法』をかけて駆け出した。
向かってくる小さな私の存在に気づいたヴァリアントブラッドベアーが、紡ぎあげた魔法を発動させる。
「いきなり本気でくるなんて、見る目があるじゃない」
ヴァリアントブラッドベアーが後ろ足で大地を蹴って身体を捻った。
中空で高速回転したヴァリアントブラッドベアーが、魔力を纏った爪で周囲の全てを抉り飛ばしながら私に向かって突進してくる。
「あれは……ニーディングクローだ!!」
「やべぇ、逃げろティア!!」
後ろでみんなが騒いでいる。
だけど私は躊躇うことなく、自らニーディングクローの射程内へと踏み込んだ。
私は神力の糸を伸ばしながら、出鱈目に降り注ぐヴァリアントブラッドベアーの爪の連撃を杖で受け止め、『威力を受け流す超つるつるの魔法』で衝撃を奪い取っていく。
「落ちなさい」
私は神力の糸を引いて、発動中のヴァリアントブラッドベアーの魔力図を破壊した。
魔法が消失して推進力と浮遊力を失ったヴァリアントブラッドベアーが、肩から大地に突き刺さる。
超重量にかかった回転と勢いは止まらない。
ヴァリアントブラッドベアーの巨体を逆立ちにし、更にもんどり打って捻り飛ばした。
地面に仰向けにひっくり返ったヴァリアントブラッドベアーは、放心したように動きを止めた。
でもそれは一瞬で、肩を震わせて四つ足で立ち上がる。
ヴァリアントブラッドベアーにとっては、文字通り走って転んだ程度のダメージだろう。
傷ついたのは身体よりも、プライドの方に違いない。
ヴァリアントブラッドベアーが振り返って、深紅の瞳で私を睨む。
「グワアアアァァーーーーッ!!」
咆哮を上げて2本足で立ち上がった。
重低音で発せられる強烈な波動が、ビリビリと私の全身を叩く。
「心地いい風だね」
私が駆け出すのと同時にヴァリアントブラッドベアーが構えを取る。
間合いに入った瞬間、ヴァリアントブラッドベアーの両腕が消えた。
クレイジークロー!
2本の魔力を纏った鋭く巨大な爪が、私を狙って的確に降り注ぐ。
「無駄だよ」
全ての攻撃を『威力を受け流す超つるつるの魔法』で受け止めて威力を奪う。
猛攻を潜り抜け、足元まで辿り着いた私に、ヴァリアントブラッドベアーはクレイジークローを解除して両腕を振り下ろした。
ズン!!!! と、轟音と共に大地が大きく揺れ、大きく砂煙が立ち上る。
「頭を下げたね?」
ヴァリアントブラッドベアーが見失った私の姿を探して周囲を見渡す。
「こっちだよ」
私は両手で握った杖を頭上に振りかぶった。
杖の先端には集めた全ての衝撃が螺旋を描いて纏わりついている。
「私が受け止めたあなたの攻撃116発分を、この一撃に全部載せて返してあげる!」
ハッとして頭上を見上げたヴァリアントブラッドベアーの額に、私は杖を振り下ろした。
インパクトの瞬間、空気の壁を突き抜けてヴァリアントブラッドベアーの頭部が地面に減り込む。
先程よりも何十倍も大きな音と衝撃が大地を走った。
杖を持つ手に伝わってきた巨大な頭蓋が粉々に砕ける手応え。終わりだ。
私は『威力を受け流す超つるつるの魔法』を使って地面に着地すると、杖を腰のホルダーに差し込んだ。
「すげぇ……一撃だ。たった一撃であっさり勝っちまったぞ!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
兵士達から興奮気味の歓声があがる。
あちらはあちらで、クレイジーエレファントを無事仕留められたみたいだ。
「見たかお前達! あれが最年少Aランク冒険者、ティアズ・S・オピカトーラの実力だ! 彼女は必ず魔族軍の大将を討ち取るだろう! いいか! 俺達に命じられたこの作戦が、天魔戦争勝利の鍵となるんだ!!」
グレッグの激励で騎士達の表情に明るい活気が戻ってくる。
「うまいこと士気を上げたね」
部隊に合流した私が微笑むと、グレッグは頭の後ろを掻きながら笑った。
「いや、俺はただ勢い付いた背中をもうひと押しただけだ。お前さんというカリスマがあってこそだよ。それにしても、王都にブラッドベアーを持ち帰ってきた時も驚いたが、まったくとんでもなく強くなったもんだなぁ」
「えへへ~。まあね!」
ちょっと呆れた様子のグレッグに、私は大きく胸を張った。
口角を上げてニヤけたカブトにいちゃんが、無言で私に拳を突き出す。
私も微笑みながらその拳にコツンと私の拳を合わせた。
グレッグと別れて元居た荷馬車の荷台に座る。
「すごいわティアちゃん!!」
アリサが駆け寄ってきて興奮気味に言った。
「えへへ~。ありがと」
魔物達を退けた私達の部隊は再び動き出す。
私は活気づく兵士達とは真逆に、ここに来て少しの不安を覚え始めていた。
もうすでに昨夜よりもずっとずっと深く敵陣へ切り込んでいる。にも関わらず、いまだ魔族の姿は一人も見えない。
あとどれくらい切り込まなければならないのか……。
私は荷台の中を振り返った。
前線が押しているとはいえ、出発時は山積みに積まれていた魔核の残量は、部隊が帰還するには大分心もとないほどに目減りしている。
ほどなくして、グレッグが緊張した声で部隊へ警告を発した。
何事かと立ち上がって前方を覗き込む。
そこには討伐難度Aランク以上と思われる巨大な魔物の影が、ずらりと地平線を埋め尽くしているのが見えた。




