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予兆 その3

「――はぁッ、はぁッ!」


 流石は魔界最強と謳われた大魔王だ。


 魔法に対する耐性が尋常じゃなかった。


 一体どれだけの上級魔法を紡ぎ、放っただろう。


 無限にも感じられていた私の魔力が、いまや底が見え始めている。


 何よりも城よりも遥かにデカイあの超巨体で、まるで猫のように素早い動きをしてくるのだから厄介極まりなかった。


 辺りは私達の戦闘に巻き込まれた魔物の死体が散乱し、私の放った無数の魔法とタイガが振るった爪痕で地形も大きく形を変えていた。


 私は顔を上げるとボロボロになった首無しのタイガの死体を見上げた。


 切断された巨大な頭部は遠くに転がっていて、血だまりの中で沈黙している。


 魔力を大きく消耗したせいか殺意や闘争心が落ち着いてきたみたいだ。


 代わりに虚無感と後悔が押し寄せてくる。


 いまは全身に負った傷よりも、胸の奥の方がズキズキと痛かった。


 私はその場で膝を折った。


「うぅ……っ。タイガの馬鹿……っ!」


 タイガとの旅の記憶が思い出されて、涙があふれてくる。


「本当に……家族だと思ってたのに……っ!」


 私は塞ぎ込むように泣き崩れた。


「エンリ……カブトにいちゃん……!」


 大切な人はみんな死んでしまった。


 殺してしまった。


 もう嫌だ……もう息すらしていたくない。


 このまま消えてしまいたい……。


 私を取り囲む無数の気配に気づいて、私は顔を上げた。


 幾千もの魔物が遠目に私を取り囲んでいる。


 さっきは怯えて逃げ惑っていたくせに、タイガとの戦闘で傷つき、疲弊しているいまならやれるとでも思っているのだろうか?


 奴らの好戦的な赤い瞳を見た時、私は再び憎悪が膨れ上がった。


「エンリとカブトにいちゃんを殺した魔族の軍……そうだった。まだあんたたちが残ってたね」


 私はゆらりと立ち上がった。


 全身から魔力が溢れ出る。


「何が弱肉強食だよ。流血しか望まない魔族なんて、滅んでしまえばいい」


 呟いた私は、1つの魔力図を浮き上がらせた。


 そして残っていた全ての魔力を注ぎ込み、魔法を発動させた。


 濃密な魔力を帯びた魔力図は、上空へ飛び上がっていくと自らの魔力図の複製を始めた。


 1つが2つに、2つが4つに、分裂を繰り返しながら瞬く間に空一面を覆いつくす。


 魔力を感知した魔物達が怯えた様子で空を見上げ出す。


「殺し合いが大好きな愚かな魔物達。これは星屑じゃない。私の涙だ。よく見て味わいなさい。あなた達が作り出した悲しみの雨を。そしてその身に浴びて思い知るがいい。私の怒りを! 星屑の涙(ティアズ・アステイル)――!」


 65,536個の魔力図が、一斉に発動の光を放った。


 魔力図から射出された燃え盛る大岩が大地に降り注ぐ。


 直撃を受けた者は押しつぶされた。


 免れた者は着弾時の大爆発によって起きた焦熱の爆風に吹き飛ばされ、焼かれた。


 大地が大きく揺れ続け、逃げ惑う小さな魔物達の足を止める。


 着弾点に出来た真っ赤に焼けただれた巨大な窪みが、大きな魔物の逃げ場を失わせ、窪みへ足を滑らせた者を炎に包んだ。


 辺りは幾千もの魔物達の断末魔に包まれた。


 やがて魔法が止むと、一面に広がる赤く溶けた無数の大穴と、ただ静けさだけが残った。


 不意に私の背後に何かが近づいてくる気配がした。


 生き残りがいたのかと思い振り返ってみると、それは転がってきた巨大なタイガの眼球だった。


 深紅の瞳と見つめ合う。


「うっ……! うあああああああああああっ!!!!」


 私はそれに気づいた時、絶叫を上げた。


 タイガの瞳に映った自分の姿は、もう人と呼べるものではなかった。


 漆黒の肌、深紅の瞳に蛇のような瞳孔、魔力を帯びて青く光る鋭い手の爪、そして――禍々しい漆黒の翼が背中から生えていた。


 堕天――すぐにそれが思い浮かんだ。


 私は人でも天使でもなく、ルーヴァと同じ……忌むべき魔族へと堕ちた?


「そんな……うそだ……っ」


 私の中に流れる天使の血は薄いはずだ。


 堕天なんてするはずが……。


 私はハッとした。


 流れているのがルーヴァの血なら、必ずしも薄いとは言い切れない。


 まさか……私の本当のお母さんは……大魔王ルーヴァ?


 わなわなと後ずさった私は、震える両手で顔を塞いだ。


挿絵(By みてみん)


「やはり運命は変えられなかったのだな」


 落胆と覚悟の篭った男の静かな声が響いた。


 声がした方を見やる。


 そこには抜き身の神器『夜空ノ祈リ子』を手にしたエルガンと、その後ろには兵士と冒険者らしき者が数名立っていた。


「な、なんだこいつ。天使? いや、魔族なのか?」


「人型の魔物も珍しくはねえがよ……こんな魔物は見た事がねえぜ」


固有種(ユニーク)か……まるで物語に出てくる悪魔だぜ。まさかさっきの魔法はこいつが?」


「ばっ、化け物!」


 兵士と冒険者達が恐怖に染まった目で私を見ながら話す。


 化け物……私が?


 ズキン、と胸の奥に抉られたような痛みが走った。


「異形の者よ。世界は破壊させぬ!」


 エルガンは私に向かって剣を構えると、鋭い眼光に殺気を込めた。


 異形の者……そうかもしれない。


 私はもう人でも天使でもない。魔族だ。


「ふふふ……」


 血と闘争を好み、殺戮に歓喜する魔族になってしまったんだ。


「あっはははははははは!」


 乾いた笑いが湧いてきて止まらない。


 不思議なくらい、弁明をする気が沸いてこなかった。


 どうせいくら言葉を重ねたところで、人族も天族も自分達の都合しか見ない。


 いくら言葉で訴えようとも、私の声に耳を貸しはしない。


 もうそういうのは疲れた。


 費やすに値しない、無駄な時間だ。


 世界の破壊?


 ふふふ。そうだね。魔界を滅ぼせばどうせ人界も自滅する。


 そして神様はまた世界を修理して同じ事を繰り返す。


 セオス・ジラディーノ、神の箱庭――こんな悲しみしか生み出さない神様の遊技場なんて、壊してしまった方がいいのかもしれない。


 どの道エンリのいないこの世界に、価値なんて無いのだから……。


「正念場だ。全員、心してかかれ。いくぞ!」


「「おおっ!」」


 エルガンを筆頭に、兵士と冒険者達が武器を構えて襲い掛かってくる。


「ふふふ」


 自然と笑みが零れた。


 世界を滅ぼす前にエルガンと剣を交えるのも悪くない。


 私は最後に昇級試験の時のようなわくわくが味わえるかと思うと、こんな状況だというのにほんの少し心が躍った。


 もしエルガンが私を殺す事が出来たなら、世界の破壊はやめてあげよう。


 だから全身全霊で掛かっておいで、エルガン。


 久しぶりのエルガンの剣撃を魔力を込めた長い爪で受ける。


 私は眉をひそめた。


 どうしたんだろう? あの鋭かったエルガンの剣撃が随分遅い。そして軽い。


 エルガンは本気を出していないの?


 最後なのに、そんなのつまらない。


 私はエルガンに続いて斬りかかってきた兵士の剣を半身で避けると、すれ違い様に胴体を爪で撫でた。


 鋼鉄の鎧に守られた兵士の上半身だけが地面に落ちる。


 下半身は数歩走り抜けた後、バタリと倒れた。


 あれ? ちょっと撫でただけなのに真っ二つになっちゃった。


 私は血で染まった手の爪を見る。


 タイガったら私が思っていた以上に手加減が上手だったんだなぁ。


 それに……。


「うおおお!!」


 別の兵士が魔導兵器の銃口を私に向けてトリガーを引いた。


 私は射出された光弾を爪で弾いた。


 弾かれた光弾が別の冒険者の一人の頭を吹き飛ばす。


「なっ!?」


 私は手の平を水平に構えると、剥ぎ払う様に真横に振り抜いた。


 爪先から放出された濃密な魔力の刃が、兵士と隣にいた冒険者の首を斬り落とす。


「ふぅ」


 ため息が漏れる。


 それに……もう4人も殺しているのに何も感じない。


 人を殺すのって、この程度のことだったのか。


「弱い」


 ぼそりと私は呟いた。


 タイガが相手と違って、魔法を使う必要すらない。


 ただ撫でるだけで勝手に死んでいく。


「おああああああぁぁぁぁ……はああぁぁッ!!」


 エルガンが咆哮をあげた。


 ズン! と大地と空気が揺れた。


 エルガンの全身から熱気のような赤いオーラが立ち上る。


 それだ。それを待ってた。


 微笑む私にエルガンは決死の表情で大地を蹴った。


 Sランク冒険者、エルガン・エスカフォードの全力の一撃!


 私はその切っ先を指先で摘まんで止めると、驚愕の表情を浮かべるエルガンに対して深い落胆のため息をついた。


「そうだよね。今の私は大魔王タイガ・ガルドノスよりも強い。いくら英雄と呼ばれる猛者でも、所詮は人族だもんね。ちょっとでも期待したのが馬鹿だった」


「異形の者よ。確かにお前は神の如き強さだ。が! 人間の諦めの悪さを舐めるなよ!」


 神器『夜空ノ祈リ子』に展開している銀色の魔力図が輝きを放つ。


「神器の権能か。無駄なんだよ」


 私は空いている方の手で銀色の魔力図を引っ掻いた。


 冷たさを感じる澄んだ音が鳴り響いて神器の権能は跡形もなく砕け散った。


 続けて私は指先に力を込めると、剣の刃をへし折った。


「もういいよ」


 私はエルガンの首を刎ねた。


「つまらなかったな……全然わくわくしなかった」


 もういいか。


「もう終わりにしよう。全てを……」


 私は残っていた神力を両手の中に包み込むように集めた。


 銀色に輝く神力の光が周囲を照らす。


「これじゃ全然足らない。空の向こうにある天界まで私の神力が届かない」


 この星が消えれば天族は目的を失う。


 何万年も神から与えられた使命に従事してきた彼等だ。


 存在意義を失う事――それは天族にとって死と同等の喪失感となるだろう。


 これは世界を消す私の責任だ。


 彼等も一緒に連れて行く。


 私はさらに私の生命力の全て神力へと変えて注ぎ込んだ。


 加速度的に膨張を続ける銀色の球体が、やがて世界を包み込む。


「魔界も、人界も、天界も、そして私の命も……全部消えちゃえ」


 そして世界は、私の意識と共に消滅した――。

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