実のある武術鍛錬方法 その5
「殺傷力のある射出系魔法だったら、いまのでアルは大怪我だもんね。実戦で使うなら仲間の負傷を覚悟しないとならない危険なやり方だったね」
「君の言う通りだ。これはやるべきではなかった」
「貴方達、まだ模擬戦闘の途中ですわ! 反省会は終わってからになさい!」
さっき指摘されたからだろう、もう隠す気もなく、顔の横に魔力図を構築しながらエクールが斬り込んでくる。しばらく切り結んでいると、時間をかけて構築を終えた魔力図がエクールの足元に展開した。
警戒心から自然とそちらへ目線が誘導される。
「ど、どこを見てるんですの!?」
「え? だって今度は下から水球を射出するつもりなのかな~と思って」
「なっ、なんでそこまでっ、正確にわかるんですのっ!?」
うろたえる彼女の心情を今なら理解できなくもない。
私にとっては魔法の向きと範囲は展開されている魔力図の位置や向き、それと大きさからおおよそわかるし、どんな魔法かは私が知らない魔力図でない限り模様を観ればわかるけど、普通は観えないものらしいからね。
他にも私のような目を持った人がいるのかは知らないけれど、少なくとも私にとって、見えないことを前提とした魔法の使い方はさらけ出された手の内のようなものだ。
いざとなれば魔力図を破壊できるし、魔法を主軸に戦闘をするようなタイプにとって、案外私は天敵なのかもしれない。
「冒険者のカン、かな?」
位置バレしたからだろう、足元に展開されていた魔力図が私の左側面へ移動するので、エクールの剣撃を捌きつつ、それを目を追う。
「くっ、本当に勘ですの!? まるで見えているみたいですわ!!」
核心を突く事を言う。本当の事を打ち明けたらどうなるかな。
「えへへ、実は観えているって言ったら信じる?」
「し、信じられるわけがないですわ! そんなことは絶対にありえない事ですもの!!」
エクールの心の動揺が剣撃にもあらわれる。鋭さが落ちて大振りが増え、大きな隙がいくつも生まれる。その隙を突こうとした私の剣撃をアルが間に割って入って妨害する。
「落ち着けエクール! これはこいつの作戦だぜ」
「あぁ、おそらく彼女は魔力感知能力がおそろしく高いんだ。それでまるで見えているかのように振舞う事で、術者の動揺を誘う作戦なんだろう。現に君の剣術は雑になっていた」
アルとグリースの剣撃を受け流す。よく観ると2人共筋力強化の魔法を使っているようだ。
「他人の魔力が見えるわけがねぇんだ、惑わされるんじゃねぇ」
「なっ、初日に魔力を感じられないと言っていたのは嘘だったんですの!?」
エクールから戸惑いと、疑心か、悲しみか、なんとも言えない複雑な表情を向けられる。
「えっ!? いや、嘘じゃないよ?」
「騙されるな! 思い出せ、さっきこいつは言ってたぞ。冒険者は手の内を簡単には晒さないってなっ!」
大きく振り下ろされるアルの剣撃を体捌きで真横に避けると、すれ違い様に隙だらけの背中を木剣で軽く叩く。
「ぐっ、くそ!」
「っ! そうでしたわね……。フフフ……。私はどうやら貴女を甘く見ていたようですわ。さすがはCランクの男性冒険者を圧倒するだけの力を持つ女性! 心の内を曝け出す隙だらけのベビーフェイスは実はフェイクでしたのね! 日常的に手の内を隠す徹底振り、なんという狡猾さ! ティアズ、やはり貴女はすばらしいですわ!!」
負の表情から一転して歓喜の笑みを浮かべるエクール。
「なによそれぇ……」
これは完全にエクールに誤解されたかも。嘘つきだと罵られなかったのは幸いだけど、変な方向に妙な持ち上げ方をされている。これは放っておいても大丈夫なのだろうか……。一抹の不安が拭えない。
「エ、エクール? あなたすごく誤解していると思うよ、うん」
「ええ、ええ! 私、貴女という人を誤解していましたわ。考えれば考えるほど得心がいきますわ。そうですわ! その若さでこれ程の武術の高みに立つ一廉の人物を相手に、歳相応などありえなかったのですわ。私の常識の尺度で測ろうなどというのが、そもそもの大きな間違いだったのですわ! フッフフフ! 世界は広いですわ、お父様に頼み込んで国を出て入ったこの学園ですが、貴女との出会いはここで得た最も価値のあることかもしれませんわね!!」
だ、駄目だぁ~。拗らせ過ぎだよエクール! いろいろとこんがらがりすぎて、とても誤解を解けそうにない。
歓喜に満ちた顔でエクールが筋力強化の魔力図を構築しながら、再び参戦してきた。
魔法で強化された3人がかりで攻め立てられると流石に手が足りなくなってくる。尤も、少し剣速をあげれば対応できるけれど、それだと私の鍛錬としては意義が薄まってしまうので足運びで1対1もしくは1対2を維持することで相手の手数を抑える。
「君は本当に複数人との戦闘にも馴れているんだな、くっ!」
グリースの剣撃を弾きつつ、彼の体を壁にするように回り込んでアルの剣撃を封じる。
「苦い思い出があるからね。おかげで対複数の戦闘は常に意識するようになったよ」
あのときは5人相手に2人で逃げる事すらできなかった。失敗ばかりの私に出来るのは、同じ失敗を繰り返さないように、考えて努力することだけだ。
「それにダンジョンに潜っていると普通に群れの魔物に囲まれるからね。いやでも慣れるよ?」
「簡単にいいますわね。それは死と隣り合わせだとっ、いうのにっ!」
エクールの袈裟斬りを横なぎに払って、脇から迫るアルフレイドの剣撃にぶつけて妨害する。
「また、くそ! なんでお前はそんなに周りが見えているんだ!」
「えへへ。だって私、冒険者だもん」
必死の表情の3人に笑顔を向けて答える。
「君は死ぬのが怖くないのかっ」
背後に回ったグリースの剣撃を斜めにバックステップで避け、彼の体を壁にしてアルフレイドからの追撃を抑えつつ、2対1の形を維持する。
「死にたくないし、怖いよ。決まってるでしょう? 何をいってるのグリース」
「ずっと聞きたかったんだ。君はどうして冒険者になったんだ? その強さがあったからなのか!?」
呆れ顔で返した私に、グリースが真剣な眼差しで問うてくる。そういえば、冒険者のような戦う男に憧れているとか言ってたっけ。彼なりに私に思うところでもあるのだろうか。
これは彼が望むような答えではないだろうなぁと思いつつも、その問いに答えることにした。
「あははっ! 私が強かったって、そんなわけないよ~。全然弱かったよ。弱すぎて冒険者になって半年も持たずに、あやうく人攫いに殺されちゃうところだったもん。グリースは誤解してるよ。私は冒険者になったんじゃなくて、冒険者になるしかなかっただけだよ」
孤児院育ちの私達が就けるまともな仕事なんて殆どない。選択の自由なんて始めからそれほど用意されてないんだ。たぶんだけど、この3人はそれなりに育ちのいい家柄なんだと思う。だからきっと、価値観が違いすぎて説明してもわからないんじゃないかな。
「君はそれを乗り越えてここに立っているというわけか……」
「くっ、貴女のその死生観。やっぱり只者じゃないですわ!」
ああ、やっぱり勘違いしている。そんな大層なものじゃないのに。
「そんなんじゃないんだけどなぁ」
苦笑いを返しつつも、3人の剣撃をいなし、大きな隙をついては軽く反撃を加えていく。
野外演習場が夕日でオレンジ色に染まる頃、3人が息を切らせて地面にへたり込んだ。
筋力を強化させてあれだけ動き回ったのだ、きっとあとで地獄を見ることだろう。私もタイガの魔法で経験したけれど、あの魔法って確かに身体能力を高めてくれるけれど、その分身体に負担がかかるんだよね。
なんて人の心配をしていたら。翌日、私は盛大に寝坊した。