秘密の共有
「おばちゃん、いつもの2つね!」
「はいよ。日替わり2つだね」
食堂のおばちゃんが2つのトレイに、今日の日替わり定食メニューにあるおかずをお皿に盛り付けては1つ1つ乗せていく。
「ティアちゃん、いつも2人前食べてるのに体細いね」
毎日毎日、3食とも2人分の食事を買っていけばおばちゃん達からすれば嫌でも目立つ。そのうちおばちゃんの方から話しかけられるようになっていって、いまでは名前も知られている関係に。私から名乗った覚えはないんだけどね。食堂のおばちゃん達の情報収集力恐るべし。
「え、あ、あははは。ここで学生してるけれど本業は冒険者だからね。体を動かしてるからじゃないかな」
「あぁそれでなんだね。……今度からこっそり大盛りにしてあげようかね?」
おばちゃんが身を乗り出して小声で言う。
「ううん。2人分で丁度いいんだ。だから大丈夫だよ。ありがとね!」
エンリと2人、トレイを持って寮の部屋へ向かって渡り廊下を歩く。
「ふふふ。タイガちゃんの分だなんて言えないですしね」
「ね。冒険者だってことで納得してくれてよかったよ」
「ティア、エンリ」
後ろから名前を呼びながら昼食が乗ったトレイを持ったメディがとてとてと走ってきた。
「あ、メディ。走ってきてどうしたの?」
「見かけたから追ってきた。2人は食堂で食べないの?」
「私達はいつも寮の部屋で食べてるんだ」
「そうなんです」
「ほむ。私も一緒にいい? 寮の部屋も見てみたい!」
エンリと目で会話する。どうしようか。メディが『星屑の涙の光明』に入ってくれてから、はや2ヶ月近く経っている。授業外でもふれ合う機会が増えた事もあって私達は仲良くなれたのに、誤解されずに断る方法が思いつかない。
「迷惑、だった?」
メディがしゅんとする。
「ち、違うんです。ティア、どうしましょう……」
「う~ん……。ねぇ、メディは秘密を守れる?」
「秘密?」
小首を傾げるメディスール。
「うん。私達が寮の部屋で食べるのは理由があるからなんだ。だけど、それは人に知られたくないんだよね」
「そうなんです。『乙女の秘密』なんです!」
「了解。言わないと約束する」
「うん、じゃあ行こうか」
3人で寮の階段を昇り、2階にある私達の部屋へ向かう。
「ほぁ~。これが寮の部屋」
部屋に入るとメディが見回しながら感嘆の声を上げている。
私とエンリはいつものように自分の机の上にトレイを置いた。
「椅子が1つ足りませんね」
机には私とエンリの椅子しかない。
「ドレッサーのスツールでいいんじゃない? メディはこれ使って」
「ありがと」
私がスツールを机の側へ持ってくるとメディがそれに腰掛ける。
2つの机の上に食事の乗ったトレイが4つ並ぶ。3人で椅子に座って食事を始めながら、タイガはどうするのかな~と思っていたら、いつもより遅れて姿を現した。当然、メディがそれにすぐ気づく。
「猫? どこから……ふあっ!? ティア、髪がっ!」
メディがスプーンを片手に固まっている。
「あ、あははは……。この子はタイガ。見た目は猫だけど、私の使い魔なんだ。普段は私の後ろ髪の毛先になって隠れているの」
「寮はペット禁止なので、見つかると大変なんです」
「な、なるほど。把握。この秘密は絶対しゃべらない」
スプーンを握り締めて改めてメディが約束してくれる。
「ふふふ。ありがとうございます」
「タイガはペットじゃないんだけどね。けど説明が難しいし、ルイエさんみたいな人もいるから……」
メディが小首を傾げてなんでって顔をしているので、話を続ける。
「ペット禁止以前に、ルイエさんは猫を特に目の敵にしている感じなんだよ」
「猫に研究資料をめちゃめちゃにされた過去があるらしいんです」
「ほむ、納得。猫は花瓶とかインクとか、机の上の物をいろいろ倒す」
メディも似たような経験があるのだろうか。わかりみ深くうんうんと頷いている。
それから3人で昼食を食べながら雑談に花を咲かせる。
「なんか最近、午前中の講義でやる魔力図も複雑になってきたよね。覚えるのが辛い~」
「中級レベルの魔力図ですしね」
「高級言語はパターンを覚えるといい」
メディが今日の講義で出ていた大きな石の槍を撃ち出す土の魔法の魔力図を解説してくれる。
「というわけ。あとは図形ブロック同士の繋ぎ方に気をつければ、配置は好きにすればいい」
「なるほど、そういうことだったんだ。いくつかの図形を1つのブロックとして役割ごとで考えればわかり易くなるんだね」
「目から鱗です。メディの説明はとてもわかり易いです!」
「えっへん」
胸を張るメディ。いや、それだけのことはあるよ。本当にすごいな。
「これってさ、撃ち出すための図形ブロックはそのままに、撃ち出す物を生成する図形ブロックを組み替えるだけで、石以外にも水球でも火球でも撃ち出せるってことだよね?」
「すごく大雑把に言えばそう。だからパターンを覚えれば全ての魔力図を覚える必要はない」
「それにこれはとても幅が広がりますよ。組み合わせ次第では教科書に載っていない魔法も作れるってことですよね」
「魔法は言語。単語を並べて文章を作るように新しい文、つまり魔法を綴る事が可能」
本当に魔法って奥深い。ルイエさんが魔法を万能と言っていた意味をようやく実感できた気がする。それでも治癒魔法はできないんだよね。
「あ。今日武術鍛錬ですよ」
エンリがふと思い出したようにそう言った。
「そうだったっけ? じゃあ着替えないとだよ。メディの着替えは?」
「更衣室のロッカーの中。いつもそこで着替えてる」
「更衣室なんてあったっけ?」
「寮のお風呂の隣にある」
「そうだったのですか。ルイエさんに案内してもらったときには寄らなかったです」
「だよね。寮生は使わないから省かれたのかな? じゃあ着替えたら食堂で待ち合わせしよう」
「了解」
メディが空の食器を持って部屋を出て行った後、いつものようにエンリと2人で運動着に着替える。
食堂でメディと合流する頃、学園本棟の方から鐘の音が2つ聞こえてきた。余裕で間に合いそうだ。3人で野外演習場へ向かってのんびり歩く。
「おい、今日も遅いぞ! 足でまぶっ!」
3班は既に全員集まっているようだ。アルがいつものように絡んでくるのでリクエストにお応えして『つるつるの魔法』をかけてあげる。
「あ~ら、アルったらいつもズッコケちゃって大変ね?」
「お、お前がやったんだろう! 毎回毎回!」
「いい加減にその呼び方やめてっていってるのに、アルが毎回毎回しつこいからでしょう。しつこい男は嫌われるよ?」
「ティアの魔法はやっぱり魔力を感じない。不思議」
「ふふ。なんだか2人のお決まりの挨拶みたいになってますね」
私がアルを転ばせるのは日常風景になっているので誰もつっこまないどころか、エンリでさえ和やかな雰囲気になっている。その原因はアルがしつこすぎるせいだけど。
「ティアズ! 今日は貴女にも『暗黒の息吹に疼く左手』に出ていただきますわ!」
「わ、わかってるよ。そんな大きな声で言わなくても……」
たまに出ると言っていたエクールのサークルだけど、いつの間にか週1の武術鍛錬の授業の後に出ることになってしまっている。もう少したまにでよかったんだけどなぁ。
「おい、なんだよ『暗黒の息吹に疼く左手』って」
「す、すごいネーミングセンスだね。君が考えたのか?」
なんとも言えない表情で小声で聞いてくる2人。アルもグリースも、なんで私に聞くのかな。私はただの臨時メンバーだからね?
「そんなに気になるなら作ったエクールに聞いてちょうだいっ」
そもそも名前の由来は私も知らないのだ。
「あら、貴方達もサークル『暗黒の息吹に疼く左手』に興味がありますの?」
「えっ、いや……。そもそも何をするサークルなんだよ。名前から活動内容が想像つかないぞ」
アルの直球な質問にエクールが嬉々として答えているのを、少し離れた所でアンドリィが眺めている。そういえばこの班の女子5人の中でこの子だけがどんなサークルに入ってるのか知らないんだよね。
「アンドリィは何かサークルに入ってるの?」
「アタシ? 興味はあるけど、参加する時間が作れないんだよネー」
「ふうん。ひょっとして働きながら学園に通ってるとか?」
アンドリィって言葉遣いも砕けているし、エクールのような貴族感がないというか。もっと身近な印象だったものだから、ついそう思ったんだよね。何気ない私のその質問に彼女は苦笑いで返してきた。
「まーね。ティアみたいに自立はしてないけど、家の仕事の手伝いがあるワケ。めんどっちぃけど、学園に通わせてもらう条件だったから仕方がないんだよネー」
言ってる内容に反して、彼女の表情はまんざらでもない印象だ。
「家の手伝いって、もしかして王都に住んでるの?」
「そー。アタシは生まれも育ちも王都だし。ずっと実家でさー。ひとり暮らしってゆーか、学園の寮に入りたかったんだけど親を説得出来なかったんだよネー」
家から通えるなら難しいだろうね。私だったら入寮費という出費を超えるだけの説得力のある言い訳なんて全く思いつかないもん。そういえば寮に入るのっていくらするんだろう。私達の部屋は設備も一通り揃っていたし、ドアには強固な魔法による鍵も施されている。私がブリトールでお世話になっていた安宿からすれば遥かにグレードが高い。当然それ以上の賃料だよね。
「エクールに聞いたけどティアは寮っショ? 羨ましいし!」
「学園に入るためにブリトールからここまで旅してきたからね。王都に住むところがないだけだよ」
「ティアって何気にお金持ち? ってゆーか、Dランク冒険者ってそんなに儲かるワケ?」
「え、あ、あははは……。まぁなんというか縁があってたまたまだよ。自分でお金を貯めようと思ったら何年もかかってたよ」
尤も、それは王都に来るまでの話だ。いまはサラと一緒にダンジョンでそれなりに稼げている。だけどタイガとサラがいるからこその稼ぎであって、一般的なDランク冒険者ひとりだったらこうはいかないんじゃないかなぁ。
「なーにそれ。どういう意味なワケ」
「ティアは寮内で私を護衛する仕事があるんです。そのために学園まで付き添ってもらってるんです」
話を聞いていたのか、エンリとメディが側に来る。
「護衛ってCランクからっショ? それくらい知ってるし。ティアはDジャン」
アンドリィって冒険者に詳しいよね。前にもマッドタイガーの討伐ランクを言い当ててたし。
「まぁ普通はね。今回だけいろいろと特別だっただけだよ。だからたまたまなんだよ」
「じゃあ王都までの旅の間も護衛依頼として受けていたってワケ?」
「え? うん」
あれ? そう言わなかったっけ? 信じてもらえてなかったのかな。確かにDランクでは受けられないしね。
「ふーん。ティアってすごいんだ……」
そう言った彼女の表情はなんだか物憂げだ。だけど私がすごいというのは過大評価も甚だしいと思うけどな。エンリとの縁はただの偶然だ。初めての夜間での仕事の帰りに、たまたま街道で彼女を連れ去る人攫い達とすれ違って勘違いされて……。そもそも私がすごかったらそこで捕まらずに逃げ切れていたはず。
そうか、そうするとエンリとも出会ってなかったかもしれないんだ。だって囚われのお嬢様の救出作戦にEランク程度の冒険者が参加できるはずがないもの。タイガや封印された身体のことも無関係じゃない。そう考えると私とエンリの出会いってすごい偶然だよね。
「なんですか? じっと見つめて」
視線の先でエンリが笑顔を浮かべている。
「ううん、なんでもない。えへへ」