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メディスールの参入

 大魔王を封印する金色の魔法? ……まさかね。でも、それよりも。

「大魔王は勇者ダスティンに倒されたのではないのですか?」

 エンリが私の疑問を代弁した。


「それは物語の話でしょう? 歴史の真実とはそんな美しいものではないですわ。気の利いた予定調和など起こらないし、誰も幸せにならないこともある、もっと残酷なものですわ」


 エクールは大魔王を討ったのは勇者ダスティンではないと言うけれど。

「そもそも私、勇者ダスティンって物語の登場人物だと思ってたよ。実在したんだ?」

 何気ない私のその質問は彼女の何かに触れたのだろうか、しばし沈潜すると、


「約束だからここまで話したけれど、歴史の真実が記されたこの書物は国の重鎮しか閲覧が許されていない内容ですの。申し訳ないけれど、これ以上お答えすることはできかねるわ。それにあんな残酷な真実より、物語の方が何倍もよくってよ」


 1500年前に勇者ダスティンは実在した。そして物語とは異なり、ハッピーエンドではなかったのだろうか? 少なくとも残酷だと彼女が言い切るだけの何かがあったらしい。一体何があったのかすごく気になる。


 それにしても、エクールは国の重鎮しか閲覧できない書物を読めるだけの地位にあるって事? 彼女から感じる近寄りがたい空気はその生まれと育ちによるものだったのかもしれない。どこの国の出身なんだろうか。


 この学園は孤児院育ちの私が入学できることからもわかるように、学びたい者ならば誰にでも門戸は開かれている。もちろん、学費が払える必要はあるけれど。それゆえに一般人から貴族まで様々な立場、地位の者が同じ学び舎に立っている。


 エンリから聞いた話では貴族は身分を明かさずに過ごすのが学園の決まりなんだそうだ。なんとなく理由は想像がつくけれど、寮の規則のように過去にいろいろとあった結果、作られた決まりなんだろうね。実際、魔法を学ぶことと地位の高さとは直接的には関係ないもんね。


「1500年前の天魔大戦について深く調べていけば、金色の魔力図について何かがわかるかもしれないってこと?」

「最初に言ったけれど、これが貴女が求めるものと同じものかはわかりませんわ。けれどいま話したことは紛れもない歴史の真実の1つ。ここだけの話として他言無用で願いたいですわ」


 他言無用と口にする彼女の目は鋭く、真剣だ。一般公開されていない書物に記されていた一節らしいし、それだけ貴重な情報なのかもしれない。


「うん。何も手がかりがなかったから助かったよ。えへへ。ありがとう、エクール!」

 感謝の気持ちを込めて、エクールの左手を両手で握った。


「なっ!? ま、まぁそういう約束でしたからね! 私は自分の言った言葉を守っただけですわ。貴女も模擬戦闘の件、お忘れなきように!」

 急に扇子を開いて顔を仰ぎだすと、そう念を押されてしまった。そんな言わなくてもちゃんと約束守るのに。


「ティア、エンリ。私も『星屑の涙(ティアズ・アステイル)の光明』に入れて欲しい。私も金色の魔法に興味ある!」

 メディスールがつぶらな瞳を爛々とさせている。


「私は構わないけれど……」

 エンリを見ると、笑顔で頷かれる。

「もちろん、私にも異存はないですよ。人数が多い方がいいに決まってますっ」

「ありがと。よろしく。あと合間にティアの魔法も調べさせて貰うから」

 そのことはまだ諦めていなかったんだね。


「何をするのかわからないけれど、痛いのは嫌だからね?」

「わかってる。解剖はしない」

「ふふふ。よろしくです」


 ふとエクールを見ると目が合った。

「私は『星屑の涙(ティアズ・アステイル)の光明』には入らないわ。残念ですが、同志には成れそうにありませんの」

 本当に残念そうに、そう言った。何か言おうと逡巡してその理由に思い至る。


「……うん、わかった。それでエクールの作る剣術サークルの名前は決まっているの?」

「候補はありますが、貴女達の意見を聞いてから決めるつもりですわ。何かいい名前はありまして?」


 正直名前を考えるのは苦手だ。『星屑の涙(ティアズ・アステイル)の光明』を決めるのにもエンリと2人で数時間がかりだったのだから。


「私はたまに参加する程度だし、エクールが決めた名前でいいよ」

 外見からの勝手なイメージだけど、小顔美人のエクールのことだ。きっと素敵な名前をつけるだろうから。

「私も護身術を教わる立場になりますし、エクールさんの決めた名前で構いません」

 エンリもうまい言い訳をして逃れた? ようだ。


「では私の考えたサークル名、『暗黒の息吹に疼く左手』で決定ですわね!」


 ……え、なんて? 『暗黒の息吹に疼く左手』? 1つ1つの単語はありふれたものなのに、なんだろうこの羞恥心を堪らなくくすぐる言葉は。そもそもなんで左手? エクールは右利きだったはず。固まった首を軋ませながらエンリを見ると、私と同じ様に言葉を失って固まっている。


「早速、サークル申請書を提出してきますわ。それではごきげんよう!」


 満面の笑みでそう言うと、入り口のドアへ向かって軽快な足取りで歩き出す。すぐに彼女を呼び止めたいけれど、その後の言葉が思いつかない。口と手が空回りするばかりで、後姿を目で追うことしか出来ずにいるうちに、彼女は教室を出て行ってしまった。


「ティ、ティア……」

 震えるエンリの声に振り向くと目が合う。彼女のその目から言わんとすることがヒシヒシと伝わってくる。私も同じ気持ちだよ。

「う、うん。私達も意見を出すべきだったね……」

「はい……」

「『暗黒の息吹に疼く左手』。心をくすぐるいい名前!」


 後悔する私達を尻目にメディスールが恥ずかしい名前を絶賛している。くすぐられるのは心じゃなくて羞恥心だよ……。メディスールはエクールと同じ感性の持ち主のようだ。


 しかし彼女はもう走り出してしまった。ほどなくしてサークル申請書は受理されてしまうだろう。私達に出来ることはもうない。考えても仕方がない。諦めという名の現実逃避をすることに決めた。


「……えっと。メディスールは今日が初めてだから、現状を説明するね。といっても、さっきエンリが言ったようにまだ何もわかっていないんだけど。えーっと……。今は金色の魔力図についてと描きかけだけどこの魔力図について調べているよ」

 まだ半分も写せていない魔力図が描かれた紙を指し示すと、メディスールが興味深そうにそれを眺めている。


「これは……。おそらく最適化された魔力図」

「最適化ってルイエさんが言ってたやつかな。具体的にはどんなものなんだろう。まだ講義でもやってないよね」

「そうですね。まだ習ってないです」

「魔力図の最適化は超高等技術。この学園の授業カリキュラムだと後期に上級魔法を習った後に、選択授業で教えてもらうレベル」

 おお!? なにやら詳しそうだ。


「もしかしてメディスールにはこれが読み解けるとか?」

「いまはまだ無理。私はこの技術を学ぶ目的でここに入学したから」

 そうだったんだ。当たり前だけどメディスールにもこの学園でやるべき目的があるよね。


「これってさ、いま習ってる魔力図みたいに図形からおおよその効果を読み取れたりしないの?」

「それは不可能。最適化された魔力図の中にある1つ1つの図形は、それ自体には何の意味も持たない」

「そうなのですか!?」

 エンリが驚愕の声をあげると、メディスールが説明を続ける。


「そう。私達がいま習っているのは魔法を行使する言語でいうところの高級言語に相当する。これは術者が効果をわかりやすく構築するために作られた擬似的な言語。最適化された魔力図の言語はより魔法の深淵に近い低級言語になる。だから術者がそれを見て理解するのはとても難解」


 メディスールの説明は半分くらいしか理解できないけれど、この魔力図の解析にはかなりの時間がかかりそうだということはわかった。


「魔力図の最適化方法かぁ。でも、それがわかっただけでも大分進展したんじゃない?」

「そうですね。ずっと図形で意味を追いかけていましたから、それが間違いだとわかっただけでも今後は遠回りをしなくて済みそうです」


 上位の魔法ほど、その魔力図は複雑になっていく。けれど、象徴的な図形というのはあるんだ。最もわかり易いのは属性を表す火や水、風や光などの図形が挙げられる。それらも威力を高めるほどに複雑な形状になってはいくけれど、象徴的な特徴は変わらないので見た目からイメージが付き易い。


 ところが、この金色の魔力図にはそういったわかり易い象徴的な図形が見当たらなかったんだよね。だからきっと私達が知らない属性を表す図形じゃないかと考えて、模写と平行して似たような象徴的な図形がないかを調べていたんだ。


「私、役に立った?」

「うんうん。メディスールはすごいよ。まだ習ってもいないことまで知ってるし」

「ですね。メディスールさんは入学前から魔法の勉強をされていたのですか?」

「うん。魔法は私のライフワーク。目指せ魔法博士号!」

 小さな拳を掲げて意気込むメディスール。


「魔法博士号?」

「魔法研究者のいち到達点ですね。世界中の学者に認められる程の研究成果をあげたものに送られる名誉高い称号です」

 私の疑問にエンリが答えてくれた。冒険者でいうところのAランクやSランクになるみたいなものだろうか?


「へぇ~。なんだかすごい大変そうだね」

「うん。とても難しい。けど生涯をかけてやり遂げてみせる」

 つぶらな瞳に決意の色を込めて言う。


 けど、こんなに魔法に夢中なメディスールなら、いつかその称号を手にしそうだね。

「私も応援するよ、メディスール」

「私もです!」

「ありがと。私のことはメディでいい。親しい人はみんなそう呼ぶ」


 3人で手を握り合う。こうして『星屑の涙(ティアズ・アステイル)の光明』にメディが正式に参加することになった。


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