サークル勧誘
ふくれているエンリをどうなだめようかと苦心していると、教室の入り口のドアが勢い良く開かれた。
「こちらにティアズはいるかしら」
静まり返った教室に凛としたエクールの声が響く。室内を一瞥した制服姿の彼女がすぐに私を見つけると、満足げな表情で華やかな扇子を片手に教室に入ってくる。
どうやら私を探していたらしいけど、彼女が私に用事なんて珍しい。というのも、同じ寮生だから授業外でも顔を合わせることは少なからずあったけれど、挨拶をする程度で特に親しくなっている訳でもなかったからだ。
もちろん、午後の班行動では何度か言葉を交わしたことはある。だけど普段の彼女はどこか近寄りがたい雰囲気があるんだよね。だからなんとなく気後れしてしまうのだ。
快活な目でこちらをまっすぐ見据えたまま、背中にかかる、毛先がウェブがかった金髪のロングヘアーをふんわりと揺らしながら彼女らしく悠々と歩み寄ってくる。私とエンリの横に立つと、
「ティアズ。貴女、私が作るサークルに参加なさい!」
右手に持った扇子で私を指し示しつつ、高らかとそういい放った。
「え、作るって何の……?」
「もちろん、剣術を極めるためのサークルですわ。貴女の武術を観てから私、ずっと考えていましたの。貴女とならより良い活動が出来ますわ。だから協力なさい!」
「駄目です! ティアはもう私と『星屑の涙の光明』を立ち上げているんです!」
机に左手をついてぐいぐいくるエクールに、さっきまでふくれてそっぽを向いていたエンリが慌てたように叫ぶ。
「『星屑の涙の光明』?」
きょとんとするエクールに私が説明をしようとしたら、もうひとりの来訪者が現れる。
「ティアがここにいるって聞いたけど。あ、いた!」
エクールが開けっ放しにしていた教室の入り口から顔を覗かせてそう言ったのは、制服姿のメディスールだった。
毛先を結う大きなリボンを胸元で2つ、小さく揺らしながら、小さな口をへの字に、いつもはぼんやりしているつぶらな瞳に決意のようなものを纏わせて、小柄なメディスールがとてとてとこちらに走ってくる。今日はなんだか千客万来だ。彼女がエクールの隣に立つと、私を見てこう言った。
「ティア。私が作るサークルにあなたも入って!」
「メディスールもなの?」
彼女も私を何かのサークルへ勧誘に来たらしい。が、先に来ていたエクールが黙っていない。
「待ちなさいメディスール。ティアズは私が先に勧誘しているのですから、貴女は遠慮なさい」
「ティアは私とのサークルがあるから駄目です!」
そんな彼女に今度はエンリが黙っていない。2人が言い合いを始める。
「ほむ。どういう状況?」
小首を傾げているメディスールに、私は簡単に状況を説明する。
「――把握。ならまだ私にもチャンスはある。ティア、私とサークルを……」
「駄目ですっ!」
「私が先ですわ!」
先ほどまでエンリと2人きりだった教室が急にかしましくなる。こういう賑やかなのは孤児院以来だ。なんだかなつかしい。私がにこにこと3人を眺めていると、
「ティアズ。貴女はなに他人事みたいな顔をしているのかしら?」
「そうですよ! ちゃんと言ってやってくださいっ」
「ティア。あなたは私の誘いに頷くだけでいい」
うっ、3人の矛先が一気に私に向けられる。
「と、とりあえず落ち着こう? エクールには聞いたけど、メディスールは何のサークル活動をするつもりなの?」
「ふっふっふ。良くぞ聞いてくれた。ずばり! ティアを研究するサークルなのだよっ」
私を指差し、片手を腰にドヤ顔で胸を張ってそう宣言するメディスール。
「えっ……。何それ怖い。もしかして私を解剖したりするつもり!?」
「かっ!? そんなことはしないっ! ティアの魔法は魔力を感じさせない不思議な魔法だから。私はそれにすごく興味があるだけ。だから是非とも研究させて欲しい!」
ドン引きの私に慌てて釈明するメディスール。なんだ、私の体じゃなくて魔法か。なら安心か。いや、原因が体だったならそうとも言い切れない? でも、私自身もこの学園に入ってから自分の魔法のおかしさに気づかされている。いままでは当たり前に思っていた事が人と違うことに。
「まぁ、私も私の魔法の謎に興味があるけれど……」
「そうですね。ティアは不思議だらけです。そこは私も気になります」
エンリはここにいる2人が知らない秘密を知っているからか、『星屑の涙の光明』の事を引き合いに出さずに私がこぼした言葉に同意する。
「では決まり。ティアは私とサークルをする」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。私の話の方が先だったはずですわ!」
話がまとまりそうな空気になると、エクールが抗議の声を上げた。そしてすぐに落ち着いた調子でこう続ける。
「ティアズはこの学園の週に一度だけの武術鍛錬で満足しているのかしら?」
この学園の武術鍛錬は正直言うと、いまでも出る意味を見出せていない。考えが顔にでていたのか、
「フフ。その表情で十分ですわ。貴女も満足していないのでしょう。それに鍛錬とは日々の積み重ねですわ。週に一度、数時間体を動かした程度で強くなれるのなら誰も苦労はしないですわ」
エクールの言う事は尤もだ。やらないよりはマシかもしれないけれど、上達を望むならかける時間が少なすぎるし、基礎鍛錬だけでは実戦ではほとんど役に立たない。
「そっ、そうなのですか!? 私は護身術くらいは身につけたかったのですが……」
彼女の言葉にエンリが声をあげるが、その声色は落胆する心の現われか次第に消沈していく。
そういえば前にそんなこと言ってたっけね。そんなエンリを見つめるエクールの唇に笑みが零れる。
「私は幼少の頃より武術を嗜んでいますが、この学園の武術鍛錬では護身術など身につかないと断言いたしますわ。エンリがもし本気でそれを身につけたいならば、ティアズを誘って私と一緒にサークル活動の中で学ぶしかないですわよ? 私なら貴女に護身術のイロハを教えて差し上げる事もできましてよ」
「で、ですが、私達には『星屑の涙の光明』がありますから……」
自信に満ちた発声もさることながら、快活なその目と武術鍛錬で見せた鋭い剣捌きからも彼女の言う言葉には説得力がある。加えて彼女から発せられる堂々たる威厳ともとれる空気に、中てられたエンリがたじろぐのも無理はないことかもしれない。
「サークルは自主活動ですから、いくつか掛け持ちするのも本人の自由ですわよ?」
エクールの言葉にエンリが自問自答しながら悩み始める。別に私に気を使う必要なんてないのに。
「私はエンリがやりたいならやるべきだと思うな」
「ティア、でもっ」
「学園生活は1年もあるし、ずっと金色の魔力図の研究だけをやらなくてもいいんじゃないかな。先の見えない研究だし、息抜きも必要じゃない?」
私だってついさっき、エンリの問題へ浮気してるんだからね。無理して1つの事だけをやり続けるだなんて息が詰まるよ。特にこんな答えが見えない気の長い問題にはね。
「あら、ティアズ。貴女も一緒にやるのよ?」
「え」
「当たり前でしょう。私がエンリに護身術を教え、貴女が私と模擬戦闘をするのですわ。そうでなくては私のメリットがないでしょう」
当然でしょう? と胸を張って言うけれど。いや、それを言うなら私のメリットは? この間の武術鍛錬でのボンスとの稽古を見る限り、確かにエクールは他の班員の中では良い動きを見せていたけれど、だからといって私の鍛錬相手としてはあまりに不足すぎる。
「ティアも一緒にエクールさんとサークルをやりませんか?」
「えっ、う~ん……」
むー、エンリからお願いされると弱い。エクールを見ると自信満々の笑みを湛えている。もしかしてここまで計算づくだったとか? 私が胡乱な目でエクールを見つめていると、
「フフフ。ではもう1つ。切り札を切って背中を押して差し上げますわ。貴女が先ほど呟いた『金色の魔力図』、私がそれに心当たりがあるとしたらどうします?」
「なんですってっ!!」
両手で机を叩いて立ち上がりながらエンリが叫んだ。
「金色の魔力図……?」
遅れてメディスールが呟く。
「エクール、それ……本当なの?」
「フフ、いい表情になりましたね。あまり期待をさせてはいけないのでこれだけは言っておくけれど、私の国にある古い書物の中に似たような表現の記述を見た事があるのですわ。ですから、これが貴女が求める答えだと断言はしませんが。フフフ。私が感じるところでは、2人は藁をもすがる状況なのではなくて? 国の重鎮しか見ることができない古い書物の記述ですから、いい加減な噂話の類ではないとだけ付け加えさせていただきますわ。……さぁっ、どうなさいます?」
エクールが言う事が本当なら、是非ともその情報を聞きたいけれど。エンリをみると私をまっすぐ見つめて黙って頷かれた。
「毎回は無理だけど、たまに相手するくらいならいいよ」
「フフ、それで構いませんわ。決まりですわね」
「ねぇ、金色の魔力図って何? 気になる」
メディスールが興味津々で聞いてくる。さっきのエンリの話で魔力図は普通は観えないらしいので、どう説明しようかと考えていると、
「私達のサークル、『星屑の涙の光明』の活動です。まだ何もわかっていませんが、金色に輝く不思議な魔力図について調べているんです」
「魔力図は魔力と同じで黒い。少し青く光っているけど、金色のものは見たことも聞いたこともない。それは本当に実在する?」
エンリの説明にメディスールは否定的だ。金色の魔力図について私が打ち明けたとき、聞いた事すらないそれを特別な物だと言ってエンリは信じてくれた。けど、メディスールの反応の方が普通なのかもしれない。金色の魔力図は私にしか観えないから、その存在を客観的に証明する手段がないのだから。
そう思っていると、伏し目がちにエクールが呟いた。
「……私も見たことはありませんが、実在する可能性はあると思いますわ」
顔を上げると私の目を見ながら言葉を続けた。
「約束でしたわね、ティアズ。私が見たのは1500年前の天魔大戦の記録が記された書物の中で見た一節ですわ。原文はうろ覚えですからこれは要約ですが、そこには勇者ダスティンが討ち漏らした瀕死の大魔王が、金色の魔法によって封印されたと記されていたわ」