サラとダンジョン その4
「あんたたち! 早く逃げて!!」
私の言葉を聞かずに武器を抜いて構える男達。観てたんならあんたたちには無理だってわからないの!?
サラの足に『すべらない魔法』をかけてつんのめらせようとしたが、前のめりに体勢を崩した彼女はハンドスプリングで即座に立て直すと、何事もなかったかのように今度は普通に走り出す。
「あ~~~んもうっ! 本当に厄介なっ!!」
いつものサラの心強さがそのまま裏目になっている。普段から頼り甲斐があるだけに、相手にするとこんなにも面倒だとは! なによりも生まれ持った不運に日頃から鍛え上げられているからなのか、不測の事態に対する身体の反応が速く、対処も的確ときている。なによりもあの驚異的な運動神経が厄介すぎる!
「お、お前らっ、若い女だと思って油断するなよ! 相当な手練だぞ!!」
「「「お、おう!」」」
男達がサラに斬りかかるが、赤子の手を捻る様に軽くあしらわれている。しかし倒されるものはひとりもいない。彼女の腕ならもう数人斬り殺されていてもおかしくないはずだけど……? 追いついた私にサラが真っ赤な目で不敵な笑みを浮かべながら、男性冒険者のひとりを壁にして逃げる。
なるほど、そういうことか、本当にもう!!
「どいて! どいてったらっ!」
サラを追い詰めようとすると、男達を盾にするように回り込んで逃げられる。そうこうしているうちに、魔力図の構築がどんどん進行していく。彼等の腕前では構築を遅らせることすら出来ていないようだ。このままだといずれ魔法を完成されてしまう。それにもし、この男達を巻き添えに発動されたら守りきれる自信なんかない。
「あああ~っもうっ! 何度も言わせないでよっ! 邪魔だっていってんでしょうがっ!!」
「「「げぶッ!!」」」
私の魔法を受けて、サラも含めて周囲に散らばる十数名全員が、その場で一斉にズッコケる。
「彼女は今、キングアイアンゴーレムの胸を抉るほどの威力の魔法を構築してるの! 巻き込まれて死にたくなかったら、さっさと遠くに逃げなさい!!」
「ぎゃ!」
「げふ!」
「がぁ!」
起き上がれずにもがく男の体に『つるつるの魔法』をかけては、ひとりひとり遠くへ蹴り飛ばす。それなりに強く蹴っているけれど鉄製の鎧の上からだから、ちょっと痛いくらいで怪我はしていないはずだ。
「もう一度言うけど! こんな風にあんたたちを守ってあげてる余裕なんかないのっ!!」
男共を全員蹴り飛ばしてから地面に倒れているサラを見ると、さっきまで構築していた魔力図が消えている。
「そんなっ、魔力図はっ!?」
サラの周囲を見回してもどこにもない。それに背中がなんだかゾクゾクする。もしかして……!
「よせ! 振り返るなッ!!」
後ろから叫ぶタイガの声に、振り返ろうとしていた体が止まる。目の前に横たわるサラの顔に勝利を確信したかのような満面の笑みが浮かぶと、私の背中から重い爆音が鳴り響いた!
肩口と脇の下から漏れて伸びる赤い閃光と共に、激しく地面が揺れる。空気を伝わって全身に振動が走り抜けていく。水がたっぷり入った大きな瓶が、地に叩きつけられて砕け散ったような音が背後から聞こえてくると、間もなく強烈な爆風が背中を襲った。
吹き飛ばされた私はサラを飛び越え、半回転しながら十数m先にある岩壁に背中から激突する。
「あぐッ!!」
「ちっ、全力で分厚く魔法防御壁を張ったってのに、ぶちぬいてきやがった!」
「くっ、タイガ、魔法に気づいてたの?」
「ああ、お前の真後ろに展開されてたぜ。あそこで振り返られたら発動した魔法防御壁の位置がズレて直撃だったから焦ったぜ」
1つ1つ体の状態を確認するように、ゆっくりと立ち上がる。何処にも致命傷はないようだ。タイガの魔法のおかげで、体は痛むが大したダメージじゃない。キングアイアンゴーレムに蹴り飛ばされたときと比べればどうってことのない痛みだ。
「えへへ、ぐっじょぶだよタイガ。余波の爆風だけでこんなに飛ばされるなんて、まともにくらってたら死んでたね」
「だが、状況は全く好転してねーぞ」
遠くでサラがぬらりと立ち上がるのが見える。
「ねぇタイガ。私ものすごく腹が立ってきたよ」
「あ?」
「やさしいサラに、あんな真似をさせている呪いの剣にさ!」
「ふん。だったら殺せばいいだろ。死ねば動かなくなるぞ」
死ねば動かなくなる? そうか、そうだよ。
「そうだね、殺そう! 私達2人で集中して呪いの剣に畳み掛けるよ。魔力図が展開している刃を折れば、呪いを止められるかもしれない!」
「あ? そういう意味じゃ……」
笑みが消えて忌々しそうな表情で立つサラに駆け寄り、杖で殴りかかる。
「ぎぎぎぎッ!」
タイガと2人でサラが持つ剣を集中的に攻撃する。手から離すことも刃にある魔力図を壊すこともできないなら、剣そのものを壊して無理やり離してしまえばいいんだ。
タイガの爪が鋭い風切音を鳴らしながら、青い光の残像を軌道に残しながら呪いの剣の刃に迫る。激突の瞬間、金属同士がぶつかる重たい音が響く。いままでの剣撃を弾くための一撃とは違い、明らかに力が込められている。私はそれをフォローするように、今度は剣を壊すためではなく、サラの意識をこちらに向けさせるように杖で彼女の隙を突いていく。
「ぐぎぎぎぎ……!」
苦々しく歯を食いしばるサラが苛立ったように無造作に剣を振り切った後、バックステップで大きく距離を取る。
「逃げた? ひょっとして正解ってことかな」
「ああ、明らかに嫌がっている風だが、あれを折るのは楽じゃねぇぞ? 本気でやったが、いまの俺の爪でも僅かに傷がつく程度だぜ。何で出来てるのか知らねぇが、くそ硬ぇ!」
サラがこちらを警戒しながら、じわじわと後ろに下がって距離を開けていく。
「ならさ、私に筋力強化の魔法をかけてよ。斬れないんだったら、あんな剣この杖でへし折ってやるんだから!」
「その木の杖でか? 俺の爪で駄目なんだぞ。逆に折れるだけだぜ」
「折れないよ。大丈夫、この杖はあんな剣なんかに負けないから!」
そう言ってガジの木の杖を強く握ると、その手に熱を感じた。
「……ふん。まぁお前ならやりかねねーか」
なんでか呆れたように言う。
「何よそれぇ……」
「お前は最初っから面白れぇヤツだったってことを思い出しただけだぜ」
タイガが言ってる意味はわからないけど、筋力強化の魔力図を構築し始めてくれたようだ。と同時に、サラも魔力図を構築し始める。火炎の衝撃より全然簡素な魔力図だけど、少し似ている? 炎系の魔法だろうか。
発動される前に壊そうと駆け寄るが、剣撃で牽制されてバックステップで逃げられてしまう。容易には間合いを詰めさせてくれない。間もなくサラの魔力図が展開すると、魔法が発動した。魔力図から生まれた大きな火球がこちらへ向かって吹っ飛んでくる。弾き返して逆に牽制してやろうと杖を構えた。
「ティアよせ、避けろ!」
タイガの助言に従って慌てて避けると、火球が衝突した岩壁が大きく燃え上がった。
「純粋な炎の塊だ。触れれば燃え移るだけだぜ」
そうだったんだ、触らなくてよかった。
サラを観ると次の魔力図を構築し始めた。さっきと模様が似ている。また同じ火球の魔法?
動きの素早さに目を奪われて焦っていたけれど、冷静になって観てみると操られているからか、剣術もそうだけどやる事が単調な気がしてきた。
だっていつものサラならもっと搦め手を混ぜてきそうだもん。それなのに使う魔法はどれもわかり易い攻撃的なものばかりだし、それでいて剣撃を同時に絡めてくる事もしない。足止めをしたり、目を眩ませたり、眠りを誘うような魔法も使ってきていない。
タイガの魔法が発動したのか、全身に力がみなぎってくるのを感じた。相手の手の内はもうわかっている。あとは叩き潰すだけだ。足に『すべらない魔法』をかけて全力で地面を蹴ると、サラに向かって駆ける。
彼女が魔法を放つ。迫りくる火球を、自分に『つるつるの魔法』をかけて足から転倒し、下から滑り込んで避ける。すれ違い様に熱気が頬を撫でるがダメージはない。足に『すべらない魔法』をかけて瞬時に立ち上がると、地を蹴ってさらに加速してサラの眼前へ迫る。
「ぐぎぎぃっ!?」
先程までとは別人の如き素早さで一瞬のうちに間合いを詰めてくる私に、サラがその赤い目を見開き、動揺を顕わにしながらも反射的に剣撃を放ってくる。その全てをタイガの青く光る爪が弾いた。
「サラっ、いま開放してあげるからねっ!」
杖を両手で握って後ろに構える目の前の私を見て、サラが衝撃に備えて腰を落とし防御に回るのが見える。木の杖ごときには負けないとでも思っているのだろう、私にとっては好都合だ。
両足を力強く踏ん張って下半身を固める。力を腰にのせ、両腕に全力の力を込めて、サラの持つ剣の刃へ向けてガジの木の杖を横なぎに振るう。
タイガが言うように真剣とぶつかったならば、普通なら折れるのは木の杖の方だろう。でもこれは私にとって特別な杖だ。この杖は決して折れたりなんてしない! 私のその想いに応えるように、握った手のひらがまた熱を帯びる。みると一瞬、杖が銀色に輝いたような気がした。うん、この杖なら出来るっ! 全幅の信頼を寄せて迷いなく全力で振りぬいた。
杖を握る手に伝わる確かな手応え。タイガの爪がつけた小さな傷跡をなぞる様に、大きなヒビが1本走ると、私の杖が呪いの剣の刃を叩き折る。硬い金属がひしゃげる音が響きわたると、折れた剣先が吹っ飛んで天井に突き刺さった。
「やったっ!」
脱力して膝から崩れ落ちるサラを抱きとめる。
「サラ! 大丈夫!?」
頭に渦巻いていた兜のような魔力は消えている。呪いはもう解けているはずだけど……。
「うええぇぇん、ティアありがどぉ~」
聞き慣れたいつもの声をあげて、サラが泣きながら私に抱きついてくる。
「はぁ~、サラが相手だなんて冗談でも笑えないよ」
よかった。本当によかった。ほっとして力が抜ける。抱き合ったまま、2人してその場に崩れるようにへたり込んだ。
「ティアが強ぐてよかっだよぉ、殺しちゃうかもしれないって怖かっだよぉ~」
操られていても意識はあったんだね。タイガが黒猫の姿で出てくる。私と目が合うと、
「ふん、全くお前のやり方は面倒臭ぇ」
言ってる言葉と違って、その声色にはどこか諦めのような、それとも呆れだろうか? 少なくともトゲは感じられなかった。
「えへへ。タイガもありがとうね」
こうして私達2人に新たなるルールが追加される。『サラは未確認の武器には触れない事』。こんなこともう2度とごめんだからね。
ティアが持つ、世界が恐れる本当の力。その片鱗が顔を覗かせる話でした。
尤も彼女はそれに全く気づいていませんが。