うれしい再会
――――おい
――おい!
誰かの声がする。
意識がじんわりと覚醒してきた。
ふと目を開けてみたら視界は真っ暗なままだった。
眼球は動かせるのに、どこを見ても真っ暗。
目を開けているのに、瞼が閉じたままのような感じ。
諦めて目を閉じる。どうせ見えないし、開けているとなんだか瞼が辛いから。
体を揺さぶられているような振動をわずかに感じるけれど、体は無くなったように何も感じない。
考えるのを止め、しばらく現状に身を委ねて楽にしていたら、首筋から後頭部に向けて冷たさが走ったかと思うと身体の感覚が一気に戻ってきた。
「おい!!」
「う……」
また暗闇だったらどうしようと少し不安に思いながら、もう一度ゆっくりと瞼を開けてみると私を覗き込み体を揺するエルガンの姿が見えた。
「よかった。意識が戻ったようだな」
どうやら私はギルドの医務室のベッドに寝かされているらしい。
首筋に感じる冷たさは氷枕だった。
起き上がるために腕を動かそうとしたら、まだ感覚が鈍いのか重くて持ち上がらなかった。
「無理するな。そのままでいいから、話を聞いてくれ」
そう言ってエルガンは試験結果について語りだす。
「模擬戦の前に言ったように、お前のEランク昇級は合格だ。安心しろ。それから戦闘内容に関してだが、お前はCランクの冒険者を相手に1対1で2人に勝利しているが、それは不意打ちで勝っただけにすぎん。今のお前なら理解出来るだろうが、対策を取られればお前の魔法の優位性は下がり、地力で勝負するしかなくなる。最後に見せた攻めは目を見張るものがあったが、魔法に過信があったな?」
その通りだった。エルガンの懐に飛び込み、『つるつるの魔法』で崩れたのを見て勝った気になっていた。
「しっかし、俺も世界を旅していろんな魔法を見てきたが、お前が使ったような魔法は初めて見たぞ。理屈はわからないが、使い方次第で相当強力な武器になるぞ。だが、それを十全に活かすにはお前自身の地力を上げる事と、とにかく経験を積む事だな」
そう話を締めくくると「好きなだけ休んだら受付でギルドカードを受け取って帰れ」と言ってエルガンは医務室を出て行った。
私は少し休んだ後、やや無理してベッドから起き上がる。
体に力が入らないし、頭もふらふらする。
ガジの木の杖で体を支えながら鞄を肩から下げると、医務室を出てギルドの受付へ向かった。
「あら? ティアズさんもう少し休んでいかれては……」
受付嬢がふらつく私を心配してくれるけど、大丈夫と答える。
「今朝、孤児院を出たばかりで、これから住む場所を探さないといけないから」
「そうですか。ギルドには簡易宿泊所があるんですが、トラブルになるので若い単独の女性冒険者の利用は出来ないんですよ……」
申し訳なさそうに言う受付嬢。
そんなものがあるんだ?
けど、ついさっき男性冒険者に絡まれたばかりだ。
うん、私としてもトラブルは願い下げたい。
「それにしても、ティアズさんすごいですね」
石版にカードを設置して、何やら操作をしながら話しかけてくる。
「マスターったら、あなたの事ベタ褒めでしたよ。面白い新人が来たって」
面白いって褒め言葉だったっけ……?
「マスターって、昔ドラゴンを極大魔法で討伐したって噂もある、Sランク冒険者なのよ? それがあなたの模擬戦闘は俺がやるって言い出して。目を留めてもらえるだけでもすごい事ですよ」
そうだったんだ?
手を抜いてくれているのは明らかだったけど、戦士だと思っていたら魔法も使えたんだね。
ちょっとだけ、くやしさが沸いてくる。
「はい、失くさないようにして下さいね」
私は受付嬢からギルドカードを受け取ると鞄に仕舞い、お礼を言って席を立った。
杖をつきながらふらふらとギルドを出ると3人の男に囲まれた。
「よお、遅いじゃねぇかよ」
「ちょっとツラかせや」
「クックック……」
模擬戦闘の時に一緒だった男性冒険者だった。
私は逃げながら『つるつるの魔法』を発動する。が、脇から男のひとりが飛び掛って来て、私の鞄に腕を回してしがみ付いた。
鞄のベルトに肩を引っ張られた私は、足を滑らせたその男の体重を支えきれずに一緒に地面へ倒れ込む。
もつれて起き上がれない私に、別の男が覆いかぶさってきた。
「クックック。こうすりゃ、てめぇの変な魔法も使えねぇだろ」
馬乗りになった男の太い太ももに、私の脇腹はがっちりとロックされた。
「くっ」
抵抗するも、きつく締め付けられた上に男の重い体重がのしかかって身じろぎ1つできない。
「さて、よくも俺に恥をかかせてくれたなぁ」
男が私の左肩を掴んで力を入れてくる。
「っ 痛い!」
エルガンの槍の一撃を受けたところに激痛が走る。
「クックック。いい声だすじゃねぇか。これは楽しみ甲斐がありそうだぜ」
「放してよ!」
男の手に『つるつるの魔法』を掛けて左手で下から押し上げて掴みを外す。
前のめりに倒れてくる男の左腕が私の首へ落ちてきた。
「がっ……!」
――息が出来ないっ!
「いいねぇ、だがまだ始まったばかりだぜ? ぴーぴー泣かしてやんよぉ」
男の顔が愉悦に歪む。
見せ付けるように私の目の前で拳を硬く握ると、男の太い右腕が振り上げられた。
――殴られる!
両腕で顔をガードし、身体を硬直させて衝撃に備えていると、岩と岩がぶつかったような芯にくる重い音が響いたかと思うと、急に体が自由になった。
「て……めぇ。俺の大事な妹になにしてんだ、ルァ!!」
男の怒鳴る声がする。そしてまた芯にくる打撃音が響いた。
「ぐあぁっ、な、なんなんだてめぇは!」
「なんだじゃねぇよ! ルァ!!」
「あぐっ! く、お前らはやく俺を助けろ!」
上体を起こして声のする方に顔を向けると、私に馬乗りになっていた男が知らない男に一方的に殴られ、蹴られている。
「危ない!」
他の2人が背後から殴りかかろうとしていたので、『つるつるの魔法』で転ばせてやった。
「おう! サンキュー、ティア」
え? なんで私の名前を……ううん、それよりも私の『つるつるの魔法』を知っている?
その男は流れるような動きで、まるで子供をあしらうようにあっという間に素手で3人の冒険者を捻じ伏せた。
「このひと、強い……!」
気絶した3人をおいて男が振り返る。
「元気だったか? 今日お前が孤児院出るって知ってたからよ。ちょっとギルドに寄ったんだが、正解だったみたいだな」
あれ、見覚えのある顔……。
「カブト……にいちゃん?」
「おう!」
ニカッと笑う顔。あの頃と変わらない懐かしい顔がそこにあった。
私を助けてくれたのは、6年前に孤児院を出て冒険者になったカブトにいちゃんだった。
「大体予想は付くが、一体何があったんだ?」
「うん、実は……」
私はEランクの試験前から始まった一連の出来事をカブトにいちゃんに話した。
「なるほどな、ちょっと待ってろ」
座った目をしてそう言ったカブトにいちゃんは、気絶している、私に最初に絡んできた男の元へ行くと、胸倉を掴んで顔を2、3発叩いた。
「う……? な!? なっなっなんなんだっ、お前はっ!」
うろたえる男にカブトにいちゃんが顔を近づける。
そして低いドス声で言った。
「今度また、俺の大事な妹にちょっかい出してみろ。そん時は、俺と、俺の仲間が、徹底的に、お前達をぶっ潰すから。手ぇ出すんならそんつもりで覚悟して来いよ?」
「ひっ、ひぃぃぃい~~~~」
私には見えなかったけど、よっぽどカブトにいちゃんが怖い顔で言ったんだろうなぁ。
男の顔が瞬く間に真っ青になった。
「わ、わかった! もう手はださねえ! だから許してくれ!! おい、お前らも行くぞっ」
「「す、すんませんしたっ!」」
3人の男は転びながら野次馬の人垣をわけ、走って逃げていった。