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武術鍛錬 後編

「観てたけど君、すごいな」

 素振りを終えたのかな、グリースが話しかけてきた。

「剣先に寸分のブレもなく、重心も安定していて、全身から揺るぎない力強さのようなものを感じさせるひと振りだった。一瞬、僕の剣術の先生とダブって見えたほどだ。君のその剣術は誰かに師事して得たものなのか?」

「ん~、小さい頃にお兄ちゃんから基礎は教わったけど、いつもは杖を使っているから剣術の事はわからないよ」

 剣術の先生と似ているだなんて随分とお世辞が過ぎるよ。だって剣なんて殆ど握った事がないもの。


「杖って、君は普通の魔法が使えないのだろう?」

 そう言ったグリースの目は少しも笑っていない。馬鹿にして言っているわけではなさそうだ。


「あー、魔法の杖として使うんじゃなくて、殴るために使ってるからね。あはは……」

「あれだけの動きができるなら、杖で殴るより剣で斬りつける方が強いんじゃないか?」

 杖で殴るなどとアルフレイドなら間違いなく茶化してきそうで、つい苦笑いになってしまったけど、グリースは真剣な表情を崩さなかった。どうやら本気で聞いているみたいだ。


「――そう、だね。その通りだと思う。だけど私はあの杖(・・・)を使いたいんだ」

 茶化さないグリースに私も誤魔化さずに答えた。彼の言う通り、真剣なら木の杖では足らない殺傷力を補える分、強くなれるのはわかっている。


「ふむ。君なりの理由があるってことか」

「えへへ。そんなに大した理由でもないけどね!」


「なんだよお前、足手まといが冒険者だからって興味が沸いたのか?」

 木剣を肩に担いだアルフレイドが横に立つと、グリースの首に片腕をかけながら言った。

「アル」

「こいつ、冒険者みたいな戦う男に憧れてんだよ」

 会話にグリースがいるからか、アルが珍しく小言以外で私に話しかけてくる。


「なっ、アル! お前だって勇者ダスティンの物語は好きだろ!」

「当たり前だろ。男なら誰だって勇者ダスティンに憧れるだろ。それでよ、こいつ小さい頃から剣の訓練してんだぜ」

「へぇ~。ダスティンも剣だもんね」

 そうか、グリースもカブトにいちゃんと同じなんだ。


「君もあの物語を知っているのか?」

「うん。お兄ちゃんがその物語大好きだったからね」

「お前の兄はわかってるな」

「ああ、わかってる」

 2人して頷きあっている。何がわかってると言うんだろう。それからダスティンの話で盛り上がる。あのシーンはあぁだとか、どうだとか。だけど2人共カブトにいちゃんと同じでアーティエルとのロマンスについては全く触れてこなかった。この物語って男性版と女性版で分かれていたりするんだろうか? そうしていると全員の素振りが終わったのか、リーガンが声を張った。


「よし、では次に俺達と1対1の稽古を行うぞ。反撃はしないから持てる力の全力で攻めてみろ!」

 そういうとボンス達がそれぞれの班へ向かって歩いていく。そして何故かリーガンがボンスについてこちらにくる。


「よお。ひさしぶりだな」

「うん。ギルドで見かけなかったけど、まだ王都にいたんだね」

「ああ、俺達は噂のダンジョンに篭っていたからな。街へはたまに戻るだけだったんだ」

 リーガン達もダンジョンに入っていたのか。まぁそれはそうだよね。冒険者なら攻略中のダンジョンに挑みたくなるに決まっているし、何よりも宝箱狙いで稼げるこのタイミングを逃す手はない。


「結構稼げた?」

「まぁな。だが、俺達なんて大したことないぞ。なんでも黒い虎を連れた2人組の女性冒険者が相当荒稼ぎしたらしいからな」

 ん? 黒い虎と女性冒険者2人? もしかしてそれって……。


「へ、へぇえ。すごい人もいたものだねー」

「ああ。噂だがブルネットのショートヘアの女が、魔物共を笑い転がせて動きを封じるらしい。いったいどんなネタを披露しているのか、王都の夜の酒場じゃ毎晩その話題で持ちきりだぞ」

 何その尾ひれ! 笑いなんて取ってないよ。ただの『つるつるの魔法』だよ!


「そ、そうなんだー」

「お前こそ、あれだけの実力があるんだ。王都にいるなら当然ダンジョンに挑んでるんだろう?」

 と、腕組をしてにやりと笑う。


「えっ、ま、まぁちょっとだけね。いまは学生だからね! あはは……」

 彼等にミニボブの姿を見られたことはないけれど、王都に来てから門兵には見られているし、この分だと他にもどこで誰に見られて噂が伝わっているかわからない。あまり詳細を話すとバレそうだ。


 この話題を逸らせないかと、ネタを探して周りを見渡すと、すでにボンスが何人かとの稽古を終えていた。しまった! エンリの番を見逃してしまっただろうか。


 と、思ったらどうやらギリギリ間に合ったようだ。

「次~ そこの子」

「は、はい!」

 すこし太った大きな体のボンスの前に立つ、木剣を持った小柄なエンリ。


「エンリ、頑張って!」

 私の応援に笑顔で返してくれたけど、表情も体の動きも、ややぎこちない。少し緊張しているのかな? ブリトールでのエンリの私生活については知らないけれど、武術鍛錬の経験がないことは見てわかっていたから、もしかしたら今日、初めて人に向けて武器を振るうのかもしれない。そうだとすればエンリの緊張の理由がわかるような気がする。倒すためではなく身を守るために学びたいと言っていたエンリだ。相手を傷つけるかもしれない事に対して怖いのだろう。


「いつでもいいぞ~」

「や、やー!」

 腰が引けながらもエンリがかわいい声を上げて木剣を振るう。ボンスはそれを木剣で受ける。


「遠慮はいらないぞぉ。もっと本気で打ってこないと訓練にならないぞぉ~」

「は、はいっ」

 エンリの打ち込みは全て軽々と受けられ、いなされる。

「もっと鋭く、腰を入れて打たないと効かないぞぉ」

「はいっ、やー!」

 次第にエンリの硬さが解れていき、振るう木剣に迷いがなくなっていく。


 それにしても……。エンリが木剣を振るうたびに、おむねが大変なことになっている。胸に下がった2つの果実。なんだっけ……そう、めろんと呼ばれる大きな果物だ。2つのめろんがあっちにこっちに揺れて暴れている。あれはかなりのハンデだ。……ハンデのはずだ。


 しばらくして息を切らせたエンリが稽古を終えて私の元に戻ってくる。

「はぁ……はぁ……当たりませんでした」

「あれはハンデだよ、うん」

「え、何ですか?」

「え! いや、よく頑張ったねって」


 その後もボンスによる稽古が続く。次は小顔美人のエクールだ。


「はッ! ヤァッ!」

 なかなかに鋭い剣撃。ボンスの木剣に受けられるたびに、小気味のいい木の音が鳴り響く。


「エクールさんすごいです」

「あれは絶対、普段からやってるね。アタシにはわかる」

「身体が安定してる」

 メディスールが言うようにエクールの振るう剣は腰が入った力強い剣撃だ。アンドリィが指摘するように、エクールは普段から剣の鍛錬を積んでいるのかもしれない。


 それにしても学生相手とはいえ、ボンスは全く危なげなく木剣で受け流している。確か主武器はフレイルで、大盾使いだったはずだ。剣とじゃ随分勝手が違うはずだけど。


 稽古を終えたエクールが戻ってくる。

「はぁ……はぁ……強いですわね。Cランク冒険者というのは」

「Cランク冒険者はマッドタイガーすら倒すし。ヤバイ強いのも当然っショ」

「マッドタイガーって虎? それに敵う人間、すごい」

 Cランクのパーティ推奨の魔物だ。理由は数匹で群れる事が多いからなんだけど。単体だとどうなんだろうね?


「ティアズは冒険者でしたわね。もしかしてマッドタイガーと戦った事があるのかしら」

「ん、まぁ」

 3枚の毛皮を手に入れてホクホクだったよ。Cランクの討伐対象なだけあって、なかなかにいい買取価格だったからね。受付嬢のエミールさんが言うには、貴族に敷物として高く売れるんだとか。


「いや無理っショ? Dランクってもっと弱いの相手にするはずだし」

 アンドリィが言う事は正しい。依頼だったら実力不足でマッドタイガー討伐はパーティでも受けられない。あの時はエンリを乗せた馬車が襲われそうだったから倒しただけだ。リーガンを見ると会話を聞いていたのか、黙ってにやにやしている。


 次はグリースがやるようだ。小さい頃から剣の訓練をしているというだけあって、これまで見た誰よりも良い動きをしている。何よりも剣撃が力強い。


「グリースってちょっとイケメンじゃない? まつ毛が長いところも可愛いし。アタシ、タイプかも」

「そうですわね。整ったきれいな顔立ちをしていますわ」

「後ろ髪を1本に結っているのも良く似合っています」

「眼鏡男子いい」

 だってさ。よかったね、グリース。女子に人気高いよ。聞こえてないだろうけど。

 でも確かにグリースって落ち着いた感じがあるんだよね。それと比べるとアルフレイドはまるで子供だ。毎回、私に絡んできて口うるさいし。


 次はアルフレイドだ。グリースと比べると少し劣るような気がするけど、同じくらいの動きを見せた。ちなみに女子の評判はそれ程でもなかった。主席卒業発言でハードルをあげたせいかもしれない。それにグリースの後だったしね。そういえば2人は旧知の仲なんだろうか。最初から行動を共にしていたし、お互いの事にも詳しそうだった。


 次は誰だろうと思っていると、ボンスが下がる。あれ? もう終わりなんだろうか。すると入れ替わったリーガンが私を呼んだ。


「なんで私だけリーガンなの?」

「素振りを見たボンスが、お前の相手は重いと言うんだ」

 女性に重いだなんて失礼だね。ボンスの方が私の3倍以上は軽くありそうなのに。


「あ、そうだ。私には反撃してもいいよ」

 というか、反撃もしてこない相手じゃますます鍛錬にならない。

「そうだな。お前の実力で考えたらそうでないと稽古にならないな」

 木剣を持って相対する私達に、既に稽古を終えて手持ち無沙汰の班員の注目が集まっている。リーガン達がマッドタイガーと戦うところは観ているけれど、対人は初めてなんだよね。まずは軽く様子見で……。


「いくよ!」

「来いッ!」

 木剣と木剣がぶつかり合う音が響く。

 私の攻めをリーガンが捌いていく。ときおり隙を突いてリーガンの剣撃が飛んでくるが、私もそれを難なくいなす。切り結ぶほどにリーガンの目が段々と本気になってくる。


「リーガンったら、もしかして火着いた? いいね! 私もノッて来たよ」

 剣を振るう速度をあげていく。木剣の衝撃音が連続で響き渡る。音と音の間隔がどんどん短くなり、風切音がまじりだす。リーガンからの反撃がどんどん減っていき、防戦一辺倒になる。

「くっ……」


 少しずつ体が温まってきた。もう少し速度を上げよう。

「ぐっ……まだ速くなるのかッ!」

「守ってばかりだと後がなくなるよ?」

 私の剣撃が一方的に攻め立てる。リーガンはそれを必死の形相で受け続けているが、握力が落ちてきたのか、木剣から伝わってくる受けの手応えがじわじわとやわらかくなっていく。そして……。

「ぐぅッ!」

 逆袈裟に切り上げたところで、リーガンの手から木剣が弾かれて空へ飛んだ。


「えへへ。勝負あり、だね」

「参ったな……。お前まだ本気じゃないだろう? 動きにも表情にも余裕がありありと見えたぞ。俺ではお前の相手は実力不足だ。全く、とんでもないDランク冒険者だな、お前は!」

 そんな事言われても、年齢的にこれ以上あがれないんだよ。私のせいじゃないよ。


「まじかよ……足手まといのくせに学生のDランクがなんで現役のCランクを圧倒出来るんだ」

「魔法やランクは兎も角、少なくとも武術では、彼女はここにいる誰よりも圧倒的に強いって事だろ」

「もぐもぐ……」

「ふふふ~。さすがティアです!」

「全然剣が見えなかったケド。やばくない?」

「すばらしいですわね……!」

「驚愕!!」


 口々に感想を漏らす班員達。ひとり平常運転でお肉を食べているものがいるけど。

 リーガンが武術鍛錬の担当教師がいる場所へ戻っていく。


「今日、俺達に指摘されたことを意識して、今後の鍛錬の役に立てて欲しい。これで俺達の講義は終了とする!」

 全員の稽古が終わるのを待ってから、そう言って授業を締めくくった。


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