サークル発足
初日の授業を終えた私とエンリは今、本棟2階の、窓から差し込む夕日によってオレンジ色に染まる教室で、机を挟んで椅子に座って頭を悩ませている。
「『乙女の秘密』はどうですか?」
「エンリ、『乙女の秘密』好きだよね」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけど……。含まれる意味がものすごく広すぎない? それにタイガのことも『乙女の秘密』でしょ」
「そうでした……」
「もうそのままでいいんじゃない? 『金色の魔力図研究会』で」
そうなのだ。サークルを作ることは決めたけど、本棟の受付に申請にいったらサークル名を決めないといけない事が判明したんだ。それで私達は机の上に置いたサークルの申請書を前に、空き教室で名前をどうするかでこうしてもう小一時間ほど2人でうんうんと唸っている。
「えぇ~。なんか良い名前を考えましょうよ~」
「うーん……」
そうはいっても、名前を考えるのって難しい。
意味で考えると『金色の魔力図研究会』みたいに何のひねりもない素っ気無い名前になるし、好みでつけると『乙女の秘密』みたいに目的が見えない名前になってしまうし。
「何か方向性みたいなものが欲しいですね」
方向性かぁ。
「例えば発足理由とかってこと?」
「そうですね。発足理由なら……。ゆ、『友情の乙女の約束』とかはどうでしょう」
夕日に照らされていてもわかるくらい、顔を真っ赤にしてエンリが言った。
「ゆっ、すごくいい言葉だよ。す、素敵だと思うよ。でもそのサークル名を人前で口にするの、ちょっとはずかしい……かも」
「そっ、そうですね。確かに……」
顔が熱い、私もエンリのように真っ赤になってるかもしれない。
「えへへ」
「ふふ」
広い教室に2人きりだからか、会話が途切れるとやけに静かだ。窓から見える野外演習場にも人影は1つも見当たらない。
「――そういえばエンリが手伝いたいって言ってくれた時、すごく静かで星がまぶしい夜だったよね」
「そうですね。星明りでティアの顔がよく見えました」
「そうなの? 私は逆光で全然見えなかったよ」
2段ベッドの上から顔を覗かせるエンリを思い出す。
「ティアは星の魔法って知ってますか?」
「物語のやつ? 勇者ダスティンが使う」
「あ、知ってましたか」
「カブトにいちゃん、孤児院のお兄ちゃんがその物語大好きだったから、よく話してくれたんだ」
1500年前の天魔大戦を舞台に、人間の勇者ダスティンが大天使から神器を授かって大魔王と戦う物語だ。その勇者ダスティンが人界へ進出してくる無数の魔王軍に対して、神器を使って発動させたのが極大星魔法『星屑の涙』。天から無数の星星が降り注ぐ超範囲殲滅魔法だ。
そんな魔法、今日の講義のあとだと、やっぱり物語だなぁと感じてしまう私。夢がないね。だけど冒険者なんて夢見がちな職業と思う人が一定数いるらしいけど、実際にやってみると現実的じゃないと生き残れない世界なんだよね。
「勇者ダスティンって天使のひとりと結ばれるんですよね」
「えっ、そうなの? 魔物と戦うだけの物語じゃないの?」
「違いますよ? 勇者として天界へ登ったダスティンは、そこで出会った天使アーティエルにひと目惚れするんです。そしてあの手この手でアーティエルにアプローチをかけるんです。最初は素っ気無かったアーティエルも、いつしかダスティンの情熱に負けて彼に恋するようになるの」
エンリが両手を胸に添えてうっとりとしている。
何それ! そんな話、カブトにいちゃんから聞いたことないよ。続きが気になる。
「ほ、ほ~。それでそれで?」
「いつしか2人は周りにばれないように隠れて付き合うようになるんです。それというのも、天族と人族が結ばれる事は天界では禁忌とされているからなんですが、恋の火がついてしまった2人はもうとまらないの。まさに禁断の恋! 大好物ですっ!」
頬を染めたエンリが両手で自分を抱きしめながら、目を閉じて左右に揺れている。
「禁断の恋かぁ。なんだかどきどきするね」
「ですです」
孤児院には恋とか愛とか、幸せな物語の本は置いてなかった。たぶん先生のやさしさからあえて置いていなかったんだと思う。すばらしい愛も幸福も、受け取り側の気持ち次第では毒にもなるのだから。だけど年頃にもなれば、そういった話に興味がないわけがない。だから私も街でのお手伝いのときなんかに、歳の近い子から話しで聞いたり、本を読ませてもらったりしたものだ。
「でもこういうのってやっぱりいつまでも隠し通せるものじゃないですよね。やがて他の天使達にばれてしまうんです。そして大天使の裁きを受けて天使アーティエルは天界を追放されてしまうんです」
「何よそれぇ、酷いね」
天使って愛のイメージだったのに、祝福してくれないの?
「ですよね。けど、そのあと2人は人界でしあわせに暮らすんですよ」
「そっか、それならよかったのかな」
天界がどういう場所かはわからないけれど、人界だって住めば悪い場所じゃないよね。それに前向きに考えれば、もう誰にはばかる事なく2人で一緒になれるのだし。
「愛し合う2人に新しい命が授けられ、しあわせの絶頂だった頃、魔の平原に魔界の門が出現したんです」
「まさか」
「はい。魔界の全戦力が人界に進軍を始めたんです」
「天魔大戦だね」
エンリが話しているのは物語の話だけど、天魔大戦は1500年前に実際にこの世界で起こった歴史的な大戦だ。カブトにいちゃんから聞いた話でしか知らないのだけど、大魔王7体が軍を率いて攻めてきたらしい。大魔王1体だけでも人の世界は滅亡の危機にさらされる程の惨事なのだから、こんなのとても無理だよね。だから、人々は天界に助けを求めたんだ。天界からは7人の大天使が軍を率いて地上へ降りてきた。そして人界と手を結び、魔界の軍と戦ったんだ。この歴史的事実をベースに作られた物語が勇者ダスティンの物語なんだよね。
「世界中で戦火が上がる中、ダスティンとアーティエルの赤ちゃんが無事に生まれるんです」
「すごい大変な時代に生まれちゃったねぇ。男の子だったのかな、女の子だったのかな」
「そうですね。私が読んだ本では赤ちゃんということしか、書かれていなかったです」
そっか。私ならどっちがいいかなぁ。やっぱり……、
「男の子だったらいいね」
「どうしてですか?」
「だって、そんな大変なときに生まれて、女の子だったらかわいそうじゃない?」
「ふふ。男の子でもかわいそうですけど。でもティアなら大魔王もズッコケさせちゃいそうです」
「えぇ~、無理だよ。エンリの私の魔法への評価高すぎだよ」
自称大魔王ならズッコケさせたことあるけどさ。
「ダスティンは勇者ですが、愛するアーティエルと生まれた赤ちゃんを守るためにも、最前線で戦うんです」
「そうだったんだね。人界のためだけに戦ったんじゃないんだ」
確かに物語としても、見も知らない大勢のためより、愛する妻と子のために戦う方がアツイ。応援したくなるというものだ。
「私が知ってる話だと、勇者ダスティンの手によって大魔王の1体が討伐された事で、魔王軍が魔界へ軍を引いて戦争が終結して物語は終わりなんだけど、そのあとアーティエルと赤ちゃんはどうなったの?」
「もちろん、ハッピーエンドです! 大魔王を討った勇者ダスティンは希代の英雄として称えられ、その後3人でしあわせに暮らしますよ」
「無事だったんだ。よかったねぇ」
「ですです」
やっぱり物語はハッピーエンドがいいよね。読み終わったあと悲しくなるよりは心温まって終わりたいもの。
2人でほっこりしていると、
「って、そうじゃないです!」
「え?」
「名前……」
「あ~……」
忘れてないよ、ちょっとおいておいただけだよ。
「ねぇ、だったらさ。『星屑の涙の光明』っていうのはどうかな?」
「『星屑の涙の光明』、ですか?」
「うん。物語に出てくる魔法『星屑の涙』のように、誰も見たことがないような不思議な金色の魔力図と、それが観える涙、つまり私。そして星星の下で交わしたサークル立ち上げの約束だから星屑の涙。そしてエンリは私の光だから、『希望』の意味も込めて『星屑の涙の光明』」
「私が光ですか?」
「うん。人攫いに遭ったとき、暗くて先に進めなかった洞窟を明るく照らしてくれた光のように、私に出来ないこともエンリと一緒ならきっと出来る。金色の魔力図を調べる事も、きっとエンリとなら何かがわかると思うから……」
「っ、ティア~~~~!!」
机越しにエンリの両腕が私の体を強く抱きしめる。
「エ、エンリ?」
「『星屑の涙の光明』、私も気に入りました! これにしましょう!」
「――うん。決まりだね」
こうして、私達のサークル名が決まった。
初投稿から1ヶ月が経ちました。あっという間のようでいて、1話目の時、投稿ボタンを押すのにものすごくどきどきして、なかなか押せなかったのもなんだか遠い記憶のようです。
以前後書きに記した通り、今月から投稿ペースが1~3日くらいになりますが、引き続き楽しんでいただけたら幸いです('-'*




