魔法学園初登校
あれから1週間。サラと一緒にダンジョンに潜る日々が続いた。サラが起こすトラブルも、そのおかげで隠された宝箱を見つけることもあるので、なんだかんだいって私達は荒稼ぎ出来たと思う。素材も3人の力を合わせれば沢山持ち帰れたしね。
そんなめまぐるしい毎日が過ぎ、今日いよいよ魔法学園の初登校日を迎えたのだった。本棟の1階にある講堂には、沢山の生徒が集まっている。ざっとみた感じ30人近くいそうだ。
「これでも半分らしいですよ。もう1つの講堂にも同じくらいいるそうです」
隣の席に座っているエンリが教えてくれた。私がギルドの仕事をしている間に集めた情報なのだろう。ふと、焼けたお肉のいい匂いがしてきたので匂いの元を探してみると、少し離れた席に座っている大きな寝癖のついた小太りの男の子が、袋を片手に骨付き肉をかじっていた。
朝食が間に合わなかったのだろうか。でもいまここで食べるのってどうなの? 私がそう思っていると、2人の男が近づいていった。
「おいお前。ここでそんなもん食ってんじゃねぇよ」
「う、うるさいな。ボ、ボクの勝手だろ」
「ふざけんなよ。匂うんだよ」
「や、やめろよぉ。ボ、ボクのお肉を奪うなんてゆるさないぞ!」
袋を取り上げようとして伸ばした男の手が、小太りの男の手で払われる。
「ってーな」
「アル、そろそろ席に着こう。教師が来る」
「ちっ」
あわや喧嘩になりそうな雰囲気だったが、連れの眼鏡をかけた男が間に入って収まったようだ。ほどなくして小さい髭もじゃのおじいちゃんがとことこと入ってくる。その後をルイエさんと教師らしき女性が続く。
「わしが学園長のアルフォス・キャヴァリエぢゃ」
踏み台に乗って壇上に上がった学園長を名乗るおじいちゃんが挨拶を始めた。歯が少ないのか、もごもごしててなんとも聞き取りづらい声で話が延々と続く。最初はまじめに聞いていた生徒たちも段々とため息が漏れ始めた頃。
「おじいちゃん、もうその辺にしましょう! 後のスケジュールが押してますッ!」
ルイエさんがみんなの声を代弁してくれた。ぐっじょぶ、ルイエさん! 学園長とルイエさんが講堂から出て行くと、残った女性教師が自己紹介をした後、今日の講義についての説明を始める。
「今日は初めての講義ですので、魔法の初歩的な解説を行います。それでは教科書の5ページ目を開いてください」
辺りに本をめくる沢山の音が響く。私達も事前に購入していた教科書を取り出すと机の上に開いた。教材といま着ている学園の制服は、2日前に寮の部屋へ届けられたらしい。というのは、私はその頃サラとダンジョンに潜っていたのでエンリが私の分も受け取ってくれていたからだ。女子の制服は、薄い赤のワイシャツに藍鉄色のベスト、タイは真っ赤なリボンで、黒地に赤のチェックのプリーツスカートだ。男子は薄い青のワイシャツに藍鉄色のベスト、藍色のネクタイ、裾に藍色のストライプが1本入った藍鉄色のパンツだ。
「この中には既に魔法を使用できる方も多いでしょうが、そういった方は復習だと思って聞いてください」
講義の内容は私がいままで観てきたものの話だったけれど、言葉で論理建てて説明されてみると感覚的にもやっとわかっていた事柄が、鮮明になっていくようだった。小休憩を何度か挟みながら午前の講義が終わる。午後は今の講義で教わった内容を少人数の班に分かれて、外で演習を行うらしい。つまり、実際に魔法を使ってみるというのだ。
「タイガちゃん、おいしい?」
寮の部屋の机の上に置かれた日替わり定食を夢中になって食べているタイガは返事もしない。
「無視されちゃいました」
「エンリがおいしいかって聞いてるよ?」
タイガは私も無視して食べている。2人きりのときはあんなによくしゃべるくせに、いまだにエンリがいると無口なんだよね。尤もエンリ以外に誰かがいるときは姿すら現さないけれど。こんなに人見知りが激しくて大魔王としてやっていけるんだろうか。物語に出てくる大魔王といえば、無数の部下を束ねているのにね。いや、自称だから関係ないのかな?
「ティアはなんだかたのしそうですね?」
「ん? だってこれだけ夢中になって食べてるし」
「ふふ。そうですね」
こんなにかわいい猫が大魔王だもんね。微笑ましくもなるよ。私達も食堂で買ってきた同じ日替わり定食を食べる。献立は焼きたてのパンとコーンスープ、サラダにノーラウルフのソテーだ。
「ん~! おいしいね。このお肉にかかってるソースは何だろう」
「何でしょうね。複雑な味わいでとてもおいしいです」
「すごく手間がかかってそう。どんなレシピなんだろうなぁ」
「ふふ。ティアは本当にお料理が好きですね」
「そんなこともないけど。ただ気になっただけだよ」
孤児院では食事の準備は当番制だったから、そのときにお姉ちゃん達から料理の作り方を教わったけれど。私が作れるものなんてそんなに多くない。そもそも食材も調味料もそんなに選べない中で作る料理だから、いろいろと物足らないものばかりになる。だからこういう本当においしい料理がどうやったら作れるのか、知りたい気持ちがちょっとだけある。
別に料理人になりたい訳じゃないよ。ただ、値の張るものじゃなくて孤児院にもあるような食材で、作る手間さえかければおいしく出来るものだったら、子供達にも食べさせてあげたいし、作り方を教えてあげたいって思うだけなんだ。
「午後の演習は杖を使った魔法発動の基礎演習ですね」
「そうみたいだね。そういえば、杖って魔力量と魔力圧を少しだけ増幅してくれるんだよね」
「はい。使われている素材にそういった効力があるみたいです」
「この制服のリボンが杖の代わりになるんだもんね」
魔力を通すことで量と圧を増幅させてくれるものなら、形は杖でもリボンでもネクタイでもいいみたい。そういう素材で作られているかどうかが重要らしい。
「魔力をいったん杖に通してから魔力図を構築するんだよね?」
「はい」
「う~ん……駄目だ。出来ない」
試しになんとなくでやってみるが、何も起こらない。そもそも魔力を杖に通すってどうやるの?
「え、出来ないってそれはどういう……。だってティアは魔法が使えるじゃないですか」
「これは誰にも言った事がないんだけど……」
「はっ、『乙女の秘密』ですね!」
「え。あ、うん」
エンリがキラキラした目で私を見る。
「……実は私の魔法って魔力図を構築したことないんだよね」
「えっ!!」
「だから魔力を通すとか、魔力図を構築するとか、どうやるのかさっぱりだったりして。あははは……」
タイガは構築・展開・発動の手順で魔法を使っているけれど、そういう手順を飛ばして直接発動する私のような魔法の使い方もあるんだとずっと思っていた。だけど、さっきの講義でそういう魔法の使い方の話は出てこなかったんだよね。それとも今後の講義で教わるんだろうか。そう思った私の考えは即座に否定される。
「そんなの聞いたことがないですっ! ありえないですっ!! それじゃティアはどうやって魔法を使っているのですかっ!」
「えっ、ちょ、ちょっと落ち着いてエンリ、ね?」
私の両肩を掴むエンリの小さな手をやさしく外すと、椅子に戻ってもらう。
「ご、ごめんなさい。つい」
「ううん。そうだね……なんていうかこう、イメージというか、なんていったらいいんだろう。う~ん……」
感覚的なもの過ぎて、言葉で説明が難しい。『つるつるの魔法』は6歳の頃になんとなしに使えるようになって以来、ずっと使い続けてきたから、いまでは何も考えずに息をするように使える。もちろん、かけようと思わないとかけられないのだけれど。いってみれば、どうやって自分の手足を自由に動かしているのかを言葉で説明するみたいな感じだ。
「ごめん、言葉だとうまく説明できない」
「そうですか……」
「そもそも私ね、微弱な魔法すら使えないほど魔力量がないらしいんだ」
「ええっ! あんなにすごい魔法が使えるのにですか!?」
「ルイズ、王都の冒険者ギルドのマスターだけど、魔力図を2つも同時に構築できるような、すごい魔法が使える人に観てもらったらそう言われたんだよね。実際、釜戸の火も点けられないしね」
エンリがぽかーんとしてしまった。でも、私にも意味がわからないんだよ。これじゃ本当にタイガが言った通りだね。確かにわけがわからない。
学園本棟の方から鐘の音が2つ聞こえてくる。
「あ、エンリ。予鈴だよ」
「はい。午後の演習が始まってしまいます。急ぎましょう」
空になった食器を持って部屋を出る。おっと、忘れずに施錠をしないとね。階段から1階へ降りて渡り廊下を通り、食堂へ入る。
「おばちゃん、ごちそうさま! 食器はここでいい?」
「はいよ~。おや? あんたたちかい。あれまぁ本当に2人前を食べきれたんだねえ」
「え、うん。おいしかったよ」
「そうかい。ありがとうね」
おばちゃんと別れて食堂を出ると、本棟の裏にある野外演習場へ向かって足を速める。
演習場には既に沢山の生徒達が集まっていて、数字が書かれた旗が3つ、距離を開けて立っていた。まだ教師の姿も見えないので余裕をもって間に合ったようだ。しばらくエンリと雑談をしていると午前の授業で教鞭を振るっていた女教師が歩いてくる。
「みなさん集まってますね。それではこれから午後の演習を行いますが、その前に午前の授業で説明した通り、まずは班分けを行いますので、こちらの箱からひとり1つ紙を引いて下さい。紙には1から3までの数字が書かれています。引いた人は自分の番号に該当する旗の下へ移動してください。では、一列に並んで下さい」
30人近い生徒達がゾロゾロと教師の前に列を作っていく中、私とエンリも参列する。
「班分けはくじ引きなんだね」
「ティアと一緒になれるといいのですが……」
「3つのうちの1つだから一緒になれる可能性はあるよ」
ほどなくして私達の番がくる。
「3番でした」
「3番だね。よし、まかせて。私が頑張って3番を引いてみせるから!」
先に引いたエンリが紙を見せてくれたので、気合を入れる。まぁ何をどう頑張るという感じではあるのだけど、運には気合で挑む以外に方法が思いつかないしね。まずは気持ちで勝つのだ。手を入れると箱の中にはまだ沢山紙が入っている。なら可能性は残っているはずだ。ごそごそと混ぜていると、指先に主張してくる紙が1枚。それを掴んで引き出す。
「どう、でした?」
「えへへ。3番引けた!」
エンリと2人、声をあげて喜ぶ。3つに1つとはいえ、引けてよかったよかった。私達は3と書かれた旗の下へ移動する。そうして30人近くいた生徒たちが3つの班にそれぞれ分かれた。
「この班分けは学園での1年間、演習を共にするだけでなく卒業のための最終試験に挑む仲間になります。少し時間を与えますので班員同士、簡単に自己紹介をしておきましょう」
班員が全員集まった所で、私達はお互い簡単に自己紹介を済ませる。この班は全部で8人だ。そのうち女子が5人だった。




