つるつるの魔法の使い方
あれから私達はサラが巻き起こすトラブルに遭いながらも、なんとかダンジョンの外へ出る事が出来た。ある程度階層を上がると生きているトラップがもうなかったので、そこからは楽だった。ただ、大きな鉄鉱石の塊を引きずっていたので、すれ違う冒険者達の驚愕の目に晒されるのがちょっと落ち着かなかったけれど。
タイガの体の封印を解いたとき、前回と同じように暴れる魔力が溢れ出てタイガが苦しみだし、私も流れ込んでくる何かに冷や汗を流しながら堪えていたら、サラに酷く心配をかけてしまった。「大丈夫、もう何ともないから」と言った私に、サラは追及を控えてくれたんだけど。私自身、何が起こっているのかわからないから、説明のしようもないんだよね。
そしていま、マッドタイガーよりは全然小さいけど、黒い虎となったタイガに引かれて、私とサラは抉られてむき出しの魔核の上に座って王都へ向けて運ばれている。ずっと猫だと思っていたけれど、タイガって虎だったんだね。だからマッドタイガーの爪に対抗心を燃やしていたのかな?
「まさか馬車の人に断られるとは思わなかったよ」
「それはねぇ、木の馬車じゃ載せたら間違いなく壊れるし、引きずっていくとしたら馬が何頭必要かもわからないくらい重たいものよぉ?」
サラが呆れ顔で言う。御者の人に『つるつるの魔法』を説明しても、そんな魔法は聞いたこともないと言われて聞き耳を持ってもらえなかったんだよね。
仕方がないのでタイガにお願いしたんだ。だけど、これはこれでよかったかもしれない。というのも……。あ、ちょうど街道がカーブに差し掛かるね。私は『つるつるの魔法』を調整して『ややつるつるの魔法』にする。私達を乗せた鉄鉱石の塊が直進する速度をほとんど殺さずに街道のカーブに沿って綺麗にすべる。
そうなんだ。『つるつるの魔法』から『すべらない魔法』までの、細かい調整が出来ることに気づいたんだ。そしてこれが面白い! 特に引いているタイガに負担がかからないように、鉄鉱石の塊を綺麗にコントロール出来たときはすごく興奮した。ものすごく楽しい!
「サラ、T字だよ」
「おっけ~」
タイガがT字を左へ曲がる。街道の外側へ流れていく鉄鉱石の塊と私達。そこへサラが展開していた魔力図を発動させると塊の側面で爆発が起きて軌道を大きく変える。それを私が魔法で調整してタイガへの負担を減らしつつ、本来の軌道へ戻す。
「あ~! いままでで一番、綺麗にいったんじゃない?」
「だね!」
サラとすべる鉄鉱石の塊のコントロールという遊びにはまりながらタイガに引かれて走っていると、あっという間に王都へ辿りついた。
「おい! 止まれ!」
王都の街へ入る門の前で、門兵が大声で叫んで立ちふさがった。タイガが減速して止まるのに合わせて、私も『つるつるの魔法』を少しずつ弱めてゆっくりと鉄鉱石の塊を止める。大分コントロールが上達したみたいだ。
門兵が私達に近づいてくる。
「虎を街の中へ入れる事は出来ない!」
「え、駄目なの?」
「駄目だ! 檻へ入れてあるならば良いがこのままでは許可できん!」
「私の使い魔だから大丈夫だよ?」
門兵がサラの方を見る。
「お前達は冒険者か? なら想像してみろ。見も知らぬ者がブラッドベアーを使い魔だと言って街中を連れて歩いていたら平穏に暮らせるか?」
そんなの恐ろしくて無理だ。でも、冒険者でもない一般の人からしたら虎も十分脅威だったね……。
「わかったよ。タイガ、ここまでありがとね」
タイガを撫でていると背中へ消えていった。そして私の髪型がロングヘアーになる。それを見ていた門兵が言葉をなくして固まっている。
「使い魔だって言ったでしょ。これなら通ってもいいよね?」
「あ、ああ。構わないが……」
門兵は今度は大きな鉄鉱石の塊を見つめている。ここまで虎が引いてきたこれをどうするつもりかと思っているんだろう。
サラが後ろから魔法を発動して鉄鉱石の塊を動かすと、私がロープを引いて歩き出す。それを見て今度は口をあんぐりと開けたまま固まっている門兵の横を素通りして私達は街の中へ入っていった。きっと誤解されているんだろうけど、説明するのが面倒くさいので放っておく事にする。
「あ~、怒られちゃったねぇ」
「うん」
ここまでの道程で私とサラの鉄鉱石の塊のコントロールはなかなかの上達ぶりをみせていた。人の行きかう街中を、事故を起こすことなく冒険者ギルドまで辿り着けるほどに。王都の道が整備されて平坦だったこともあるけれどね。好きなものほど上達が早いと言うけれど、それはたのしいと夢中になってやっちゃうからだよね。正直いうとまだやり足りなかったので、後日、サラと残りの鉄鉱石の塊を一緒に取りにいく約束を交わしていた。お金にもなるしね。
「ティ、ティアズさん!?」
私が大きな鉄鉱石の塊を軽々と引きずってきたので、受付嬢のエミールさんが驚いている。彼女にも力持ちだと勘違いされていそうだ。
「エミールさん、これ買取お願い。あ、ダンジョンでサラと2人で討伐したんだけど実績ってつくのかな?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。まずは魔核を鑑定して討伐ランクを確認しますので」
エミールさんはどうしてそんなにあわててるんだろう。見た目でアイアンゴーレムだってわかるものじゃないの? サラは見た時すぐそう言ってたし。
紐のついた石版を持ってエミールさんがカウンターから出て来ると、紐の先を魔核に取り付けて石版を覗いて何やら操作している。
「……この魔力量と波形パターン。やっぱり、これキングアイアンゴーレムですよ!」
「あ~! そうだったのねぇ!」
突然サラが得心の声をあげる。
「普通より大きいアイアンゴーレムじゃなかったの?」
「ティアズさん、普通より大きいってどれくらいだったんですか?」
「え、天井を見上げるくらいだけど……」
「……」
「……え、なに?」
「……キングアイアンゴーレムはAランク、もしくはBランクならパーティ推奨の魔物ですよ! 体を構成する成分は鉄鉱石ですが、稼働中は硬度強化の魔法で強化されているので比較にならないほど硬いはずです!」
「え、そうだったの!? ちょ、サラぁ~」
私はサラをじと目で見る。
「あ~、そうだったみたいねぇ~。どんまい!」
この子は~……。まぁ倒せたからいいけど。
「それで私にも実績はつくのかな?」
「そうですね。ここだけの話ですがティアズさんについては、マスターからさっさとCランクへ上げろと言われてまして。素材を持ってきたら無条件に実績をつけるように言われています」
エミールさんが小声で言う。いいの? そんな特別扱い。
「マスターがティアズさんはDランクの域を完全に逸脱しているからだって言っていたのですが、これを見て納得しました。サラさんが最近Bランクに上がった事は知っていますが、それを勘案しても2人で倒せるものじゃないですよ」
「ティアの魔法のおかげだね!」
「それを言うならサラの魔法だよ」
私にあの厚い鉄鉱石の体を抉る力はないもの。
「それでは清算しますので少しお待ちください」
そうして鉄鉱石の塊の重さを測ろうとするのだけど、何せ大きい。ギルドの男性職員が何人も集まってきても持ち上がらない。もう砕くしかないかと職員達が相談している。なかなか作業が難航しているようだ。
「なんだい。騒がしいと思ったらティアかい。それにサラだねぇ」
「あ、マスター。ティアズさんとサラさんが討伐して持ち帰ったこれなんですが、重さを測るにも持ち上がらなくて……」
「そんな重いものを載せたら測りが壊れちまうよ」
そう言って何やら魔力図を2つ同時に構築し始める。って、2つも同時に構築できるものなの!? ルイズってあのエルガンと昔パーティを組んでいたっていってたけれど、もしかしたらこの人もエルガン並みの実力者なのだろうか?
魔力図を塊の側面にそれぞれ展開すると、まるでバターを切るように鉄鉱石の塊がブロックサイズに斬り刻まれた。魔核は大丈夫なのかと思ったら、きちんと避けて斬られているようだ。魔法ってそこまで出来るんだ……いや、ルイズだから可能なのかもしれない。少なくとも魔法に関してはただならない人のようだ。それだけするとルイズは手を振って奥へ戻っていった。
それからギルド職員がブロックを1つ1つ測って総重量を確認するまで大分待たされた。魔核の買取も含めてすごい金額になる。ちなみに魔核は主に魔道具の動力として使用されている。例えば夜に街を照らす外灯や部屋の明かり、寮の扉の施錠のような魔法の効果を維持させるための様々な道具の動力源として使われている。特にAランクが討伐するような巨大な魔物の魔核は魔力含有量がとても大きいので、大出力の魔力を必要とする魔導兵器などで使用されるらしい。つまり魔力含有量が多いほど買取価格も高くなるんだ。
今回の報酬をサラと2人で山分けにする。もちろん、イルドではなく預かりにしたよ。サラが明日は武器を修理したいというので、明後日に残りの鉄鉱石を取りに行く約束をして別れる。1日くらいダンジョン内に放置しておいても、まだまだ大量にあるんだから全部持っていかれることはないだろうしね。
夜になって寮の部屋に帰ってくると、エンリが出迎えてくれた。一緒に夜食を食べてお風呂に入る。私はなんだか酷く疲れていたので、先に布団へ潜り込む。
そしてまた、私は1日世界から取り残された。
目が覚めた時、2度と目を覚まさないのかと思ったとエンリに泣きつかれてしまった。どうやら酷くぐったりした様子の私が眠りについてから、1日以上経っても起きなかったので、私を起こそうといろいろやったけど、反応すらないものだから何か大変な病気かと思ったんだそうだ。エンリ、心配をかけてごめんね。
沢山眠った私は、生まれ変わったように体が軽く、調子もよかった。小さなお腹が全力の悲鳴をあげている以外は。