アイアンゴーレム戦
剣が折れてしまったサラは私の元まで素早く下がってきた。タイガを見ると空中から風の刃で牽制してアイアンゴーレムの注意を引きつけている。
「サラ、剣なしであれにダメージを与えられる手段ある?」
「なくはないけどぉ、魔核がある心臓の辺りに直接撃ち込まないと届かないかも」
ゴーレムの心臓も左胸辺りにあるのかな? ともすれば、大きすぎてダウンさせないととても届きそうにない。
「それってすぐに撃てるもの?」
「そうねぇ、構築に集中できれば5分かなぁ。魔力図が複雑だから、準備に時間がかかるのよぉ」
5分か……。私の魔法もあんなに大きいと倒れてくる体に自分が押しつぶされちゃうから直接は使えないけれど、タイガと2人でなら5分だったらなんとか注意を引きつけられるだろうか。
ふとタイガを見ると、振るわれる巨大な拳を避けてぐるっとアイアンゴーレムの背後に回り込み、爪を立てたようだ。重い金属が擦れあうような耳障りな音が響いた。
「ちっ、駄目だ。傷1つつかねぇ」
タイガの爪で傷つかないなんて、鉄鉱石の体とはいえ錬鉄以上の硬さがあるんだろうか。やはりサラの魔法に賭けるしかなさそうだ。
「サラ、作戦があるの。私とタイガで時間を稼ぐから魔法の準備をしておいて!」
「おっけ~」
サラが作戦内容を聞き返しもせずに、魔力図を構築し始める。さっき出会ったばかりなのに格下のランクである私を信頼してくれているような気がした。もちろん、私もサラを信頼している。私達を囮にしてひとりで逃げ出したりなどしないと信じてる。転がり迫る大岩から3回も一緒に逃げのびたりすると、絆が生まれる効果でもあるんだろうか。
「タイガ! 5分だけ時間稼ぐよ!」
大きなアイアンゴーレムの足元へ向かって駆け出す。私に気づいたアイアンゴーレムが大きな足を振り下ろしてくるが、それをステップで避ける。上の方から再び金属音が響いてきた。タイガが爪を立てたのだろう。
「こんのぉ~」
ガジの木の杖でアイアンゴーレムの足を殴る。もちろん、手がしびれただけで何のダメージも与えられていない。けど構わない。
「ほらほら! こっちだよ!」
足の周りを走り回って杖で殴って挑発する。アイアンゴーレムは声を発する事は出来ないが、苛立っているような気がした。再び足を上げると、私に向けて振り下ろしてくる。それをステップで避けると衝撃の後、地面が揺れた。さっきよりも力がこもっているのがわかる。
「当たらないよ! 木偶の坊の、のろまちゃん!」
口でも挑発しながら足を杖で叩く。上からはタイガの爪の音がときどき響いてくる。ダメージがなくても、こんなことされたらストレスだよね。アイアンゴーレムの意識は、完全に私達2人に向けられていた。
――しばらくはそんな状況が続いていたけれど。
「うわわ」
背後すれすれに足が落ちてきて、振動で体が一瞬浮いた。どうやらこの短時間で学習したようで、避ける私に向けて修正されながら足が下ろされるようになってきた。だんだん避けるのが難しくなってくる。苦戦しながらもなんとか踏み潰されないように逃げ回りつつ、杖で叩いて言葉で挑発を続けるが、サラの合図はまだ来ない。なんとも長い5分だ。
(サラ、まだなの?)
ふとサラの方を見ると、まだ魔力図を構築している最中だった。魔法の知識がない私には進捗のほどがわからないけど、構築途中でもそこそこの大きさの魔力図だ。おそらくそれだけの威力がある魔法なんだろう。
「ティア! ぼーっとするな!」
タイガの声で振り下ろされてくる足に気づき、ギリギリで避ける。
「あ、あぶなっ……がっ!」
「ティア!」
巨大な岩がぶつかる衝撃に、体中の骨が軋む。下ろされた足に蹴り上げられたのかもしれない。私は数m吹っ飛ばされ、床を転がり続けたあと壁に当たってようやく止まる。失敗した、つま先側に避けてしまっていたんだ。
「あぐっ」
全身が痛い……。けど、動けっ! ここで追撃されたら確実に死んじゃう! タイガの爪の音が連続して響いている。私の方へ来ないように抑えてくれてるんだ。時間をかけながらも、膝を手で押し込んで壁に寄りかかりながらなんとか立ち上がる。
「ティア~ 準備できたよぉ! このあとどうすればいい~?」
サラの魔法の準備が整ったようだ。身体の痛みを堪えながらサラとアイアンゴーレムの間まで移動する。
「私がアイアンゴーレムを転ばせるから、サラやっちゃって!」
「おっけ~」
私は地面に『つるつるの魔法』を広範囲で長持ちするようにじっくりとかけると、
「タイガ! こっちに誘導して!」
タイガが風の刃で挑発しながらこちらへ逃げてくる。私は巻き込まれないようにサラの方に避難すると、念のため彼女の足に『すべらない魔法』をかけておく。タイガを追いかけるアイアンゴーレムが私の『つるつるの魔法』のトラップに片足を踏み入れると、ものすごい轟音と地響きをたてながら仰向けにすっ転んだ。
「サラ、いまだよ!」
素早い動きでアイアンゴーレムへ飛びかかったサラを見ると、大きかった魔力図は右手のひらに小さくなって展開されていた。倒れているアイアンゴーレムの身体の上を駆け抜け、左胸の辺りに右手をついてから飛び去る。サラが触れた場所を見ると、右手に展開していた魔力図が張り付いていた。
一拍置いて魔法が発動する。重い爆音と共に空気が振動し、アイアンゴーレムの身体を通して地面が揺れるほどの衝撃と、胸部に立ち上がる真っ赤な一条の光。
「すごい……!」
これがBランク冒険者の実力。サラが私の横に戻ってきた。
「あ~、駄目だったよティア~。火炎の衝撃の圧縮された爆撃で魔核を貫く予定だったんだけどぉ……。全然威力が足らなかったみたい。あの子、普通のアイアンゴーレムよりずっとずっと硬いかもぉ」
聞いた事ないけど、同じ種類のゴーレムでも硬さに違いとかあるものなの? サラの魔法の直撃を受けても稼動を止めないアイアンゴーレムの胸は深く抉れており、大きな魔核の一部が僅かに見えている。それと……。
「ティア?」
私は起きあがろうとしては片足を滑らせてもがいているアイアンゴーレムに向かって『すべらない魔法』を自分にかけながら駆け寄る。振り回される大きな手足を掻い潜って抉れた胸に辿りつくと、魔核に展開されている魔力図を掴んで思いっきり引きちぎった。木が裂けたような音が辺りに響き渡る。
アイアンゴーレムの振り上げた両拳は魂が抜けたように停止すると、轟音を立てて地面へ落ちて動かなくなった。思ったとおり、稼動を停止したようだ。ほっとすると思い出したように体中に痛みが走る。少し休みたい。
「ティア、何をしたのよぉ?」
その場に座り込んでいる私の側にサラが走ってきた。
「えへへ、ゴーレムの身体を動かしている魔力図を壊してみた」
「あ~! 私を助けてくれたときみたいに?」
「うん……。ねぇサラ。サラの付与魔法が消えちゃったの、私のせいなんだ。ごめん……」
「え? どういうことぉ?」
サラを助けた時、どれが悪意の魔法かわからなかったから手当たり次第に壊したことを伝える。
「そっかぁ。ならしょうがないよぉ。気にしない気にしない。私もあのままだったら命がなかったしね」
「でも、剣折れちゃったよ」
「道具はまた買えばいいのよ。命は1個だからね、そっちのが大事よぉ」
サラの笑顔に嘘はないように思えた。しばらくアイアンゴーレムの上で体を休める。
「アイアンゴーレムの体って、鉄だからいい値段で売れるんだよね?」
「そうねぇ、重たいからあんまり持てないけど。それに魔核だけは価値が高いから持って帰りたいねぇ」
ふと、そこで思いつく。
「ねぇ、サラって物を浮かせる魔法って使える?」
「あ~。短時間なら出来るけどぉ。これを運ぶつもりなら街までの道もあるから無理よぉ?」
「いいアイデアがあるんだけど!」
私はサラに説明する。『つるつるの魔法』で滑らせて運び、階段を上がるときはサラに浮かせてもらうという作戦を。
しかし実際にやってみると、いろいろと問題が出てくる。まず、サラの魔法でもさすがにこの規格外の大きさのアイアンゴーレム1体まるごとは、重すぎて持ち上げられなかった。それで胴体を胸部の下で半分に割り、頭を外し、さらに胸部を2つに割り、腕を外し、さらに2つに割ってようやくなんとか魔核の埋まった部分が持ち上がるようになる。
ちなみにこの解体作業、活動停止しているからなのかサラの魔法とタイガの爪で難なくできた。私の知識だとアイアンゴーレムにそんな特徴はなかったはずだけど。まぁこれ普通より何倍も大きいし、この固体が持つ特別なものなのかもしれないね。
そして次の問題が、『つるつるの魔法』をかけても重すぎて動かせなかったのだ。サラが言うには、すべらせるにも重たいものを動かすには最初だけ強い力が必要なんだって。よくわからなかった私にサラが詳しく教えてくれる。例えば自分よりずっと体重の重い男に体当たりをしても、逆にこちらが弾かれたりするでしょうと。なるほど、私にもそういう経験がある。なんとなくイメージは理解できた。
試行錯誤の末、初動はサラが小さな爆発魔法を使って勢いをつける事で、すべらせて運ぶことに成功する。
「これでいっぱい持って帰れるね」
「ティアの魔法は便利ね!」
「サラの魔法もね!」
鉄の需要は高い。大量の戦利品を前に2人して自然と笑みが零れる。
「じゃあ早速運び出そうか」
「待ってティア。宝箱の確認がまだよぉ」
「宝箱?」
サラがアイアンゴーレムが出てきた場所を指差して言う。
「あぁいうトラップで開く部屋の中には、私の経験上、宝箱がよくあるのよぉ」
サラが言うと説得力がすごい。これは期待できそうだ。
「へぇ~、じゃあ見に行こうよ!」
「おっけ~」
私達は魔核の埋まった鉄鉱石の大きな塊をそのままにして、アイアンゴーレムのいた部屋へ向かう。こんな重たいもの、簡単に持ち去れるものじゃないしね。
「あれぇ、何もない。大抵は1個くらい宝箱が見つかるものなのに」
「……ううん、そんなことないよ。確かにこれはお宝といってもいいかもしれない」
サラは落胆しているが、私には観えている。見覚えのある金色に輝く大きな魔力図。タイガの目からも伝わってくる。これはタイガの体を封印するものだ