ダンジョン探索
私はいま、噂のダンジョンの入り口に立っている。なんと、王都からここまで1日2回、朝と夕に有料馬車が往復しているのだ。ダンジョン需要に乗った商人が始めた冒険者向けの運送サービスなんだって。何でも商売にする商人も逞しいけれど、利用する側としてはこれは本当にうれしい。だって馬を借りてここへ来た冒険者が、ダンジョン探索中に外に繋いでおいた馬を盗まれたりしたらしいんだよね。ギルドに馬の買取代を支払うリスクを小銭で避けられるんだもん、すばらしいサービスだよ。
「つーか、人族多すぎじゃね」
「そうだねぇ」
便利の弊害というのか。ダンジョン前には沢山の冒険者の姿がみえる。みんなダンジョンのお宝狙いだ。
「これはうかうかしてると、私達の分がなくなっちゃいそうだよ。行こう、タイガ」
「ああ」
ダンジョンの入り口は遺跡の中に1つだけある崩れかけた石造りの建物の中にあった。床に大きく口を開けた四角い穴には、降りるための階段が続いている。その入り口の周りには砕かれた大小さまざまな大きさの石が散らばっていた。
もしかしたら、巨大な石の蓋があったのかな? 階段を降りると洞窟のような広い通路が続いていたが、あたりは光る苔のようなもののおかげで薄明るい。松明はいまのところなくても大丈夫そうだ。奥へ向かってしばらく歩いていく……。
「冒険者だらけで魔物の魔の字もないねぇ」
「この辺りに魔物の気配は感じないな」
「そうなの? じゃあもっと深いところへ行かないとだね」
人の流れに乗って歩いて行く。きっと迷いなく歩いてるあの人達は下層へ向かっていると思うから。いくつかの階段を降りた頃、だんだん回りに冒険者の姿が見られなくなってくる。
「結構下の階層に降りたけど、そろそろ魔物いそう?」
「あー、下の方から微かに気配を感じるが」
「もう1階層降りないと駄目かな? どこかに降りる階段は……」
「多分、こっちだ」
タイガが先導して歩き出す。
「わかるの?」
「いや。ただ魔素がこっちから流れてきてる」
タイガの案内に付いていくと下に降りる階段が見つかった。
「本当にあった。タイガったらすごいね!」
「ふん。浮かれてると魔物にかじられるぞ」
「……わかってるよ」
タイガに戒められたけど初めてのダンジョン探索だ。胸が躍らずにはいられない。だって宝箱ってそれだけで中身を想像してなんかわくわくしてこない?
「ティア、前に魔物がいる」
「え、どこどこ?」
前方の通路には何にも見えない。
「ちょっとぉ、何もいないじゃ……っ」
べちゃっと上から重たくてやわらかいヒンヤリしたベタつく何かが落ちてきた。
「うわあ!」
あわててそれに『つるつるの魔法』を掛けて手で振り払う。それは地面にべちゃっと落ちると、うねうねと動き出した。
「スラ……イム?」
「浮かれているとかじられるっていったろ」
「むー、上なら上って言ってよね!」
「ちっ、教えてやったろうが!」
「スライムって危険な魔物なんだよ? 不意打ちで張り付かれたらやばいんだからね!」
「それお前には関係ないだろ」
「そ、それはそうだけど……。むー」
憤りの先をスライムの方へ変えて杖で殴る。むにゅむにゅするだけで効いている手ごたえが返ってこない。
「タイガなんとかして!」
「ちっ、大体お前なんで杖なんだよ。刃物持てよ」
「いいでしょ~。タイガには関係ないでしょ~」
「そうだな。お前がスライムを倒せなくても俺には関係がないな」
「む!」
言い返せないので杖でスライムを殴る事にした。むにゅむにゅするだけでやっぱり通じない。
舌打ちのあと青い光が走ると核が2つに割れてスライムが萎れていった。
「えへへ。ありがと」
「ちっ、調子のいいやつめ」
たまに降って来るスライムを倒しながら洞窟の先へ進んでいく。辺りにはもう他の冒険者の姿は見えなくなっていた。私は『つるつるの魔法』のおかげで被害は殆どないけれど、スライムってかなり厄介な魔物だから、この辺りで駆け出し冒険者は先へ進めなくなるのかもしれない。いくつかの分岐を通り過ぎて、しばらく進むと目の前の行き止まりに木製の宝箱が見えた。
「タイガ見て! 宝箱だよ!!」
「お、おい! 待て!」
あと少しで宝箱の前というところで、駆け寄った私の足元の床が崩れた。
「え」
「ちっ」
足元には底が見えない暗闇。どんどん身体が落下していく――。
「ぐ、ぬぅぅ~~~重えぇぇぇ!」
「し、失礼だよ、タイガ」
羽を生やしたタイガが必死に私を持ち上げて飛ぼうとするが、どんどん下へ落ちていく。
「おまっ、言ってるッ……場合かぁ~~~」
ほどなくして穴の底に足がつく。
「ぜぇ、はぁ、だから、いっただろうが! 浮かれてんじゃねぇ!!」
「……ごめんなさい」
「ちっ」
「えへへ。タイガ、ありがとうね!」
「ふん。それより、帰り道の方が問題だぞ」
上を見上げると遠くに小さく明るい穴が見える。
「これは登れそうにないねぇ」
「あのなぁ。呑気なこと言ってんじゃねーよ」
「それはそうなんだけど……」
どうしてだろう、不思議と焦りも怖さもないんだよね。まだ浮かれてるのかな、私。ひとまず辺りが暗いので松明に火を点けた。ここは通路の途中のようで、前後に先へ続く暗闇がある。
「ねぇどっちかなぁ?」
「さぁな。魔素はこっちから流れてきているが」
「じゃあ反対に行けば出口?」
「そうとも限らねーが。行ってみるしかねーだろ」
松明で照らしながら真っ暗な通路を進んでいく。途中いくつかの分かれ道があったけど、魔素の流れの量が多い道を選んで進んで行く。そのうち光る苔で通路が薄明るくなってきたので、松明の火をいったん消した。
しばらくすると少し開けた場所に出る。辺りを見回すと壁の方に倒れている人影を見つけた。近づいてみると壁際にある開かれた宝箱の前に金髪セミロングの女性冒険者と思われる人が倒れていた。
「ひ、ひと! た……たすけてくださいぃ~」
「ど、どうしたの?」
「わかりません~ たからばこをあけたら、きゅうにちからがはいらなくなってぇ~」
しゃべるのも難しいのか、舌足らずの声でそう説明する。
「トラップで魔法か呪いにでもかかったか?」
「どうすればいい?」
「お前なら魔力図を壊せるだろ」
「壊せばいいのね。やってみる」
私は女性冒険者にかかっている魔力図を注視して探す。
女性冒険者の顔を観る。(すごく整った顔立ちの美人だなぁ)
女性冒険者の胸を観る。(………………う、うらやましくなんかないよ?)
女性冒険者の腰を観る。(……女の私から見ても、魅力的な細い腰だ)
女性冒険者の脚を観る。(……この人ってえろいと思う)
女性冒険者の足を観る。(ふくらはぎ細い……いいなぁ)
「あのぉ~?」
「はっ、ちゃんと観てるから! もうちょっと待ってね!」
改めて全体を見渡すと魔力図がいくつも見える。どれが原因の魔力図だかわからない。もう全部壊すしかないよね。このまま動けないままじゃ、この人死んじゃうし……。私は目に付く魔力図を手当たり次第に引きちぎって破壊した。
「あ~っ! 身体が軽くなった! ありがどぉ~」
女性冒険者は起き上がると泣きながら私に抱きついてくる。この人はサラ・ジャスター。Bランクになりたての冒険者だそうだ。
「出口までの道? そんなの私にまかせてよぉ」
私達がトラップに落ちて迷子中だと伝えると、サラが自信満々にそう言った。あっさりと脱出の目処が立った。ツイてるね! ……そう思っていた時期がありました。
「ちょ、サラ! どういうこと!!」
「ごめんねぇ、私って生まれつき運がないのよぉ~!」
私達は絶賛、転がる巨大な丸い岩に追いかけられている。何故かというと、サラが床にあったトラップをなんともなしに踏み抜いたからだ。それももう3回目だ。
天井がすごく高い大きな広間に出る。
「サラ! 横に避けるよ!」
「おっけ~」
私とサラはそれぞれ横へ飛んで転がる巨大な岩をやり過ごす。岩はそのまま広間の奥へ向かって転がっていった。あとからタイガが優々と飛んでくる。ズルイ!
「ふぅ~、あぶなかったねぇ」
「『あぶなかったねぇ』じゃないよ~、もう3回目だよ」
「そう言われてもぉ。運がないのは私のせいじゃないよぉ~」
「よくそれでBランクになれたね? 毎回こんな目にあってたら命がいくつあっても足らないよ」
「それはねぇ、不運を乗り越えるたびに自分の限界を超えてたらパワーアップしちゃった、みたいな?」
「なによそれぇ……」
「まぁまぁ。さぁ! 出口に向かってれっつごぉ~」
がこんと何かが押し込まれた音が響いた。もう4回目なので何を踏んだのか考えるまでもなかった。この大きな広間でよくもまぁピンポイントで仕掛けを踏み抜くものだ。サラの運の悪さは本物のようだ。地響きを鳴らして壁の一部が大きく開いていく、その奥には。
「あれは……ゴーレム?」
「普通よりすごくすごく大きめだけどぉ、アイアンゴーレムかな」
身の丈2mから3mになる鉄鉱石で出来た体を持つ魔物が普通のアイアンゴーレムだ。しかし目の前のそれは……立ち上がると天井を見上げるほど大きかった。
ゴーレム種は体全てが鉱石で出来ているのでお肉がない。硬い鉱石で厚く守られている魔核の魔力によって体を動かしているため、関節部分は稼動のために複雑な形状をしている。なのでそこがゴーレム種の弱点になると本に書いてあったんだけど……。実際に目の前のゴーレムを見てみると、凸凹が重なって関節部分が上手く隠れている。破壊するのは簡単ではなさそうだ。
「普通ならCランクの討伐依頼になる魔物だよね」
「普通ならねぇ。でもあんなに大きいとBランクになるかな」
「サラはBランクなんだよね。もしかして倒せる?」
「そうねぇ、大きくても所詮はアイアンだし。多分、私ひとりでも倒せると思うよ」
おお、運はなくとも流石はBランクってこと!? ならおまかせしよう。サラが腰に下げた剣を抜いてアイアンゴーレムに向かって走っていく。
――一閃。
金属と金属がぶつかる甲高い音が響くと、折れた剣の先端が床に落ちて刺さった。
「あれぇ? 鋭さと強度強化の魔法付与がしてあるはずなのに、斬れずに折れちゃった」
「えっ!」
もしかしなくても、私のせいだった。