ティアの告白
受付嬢のエミールさんのところへいくと、買取処理を既に終えていてくれた。預けられるのは1万イルド単位なので端数のイルドとギルドカードを受け取って鞄へ仕舞う。
「ティアズさんは今日は依頼を受けるのですか?」
「今日は予定があるから、明日からかな?」
「そうですか。ちなみに最近発見された話題のダンジョンのことはご存知です?」
「ダンジョン!?」
「はい。王都の北東にある遺跡からダンジョンの入り口が見つかったんですよ」
「へぇ! もうお宝は見つかったの?」
「続々と見つかっていますよ。ただ、まだ神器は見つかってないんです」
「おお!」
ダンジョンや迷宮といったものがどうして存在するのか、いつ、誰が作ったのか、自然発生だとしたらどうして発生したのか、全ては謎に包まれているらしいんだけど、いくつかわかっていることもある。例外なく魔素が溢れていて魔物が生まれやすくなっており、仮に魔物を一掃したとしても数ヶ月から数年で再び魔物だらけになる事。奥へ行くほど魔素が濃くなり強力な魔物が生まれやすい事。それと宝箱の存在だ。
宝箱がどうしてそこにあるのかは諸説あって、魔素から生まれた魔物の所持品という説や、宝箱そのものが魔物の一種で魔素から生まれているという説など、どれも仮説の域を出ない。極々稀に最奥の宝箱に入っている可能性がある神器は、どれも人の力では作り出せないような強力な力を秘めた物らしく、そんな神器の存在からダンジョンや迷宮はこの世界の神によって創られたのではないかという説もあるほどだ。
まぁ私は神様の存在なんて信じてないけどね。だって神様が本当にいるのならどうして天魔戦争が起こるの? この世界を創った神様なら、人界に攻めてくる悪い大魔王に天罰を下してくれるはずじゃない? それに私達孤児だって……。って、やめよう。それよりエミールさんの話を聞かないと。
「ダンジョン探索はギルドの依頼にはなりませんが今回新しいダンジョンが見つかったので、王都の冒険者ギルドではダンジョン探索が終わるまで、ランク相当の討伐素材の買取金額に応じて実績がつくようになっているんですよ。ティアズさんなら実力は申し分ないようですし、挑んでみてはいかがですか?」
「実績つくんだ。それなら行ってみようかな?」
「はい。是非ご検討ください」
エミールさんに手を振って別れる。
「エンリ、待たせちゃってごめんね。買い物に行こうか」
「はい!」
ギルドの外へ出てから、街中をなんとなしに歩いていく。
「お買い物たのしみです~」
「エンリは何か目的の物とかあるの?」
「いいえ。何かいいものがあったらと思いまして。それに王都ではどんなものが売っているのかも気になります」
「そうだね。それじゃあぶらぶらしながら適当に入ろう!」
「はいっ!」
エンリと2人、王都の街中をあてもなく歩いては気になったお店に突撃していく。エンリは主に服飾系のお店に興味があるみたいだったけど、手にとっても見るだけだった。お嬢様のお買い物って物語だと店主にあれこれ持ってこさせて試着したあと、気に入った服を全てお買い上げるみたいなのを想像していたんだけど、エンリは違うみたいだ。それを冗談っぽく言って聞いてみたら、
「そんな買い方しません! それにお金の使い方の勉強になるからと、お小遣い制なんです。だから私が自由に出来るお金はそんなにないですよ」
と、怒られてしまった。けどエンリがしっかりしているのはそういう子育ての結果なのかもしれないと納得もしてしまう。
私はと言うと、主に雑貨屋に興味がそそられている。小物とかずっと見ていても飽きないんだよね。もちろん、見るだけでなるべく我慢する。金銭的な問題よりも旅が終わるまでは出来るだけ荷物は少ない方がいいしね。いいものがあったら覚えておいて、旅が終わった後に改めて買いに来るのもいいかもしれない。いま買うのは、1年間の学園生活で必要な物に絞らないと、絞らないと……。うぅ~、我慢我慢っ。
気になる小物に後ろ髪を引かれながらも雑貨屋を出て、次のお店を求めて街をぶらぶらする。
「なんだかいい匂いがします」
「だねぇ。そういえば今日は遅い朝食だったけど、とっくにお昼過ぎてるんだよね」
「はい。少しお腹が空いてきました」
「私も。お店で食べるのもいいけど、屋台も沢山あるよね。どっちにしようか」
「ティアにお任せします」
「そう? う~ん、じゃあ屋台でいい? いま普通にお店で食べちゃうと晩御飯が食べられなくなっちゃうし、この匂いの誘惑を振り切れそうにない」
「ふふふ。はいっ」
2人で食欲をそそるいい匂いをさせている屋台へ向かう。そこはノーラウルフのお肉にタレをつけて串焼きにしたものを売っていた。いい匂いの正体は、このタレが焼ける匂いだったみたいだ。
「1本ずつでいいよね? また気になる屋台があったら食べたいし」
「はいっ、いろいろ食べ歩くのもたのしそうです!」
「決まりだね。おじさん2本頂戴!」
「まいどっ。300イルドだよ」
エンリから150イルドを受け取りつつ、おじさんにお金を払って品物が入った紙袋を受け取る。
串焼きを食べながら次の屋台を探して歩いているとエンリがなんだかそわそわしている。
「エンリ、もしかしておトイレ?」
「え、違いますよ。食べながら歩くなんて、なんだか悪い事をしているみたいで……」
悪い事? 私にはわからない感覚だけど、エンリからするとそういうものなのかな。
「どこか座れる場所を探そうか」
「大丈夫です。ちょっとドキドキするだけです」
そう言って頬を赤らめて笑うエンリ。もしかして私は真っ白なエンリに悪影響を与える悪い友達になっている? とはいうものの、ホーケンにはそこは諦めてもらうしかないよね。気をつけようにも何が貴族の振る舞いとして正しいのかなんて、私にはわからないもん。
いくつか屋台を梯子して空腹を満たしつつ、再び気になるお店に足を運ぶ。ここで何件目のお店だろうか。沢山まわったので覚えてない。
「ねぇ、エンリこれ」
「伝言板ですか?」
小さい”黒板”と呼ばれる板に”チョーク”と呼ばれるペンで書き込める道具だった。すごいのは何度書いても布でふき取ればまた使える事だ。
「これって学園の講堂にあった大きいやつに似てるね」
「たぶん、同じものですよ」
道具を観察してみても魔力図は見えなかったので魔法は使われていないようだ。高いものかと値段を見るとお手ごろな価格だった。
「私これ買うよ。エンリに伝言残すのに使えると思うし」
「あ、それなら折半にしましょう。私もティアに伝言を残したいときに使いたいです」
「そうだね、わかった」
会計を済ませて外へ出ると、もう日が沈み始めていた。
2人でそれぞれの戦利品を手に、赤く染まっていく街の中を寮へ向かって歩いていく。開けた場所に出ると大きな城が遠くに見えた。
「お城なんて初めて実物を見たけど、こんなに大きいんだねぇ」
「はい。中の装飾もすごいらしいですよ。お父様が言ってました」
そうか領主様ならお城の中に入った事もあるんだ。でもエンリの屋敷の装飾も、ものすごく豪勢だったけど。そんな屋敷に住むホーケンがすごいというお城の装飾って……想像もつかないな。あ、もしかして逆にすごい質素だったとか? って、そんな訳ないよね。
「お城とか見慣れないものを目にしていると、すごく遠くに来たって感じがします」
「あら、エンリってばもうお家に帰りたくなっちゃった?」
「そ、そんなことないです!」
「本当に~?」
「……ティアはいぢわるです」
エンリがぷいっとふくれる。
「えへへ、ごめんね」
「ティアは寂しくないのですか?」
「うーん、まだブリトールを出てから1週間だし、これから先の事はわからないけれど。いまはずっと夢だった旅に出られて、魔法学園にも入学できて、わくわくの方が大きいかな」
「ティアはずっとブリトールを出たかったのですか?」
夕日に照らされるエンリの顔が少し哀しげに見えた。
「そうだね。私ね、赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていたんだ。先生が言うにはその赤ん坊はすごく丈夫な籠の中に特別な布で大事に大事に包まれていたんだって」
胸元のケープをやさしく手で撫でる。
「……信じてるんだ。私はちゃんと両親から愛されていたはずだって。お父さんもお母さんも、きっとそうしなければならなかった理由があったんだって」
「ティア……」
「だからね、両親を探し出して理由を聞くの。何があったのか、どうして私を捨てなければならなかったのか……。そのための旅なんだよ」
「……」
エンリが下を向いてしまった。孤児院ではみんなが同じ様な境遇だったけど、エンリには重い話だったかな。
「私ね、エンリには感謝してるんだよ?」
「え?」
顔を上げたエンリに笑顔を向ける。
「魔法学園に入学できたから。きっとここで両親への手がかりが何か掴めるかもしれない。ううん、掴んでみせるつもり」
「学園がティアのご両親と関係あるのですか?」
ケープの端にある金色に輝く魔力図をエンリに向ける。
「なんですか?」
「やっぱり、私以外には見えないんだね。ここにはね、金色に輝く魔力図があるの。この服は赤ん坊だった私を大事に包んでくれていたものなんだ。だからね、この魔力図について調べたら何かがわかるかもしれないんだ」
「金色の魔力図……聞いた事がありません。それは確かに特別なものだと思います」
「15年経ってもほころび1つできないしね。不思議な服だよ」
暗くなってから寮の部屋に帰ってきた私達は、途中で買ったサンドイッチを食べてお風呂を済ませる。私は早速買ってきた寝巻きに着替えた。
「ねえ、エンリ。どうかな?」
「かわいいです。似合ってますよ」
「えへへ、ありがと」
薄い赤色のリンゴ柄の2ピースの寝巻きだ。エンリが言うにはリンゴって甘くて噛むとシャキシャキするおいしい果物なんだって。確かにリンゴを売っているお店の側を通ると、すごく甘い匂いがするもんね。私? 食べた事ないよ。果物なんて贅沢品だからね。そのリンゴを砂糖と水で煮詰めて作ったジャムっていう甘いソースを入れた、アップルティーという紅茶は絶品なんだって。いつか飲んでみたいなぁ。
買い物袋から伝言板を取り出す。
「これはどこにしようね」
「そうですね。部屋のドアだと落ちちゃうかもですし、横の壁はどうですか? 出るときに目にとまり易いです」
「そうだね、そうしよう。あれ? エンリこれみて」
「あ、フックがついてますね」
「ハンガー用かな?」
「でもコートハンガーありますよ?」
「そうだよね。でも丁度よかったね」
「ふふ。ですね」
伝言板はドアが開く左側の壁についていたフックに掛けられることになった。
しばらく寛いだ後、灯りを消してベッドへ入る。
星明りがひときわ明るく、耳鳴りがするほど静かな夜。
「ねえ、ティア。まだ起きてる?」
「うん。なあに?」
「サークルを作りませんか?」
「その話は……」
「違います、タイガちゃんを愛でる会じゃなくて。金色の魔力図を研究するためのサークルです」
「えっ」
「私、ずっと考えてたんです。私にもティアのお手伝いをさせてください!」
エンリが2段ベッドの上から顔を覗き込ませて言う。表情は星明りの逆光でわからないけれど、声からは真剣さが伝わってくる。
「いいの? エンリにもこの学園でやらないといけないことがあるのに」
「いいんです。それに魔法に関係することなら、私の目的からもそう遠くないですし。なにより私もティアに……」
最後の方は小さな囁きになっていたから聞き取れなかったけれど、エンリの気持ちは伝わってきた。
「えへへ。ありがとう。よろしくね!」
「はい!」
2段ベッドの上からと下からとで繋いだエンリの小さなやわらかい手は、熱を帯びて温かかった。
数週間前に書いた内容を投稿前に読み返すと、毎回直したり追記したくなります。そして実際修正するのですが、そのせいで最新話の作成が進まないというジレンマに。書き溜めてから投稿を始めたのですが、そろそろリードがなくなりそうです(>_<)
そんな訳で今月いっぱいは毎日投稿を続けられると思いますが、来月からは日が開くようになりそうです。
こんな拙い文章ですが、うれしいことに一定数見てくださっている方がいらっしゃるようです。最後まで書ききるように頑張りたいと思いますので、今後とも楽しんでいただけたら幸いです。
(※こういうのってあとがきに書いていいものかちょっとわからなかったのですが、ご報告でした)




