Eランク昇級試験 後編
「君は杖か。魔法を使うのかな?」
「うん、魔法は禁止?」
「魔法自体は禁止ではないよ。ただしこれは模擬戦闘だから殺傷力のある魔法は禁止だ。それ以外なら使って構わない」
武器が木製なのだから当然のことだね。
尤も私には『つるつるの魔法』以外の魔法が、どうしてか使う事が出来ないから関係ないといえば関係ないんだけど。
「わかった」
「それじゃ始めようか」
よし、どこまでやれるかわからないけれど、全力でいくよ!
私は杖を振りかぶったまま試験官へ向って走る。
彼は私が遠距離から魔法を撃ってくると思っていたのだろう、一瞬驚いたような顔を見せるが、すぐに剣を構えて備えてきた。
どうやらまずは受けにまわるみたいだ。それなら都合がいい。
振り下ろせば杖が届く距離まで迫り、『つるつるの魔法』を発動させると試験官は足を滑らせてバランスを崩した。
「わ! とっとっとげふ!」
「えいっ」
抵抗虚しく、つるつるすべってうつぶせに倒れた試験官の後頭部へ向けて力いっぱい杖を振り下ろすと、乾いた木のいい音が響いた。
試験官が起きてこないのでそっと顔を覗いて見ると、白目で気絶していた。
「これって私の勝ちだよね?」
「おいおい、真面目にやれよ。って気絶してんのか?」
早くも2回目の模擬戦闘を終えたのか、もうひとりの試験官が近づいてきた。
「私が勝ったから合格だよね?」
勝敗ではなく内容だと説明されたけれど、勝利という結果はどんな内容にも勝るはずだ。
それなのに何故か試験官は渋い顔をする。
「あ~、いや。勝負って事ならそうなんだが、実力を見るための試験だから。こいつが勝手に転んでのラッキーパンチは認められないだろう。俺ともう一度模擬戦闘をやるぞ」
むー、なんか納得いかないけれどここで揉めてもしょうがないか……。
しぶしぶもう一度やる事にした。
この試験官も武器は剣みたいだ。
互いに武器を構える。
そして私はさっきと同じ事をした。
結果、白目の試験官が2体転がっている。
「これって、誰が合格をくれるんだろう……」
2つの返事がない屍、もとい気絶した試験官の前で途方に暮れていたら、模擬戦闘を見ていた誰かが呼んだのだろう。ギルドの方から受付嬢とゴツイ中年男がこちらに向かって歩いてきた。
「お前、何したんだ?」
「え、普通に模擬戦闘しただけだけど……?」
中年男が試験官2人を診て、受付嬢に救護班を呼びに行かせると私の前に立った。
「俺はこの冒険者ギルドのギルドマスター、エルガン・エスカフォードだ」
そう名乗る中年の男は、特徴的なアゴ髭とふさふさなモミアゲ、力強い眉と目をしていた。厚みのある胸板に盛り上がった肩と太い腕は、ぱっと見ただけでもこの男が強者であろう事が容易に想像できた。
「私はティアズ・S・オピカトーラ」
「ティアズ・S・オピカトーラ……だと」
名乗られたので私も名前を名乗ると、エルガンが小さく呟く声が聞こえた。
何だろう。いや、それよりも。
「私、合格だよね? 2回勝ったよ」
「そのようだな。だが、俺ともう1戦やってもらう」
また!? もう2回もやったのに!!
「そんなあからさまに不満顔をするな。お前の合格はギルマスの俺が認めよう。だがな、これは勝つか負けるかという試験ではないんだ。Eランク以降は魔物討伐の依頼が出来ると説明を受けたな?」
私は頷く。
「そのための戦闘能力を見極めるのが主目的だが、それと同時に今の自分の力量を理解してもらい、足りない所を指摘して今後の研鑽に役立てて貰う意味もあるんだ」
そんな意味があったんだ。
そういえば最初のあの男も試験官からアドバイスのようなものをもらっていた。
強い人に視てもらって指摘してもらえるのは私にとってもありがたいことかも?
「わかったよ、やるよ」
「よし、俺は槍を使わせてもらう。お前の準備が出来たらかかってこい」
エルガンと正対して杖を構える。
それを見てエルガンが槍を腰の位置に構えた。
武器を持って相対してみると、改めてその大きな身体から力強い圧力を感じる。
先程の試験官と比べると迫力が全然違う。
なんとなくだけど、この人はCランクどころじゃない実力者だったりするんだろうか。
わからないけれど、せっかく胸を貸してくれるというのだから、やれるだけやってみよう。
私は杖を振りかぶって一気に距離を詰めた。
槍の射程に入ってもエルガンは微動だにしない。
受けにまわったのならチャンスだ。
魔法の射程内に入った瞬間、『つるつるの魔法』を掛けると、エルガンが足を滑らせてうつ伏せに倒れかける。
そこへ力いっぱい杖を振り下ろした――!
木と木がぶつかる軽い音が響いた。
振り下ろした私の杖は、身体を捻って仰向けに倒れたエルガンの真一文に構えた槍によってガードされていた。
「なるほど。原理はわからないがこれにやられたのか。だが」
「っ」
槍が力強く押し上げられて、弾かれた私は尻餅をついた。
追撃を恐れて急いで起き上がると、立ち上がったエルガンが槍の長さを十分に生かすように石突の近くに握りを変えて構えていた。
なんだろう、先ほどまでと違ってエルガンがものすごく遠くに感じる。
その感覚は気のせいじゃなかった。
『つるつるの魔法』の射程内に入るためにエルガンへ迫るも、鋭い槍さばきによって牽制されて踏み込めない。
なんとか突き出された槍を掻い潜ってみても、バックステップで距離を開けられてしまう。
どうにも距離が詰められない状態が続く。
「はぁ……はぁ……むー、近づけない」
息が上がってきて苦しい。腕も重たくなってきた。
「どうした? 来ないならこちらからいくぞ」
繰り出される槍の突きを、後ろに下がりながら杖でガードしたり、弾いたり、避けたりするが追い込まれていく。
だめだ、こちらから手を出さなきゃ押し負けちゃう。
だけど私の間合いに入れない、どうしたら……!?
エルガンが少し溜めてから突きを放ってきた。
よし、これを思いっきり弾きあげて詰める!
放たれた槍をなんとか杖で打ち据える。が、杖を握った両手には石の壁を叩いたような不動の感触。
エルガンの太い腕にしっかりと握られている槍は微動だにしなかった。
止まらない槍の先端が私の左肩を突く。
「うッ!」
木の槍が食い込み、鋭い痛みが走る。
衝撃で重心を浮かされて、私は背中から倒された。
「ここまでか」
構えを解いて見下ろしながら、冷めた表情のエルガンがいい放った言葉に、私の中の何かが激しく抵抗する。
「待って! まだやれる!」
そうだ、まだやれる事があった。
このままで終わりたくない!
左肩の痛みを堪えながら立ち上がって杖を構える。
チャンスは1度切りだ。
私は力を振り絞って全力疾走でエルガンへ向かって走った。
眼前に迫る、突き出されるエルガンの槍の先端。
それを自分に『つるつるの魔法』を掛けてわざと足から転倒して避けると、そのまま地面を滑って一気に間合いを詰める!
目を見開いているエルガンに『つるつるの魔法』を掛けた。
槍を突いた格好のエルガンは、前のめりにバランスを崩して転倒するしかないはず。
すれ違い様に、自分に掛けた魔法を解除して足を踏ん張る。
滑り込む勢いを利用して上体を起こしながら振り返った。
よし! ぶっつけだったけれどイメージ通りにできた!
顔を上げて前を向くとエルガンが地に立てた槍に抱きつくようにして回るのが見えた。
直後、顎を掠める衝撃。
視界が揺れて暗転し、天地がわからなくなる。
重くて力の入らない体が平面で押し付けられたような感覚を覚えると、私は意識を手放した――。