王都の冒険者ギルド 前編
ルイエさんにひと通り学園内を案内してもらった後、エンリと一緒に寮の部屋へ戻ってきた。
「あの、ティア」
「うん? どうしたの」
「ベッドですがティアは上と下どちらがいいですか?」
この部屋には、正面に真っ白なレースのカーテンを纏った大きな出窓が1つあって、左の壁際に机が2つとドレッサーとクローゼットが1台ずつ、反対側には2段ベッドが1台とコートハンガーが2台置いてある。
「ん~、どっちでもいいけど。エンリは?」
「私は上がいいです!」
護衛のことを考えるなら私が下のベッドを使う方が都合がいいかもしれない。
「いいんじゃない?」
「ありがとうございます!」
「あ、でも机は私が窓際ね」
ここは2階だし、ないとは思うけどもしもこの窓から襲撃された場合、その方が護りやすいよね。ドア側は施錠に気をつければいいし、万が一扉を施錠する魔力図を破壊された場合は音ですぐわかるからね。
「はい!」
そしてそれぞれの荷物を開くとクローゼットに着替えを収納したり、さっそく私達の部屋を使い始めた。これから1年、ここでエンリと生活を共にするのだ。
「そういえばお風呂は今日から入れてくれるみたいだけど、食堂は使えないんだよね」
「そうですね。学園が始まるまでの1週間と少しは、自分達で食事を用意する必要がありますね」
「外のお店で何か買ってこないと駄目かな……」
とはいうものの、今日来たばかりで学園周辺の地理も、お店の場所も全然わからない。出窓から外を見ると既に日が落ち始めている。さっきルイエさんに聞いておけばよかったなぁ。
「ハーミスに用意させましょうか?」
「ハーミスさん? でもいまごろ学園近くの宿を探しているところじゃないかな」
「そうでした……。あっ、パンなら少し残っていたかもしれません」
エンリがパンの入った袋を取り出して中を覗いている。
「タイガちゃんと3人分くらいならありそうですよ」
「それならマッドタイガーのお肉がまだ残ってるから、とりあえず今夜はこれを焼いて食べようか?」
「はい! ティアの手料理たのしみです」
エンリが期待を込めた目を向けてくる。
「えっ、いや~エンリが食べてるような本格的なものとは比べられるものじゃないから期待はしないでね? ちなみにエンリは辛いのは大丈夫?」
「大丈夫です」
マッドタイガーのお肉と僅かに残った野菜の入った袋を手に、1階の台所へ向かう。そこは狭いけれどひと通りの設備が揃っていた。
私は大きなマッドタイガーのお肉の塊を取り出し、塩で濃い目に下味をつけると香草を揉みこむ。タイガに釜戸に火を入れてもらい、フライパンでお肉から切り取った脂肪を炒めて油を伸ばし、下味をつけたお肉の塊を全体的に表面に焦げ目をつけるように焼いていく。
しっかりと焦げ色がついたところで、まだ中まで火が通っていないお肉をフライパンからおろし、食材包装用の紙で幾重にもぐるぐる巻きにして包む。余熱で中までやさしく火を入れるために、それを釜戸の近くに置いておく。
野菜を洗い、適当な大きさにナイフでカットする。新しいフライパンをあたため、同じように油を引くとカットした何種類かの野菜を入れて炒める。今回で野菜は使いきりたかったので種類が豊富だ。だから火の通りが悪いものから順に入れて炒める。これも孤児院のお姉ちゃんから教わったやり方だ。
野菜に火が通ったところで、塩とブリトンから貰った鶏がらの粉で味を整えると、ひと欠片野菜をつまんで味見する。
「う~ん、思っていた通りこの鶏がらって調味料、野菜炒めに合うね」
ブリトンはスープで使うものだって言っていたけれど、貰ったときに味見した際に野菜炒めにも合うと思っていたんだよね。私は満足しつつ、野菜炒めを3つのお皿に分けて盛り付ける。
お肉を焼いたときに使ったフライパンに水を入れると、木ベラでフライパンについたお肉の旨味をこそぎ落としつつ、細かく刻んだ野菜とリーガンからもらったカリーの粉をいれて少し煮込み、辛味ソースを作る。
包装紙で包んでおいたお肉を取り出して、ナイフで薄く薄くスライスする。大事なことなので2回言ったけど、なるべく薄く切った方がおいしいのだ。切断面を見ると、お肉の中心が綺麗なピンク色で火がちゃんと通っているのが確認できた。
うん、これは大成功だね! 本当は半日から1日休ませてから切った方が肉汁が落ち着くんだけど、今回は仕方がないよね。野菜炒めの横にお肉を盛り付けると、最後に辛味ソースをお肉にかけて完成~。
片付けをしてから、エンリを呼んで一緒にお皿を持って部屋へ移動する。机の上にお皿を並べると、タイガが出てきた。
「おいしそうです」
「味はあんまり期待しないでね。じゃあ食べようか」
私はエンリが分けてくれたパンにお肉を挟んで食べる。うん、おいしい! うまく出来たと思うけど、エンリの口には合うかなぁ。みるとエンリは夢中になって食べている。
「どう? まずくはないと思うけど」
「おいひいれす! むぐもぐ」
「ほっ、よかった!」
「んぐっ、はぁ。この辛いソース、初めて食べる味です! なんですかこれ?」
「リーガンから分けてもらったんだけど、南の方にある調味料らしいよ」
どうやら好評を得る事が出来たみたいだ。
「明日なんだけど。私、冒険者ギルドへ行かないとなんだけどエンリはどうしてる?」
「私も付いて行きます!」
「え、う~ん……」
「駄目ですか?」
まあ何かあれば私が護ればいいか。
「ううん、わかった。じゃあ一緒に行こう」
「そのあとは買い物にいきましょう!」
「うん、そうだね!」
食事の片付けを済ませたあと、大浴場に2人で貸切という贅沢な入浴を堪能した。お風呂に入るとき、脱衣所で『つるつるの魔法』がどうして使われたのかは言うまでもないよね? 旅の疲れから、お風呂からあがると寛ぐのもほどほどに私達はすぐにベッドにもぐりこみ眠りについた。
そして翌日。
「ここが冒険者ギルドですか」
「うん。中へ入ろう」
寮を出たはいいものの王都の地理に詳しくない私達は、本棟の受付を訪ねた。ルイエさんはいなかったけど、カウンターの横に王都の簡単な地図が描かれた紙が沢山置いてあり、ご自由にお持ちくださいと書いてあったので1枚貰ってきたのだ。
地図には街にある主要な施設や建物、魔法学園近辺の食べ物屋さんなど、まさに欲しい情報が載っていた。私達みたいに外の街から来た学生への配慮が、ものすごく伝わってくる内容なのだ。さすがは歴史ある魔法学園だね、これは本当に助かる。
「中のレイアウトはブリトールと同じ感じだけど、広いな~」
「そうなのですか? 私は冒険者ギルドに来るのは初めてです」
「女の子に絡んでくる輩がたまにいるから、私の側から離れないでね!」
「はい……」
不安にさせてしまっただろうか。でも必要な注意だからね。私達は一番空いてそうな受付窓口の列に並んでいたが、ほどなくして順番がまわってきた。
「素材の買取をお願いしたいんだけど」
私はパラライズウルフの魔核6個、毛皮2枚と牙4本、マッドタイガーの魔核3個、毛皮3枚、牙6本、爪60個をカウンターへ並べる。
「かしこまりました。支払いはイルドと預かりのどちらにしますか?」
手持ちはあるので預かりにしてもらう事にした。受付嬢にギルドカードを手渡す。
「あら、ごめんなさい。ティアズさんはDランクだったのですね。Cランク以上の魔物の素材ばかりだったので勘違いしてしまいました……。申し訳ございません、預かりサービスはCランク以上でないと利用できないんですよ」
ギルドカードを見たらわかるものじゃないのかな。既にブリトールでお金を預けてあるのだし。
「私はDランクだけど預かりサービスは使えるはずだけど」
「規則でCランクからでないと使えませんよ?」
受付嬢の表情が訝しげなものに変わる。
「ん~、でもエルガンが……。あ、そうだこれ」
私はエルガンから手紙を預かっていた事を思い出し、鞄からそれを取り出すと受付嬢に手渡した。
「これは?」
「ブリトールの冒険者ギルドのマスターから、ここのギルドマスター宛に預かった手紙なんだけど。たぶんそこに書いてあると思うんだ」
「……少々お待ちください」
手に取った手紙を見つめていた受付嬢はそういうとカウンターの奥へと姿を消した。
しばらくして慌てた様子で受付嬢が戻ってくると、ギルマスが呼んでいるのでついて来て欲しいと言う。それならとエンリと一緒に行こうとしたら、呼ばれている私だけしか通せないと言われてしまったので、待合所で待つエンリには何かあったら大声を出すように言っておく。
通された部屋には、本棚に囲まれた大きな机とその横にはソファとテーブルがあり、ブリトールで見たエルガンの部屋とよく似ていた。違いといえば女性らしい小物の数々の存在だろうか。机には瑞々しい花が花瓶に生けられているし、置かれているティーカップも花柄のかわいらしいものだ。窓にかかる薄い赤のカーテンもシンプルながらも気品を感じさせる刺繍が施されているし、ソファには花柄のクッションが置かれている。
「お前がティアズ・S・オピカトーラかい?」
大きな机の向こうに腰掛けた青色のショートヘアの可憐な女性が言った。
「はい。そうだ、です」
「言葉遣いは気にしなくていい。エルガンにもそうしてるんだろう? 私はギルドマスターのルイズ・キャヴァリエだよ。立ち話もなんだねえ、そこに座ろうか」
そう言ってルイズがソファへ移動するので、私も向かい合ってソファに腰掛ける。