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ルイエの案内

 私達はルイエさんについて学園の敷地内を歩いていく。本棟の横にあったのは思った通り寮だったようで、手前側に建つ女子寮に入ると階段を登って2階にあがり、部屋の扉の前まで来る。扉のドアノブの近くに小さな魔力図が見えた。その模様には統一性が見当たらず、とても複雑だ。何の魔法だろうと思っているとルイエさんがすぐに答えを教えてくれた。


「こちらがお2人の部屋になります。学生証をドアノブにかざす事で施錠と開錠が出来ますよ。いまは施錠されていますので学生証をかざしてみて下さい」


 私はドアノブを軽く捻ってみる。うん、硬くて回らない。エンリに学生証をかざしてもらうと、小さく鍵が外れるような音がした。もう一度ドアノブを捻ると抵抗なく回ってドアが開く。


 おお、すごい! 考えてる事がまた顔に出てしまっていたのか、長い前髪のカーテンの向こうから私をみつめているルイエさんが、頬を赤らめて口をもごもごしている。


「す、すごいねこれ」

 圧に押されてつい、そう口にしてしまった。

「でしょう! この魔力図のすばらしい所は、綿密な魔力制御を組み込んでいる事で少量の魔力消費での発動維持を可能にした所にあるんです!」


 ん? それってタイガの魔法を強化できるんじゃないだろうか。魔力量が少ないから云々言ってたよね。


「それって他の魔法でも応用できるの?」

「良~い質問です、ティアズさん! そうなのです! この魔力消費軽減のメソッドを正しく組み込む事が出来れば、あらゆる魔法の発動、維持にかかる魔力量を軽減する事が可能となるのですッ! その汎用性の高さがこの理論のすばらしさなんですよッ!! もちろん、効果を十分に活かすためには魔力図全体の最適化も重要ですので実践するのは言うほど簡単な事ではありませんがねッ!」


 なんかすごそうなことは伝わってきたけど、それをタイガに説明できる自信はない。

「そ、そうなんだ。ところでこの鍵って他の方法で簡単に開けられたりしない? 忍び込まれたりしないかな」

 ホーケンから寮内でのエンリの護衛の仕事も請けているので、防犯については聞いておきたいよね。簡単に忍び込まれたりするようなら、あまり当てに出来ないし。


「ティアズさん、甘いです。ラザーニの有名パティシエが作るデザートよりも激甘ですよ! 我が学園は建立から数千年以上の歴史があり、世界の魔法の中枢とも呼ばれている事はご存知でしょうが、魔法と戦争は切っても切れない密接な関係がある事は歴史を紐解けば明らかでしょうッ! 軍事的機密事項を安全に管理するためにあらゆる隠蔽、偽装、暗号化を行うためのアルゴリズムが数千年にわたって考案、実験、実践され、その技術はより高度なものへと昇華されてきたのですッ! 我が学園の施錠に使用されている解除キーの暗号化アルゴリズムと、識別するための複合化及び照合するためのアルゴリズムには世界最先端の技術が用いられているんですよッ! この技術は王宮や上級貴族の屋敷でも使用されているのですッ!! この施錠を破ることなど不可能と言っても過言ではないのですよッ!! むっふーー!」

「へ、へぇ~。それなら安全だね!」


 いつ息を吸ったのかわからないほどの早口で言い終わったルイエさんが顔を紅潮させて息を荒げている。ここで私が魔力図を『壊そうと』指でひっかいたら、その世界最先端の技術の結晶の施錠は一瞬で壊れて消失するだろう。


 いたずら心が沸いたけど我慢する。だってそんな事をしたらルイエさん卒倒しそうじゃない?


 説明の半分以上はなんだかわからなかったけど、王宮で使用されているくらいならしっかりと施錠しておけば部屋の中の安全は確保できそうだね。横を見るとエンリが目を回している。エンリ、深く考えたら駄目だよ!


 部屋の中に荷物を置いてからルイエさんについて寮の階段を降りると、1階にある大浴場に案内された。残念ながらお湯は張られていなかったけれど、清掃がとても行き届いていて清潔感のある大きな浴場だった。続いて渡り廊下の先にある建物、食堂へ案内される。ここでは朝昼晩に食事を購入して食べられるみたいだ。部屋に持ち帰ってもいいらしく、その場合は忘れずに食器を返却するように言われた。


 ちなみに厨房を借りたいといったら駄目だった。でも、寮の1階にある台所は自由に使えるそうだ。ありがたいね。食堂を出たところでエンリが疑問を口にした。


「あちらの建物は何ですか?」

「あれは男子寮です。一応規則なので言っておきますが、女性は立ち入り禁止ですよ。逆も同じです」

 食堂を挟んで女子寮と反対にある建物はやっぱり男子寮だったんだね。


「本館の裏には演習場と研究棟、それから迷宮があります」

「え! 迷宮があるの!?」

「ええ。普段は公開されていませんが。主に迷宮の研究と、学園生の卒業試験で使用されています」


 なんだ、自由に入れないのか。でも迷宮の入り口がこんな街の真ん中にあるなんてね。魔物が出てきたりして危なくないのかな? でもそれを聞いたらまたルイエさんの琴線に触れそうだ。


 研究棟は関係者以外入れないそうなので、私達は本棟を案内してもらう。1階には受付窓口、教師達がいる職員室、医務室、倉庫、資料室、小さめの教室がいくつかと、大きな講堂が2つあった。講堂は吹き抜けになっていて2階の廊下とも繋がっているようだ。2階にはいくつかの教室があるだけだった。


「基本的には講義は講堂で行われます。2階のほとんどの教室は主に生徒達の自主活動で使われますね」

「自主活動ですか?」

「ええ。学園内ではサークルと呼んでいますが、同じ志を持った者同士が集まって、講義がない時間に自主的に自由な活動を行うものです。魔法の研究をしてもいいですし、運動や文化的な交流など何をしても構いません。そういった活動の場として教室を開放しているんですよ」

「ティア! 私達でサークルを作りましょう!」

 エンリが目を輝かせている。

「えっ、何するつもりなの?」

「タイガちゃんを愛でる会とかどうです?」

「それってわざわざサークルにしなくてもいいんじゃない?」

「それはそうですが……」


「失礼、それはペットですか?」

 私とエンリが問答していると横からルイエさんが鋭い口調で割って入る。

「え、違うよ。ペットではないよ」

 大魔王だよ。自称だけど。


「そうですか。寮ではペット禁止ですから気をつけてくださいね。特に猫などは机の上の物を倒したり、研究資料をめちゃくちゃにしてくれたりしますからねッ!」

 タイガはペットではないし、しゃべるから動物でもないけど見た目はただの黒猫だ。ルイエさんはなんだか猫に個人的な恨みがありそうな雰囲気だし……。これはタイガの扱いには注意しよう、エンリと目配せをすると頷き合った。


 そして本棟の横にあるもう1つの建物へ入る。

「ここが本学園の自慢の図書館です! すごいでしょう!!」


 確かにすごい。冒険者ギルドの2階にあった図書コーナーが水溜りなら、ここはさながら海だろう。もっとも本物の海は見たことがないので、物語で読んだ想像との比較だけど。


 天井は2階ほどの高さがあり、壁際は窓を除いて全て本棚と本で埋め尽くされている。その本棚は2階に相当する高さに床がぐるっと敷かれており、入り口の近くにある階段を登って上がる事ができるようだ。

 中央にある無数の背の高い本棚には、あちこちに梯子が設置されている。梯子は取り外して別の場所へ掛けることができるみたい。


「図書館内での閲覧はいつでも可能ですよ。本を借りたい場合はこちらのカウンターにいる図書管理係りに貸し出しの手続きを行ってください。ただし、学園の外への持ち出しは厳禁です。詳しい事はそのときに係りの者に聞いてくださいね」

 と、誰もいない入り口横にあるカウンターを指し示す。そういえば案内されている間、ずっと誰にも会っていない。


「誰もいないようだけど?」

「いまはそうですね。ちょうど今期の学生が卒業して新入生を迎え入れる準備期間なんです。だから生徒も教師もいまはここにいないんですよ。というか……」

 ルイエさんが肩を震わせていると思ったら憤慨して続ける。


「本当なら私も生徒から開放されるこの時期は研究棟で自分の研究に埋没したいんですよお! なのにあいつ等ときたら……ッ たまには仕事らしいことをしろ? 研究者の本業は研究でしょうッ! それなのに! 私ひとりに受付を押し付けやがったんですよおッ! アルフォスのじじぃめ~! ぐぬぬぬ……はっ。失礼、こちらの話です忘れてください」

「あ……あははは」


 ……触れないほうが良さそうだ。私の隣に立つエンリも若干引いている気がする。気をそらそうと思い、もう一度何気なく図書館内を見渡す。よく見ると手前に見える本は綺麗だけど、奥へ行くほど古い気がする。あれ? 一番奥の方にある本棚に大きめの魔力図が見える。タイガを封印していたものと比べると全然小さいけれど。模様がなんとなく寮の扉にあった魔力図に似ているような。


「本棚が……強く施錠されている?」

「えっ! ティアズさんいまなんて……」

 小さくこぼした声を聞かれたようだ。


「あ、いえ。あそこ、本棚なのに寮の扉より強く施錠されているような気がして……」

 本棚が施錠などと自分でも意味がわからないけど、思ったままを伝えた。

「ティアズさんッ! あなた、発動中の魔力図が発する魔力をこの距離でそこまで正確に感じる事が出来るのッ!?」

 ルイエさんがすごく興奮して私の両肩を掴んでくる。魔力を感じることが出来るのはタイガだ。私には出来ないけど、観ることはできる。


「あなたの言う通り、あそこは強力な古代魔法で封印されています! 多くの魔法研究者が解除を試みてきましたが、いまだに誰ひとり成功していません! 残された伝承によるとその先には地下へ降りる通路があり、秘蔵の魔法書が保管されているらしいのですがッ! もしかしたらその魔法書には治癒魔法か、もしくはそのヒントが載っているかもしれません! いいえッ! いまだ世の中に日の目をみない沢山のすばらしい魔法が載っている可能性があるんですよッ!! まさに! まさにっ! 魔法の英知とも呼ぶべき1冊が保管されているかもしれないのですッ!!!! むっふーー!!」


 両手を広げて天井を見上げる頬は興奮で真っ赤だ。

「そ、そんなにすごいものがあるなら、壁を壊せば早いんじゃないの?」

 私のその一言でルイエさんは掲げていた手をだらりと下げた。何かまずかった?


「わかってませんねぇ……。これは試練なんですよ。この先にある英知を得たいならばその資格を示せって事ですよ! それを壊す? 裏口から入っちゃう? 無粋です! 野暮です! なによりそんなの全ッ然ッつまらないッ! 魔法は常に進歩しているというのに、先達が残した試練に現代を生きる私達が打ち勝てずしてどうしますッ! 私はやりますよ! えぇやり遂げてみせますともッ!! むっふーー!」

 両拳を胸に天を見上げるルイエさん。ひょっとしてルイエさんの埋没したい研究って……。


 私は誤ってあの封印を壊してしまわないように気をつけるため、そっと心に留めたのだった。


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