王都への旅 王都ラザーニ
「つまりタイガの魔法で私の筋力が一時的に強化されていたってこと?」
「そうだ」
一番腑に落ちなかった点から聞いてみた。だってどう考えてもあんな大きくて硬いマッドタイガーの頭蓋を、私に砕けるはずがないもの。
「いまの俺は魔力量も少ねぇし、魔力圧もちゃちぃ。筋力強化の魔法をお前に掛け続けるには側にいねぇと届かねーし、他の魔法を使う余裕もなくなるけどな」
「なるほどね。だけど連携のためにお互いの立ち位置を確認し合う必要がないのはスムーズでいいかも。耳元で会話ができるのも作戦が立てやすいよ」
「まーな。やってみたら案外悪くねーかもな」
そうか、そういえば今までって私がタイガに合わせてきたんだ。だって私は足止め担当で、タイガが攻撃担当だから。けど、私がタイガをフォローするより、タイガが私をフォローする方がこんなにうまくいくんだね。タイガが私の背中へ消えていったのでふと周りを見るとリーガン達が馬でこちらに向かってきていた。
「マッドタイガー3匹を相手にひとりで、しかも無傷で討伐かよ」
「さすがだな。俺でもひとりじゃ命がけだぞ」
「あんた、なんでDランクなんだ。おかしいだろ」
「そんな事言われても、ギルドの規則だからじゃない? 私はまだ15歳だからね」
「まじかよ、まだ1年経ってないのかよ……」
まあ正確にはタイガと2人でやった事だから過大評価なんだけどね。マッドタイガーの7つの死体は、街道から離れた森の中へ捨てる事になった。リーガンが言うには、近くに街がないので放って置いてもいいらしいんだけど、街道の側に魔物が寄ってきてもいけないので離れた場所に捨てることになった。
もちろん、魔核に毛皮と牙と爪、それと少しのお肉は剥ぎ取ってからだよ。7つの死体をロープで数珠繋ぎにすると、死体に『つるつるの魔法』を長持ちするようにじっくりと掛けてあげる。それを馬で引いて森の奥へ捨ててきたリーガンから「あんたの魔法は便利だな」と感心された。マイナーだけど便利さには定評があるよ。魔物の後始末を終えると、私達は再び王都へ向かって馬車を進ませるのだった。
「本当にいいの?」
「ああ、本来なら合同で依頼を受けた場合に得た素材は均等分配するものだが、俺達も1人1匹分の素材があるし、3匹は完全にあんたがひとりで倒したものだ」
「それにパラライズウルフの件じゃ、借りがあるしよ」
「だな~。お肉も貰ったしな~」
「俺らみんな納得してっから。遠慮なく貰ってくれ」
「わかった。じゃあ遠慮なくもらうね」
「そうしてくれ。それとまた合同で依頼を受けることがあったときは、よろしく頼む」
「うん、こちらこそ」
冒険者4人とそれぞれ握手を交わして別れる。
マッドタイガー以降、旅は何事もなく順調に進みブリトールの街を出てから4日目の昼に、私達は無事王都ラザーニへと辿り着く事が出来た。王都に着いてすぐ、ハーミスさんが依頼達成のサインをくれた。護衛の仕事はここでおしまいという事だ。それで先程、魔物討伐で得た素材の分配をしていたのだった。
4人はこれから冒険者ギルドへ報告に向うのだろう。私はエンリと一緒に馬車に残る。これから魔法学園への入学手続きと入寮手続きをしに行くからね。ハーミスさんが操る馬車が王都の街中を走っていく。
街中の道は石畳で綺麗に舗装されており、平坦で馬車が走りやすくなっていた。辺りを見回すとレンガ造りの1階建てから3階建てまでのさまざまな家が所狭しと立ち並んでいる。いろいろなお店が立ち並び、食べ物屋さんからはおいしそうな匂いが漂ってくる。人も沢山歩いていてその喧騒が馬車の中へも届けられる。私達以外の馬車とも何度もすれ違った。鎧を着た人をちらちらと見かけるけど、警備兵かな? 治安も守られていそうだ。そして街の中心と思われる方角には、大きな城と思われる建物の一部が立ち並ぶ建物の隙間から小さく見えた。
「すごい街並みです。とても賑わっています」
「だね。街自体もすごく大きそう。これが王都ラザーニか。ほら、お店も沢山あるよ」
「ほんとですね。あとで買い物に行きましょう!」
「いいね!」
テンションのあがる私達を乗せた馬車は、大きな建物がいくつか建っている広い敷地へ入っていく。
「ここが魔法学園ですね」
「すごく広いね」
敷地はレンガとおしゃれな鉄柵の壁に囲まれていて、無数の植木は手入れが行き届いているのか、どれも同じ大きさ、形に整えられている。中央には大きな2階建てのレンガ造りの建物が建っていた。たぶんそれが学園本棟かな? そこから離れた場所に本棟より小さい3階建ての建物が2つある。大きいほうが本棟ならこちらは寮だろうか? 2つあるのは男子寮と女子寮で分かれているからかもしれない。2つの寮の間にはさらに小さい建物が1つあり、それぞれの寮と廊下で繋がっているようだ。本棟を挟んで寮とは反対側に、寮くらいある建物が1つ建っている。あれはなんだろう? 学園本棟の裏にも敷地が続いていそうな雰囲気だけど、こちらからは何があるのか確認できなかった。
馬車から降りて本棟正面の入り口から中へ入ると、静かで重くてほんのりと本の匂いがする独特の空気感が漂っている。ハーミスさんが受付で手続きを行っている間、私とエンリは近くにあった椅子に腰掛けてさっきまでのテンションはどこへやら、雰囲気に押されてなんとなく静かにして待っていた。
こういう状態を借りてきた猫って言うって昔読んだ物語に出てきたけど、猫をタイガで想像したら全く逆の意味になるよね。そういえば最近、タイガはどうしたのか気のせいじゃなくて本当に変わってきている。出会った頃は『俺様は~』『俺様が~』って我侭で、言う事聞かなくて、タダ飯食らいで、ミルクのために世界征服を目論む押しかけ屁理屈猫だったのに。あれ? そういえばいつからだろう。タイガが『俺様』って言わなくなったのって……?
「エンリ・スー・ルーフィルドさん、ティアズ・S・オピカトーラさん、学生証を登録するのでこちらに来てください」
「「はい」」
受付のテーブルの上にある石版に手を置くように言われた。これって冒険者ギルドで登録するときに見た石版とそっくりだね。
「ティアズさんは冒険者ギルドに登録されているんですよね。では、この魔力波長識別システムはご存知ですか?」
顔に出ていたのか、受付の女性が話しかけてきた。私が冒険者だってハーミスさんから聞いたのかな? 女性の胸元を見るとネームプレートを付けていた。ルイエというらしい。
「ギルドに登録する時にそっくりな石版を見ただけ。魔力波長識別システムっていうの?」
「ええ。魔力は誰でも少なからず持っていますが、特定の観測方法で捕らえる事が出来るその波長はその人固有のもので、同じものは2つとないんですよ。その性質を利用して本人を識別するためのシステムが魔力波長識別システムなのです! 我が学園で生まれた技術なんですよッ! 観測方法が秘匿になっていまして……あら、失礼。つい夢中に」
つまりここの石版が元祖ってこと? 早口で説明していた受付のルイエさんの頬がほんのり赤い。長い前髪で目を隠しながら、青いストレートのロングヘアーを揺らして何やら操作している。
「はい、登録できました。これは寮の部屋の鍵にもなっていますので、なくさない様に気をつけてくださいね」
私とエンリはルイエさんから学生証を受け取ったあと、制服を仕立てるための採寸を行うからと別室へ案内される。
「それではここで下着になってください」
私はケープを外してワンピースをぽいっと脱ぎ捨ててあっという間に下着姿になる。恥じらい? 孤児院育ちの私には持ち合わせがないみたい。そもそもここ、女性しかいないしね。
「ティアズさん冒険者なだけあって、締まった綺麗な身体ですね」
ルイエさんが採寸しながら私の身体を品評する。
「生傷も多いけどね。そういえば魔法で怪我を治したりって出来るの?」
「残念ながら出来ません。万能と言われる魔法ですが、命や怪我に関しては何故か魔力図が正しく起動しないんです。大昔から多くの研究者達がその原因を探ってきましたが、いまだに何もわかっていないんですよ! ですから魔法による怪我の治療はこの世界における最大の研究テーマの1つと言えるでしょう! もしも! もしもですよ? どんな小さな擦り傷であっても、治せる魔力図を開発できたとしたらッ! 魔力波長識別システムなんて足元にも及ばない一大センセーション間違いなしですよッ!!」
ふごぉぉと鼻息が聞こえて来そうなほど、後半になるほど頬を染めて鼻息が荒くなっていくルイエさん。この人、受付にいたけど本業は研究者なんじゃ? もしくは無類の魔法好き?
「こほん……失礼。もし興味があるのでしたら、是非ティアズさん自身で研究してみてください。数千年前の古代の書物すら学園の図書館にはありますからね! 治癒魔法を開発できたら一躍有名人ですよ!!」
「あ、あははは……」
私には他にやるべき事があるからね。その研究は他の方にお譲りしようかな。
「はい。ティアズさんは終わりです。次はエンリさん?」
エンリはまだ服を着たまま何やらもじもじしている。
「エンリ? 脱がないと測れないよ」
「で、でも恥ずかしいです」
「ここには女性しかいないよ?」
「で、でも……」
エンリの顔が真っ赤だ。しょうがないなぁ。
「そうしていても終わらないんだから、脱ぐ脱ぐ!」
「ちょ! ティア何をっ、あっ、だめ!」
私は嫌嫌するエンリを脱がせにかかる。なんかこうしてるとお風呂を嫌がる子供達を無理やり脱がせてたのを思い出す。エンリの服に『つるつるの魔法』を掛けて手馴れた手つきで一気に脱がす。
「えっ? なんで! えっ!? ひゃあん!」
「はい、ルイエさん測っちゃって!」
ぐいっとルイエさんの前にエンリを差し出す。
「ティアズさん無理やり脱がすのお上手ですね……」
なんかルイエさんの声色が不審なものに対するトーンだけど誤解だよ。姉の務めでやってただけだよ。ルイエさんがエンリの身体を測っていく。それにしてもエンリ……くっ、着やせするタイプか! どことは言わない、むしろ言いたくない、圧倒的敗北感でつい心の穢れが濃くなった気がした。やはり食べ物なの? 食べ物の差なの? それとも家系?
下着もやっぱりお嬢様なだけあって装飾も繊細で綺麗だし、フリルもついててかわいいしすごく高そうだ。やめておけばいいのに、つい自分の下着と比べてしまう。うん、「ざ・ぱんつ」だね。……もう悲しくなることはやめよう。
「はい、エンリさんもこれで終わりです。服を着て大丈夫ですよ」
「うぅ~。恥ずかしかったです」
エンリを観察していて下着のままだった事に気づいて、私も服を着る。
「ティア、酷いです」
「ごめんね。でも嫌なことなら尚更さっさと終わらせるに限るよ」
「そー……ですけど」
「……そういえばエンリって歳いくつなの?」
「え? 13歳ですけど」
2つ下であんなに……穢れた心に抉られた様な追加ダメージを受けた。やめとけばよかった。余計悲しくなっただけだった、くぅっ!