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王都への旅 新しい戦闘スタイル

「あれは……ブラッドベアーだ~! やべ~!」

 ボンスの声が聞こえた。


 走る馬車の窓から身を乗り出して、後ろを観る。あれがブラッドベアー! 2本足で立ち上がると森の木々よりも背が高い巨大な漆黒の熊。ギルドの図書コーナーの本に載っていた挿絵からでは伝わらないサイズ感。想像していたよりもずっと大きい。


 ブラッドベアーの胸に魔力図が構築・展開するのが見えた。あの魔物は魔法を使うの!? そんな事、本には書いてなかったけど……。魔法が発動した瞬間、ブラッドベアーの両手が目視出来ないほど高速に動いたかと思うと、近くにいたゴブリン数十匹が一瞬で細切れになる。ブラッドベアーと呼ばれる所以、目と口がまるで血のように赤い事とその爪が作り出す残虐な血溜りがまさにそこにあった。


 あの爪攻撃はたぶん、バーサククローと呼ばれるブラッドベアー固有の()だ。本にはそう書いてあったけど。

(バーサククローは魔法だったんだ……瞬間的に魔法で両手を加速してるのかな)


 大きなブラッドベアーが小さくなっていき、やがて見えなくなる。馬を走らせながらボンスが話しかけてきた。

「危なかったな~。ゴブリンに気づいて逃げ出さなかったら全滅だったな~」

「うん……。バーサククロー、手が全く見えなかったよ」

「ああ。俺にも両手が消えたようにしか見えなかった。あんなの相手にするのは無理だな~」


「ティア?」

 後ろから不安そうなエンリの声がした。

「大丈夫。逃げ切れたと思う」

 リーガンの咄嗟の判断で私達は凶悪な魔物との遭遇から逃れる事ができたのだった。もしすぐに逃げ出さずにゴブリンを相手取っていたらと思うとぞっとする。けどBランクの冒険者はあれを討伐するんだよね。


 私もいつかは討伐できるようになれるのだろうか? 少なくともいまの私達が勝てるイメージはわかない。




 その日はそれ以降何事もなく馬車は走り続けた。日が落ちた頃、今夜の野営のため開けた場所に馬車を止めると、各々キャンプの準備を始める。エンリと一緒に馬車で眠る私は焚き火の前に座って、手持ち無沙汰に今夜もそんな景色を眺めていたら、野営の支度を終えたリーガンが私の元へやってきた。


「今夜の見張りだが、あんたに1番手を頼めるか?」

「見張りはわかったけど。でもいいの? 私が最初で」

 見張り番は最初と最後以外は睡眠を中断させられる。まして私はこの中で一番冒険者のランクが低いのだから。

「ああ。交代のときにエンリ嬢とあんたが2人で寝ている所へ起こしにいくのがちょっとな。あんたが最初なら俺達も気を使わなくて済むんだ」

 そっか。冒険者の私は兎も角、領主の娘であるエンリには気を使うよね。

「わかった。次は誰に交代すればいいの?」

「次は俺だ。あそこのテントで寝ているから時間がきたら起こしてくれ」

 そう言ってリーガンはテントの中へ入って行った。次の見張り番に備えて早めに休むのだろう。


「ティア、晩御飯はもう食べましたか?」

 エンリが夕食の乗ったトレイを手に、私の側に歩いて来る。

「ううん、まだだよ。人がいるとタイガが出てこないから、後で食べるつもりなんだ」

「そうですか。一緒に食べようと思ったのですが……」

 そう言いながらエンリが私の隣に腰を下ろす。


「今夜はこのまま夜の見張り番になるから、みんなが寝ている間に食べるつもり。だからエンリは先に食べちゃいなよ」

「そうなのですね。……あの、邪魔はしないので、眠くなるまで私もここにいてもいいですか?」

「えへへ、もちろんいいよ。だけどもしも魔物が出たらすぐに馬車の中に逃げ込んでね」

「はい。ありがとうございます。あ、これ1つはティアの分です」

 エンリがトレイから紅茶の入ったティーカップを1つ手渡してくれる。

「昨日ティアと話したでしょう? だからハーミスにティアの分も用意してもらったんです」

 ホーケンとの謁見の際に飲んだおいしい紅いお茶が、紅茶という飲み物だって教えてもらったんだよね。

「うわぁ、ありがとう」


 受け取ったティーカップは熱々だ。どうやら淹れたてらしい。ふーふーしながらひと口啜る。

「ん~、おいしい!」

「ふふふ。それはよかったです」

「淹れるには紅茶の茶葉と専用の茶器が必要なんだっけ?」

「はい。淹れ方にはいろいろとコツがあるみたいですよ。ハーミスに聞いておいたのですが……」

 エンリと紅茶談話に盛り上がっているうちに夜が更けていく。その夜は魔物の襲撃もなく、無事見張り番を終えて眠りにつくと朝を迎えたのだった。




 翌朝、早朝に出発した馬車は順調に王都への道を辿っていく。昼食を終えて再出発してからも順調だった。今日は魔物に遭遇することなく終わるかもしれないと思っていると、リーガンの「止まれ!」の声で馬車が止まる。


 何かあったのだろう、馬車から降りてリーガンの元へ行く。

「どうしたの?」

「あれが見えるか?」

 リーガンが指し示した場所は街道より少し離れた平原。そこに4匹の大きな緑の何かがいた


「ん~、あれは……マッドタイガー?」

「ああ、まだこちらに気づいていないが、このまま街道を走れば気づかれるだろう」

「どうするの?」

「俺達で先行して討伐してくる。おい! ブリトン! ボンス! ヨルガス! あの虎仕留めるぞ!」

「「「おう!」」」


 4人で討伐に向かうらしいけど、

「待って、私はっ?」

「全員が馬車から離れるわけにはいかない。あんたには不測の事態に備えてここを護ってもらいたい。だが勘違いはするなよ、俺達はもうあんたを舐めてはいない。任せられると思っているからひとり残すんだ。それに俺達はこの4人での連携に慣れているからな。魔物も4匹だろ? 適材適所ってやつだ」

「エンリ嬢はあんたにまかせるからよ、頼んだぜ」

「だな~。だからあっちは俺達に任せろ」

「ってーわけだ。そっちはよろしく」

 4人の男達がそれぞれ私に声をかけてくる。

「わかった。ここは任せてよ」

「あぁ、頼む。よし! お前ら行くぞ!」

 リーガン達が馬に乗って街道を走っていく。


 私は執事のハーミスさんに、いざという時にすぐ馬車を動かして逃げられるように待機しているように伝える。エンリにも決して外に出ないように注意すると、周りを見渡せるように馬車の屋根へと登って警戒する事にした。


 街道の先を見ると、ヨルガスが矢を放ったところだった。射られたマッドタイガーが怒りの咆哮をあげて駆け出す。咆哮を聞いた他の3匹もリーガン達に気づいたようで一斉に頭がそちらへ向けられると、のそのそと動き出した。


 マッドタイガーは冒険者ギルドの討伐依頼でいうとCランクからになる緑色の大きい虎型の魔物だ。数匹の群れでいる事が多いため、パーティ討伐推奨となっている。


 両手で掴まれてしまったなら死を覚悟した方がいいと言われているんだよね。あの手に掴まれたら、鋭い爪が身体に食い込んで逃れられなくなるんだ。そうしているうちに強靭な顎と牙によって頭を噛み砕かれてしまう。


「あの爪が危険なんだよね」

「ふん、俺の爪の方がつえーけどな」

 ここ最近にしてはめずらしく、タイガが自尊心をあらわにする。猫と虎って見た目が似ているけれど、もしかしてタイガったら張り合ってるのかな。爪の強さの優劣は私にはわからないけれど、一緒に旅をするならやっぱり黒猫のタイガとがいいと思う。


 ヨルガスは最初に狙ったマッドタイガーに次々と矢を放っている。何本かの矢が刺さりながらも足を止めずに駆けてくるマッドタイガーを、ボンスが背負っていた大盾で受け止め、押しとどめる。剣を構えたリーガンと弓のヨルガスがあとから来る3匹を牽制している間に、ボンスが押さえ込んでいるマッドタイガーをブリトンが槍でとどめを刺している。早くも1匹討伐されたようだ。さすがに戦い慣れているね。


「ああいう風に牽制することで、隙ができるとどめの瞬間をフォローするんだね」

「人族は小賢しい手が得意だからな」

「工夫っていいなよ。それに私達にも必要なことじゃない?」


 私は足止めは出来るけれど相手を倒す力が弱い、逆にタイガは倒す力は強いけれど魔法は時間がかかって隙が大きいし、爪は小さい体のせいで超近距離まで接近しないと必殺の威力に届かない。だから1対1の場合は私が足止めしている間にタイガがとどめを刺す形で難がないんだけど……。


 パラライズウルフとの戦闘を思いおこす。ああいう風に複数を相手にする場合にはその方法が取りづらい。背後が隙だらけになるからね。格下相手なら各個撃破も可能だろうけれど、同格以上の群れを相手にするには私達にももう1つ工夫が必要なんじゃないかな。


「ふむ……だったら1つ試すか?」

「何かいい工夫でも思いついた?」

「小賢しいことはわからん。最強がひとりいればいい」

「どういうこと?」

「俺がお前をフォローして、俺達でひとりになる」

 タイガが何を言っているのかわからない。協力するって意味ならいままでもそうしてきたよね?


「言うよりやってみるのが早ぇ。ちょうど魔物が3匹近づいてきているしな」

 馬車の真横にあたる草原から緑の魔物が3匹こちらに向かってきているのが見えた。ここはマッドタイガーが過ごしやすい環境なのかな。


「ハーミスさん、別の魔物が来た。私がなんとかするけど、何かあったらいつでも逃げられるようにしておいて!」

「は、はいですじゃ!」

 急いで馬車の屋根から飛び降りて魔物へ向かって駆け出す。


「それでタイガ、私はどうすればいいの?」

「お前はただ魔物を1匹ずつ倒すことだけ考えていればいい。あとは俺がフォローする」

「わかった」

 視界の端に一瞬、魔力図の影が見えた。タイガが何かの魔法を構築しているみたいだ。私は一番近いマッドタイガーに向かって駆け寄ると『つるつるの魔法』を掛けて転ばせる。


「爪は気にするな。そのまま思いっきり杖で殴れ!」

 後ろからタイガの声がする。私が杖を振り上げると、仰向けに倒れながらもマッドタイガーが爪をむき出しにして抱きつくように両手を伸ばしてくる。

(タイガ、信じるからね!)

 肝を冷やしながら渾身の力をこめて杖を振り下ろす。爪が目の前に迫る、爪が先に当たる!


「グギャッ!!」


 次の瞬間、青い光が目の前を走るとマッドタイガーの両腕が切り飛ばされて視界の外へ消えた。そして握った杖から頭蓋を砕いた感触が伝わってくる。

「えっ!?」

「ティア、ぼーっとするな」

「あ、うんっ」


 私という襲撃者に気づいた残りの2匹がこちらに駆けてくる。先を走る1匹目を『つるつるの魔法』で転ばせるが、すぐ後ろの2匹目が2本足で立ち上がると爪を振り下ろしてきた。前傾で振り下ろされる爪。転ばせても意味がないと悟った私は、振り下ろされる爪を紙一重で避けた。


「ガウゥッ!」


 避けただけだったが、振り下ろしたマッドタイガーの片腕が切り飛ばされている。『つるつるの魔法』を掛けつつ後ろ足を蹴り上げると、片手を失ったマッドタイガーがものすごい勢いで錐揉み回転する。


(えっ!? 軽く蹴り上げただけなのに)

「ギャワッ!」

 その首は地面に触れる事なく中空で青い閃光に切り飛ばされた。


 残りの1匹を『つるつるの魔法』で封じると、タイガが姿を現して駆け寄り、あっさりと首を刎ねた。


 振り返ってタイガが言う。

「ようするにこういうことだ」

「いや、どういうことぉ~!」

 私は激しくタイガに説明を求めたい。


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