王都への旅 ティアの失態
この1週間は忙しかった。旅の支度もそうだけれど、孤児院の先生やカブトにいちゃんにしばらく街を離れる報告をしたり、宿を引き払う手続きをしたり、エルガンから護衛の心構えを教わったり、まだ読み終わってなかったギルドの図書コーナーの本を読んだり。もちろん、毎日の仕事もなるべくこなして少しでもお金を貯めていたから、寝るのが遅い生活が続いた。
そんな毎日だったけど、1つ収穫もあった。それはギルドの預かりサービスの存在だ。例えばこの街のギルドにお金を預けておけば、王都のギルドで預けたお金を引き出す事が出来るのだ。
旅の間、大金を持ち歩く危険を冒さなくて済むのは非常にありがたい。もちろん利用には条件があって、預けるのも引き出すのも1万イルド単位である事、引き出す際に手数料がかかる事、そして冒険者ランクがCランク以上である事。
そうなのだ。普通ならDランクの私には利用できないサービスだったんだけど、エルガンが私に利用許可をくれたのだ。
そもそもこのサービスは、護衛で街と街を移動する事のあるCランク以上の冒険者に対する配慮から始まったものなんだそうだ。だからDランク以下の利用は出来ないのだけど、今回領主からの指名依頼で護衛をする事になったからか、単純にギスマスの特権なのか、私に許可を与えるにあたってエルガンがどういった理由付けにしたのかはわからないけれど、特別に利用できるようになった。
早速お金を預けたんだけど、そういった経緯なので王都のギルドで引き出す際にトラブルにならないようにと、エルガンから王都のギルマスへ向けた手紙も預かっている。おそらく、そこに理由付けが記されているんだろうね。
ここ数日の事を思い出しながら歩いていると領主の屋敷に到着する。
「おはよう」
「おはよう、君はこないだの娘だね。玄関前の馬車のところで待つようにと領主様の言伝だよ」
門兵に挨拶すると話しが通っていたのか、門を開けて中へ入れてくれた。前に来たときに通った道を歩いていくと、玄関前には大きくて立派な馬車が1台とまっている。その側には冒険者らしき男が4人、立ち話をしていた。ホーケンは他の冒険者にも王都までの護衛依頼を出すと言っていたから、その人たちかな。
「おはよう」
私が挨拶をすると男達はこちらを一瞥したが、呆れたような表情をみせると私を無視して雑談へ戻っていった。
(なんだろう……でも挨拶を無視するのって感じ悪いなぁ)
男達とは少し距離を開けたところで待っていると、玄関が開いてホーケンとエンリが現れる。男達が膝をついていたので、私もあわてて膝をつく。
「お前たち、エンリの護衛をしっかりと頼むぞ!」
「「「「はい」」」」
「は……はい!」
「ティア!」
私の姿を見つけたエンリが近づいてくる。
「おはよう、エンリ」
「おはようございます。ね、ティアはこっちに来てください」
そう私の手を引いて、馬車の中へ入ろうとする。
「え、でも私は護衛を……」
「いいんです。ティアはここで私を護ってください!」
そう高らかと宣言する。
馬車へ乗り込む私の後ろから4人の舌打ちが聞こえてくる。
(こういう時って、連携とか配置とか相談して決めるものじゃないだろうか? 勝手に決めていいのかな)
そんな私の心配など、気づく様子もないエンリはすっかりはしゃいでいる。
「私、王都は初めてなんです。ずっと行ってみたかったから楽しみで楽しみで」
「エンリも初めてなの? 私もだよ。どんな所なんだろうね」
そうしているうちに馬車が動き出す。なんとなしに窓から外を見ると、馬に乗った冒険者の男達が見えた。
ああ、そうか……。王都まで馬車で移動するのだ、当然護衛も馬がいる。彼らの目には、徒歩で来た私は何もわかっていない素人まるだしだったのだ。だから呆れられたんだ。自分の失態に気づいて恥ずかしさがこみあげてくる。顔が燃えるように熱い。
「ティア、どうしたの?」
「あ、ううん。何でもないの……」
エンリに心配をかけてしまった。
そうだ、落ち込むのはいつでも出来る。やってしまった事はしようがない。引きずってさらなる失態を重ねないためにも気持ちを切り替えよう。旅はまだ始まったばかりなんだ、大事なのはこれからだよね。
街の南門を出て、街道を王都へ向けて走る。エンリの話では順調に馬車を走らせれば、王都まで3日かかるらしい。その日は何事も無く順調に進行できて夜を迎えた。
街道沿いの少し開けた場所に馬車を止めて、キャンプの準備をする。4人の冒険者は慣れた手つきでそれぞれテントを張っていく。
私はテントを用意していなかった。テント一式がお手製の鞄には入らないから、持ち運び出来る薄い布団だけ持ってきていた。だけど馬を借りていれば、馬で運べたんだよね。もっと想像力を膨らませるべきだったんだ。今日は晴れているけれど、雨だったらこんな開けた場所で寝られたのかとか……。
他の冒険者がテントを準備する中、私はひとりただ座ってそれを眺めていた。
「ふん、あんなものの中で寝ていたら敵の接近に気づけねぇ。気づいても入り口を塞がれたら逃げ場もねぇ」
後ろからタイガの声がした。言ってる内容は大分強引だ。見張りを立てればそのデメリットはほぼ無いのだから。
……もしかして慰めてくれたんだろうか。私は無言で後ろ髪をやさしく手で撫でてタイガの言葉に応えた。
「ティア! ここにいたんですか。ティアは私と一緒に馬車の中で寝てくれますよね?」
「えっと、夜の見張りもあるからどうだろう」
「そうですか、一緒にお話しながら寝るのを楽しみにしていたんですが……」
「うーん、わかった。じゃあ私の見張り番がいつになるか、他の護衛の人と相談してくるよ」
「はい!」
私はテントを張り終わった男の元へ向かった。
「あの~」
「あ? 何だ、あんたか。何か用か?」
声のトーンから歓迎されてないのが伝わってくる。
「見張りの順番なんだけど」
「あー……よお、リーガン! 見張り番どうするってよ」
リーガンと呼ばれた男がこちらに顔を向ける。私を見つけると、
「んー……いらないだろう。何かあると俺らにも飛び火するぞ」
「だよなぁ。ってことでお嬢ちゃんはエンリ嬢と一緒に寝てたらいいんじゃね?」
これは完全に信用されていないって事だよね。信用できないものに命を預けるなど、私だって嫌だ。私にも言いたい事はあるけれど、言っても仕方がないよね……、悔しいけど……。
「……わかった」
エンリの元に戻ると一緒に寝られることを伝える。すごくうれしそうな顔をしてくれるエンリを見て、荒みかけていた心が少し癒された気がした。その夜は馬車の中でエンリとたのしいおしゃべりをして眠りについた。
「――おい! ティア起きろ!」
「ん……どうしたのタイガ?」
「魔物の群れが近づいてる」
一気に目が覚める。私は急いで起き上がると馬車の外へ飛び出した。
「タイガ、どっちから来てる?」
「南の森からだ。大体10匹くらいいるな。移動速度が速い」
「わかった」
私は焚き火の前に座る見張りの男の元へ走ると魔物の襲撃がある事を伝える。
「はあ? 夢でも見たのか、お嬢ちゃん」
信じてもらえないようだ。それも仕方がないか……。
「ティア、馬車に近づいて来てるぞ」
耳元でするタイガのその声に、私は説得を諦めて馬車の南側に急いで移動する。
馬車の南側には街道とその先に闇に包まれた森が見える。
「来るぞ!」
タイガが姿を現すと同時に、闇の中に複数の光る目が浮かぶ。ノーラウルフ? 違う、それより2回りを優に超えるほど大きい。星明かりの下では暗くて毛の色までは判別できないけど、たぶんパラライズウルフだ!
ギルドの討伐依頼のランクで言えば、Cランクのパーティ討伐推奨に相当する。何故なら常に群れで行動するパラライズウルフは、その牙に即効性の麻痺毒があって、単独討伐で噛まれた場合、ほぼ致命的になる非常に危険な魔物だからだ。
(数が多い、馬車に近づかせたら守りきれないかもしれない)
パラライズウルフの注意を集めるため、危険を承知で私は前へ出ることにした。